第116話 ポジティブからネガティブへ




「乗った。ヒルロッドさん、俺も迷宮の回数を増やしたい、す」


 最初に乗っかってくれたのは海藤かいとうだ。席から立ちあがって、すぐさま言い放ってくれた。

 さすがはピッチャーをやっていただけのことはある。こういうのはアジリティというのだったか。

 いつもどおり語尾がおかしくなっているけれど、こういうノリが好きそうなのは知っているつもりだ。


「やるわ。いいですよね?」


「ワタシもやるデス!」


 続けて今回の直接被害者、中宮なかみやさんとミアが立ちあがる。

 強い視線のゆく先は、アヴェステラさんか。嫌とは言わせないという気迫にまみれている。


 たしかに最終的な責任者はアヴェステラさんだ。申し訳ないとは……、あまり思わないけれど、ここはウンと言ってもらいたいところかな。



「そもそもだ。三年もここにいるとかありえねえだろ。とっとと戻る方法を見つけるぞ」


 佩丘はきおかは佩丘でブレないな。

 これでしっかり迷宮にヒントがあればいいのだけど。なんならもっと直接的でもいい。たとえば迷宮最下層には帰還の扉が、とか。


「強くなって損はないよね。ハルは素人だし、実戦経験あるのみかなあ」


 スプリンターはるさんも俄然やる気だ。


 こうしてみると、帰還のためという名目があるにしろ、迷宮への忌避感が薄れてきているのがわかる。


 慣れてきたというのもあるだろう。トラブルも多かった迷宮入りだけど、直近の鮭氾濫を乗り越えて全員が四階位になれたのもみんなのやる気という意味で大きかったかもしれない。自信がついてきたというか。

 この世界でいろいろな経験を積んで、力を持たないことが直接の危機につながるというのも、今日の事件で思い知った。貴族訓練生の嘲笑や、チンピラ貴族のハウーズなんていうのは可愛かったくらいだ。


 迷宮を怖いと思い、実際に痛い目にあうデメリットより、力を得られるという明確なメリット。

 ここで力に溺れてはいけない、なんていう水を差すマネはできないな。そういうのは先生が絶対に阻止してくれるだろうし。



「うん、やろう」


「僕も、もっと強くなりたい」


「セミを出せるようになりたいわね」


 クラスメイトたちが次々と立ち上がり、好き勝手に前向きなことを言いだした。

 もちろん最後のは綿原わたはらさんだな。微妙にとってつけたような物言いになっている。


 だけどみんな、ワザとらしさがホントにぎりっぎりだぞ。



「一刻も早く近衛騎士総長と対峙して前言を翻してもらえれば、溜飲も下がるというものですね」


 そしてついに、満を持して聖女上杉うえすぎさんの神託だ。生贄は近衛騎士総長で許してくれるらしい。


「【聖導師】のわたしでは力になれないでしょうけど。それでもわたしの階位が上がれば、王国にとっても良いことになるのでは」


 ついでにエクストラヒールまで提供すると言ってくれている。どこまで優しいのだろうか。

 自分でもちょっとキモい表現だな。妄想はこのあたりにしておこう。



 そんな口々に発せられる一年一組の決意に対し、アヴェステラさんの顔が真剣なものになっている。 俺たちの『即興演劇』をどう思っているかは知らないけれど、悪いがここは引けない。


「『勇者との約定』に加えて今回の一件です」


 最後に委員長が立ちあがり、念を押すように言った。そしてちょっと溜める。


「約定どおりに力を身につけます。もちろん僕たちは戦争には参加しません。けれど別の形で、たとえば迷宮からの素材を大量に持ち帰るなんていうことはできるでしょう」


「兵站は立派な役割だな」


馬那まな、それじゃ戦争に加担するみたいだよ。僕たちは王都の人たちのために頑張るんだ」


「……まあ、そうだな」


 物は言いようとはこのことか。

 さすがは委員長。物語に出てくる真っすぐな勇者とは一味違う。清濁を併せ吞んで、最後に俺たちの要望だけは通す方向だ。



「お気持ちはわかりました。おっしゃるとおり、みなさんが迷宮に入ることは王国に利する部分もあります」


「いつまでもタダ飯喰らいは、ねえ」


 笹見ささみさんが肩をすくめる。なかなか気持ちのいいちゃちゃかもしれない。アネゴ気風がいい感じだ。


「ふふっ、そうですね。みなさんの気質なら、そうなのでしょう」


 そしてやっと、もしかしたらこの場に登場してから初めてアヴェステラさんが笑顔を見せた。

 やるじゃないか、笹見さん。それくらいこの笑顔には価値がある。



「ミームス卿、一分隊を付けるとして日程調整は?」


「……二日の猶予があれば」


 アヴェステラさんの無茶振りにヒルロッドさんは苦笑しながら答えた。

 つまり俺たちが希望すれば、どのタイミングでも最短二日後には迷宮に潜ることができるということだ。


「ディレフ、エクラー、フェンタ。あなたたちは今後、勇者のみなさんが迷宮に入る時、その全てに参加してください」


「かしこまりました」


「わかりました」


「了解です。ラルドール事務官」


 これで次回からの迷宮入りではアーケラさん、ベスティさん、ガラリエさんの同行が決定か。もはや凖メンバーだな。



「次回、三日後から二泊三日の迷宮行はすでに決定されています。それ以降についてはみなさんの希望を先に伺うという方針で、両殿下にはお伝えしましょう」


 やはりアヴェステラさんはキリっとして、テキパキとしていないとな。しかもしっかりこちらの意を汲んでくれているのが素晴らしい。

 さて、第三王女は許してくれるだろうか。


「みなさんの心意気が無下にされることはないでしょう」


 頼んだ、アヴェステラさん。



 ◇◇◇



八津やづ、やったじゃないか」


「いやあ、ちょうどいい感じで流れがあったし、ここかなって」


「演技得意だったりする?」


「それはない。それに最後の方、かなり白々しくなかったか?」


「どうだろ。わからん」


 日本人だけになった談話室で、古韮ふるにらが俺の肩を叩きながら笑っていた。


 さっきまでの一幕だけど、べつに台本通りというわけではない。

 俺たちはいつか自発的に迷宮に入れるようにしたかった。ちょうどそれを叶える切っ掛けとして、いいタイミングかと思ったわけだ。さっきのはほとんどアドリブだな。



「委員長ごめん。勝手したかもしれない」


「いや、かなりいい線だったと思うよ。露骨な要求じゃなく今の段階でお互いが望んでいて、しかも前向きだったのが」


「もっと遠まわしの方が良かったかな」


「どうだろう。僕の感触だとアウローニヤはこっちのコトを義理堅いって思ってるみたいだけどね」


 みんなは認めてくれているみたいだけど、俺の暴走だった部分もある。とりあえず委員長には筋を通しておかないと、とか思って話してみればコレだ。

 高校一年の感性とは、結構離れているような気がする。


「委員長、黒いよな」


「そんなこと、ないよね?」


 いや、俺に聞かれても。



「ナイスでしたよ、広志こうし


「ええ、最後の啖呵は良かったわね」


 そこに乱入してきたのはミアと中宮さんという武闘派コンビだ。

 彼女たちは今日の被害者でもあるわけで、二人が納得してくれているならなによりだけど。


 そういえばもうひとり……。ふとそう考えたその時だった。


「八津君、試合に負けてしまった時、どうすればいいかわかりますか?」


 先生、真後ろから来られると【観察】が通用しないの、わかってやってるよな、これ。


「鍛えて、つぎの機会を待てばいいんです。ただしその時になってから待ったは通用しません」


「あ、はい」


 先生が大真面目な顔で物騒なコトを言うものだから、返事に詰まってしまう。発想が怖い人だ。


「大切なのは一刻も早い帰還ですし、そのために必要な力です」


「ですよね」


「ですが、個人的には機会が欲しい、というのもあるんですよ。教師としては失格ですね」


 俺がなにも言えないでいると、先生は薄く笑ってゴキゴキと指の骨を鳴らした。

 普通は両手を握ってやることのはずなのに、どうして片手だけでできるのか不思議でしょうがない現象だ。ここはやっぱり先生はすごい、ということにしておこう。



「ま、まあこれで、ポジティブリストをネガティブリスト? 表現これで合ってるのかな。それにできたんだよね?」


 獰猛な三人の女性に顔を引きつり気味にした委員長は、話題をバトル方面からズラそうと試みたようだ。かなり疑問形が混じっている言い方だけど、俺もそれに乗るしかない。


馬那まなが言っていたヤツか。ネガティブになって嬉しいっていうのがちょっとなあ」


「まあまあ、八津の好きそうな言葉じゃないか」


 委員長は俺をなんだと思っているのか。まあ、そうなんだけど。


 ポジティブリストとネガティブリスト。馬那の言うにはいろいろな業界で使われている用語だけど、軍事でもそうらしい。ミリオタのアイツらしいな。なんでも自衛隊が軍隊として足りない理由のひとつだとか。ほかにも軍事法廷がないからどうのこうの言っていたけど、怖い目をしていたのでそこからは聞き流した。


 馬那曰く、軍事的な意味でのポジティブリストとは『やっていいことの一覧』。対するネガティブリストは、そう『やってはいけないことの一覧』だ。軍としてどちらの自由度が高いかといえば当然後者、ネガティブリストになる。

 自衛隊は前者で、普通の軍隊は後者なんだとか。



 これを現在の俺たちに置き換えれば、今まではヒルロッドさんに迷宮探索の日程を示してもらってから、俺たちがそれを選択した。まあ複数の日取りが出てきたことがないので、選ぶ余地もなくその日に迷宮だったわけだけど。

 これからは俺たちが要求して、アウローニヤがそれに応える形になる、はずだ。たぶん。


『三日以降から最短でお願いします』


『では四日後でどうだろう』


 という会話になるわけだ。


 戦い自体にしてもまたしかりだ。

 さっきの会話でヒルロッドさんたちは、戦い方までを俺たち主導にしたとは考えていないだろう。

 それでもこれは心構えの問題にできる。なるべくこちらから提案をすることで、自由度を上げる方向にもっていくのだ。


 そしてゆくゆくは。



 これを大した違いだと感じなかったクラスメイトはそれなりにいたけれど、そこに意味を見出したヤツも少なからずいた。その中の二人が俺と委員長だ。


「こちらから吹っ掛けて、その上で譲歩するのが大事なんだよ」


「俺としては迷宮の頻度が上がればいいだけなんだけど。吹っ掛けるとかそういうの、委員長はやっぱり黒いぞ。中宮さん、こんなこと言わせといていいの?」


「さあ? わたしはべつに気にしてないし、昔からこうだった気がするわね」


 冗談めかして中宮さんに振ってみたけれど、返ってきたのはつれない言葉だ。慣れてるんだろうなあ。


 さておきだ、交渉事は委員長に任せておけばいい。向こうの提示してきたメニューから選ぶのと、こちらが最大限に要望してから向こうに選ばせる、たしかにこの差は大きいだろう。

 今のところは迷宮探索関連だけの約束事になるだろうけれど、俺たちにとってはそれで十分だ。


 どう考えても新しい体制の方が迷宮に潜りやすいからな。


 それにこれで『保険』ができた。今はまだ布石レベルかもしれないけれど、選択肢は多い方がいいに決まっている。

 いざという時でも、あまり使いたくない方法だけど。



「ほらほら、八津くん。こっち来て話し合いよ」


「ああ、迷宮の準備だったか」


 五人で作っていた輪にひょっこり顔を差し込んできた綿原さんが、俺を連れ出そうと話しかけてきた。


 次回の迷宮は三日後だ。キッチリした計画を立ててヒルロッドさんたちを納得させてあげないと、せっかくの交渉が台無しだからな。せいぜい信頼度が上がるような準備をしてみせようじゃないか。

 どれ、ここは気合を入れて──。


「あらなぎちゃん、八津くんを連れてっちゃうの?」


「独り占めする気デス」


 中宮さん、ミア、どうしてそういうツッコミを入れるかな。


「わたしと八津くんは迷宮委員だから、当然なの。ね?」


「あ、ああ。もちろん」


 綿原さんも圧が強い。


 だけどそんな女子たちは三人とも軽い笑顔で、横にいる先生と委員長は苦笑いかな。

 ウチのクラスはこんなのばっかりだ。微妙というか絶妙というか、距離感がどうにもこうにも。


 そんな状況を楽しめている俺も、いい加減慣れてきたのかもしれない。


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