第110話 十六階位
「試す……、ですか」
「そうだ。貴様らの力を試してやろう」
「総長っ! それはあまりに」
ベリィラント近衛騎士総長は即答したが、そこにヒルロッドさんが割り込んでくる。
当然といえば当然の行動だ。いくら近衛騎士のトップだからとはいえ、訓練教官の頭越しはない。
「ミームス、それはコレらが勇者だからか?」
「それもあります……、が、彼らは四階位ですよ」
総長の問いかけはあまりに露骨だった。ヒルロッドさんが声を上ずらせながら反論する。
ヒルロッドさんは平民上がりの騎士爵だ。それが生粋の『伯爵』に口答えなど、アウローニヤ基準だと、かなりマズい行動じゃないか?
午後の訓練ともあって、王女の名代的立場で総長にでもモノ申せそうなアヴェステラさんはこの場にいない。シシルノさんもいないけれど、そっちはあまり関係ないか。
マズいといえば総長もだ。
前回、チンピラ訓練生のハウーズは宰相に叱られたらしい。なら今回のケースはどうなんだ。
宰相と近衛騎士総長、どっちが偉いとかではなく、指揮系統が違うはず。両者とも上は王様だけだ。俺たちに関することは勇者案件だから、代理として王子と王女が上になるのだろう。
王女からお前は外れろと言われた腹いせに俺たちに絡む?
目の前にいる五十に届きそうな騎士総長。そんないい年をしたオッサンがやることか。
「儂は試すと言っておる。近衛騎士総長直々の訓練だ。立場からして、いつぞやの小僧と儂は違うぞ」
「この件は──」
「ヒルロッドさん、もういいです」
これ以上ヒルロッドさんが食い下がるのは危険とみたのだろう、先生が割って入った。
「貴様は?」
「滝沢といいます」
獲物を見る目で総長が先生の名を問うた。初日に自己紹介をしていたはずだし、先生は一番先に名乗っていたはずなのだけどな。
このオッサンはずっと俺たちの訓練風景を見物していた。
ほかのクラスメイトはいつもどおり訓練に集中してもらっていたけれど、今日ばかりは俺だけでも訓練より【観察】に重点を置かざるを得なかった元凶が近衛騎士総長だ。
だいたい二刻、つまり四時間ばかりの間、総長は身じろぎひとつもせずに俺たちを見続けていた。面白く無さそうな表情で固定されていたのが印象的だったな。
ただその視線には偏りがあった。後衛組に向ける時間は短く、多くは前衛、しかもメインは三人。
俺の【観察】はやたらとモノが見えるだけで、表情や仕草から読心ができるわけではない。そのあたりを会得できれば最高なのだが、それは俺の感性とこれからの経験次第だろう。
だがそれでも、表情の変化や視線の移動などは確実に見極めることができる。
何を考えているかはわからないが、総長はクラス全体ではなく、どうやら一部に目を付けたようだった。表情は憤ったままで目つきは鋭く、なにかを見極めようとするように細められている。
ふと思い出したのは、初日に総長が俺たちに向けていた視線だ。あの時はたしか……、先生と中宮さんだったか。
アレってまさか色目じゃなくて。
「儂が飽きるか、貴様らが音を上げるまでだ」
総長は何をどうするとは言わず、ただ終着点だけを示してきた。どれだけ傲慢なんだとは思うけれど、それがキャラにハマっているのが腹立たしいな。学校の校長先生とはワケが違う。
「タキザワ、貴様と……、そこの長柄ともう一人、弓の貴様だ」
言葉だけではわかりにくいが、誰を指しているのかは総長の視線で一目瞭然だった。
指名されたのは、先生、中宮さん、ミア。
「名乗れ」
人がどこまで高慢になれるかに挑戦しているかと思うくらい、総長の物言いはアレだった。
この国でもかなり上位の偉い人たち、会ったことがあるのは王様、王妃様、王子様と王女様、それと宰相やら諸々。そういう人たちと比べても、圧倒的トップだな。あの王子殿下にすら親しみを覚えてしまいそうだ。
王様より尊大とか、どういう感覚で生きているのだろう。
「……中宮です」
「ミアデス!」
返事をする中宮さんは怒るよりも呆れ、ミアは……、いつもより少し声が高いような気がする。どういう感情を表しているんだろう。
「二十二人だったか? 全員でも構わんが、一度で形になるかもしれないのはその三人だろう」
言葉の意味するところは、三人で手いっぱいということではない。ひとりを相手にまともに連携をしながら一度に攻撃できそうなのが、指名した先生たちだけだということだ。それ以上は有象無象だと。
そんな三人に、総長はクラス最強をしっかり選んでみせた。初日の視線といい、目は見えているぞと言わんばかりで、そういうところがいちいち鼻に付く。
「儂は技能は使わん。そちらは好きにするといい」
言いたいことは終わったと、片手に巨大な木剣を無造作にぶら下げて、総長は棒立ちのまま俺たちを睥睨している。騎士だというのに盾を持っていない。
『仕方ありません。また予習ですね』
先生が日本語で放った一言で、クラスの意思は統一された。
やってやる。
◇◇◇
「あらかじめ幾つか」
「なんだ?」
戦闘態勢に入った先生が、鋭い眼差しのまま総長に問いかける。
ダラリと大剣を下げたまま、面白く無さそうに総長はそれでも返事をした。
「わたしたちを傷つける意思はあるのですか?」
「ない。過程としてはそうなるかもしれないが、そちらには【聖術】使いがおるのだろう? ならば傷跡も残らぬだろう」
「ありがとうございます」
殺しはしないが相応に痛めつけると宣言した総長に、それでも先生はお礼の言葉を口にした。
先生の考え方が根っからの武術家だ。俺にはとてもできそうにない。
「もうひとつ、階位は」
「十六」
「……そうですか」
自慢げでもなく当たり前に答えた総長の一言は、俺たちの敗北を確定させた。そもそも勝てる気もしていなかったから落ち込むほどでもないけれど、それでも楽しくないものだ。負け確イベントとか、リアルでは心の底から不要だな。
十六階位という肩書は王都パス・アラウドで特別な意味を持つ。
俺たちが騎士になるために設定された七、本来の近衛騎士がなるべき十、部隊長クラスの条件としての十三。このあたりが一流への道しるべだ。ならば十六とは。
現在におけるアラウド迷宮の最深到達層は六層。そこに挑戦できる最低限の階位が十六だ。
迷宮五層で上げることのできる限界階位。表現を変えれば、そこで戦い抜いた人間だけが到達できる数字になる。とてもじゃないが接待レベリングでどうにかなる世界ではない。
現役の伯爵当主だからと、そこらのへなちょこ貴族様と同じように考えてはいけないだろう。目の前に佇む近衛騎士総長は、本物だ。
「指名された三人以外で許可できるのは、
先生のその言葉は総長にではなく、俺たちに向けられていた。
騎士組五人と海藤は全員大盾を使っている。さらに【痛覚軽減】持ち。たぶん選考基準はそんなところだろう。野来のところでつっかえたのは、アイツの性格を考えれば仕方がない。
「先生……」
そんな通達に不服そうにしているのは二人。
悔しそうに声を出した【嵐剣士】の
残りの前衛職、【裂鞭士】の
そもそもここまで明確に先生が指示を出したのって、初めてじゃないか?
昨日の副団長指名などはお遊びの範疇だったわけだし、今日のコレは本気でマズいということだ。前回のチンピラ訓練生の一件がプチイベントだったと思わせてくれる。
「話は終わったか? 指名した三人以外、儂からは手を出さん。好きにすればいい」
「お待たせしました。では」
総長の声に若干の苛立ちが混じった気がする。表情を隠せないタイプなのか、それともそうする気にもならないのか。
それに対する先生の返答は冷静そのものだ。器なら勝っていると信じたいけれど。
「先手はワタシデス」
総長に対し、中央で一歩前に出た先生、左側には木刀を持った中宮さん。ふたりがまだ構えらしい構えを取っていないのに対し、右後方に陣取ったミアが弓に矢をつがえて引き絞っていた。飛び道具はアリなのか?
相変わらず木剣を手にしただけの総長は不機嫌顔のまま、何も言おうとはしない。そうか、アリなのか。
あとはもうフレンドリファイヤにならないことを祈るだけだ。ミアがそんな不手際をやらかすとは思ってはいないけれど、乱戦になればどうするのだろう。
いつもより少し高い声と、先生を差し置いてまで先手と言い放つことを合せれば。
逸っているのか、ミア。
いや、二層で行動を一緒にしたから知っている。彼女は自由だが、協調性を忘れるようなことをしない。ヤバければヤバイほど、研ぎ澄まされるし、他人を頼る。信じるぞ。
「イヤー!」
ミア独特の奇声と共に……、けれども矢は発射されず、弓ごとその場に落下した。
見学している俺たち一年一組の何人が見えただろう、ミアは弓を射るという動作自体をフェイントにして、この瞬間にも総長の左脇、こちら側からすれば右側面に迫っている。いつの間にか右手に持っていたメイスはとっくに打撃モーションに移っていた。瞬発力とこういう器用なことをさせれば、もしかしたらクラス一番の天然素材、それがミア・カッシュナーだ。
「アァァ!」
俺たちの感覚からすれば遠いとも思える間合いで振り抜かれようとしているメイスだが、それこそがミア独自の上半身が突っ込んだ打撃フォームに他ならない。二層転落事故で取得した【上半身強化】という、およそアスリートが取るべきではない技能を最大限に活かしきったミア・オリジナル。
あの中宮さんをして悔しそうに天才と表現せざるを得ない、野生と天性を兼ね揃えたミアのメイスは、つっ立ったままの総長の左脇にドスンと重たい音を響かせ、たしかに叩きつけられた。
「ふむ、奇妙なマネをする」
「ヤッパリ、デスか」
打撃の前も後も、総長は一歩も動かなかった。
右手の剣を動かすわけでも、左腕でガードの姿勢をとることもしないで、ただミアの動作を観察し、そして睥睨している。いちいち鼻に付くオッサンだ。
ミアもミアで自分の攻撃が全く通用していないことを、手ごたえを通じて理解してしまったのだろう、妖精めいた美貌からいつもの笑顔が抜け落ちていた。
「ミアさん、後退っ」
だからといってここで終了とはいかない。
来るかどうかもわからない総長の反撃に対応しようと、先生が声にしながら前に出た。同時にミアが後ろに飛び退る。このあたりのコンビネーションはS班を組んでいたふたりにとってはお手の物だ。
「ふっ」
総長の眼前に飛び込んだ先生は、小さく息を吐いて肩をゆすった。
いつもならここから発展するのは、死角から放たれる左ジャブ、左右自在のローキックというのが先生のパターンだが、今回は違う。
たぶん先生はその手の、こちらの世界ではオーバーテクノロジーになるような技を、あえてこの場で使わないのだろう。この圧倒的強敵を目の前にして、それでも徹底して封印を解かない姿勢は、先生の持つ胆力をまざまざと思い知らせてくれる。
そんな先生の行動自体が体全部を使ったフェイントになっていた。
「しゃぁっ!」
正面よりやや左から先生が踏み込んだ分、背後から出現した中宮さんの動きを捉えるのは難しかったはずだ。
先生からワザと一手遅らせて中宮さんが放った横薙ぎの逆胴が、総長の持つ木剣に叩きこまれた。
これもあえてだろう。武器を狙われた総長がどう動くのか、それを見極めるための一手だ。
「ほう。武器の質か、それとも力なのか、面白いな。貴様、階位は?」
「四です。それがなにか」
「ふん。おもちゃに据えるのは、やはり惜しい」
いまさら階位を確かめるような総長と中宮さんの会話の途中で、ミシリと軽い音がする。
不機嫌な顔をいっそう不愉快そうに歪めた総長が右手に持った剣を振るうと、ソレは半ばから砕け、折れ散った。
訓練用とはいえ、中宮さんは巨大な木剣を斬り割ってみせたのだ。
「【剛剣】を使わねば持たぬか」
ボツリと呟いた総長の言葉通りだ。あのオッサンは本当に技能を使っていない。
中宮さんは先生が踏み込まなかった少し先まで『北方中宮流』の技を使い、新たな相棒たる黒い木刀の威力を最大限に発揮させ、そして相手の剣をへし折るという結果を残した。ただそれは相手の出方を見るための行為で、わかったのは総長はなにもしないという現実と、バカみたいな硬さだった。
「今のところは、こんなものなのだろうな」
ため息交じりで総長が言ったときにはもう、先生と中宮さんは後退を開始していた。
その挙動、ひとつひとつが俺には全部見えている。
「がっ!?」
「ぐっ」
なのに後ずさったはずの中宮さんと先生は、本人たちが想定した以上の速度で後ろに跳んだ。いや、飛ばされた。
驚くミアの脇をふたりが転がり抜けて、委員長たち騎士組の手前まで地べたを滑って停止する。
やったのはもちろん近衛騎士総長だ。
あのオッサンは手のひらを開き、両手を前に突き出したままこちらを見ている。そうだ、アイツは先生と中宮さんを、ただ突き飛ばしたのだ。
なのに、俺はソレを『視認』できなかった。
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