ヤツらは仲間を見捨てない ~道立山士幌高校一年一組が異世界にクラス召喚された場合~
えがおをみせて
第1話 クラス召喚とハズレジョブ
ああ、これってヤッバい展開だよなあ。
「アイシロ様は【聖騎士】です。素晴らしい『神授職』を授かっているようです」
それは既視感というか既読感があるとしか言いようのない光景だった。
俺が好んで読んでいる、いわゆる異世界転生、この場合は転移モノの一ジャンル。
「あ、その……、ありがとうございます?」
金髪碧眼のいかにもなお姫さまが放つ本音かおべっかか判別がつかない発言に、戸惑いながら返事をしている
かなり不本意だけど、こんなことを全員がしないと今後の扱いが変わる、とまで言われてしまったら逆らいにくい。俺たちは今、出席番号順にお姫さまから『神授職』とやらを確認されているところだ。
「わたくし共の願いに応じてくださり、感謝の言葉もございません」
そう、俺たちはここに『召喚』された。
「あはは……」
引きつった顔の委員長はそれでもなんとか愛想笑いを続けている。
細いフレームのメガネをかけて優しげに整った顔立ちという、なんというか、いかにも委員長な男子。真面目系イケメンとでも言うべきかもしれない。
彼が町長の息子だとは知っているけれど、こういうところはさすがな社交性だと思う。心の内はわからないけど、動揺はしているだろう。
とてもじゃないがこの状況で笑うのなんて、俺には真似できそうにない。その点は素直にすごいと思う。
そんなやり取りを見ている俺たち『山士幌高校一年一組プラス先生』二十二人の表情はそれぞれだ。
呆れや怒り、驚き、悲しみ。ここに来てから一時間以上も経っているのに、まだベソをかいてる女子もいる。
あとそこ、なにかは知らないけどカッコ良さげな職だったからって、はしゃぐのはやめろ。完全にフラグになっているぞ。
「なんというか典型的だよな、これ」
「だよな。神授職とか言ってたけど、要は『ジョブ』とか『クラス』ってことだろ」
「
「そこそこ、かな。
「俺もまあ、それなりかな」
ひそひそと話しかけてくる
お互いアニメやマンガ、ラノベなんかを趣味にしているせいで話が合う。
そんな古韮はウチのクラスでオタクリーダー的な存在だ。そこそこイケメンな上に朗らかで、偏見かもしれないけれど、こいつは本当にオタなのかと疑問になることもある。
ほかにも何人か知り合い以上友人未満な連中もいるけど、こういうシチュだとひとりでも話しかけてくれる人がいることが心強い。
ただまあ、こんなコトになるまでにクラスに馴染む時間が、もうちょっとだけほしかったかな。
「で、古韮は試した?」
「もちろん。【ステータス】【オープン】【アビリティ】【鑑定】【状態】【判定】。全部ダメ。そっちは?」
苦笑いしながら古韮が返してきた。そりゃあやるよな。俺だって思いつく限り試したさ。
「もちろんやった。なんなら【偽装】に【阻害】も試してみた。反応無さ過ぎて自分がどうなってるのかわからなくなってきた」
「そっか。たぶん
異世界系の話がわかるクラスメイトの名前を上げてから、古韮はため息を吐いた。
「まだ半分くらいか。異世界まで来て出席番号順とか」
古韮の視線は神授職を確認してもらいに前に出た女子の方を向いていた。自称【導術師】とかいう神授職を持ってるらしいお姫さまが、女子の右手を両手できゅっと握りしめた。
「ササミ様は【熱導師】ですか。素晴らしいことです」
サ行か。ヤ行の俺は最後から二番目だ。
「
「あの子、笹見って名前だったんだ」
「初日に自己紹介やったろ」
「全員なんて覚えてられないよ」
「そりゃそっか」
なにせこのクラス、俺だけが『外様』だ。初日の自己紹介のとき、みんなのノリと自分の温度差に胸が痛くなったのが記憶に新しい。
山士幌町は面積こそ広いけれど人口は少ない。小中高は一校、しかも一クラスずつで事実上のエスカレーター。つまりこのクラス、山士幌高校一年一組は全員顔なじみだ。しかも十年来の。
今年の春からこの街に引っ越してきた俺を除けば……。
入学式を合せても、まだ三日なんだぞ。どうやって溶け込めと。
ほんと古韮、仲良くしてくれ。ついでに見捨てないでくれよ、頼むから。
「今のとこ変な感じは無いけど、にしても嫌な視線だな」
さらに一歩近寄ってきた古韮が、ほかに聞かれたくないような小さい声でぼそっと零した。
まったくの同感だよ。周りが全部敵に見えてしまう。
「王様とお妃さま、第一王子、それと宰相様だっけ」
「他にもぞろぞろとな。八津はどう思う? アレって『勇者様ご一行』を見るような目か?」
王様なんかは上機嫌でにっこにこだが、それ以外の連中はどちらかといえばイヤらしい、料理の食材を見るような顔をしているのが、非常に気分を重たくさせてくれている。
「お姫さまはマシだけど、【導術師】ってのが怪しいよな」
「洗脳とか隷属とかそういうの、ありがちだな。八津も頭回ってるな。そういうの助かる」
「お互い様だよ。古韮も気付いたことあったらなんでも言ってほしいかな。一応合言葉っぽいの決めとく?」
「おうよ」
◇◇◇
「気分はどうだ?」
「ああ。なんか強制されたりしてる感じはない。条件とかがあったらわからんけどな」
神授職をもらって戻ってきた古韮に、表面上変なところは無かった。目つきが怪しくなったりもしてないし、言葉遣いも変わってない。
「【霧騎士】だって? カッコいいじゃないか。体調は?」
「あんまり変わった感じはないけどさ、強いのかな、コレ」
「それじゃあ念のために。『この状況は?』」
「『クソ食らえ』だ。真意はまだわからないけど、今後次第じゃ拉致監禁と変わらない」
事前に決めておいたやり取りをしてみた。合言葉が批判的なのは隷属や洗脳を警戒してのことだけど、正直こんな手段にどれくらいの効果があるかはわからない。
「……今のとこは、大丈夫っぽいな。古韮、俺の名前憶えてる?」
「お前は
フルネームをありがとう。
さてはて、これからどんな展開になるか。嫌な予感しかしてないけれど、最悪は勘弁して欲しい。
「でもなんか、凄い職が出て喜んでるだけにも見えるんだよね、周りの人たち。どす黒い笑顔が大半だけどさ」
「だな。てか八津、顔色悪いぞ? 大丈夫か?」
「正直気持ち悪い。最悪の精神状態だ」
俺の心臓はばくばく音を立てている。胃が痛い気もする。真っすぐ立っているのすらつらい。
そう、これは異世界転移モノの王道パターンのひとつ。
とある学校のクラスがまとめて異世界に呼び出され、そこから始まる学生たちの戦い。
俗にいうところの『クラス召喚』というやつだ。
そしてそれは、俺にとって最悪の事態を意味しているような気がして……。
クラスメイトの名前すらおぼつかない俺がここでもし、もしもだ、お約束な『ハズレジョブ』を引いたらどうなる?
俺はそういう小説をたくさん読んだことがあるぞ。それなりに詳しいんだ。
追放、そこからの奮起、現地ヒロインハーレム……。悪くないな。
「いやいやいや、そうじゃないだろっ」
思わず声に出た。
ああいうのは物語だからいいのであってだ。そもそも地獄から努力で這い上がるなんて、俺のガラじゃない。できる自信もない。精神的に死ねる自信なら準備万端だ。
初手を見逃してくれるだけでいいから、神様。本当に頼む。
「ほら八津、順番が来たみたいだぞ」
俺が呼ばれているらしいのを、古韮が軽く肩を叩いて教えてくれた。
古韮、お前だけでも見捨てないでくれよ? 友達だよな?
◇◇◇
「では……ヤヅ様。お願いできますか」
ついに俺の番だ。もうどうとでもなれ。
「はい。出席番号二十番、八津広志です」
印象が悪くならないようにハキハキと、それでいて大声にならない程度で返事をして前に進み出た。
俺のあとにはもう一人だけ。先生も合わせれば、すでに二十人の神授職が決まっている。みんなの視線がこっちに飛んできているのがよくわかる。嫌だなあ。
正面に立ったお姫さまが俺の手をきゅっと握った。冷たい手だ。わかっている、こういうのを現実逃避というのだと。
「ヤヅ様は……【観察者】、です、ね」
あ、微妙に引きつった顔をしているぞ、お姫さま。良い意味なのか、そうじゃないのか。
同時に頭の中にブワっと何かがきた。ああなるほど、実感できる。脳内で自分が【観察者】だと自覚できている。忘れていたのが不思議なくらいに知っている。これが神授職の認識か。
だからといって【観察者】に何ができるのかはわからない。これはこれで大問題だぞ。
はたして【観察者】なるジョブは当たりなのかハズレなのか。
『聞かぬ職ですな』
『記録には無かったかと』
『しかし【者】とは』
現地の人たちがぼそぼそとやっているのが聴こえてきた。未知のジョブってことか。大丈夫なのか、俺。
それより今はクラスメイトの反応だ。
みんなはいろいろな表情でこちらを見ていた。
クラスの連中は委員長の【聖騎士】を筆頭に、【嵐剣士】とか【雷術師】とか、いかにも強そうな神授職が揃っていたはずだ。それに比べて【観察者】の微妙な感じ。
それでも【料理人】とか、あからさまに変なジョブよりはマシか。いや【料理人】は料理チートがあるな。頭が混乱していて変なことばかり考えてしまう。
クラスからの視線に非難や蔑みの色はないような気がする。今はそれだけで良しとしておくしかないだろう。
「まあなんだその、八津……」
「古韮?」
ぼんやりとした不安を持ったままお姫様の元を離れた俺は、いつの間にか古韮に肩を組まれていた。そして古韮はニカっと笑う。
「ははっ、よくあるパターンだな。けどさ、俺たちはお前を追放なんかしないぞ。クラスの全員が同じこと言うさ。そもそも追放なんて概念、ないと思うし」
「どうして言い切れるんだよ」
そのときの俺は、かなり卑屈になっていたと思う。言い方に棘が出た。
「そりゃもう。わざわざ見捨てる意味がわからないし、俺たちはクラスメイトだろ」
なのに古韮は平然と答えてくれた。
クラスメイトだから追放しない。文言だけなら当たり前に聞こえるけれど、それでも──。
何人かがこっちをチラチラ見ている。そんな視線から露骨な悪意は感じない。俺の想像が極端すぎたということなのか?
「ワタハラ様は……その、【鮫術師】、のようです」
「そうですか。嬉しいです」
そんな会話が聞こえてきたのは、俺がちょっとだけ気を持ち直したすぐあとだった。
クラスで最後、出席番号二十一番。彼女の『嬉しいです』という言葉からは、なぜか嘘が感じられない。
ワケの分からないジョブを引いたのは、どうやらもう一人いたみたいなのだけど──。
教室では窓際の列で俺のうしろに座るメガネ女子、
美しい笑い方とは思えないけれど、だけど何故か心に刺さる表情で。
◇◇◇
「『弱いままで部屋に閉じ込めるか?』『仲間外れにして自分より下がいると安心するか?』それともいっそ『役立たずだから追放するか?』」
数時間後、俺の耳に届いたのは、ちょっと低めになった古韮のそんなセリフだった。
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