第152話 魔獣群に対する王国による調査について




「けっこう広い、ね」


 部屋というか広間に入った綿原わたはらさんが呟いた。


 たしかに広い。

 会議室として使われる部屋は体育館とまではいかなくても、それに近いくらいの大きさがあった。


 廊下と違い室内は石造りのなりを潜め、綺麗なクリーム色の壁紙が貼られている。部屋の一辺には大きな窓が並んでいて、ランプの灯りこそ点けられているが、窓から差し込む午後の日差しで部屋の中は十分に照らされていた。


 窓以外の残り三辺にはそこかしこに扉があって、俺たちが入ってきたモノと同じようにいくつかが開け放たれている。


「この扉はさながら一般客入場用ってところかな」


「あっちはいかにもって感じね」


 俺の呟きを拾った綿原さんが視線を飛ばした先、長方形になっている会議室の短辺は一段高くなっていて、いかにも偉い人用か、それとも発表者のためといった風のテーブルが並んでいた。

 そちらにはまだ誰も現れていない。王国風、偉い人は最後に登場というやつだろう。


 一般の人たち向けのテーブルは、部屋の中央あたりにそこそこの間隔を空けて配置されていた。

 ひとつひとつが六人掛けで、こちらはたぶん部隊長あたりが座ることになるのだろう。

 さらに壁際には長机があって、そちらには王国の文官服を着た人たちがすでに着席している。記録係とかそんな感じだろう。


 まだまだ空席は多い。埋まっているのは全体の半分くらいだ。

 俺たちが勇者だからといって、最後に登場とかにならなくてすむのは実に結構。



「さあ、君たちはこちらだ」


 部屋を眺めていた一年一組からの出席者四人プラスヒルロッドさんを、シシルノさんが所定の席に案内してくれた。


 席といっても一般席の最後列だ。そこに俺と綿原さん、滝沢たきざわ先生と中宮なかみやさん、そしてヒルロッドさんが着席する。


「残念ながらわたしはあちらなのでね」


 チラリとシシルノさんが見た先は上座の偉い人達用の席だった。

 これだけでも今回の会議におけるシシルノさんの立場がわかるというものだ。それでも彼女からは緊張感のようなものは感じない。大した胆力だと素直に感心してしまうほどだ。


「ほんとうならシライシくんをあそこに連れてきたかったんだけどね」


「勘弁してあげてください」


 容赦のないシシルノさんの冗談に、俺はツッコミを入れてしまう。


 いかに白石しらいしさんが研究発表という場で有能であっても、こんなところに引っ張り込んだら目を回して倒れてしまいそうだ。彼女は深窓の文学少女カッコオタクだぞ。


「どういう形であれ君たちには発言の機会がやってくる。それは必ずだ。有利にコトを運ぶのを楽しみにしているよ」


「はい。ありがとうございます」


 以前からずっとだが、シシルノさんはどうしてそう、俺たちのやることなすことを楽しそうに眺めようとするのか。その確信じみた顔からは、なにかの企みを感じてしまう。嫌な予感がするのだけど。

 一年一組の四人が軽く頭を下げるのを見てから、彼女は立ち去って行った。



「発言の機会、ね」


 テーブルに置いてあって資料を手に取りながら綿原さんがため息を吐く。

 護衛扱いとはいえ先生や中宮さん、ヒルロッドさんも冊子を眺め始めた。


「台本なしなのか、台本通りにしないつもりなのか」


「どっちもありそう」


 お互いに声を掛け合いながらも、俺と綿原さんは資料に目を通し続ける。


「すごいな、魔獣の群れができる理屈や危ない場所の指定まではわかるけど、キャンプのノウハウまであるぞコレ」


「ここまでパクられると、いっそすがすがしいわね。わたしたち迷宮の歴史に名を遺すかも」


「その割には執筆責任が『魔力研』と近衛騎士団の合同ってことになってるけどな」


 表紙にしてもひっくり返して裏側を見ても、どこにも勇者関連の記載はない。配慮なのか手柄を取られたのか、俺としてはどちらでも構わない。

 これでもし内容に間違いがあったり現場で食い違ったとしても、責任は勇者にありませんよ、が通用する。もしかするとそういう狙いがあってのことかもしれないな。


「サメがいないのが大問題ね」


「あとで知り合いにだけでも描いてあげればいいんじゃないかな」


「そうしようかしら」


「あなたたち、随分と余裕なのね」


 綿原さんとアホな会話をしていたら正面に座る中宮さんからツッコミが入った。

 もちろん彼女も冊子に目を通しながらだ。横では先生も黙って資料を読んでいる。



「大丈夫よりん。元々を書いたのはわたしたちなんだし、この資料以上の材料は頭に入っているわ」


「そうなんでしょうけどね。緊張とかしていないの?」


「してるわよ。それ以上に開き直っているし、いざとなれば八津やづくんがなんとかしてくれるから」


「ごちそうさま」


 美人さん二人の会話はいいのだけれど、どうしてそこで俺の名前を出してくるかな。

 それとこの場合、ごちそうさまは適切な単語じゃないぞ。



「三層の地図か。四層はまだ手つかず、と」


 俺たちが作ったのは二層のマップだけだ。しかもほんの一部だけ。王国側が作った三層の地図となれば、もしかしたら別視点も入っているかもしれないし、これは参考にしなくては。


「四層については素材収集という点では後回しで問題ないとされている。上の方々が我慢をしてくれれば、だけどね」


 俺がブツブツいいながら地図を見ていたのに気付いたのか、ヒルロッドさんが補足を入れてくれた。


 たしかに大半の食料や鉄、塩、木材は三層までで事足りるはずだ。四層の素材はいわゆる高級品、嗜好品になるからな。俺たちがこの世界で最初に食べた食事、あの時は両殿下と総長も一緒だったか。アレに出てきた【六足四腕紅牛】は四層の魔獣だ。


「階段付近だけならいけるんじゃないですか?」


「三層を突っ切ることができればね」


 俺の指摘にヒルロッドさんが肩をすくめる。


 魔獣は階段を昇り降りしない。しないのかできないのかは知らないが、そういう事例はおとぎ話でしか出てこないのだ。つまり魔獣が地上に溢れるたぐいのイベント、『スタンピード』はいちおう起こらないとされている。フラグ建築音がしたな、今。


 つまり階段付近は安全地帯とまではいかなくても、とても逃走しやすい区画といえる。もちろんそんなところで狩りやレベリングをしていても、現れる魔獣が少ないので時間効率的には無駄が多くなるだろう。

 実のところ俺たちは次回以降の探索でこの辺りを考慮した、ちょっとした冒険を計画している。それについてはその時になってからだな。


 今はこの場で調査隊のメンバーになるのを認めてもらうことが重要だ。



「よう。妙な格好をしているのがいると思ったら、やっぱりお前らか」


「あ、ジェブリーさん」


 うしろから声を掛けてきたのは第五近衛騎士団『黄石』のジェブリーさんだった。俺と綿原さんの格好はやっぱり浮いていたようだ。

 どうにも最近、うしろから登場されるケースが多い気がする。俺の【視野拡大】のことを知ってるのか、それとも偶然か。


 一年一組には【視野拡大】を持っている連中が結構いる。


 ざっと挙げれば、先生、海藤かいとうはるさん、中宮さん、そして俺。俺以外の全員がアタッカーというのが面白い。

 動き回ることこそ信条なのがアタッカーだ。素早く敵の存在に気付ければ先手も取れるし、不意打ちを避けるという意味でも視野の広さは重要だろう。【疾弓士】のミアは野生の勘でなんとかしそうだし、【忍術士】の草間くさまには【気配察知】がある。これで【裂鞭士】のひきさんが鞭の進化的技能を手に入れればアタッカー全員が広範囲索敵持ちになれそうだ。繰り返すがミアだけは野生のナニカでそれを為しそうだけど。



「やっぱりジェブリーさんも参加ですか」


「そりゃまあ、これでも迷宮任務は長いからな」


 ジェブリーさんは面倒だといわんばかりの表情をしているが、こちらとしては調査でもなんでも迷宮に入る理由があること自体がうらやましい。


「コレを作ったのはお前らだろ。ならあっちの席じゃないのか?」


 俺の感想をよそに、手にした資料をひらひらとさせたジェブリーさんは上座を顎で指し示した。


「あっちはシシルノさんが主役ですよ。俺たちはむしろ……」


「あー、調査隊になりたいってことか。大丈夫なんじゃないか?」


「だといいんですけど」


 この場にいる人たち中で前回のハウーズ捜索に当たっていた部隊なら、俺たちが元気に帰還するところは見ていたはずだ。見た目は魔獣の返り血まみれでアレだったろうけれど、むしろそれが箔になるくらいかもしれない。

 今の俺たちなら二層で存分に戦える。


 残念なのは資料や噂話程度でしか知らない人たちがたくさんいるというところだろう。

 とくに決定権があるだろう偉いさんたちなどは。



「総員起立!」


「おおっと、じゃあな」


 上座脇の扉に立っていた騎士が大声を出した。それを聞いたジェブリーさんが足早に自分の席に戻っていく。


 いよいよお偉いさん達の登場で会議の始まりだ。



 ◇◇◇



「──であるからして、魔獣の発生箇所自体はバラけていると思われる。しかしだ。魔力の偏差、さらにはそこに迷宮の構造が関与し、結果として魔獣の密集地帯、すなわち群れができあがってしまうというわけだね」


 壇上では魔獣の群れが発生するメカニズムが説明されている。発言しているのはもちろんシシルノさんだ。

 いくら偉い人たちはうしろで見えていないからとはいえ、いつもと口調が変わらないあたりがすごい。実にシシルノさんっぽいな。


「君たちも『魔獣に遭遇しやすい場所』を知っているだろう。経験則でも資料でもだね──」


 ちなみにシシルノさんの背後に座っているのは、近衛騎士総長、軍務卿、王都軍団長、第四と第五の騎士団長という、予定通りのメンバーだ。

 会議自体は王都軍団長が最初に軽く挨拶をしただけで、ほかの人たちはだんまりのままスタートしたわけだが、ひとりひとりからのお言葉も無かったというのは実に素晴らしい。学校の卒業式とかもこうならいいのに。


 総長あたりがちょっかいをかけてくるかと身構えていたが、それもなかった。油断をするつもりはないけれど、アヴェステラさんが言っていたことは本当なのかもしれない。



「以上が魔獣の群れが完成するまでの機序になる。これらを踏まえると、これまで安全だと思われていた区画でも思わぬ危険地帯ができている可能性があるんだよ」


「それでは安全な場所など無くなってしまうのでは?」


 シシルノさんの大雑把なまとめに王都軍の誰かがツッコミを入れた。当たり前の反応だな。周りの人たちも釈然としない顔をしているし。


「それについてはそのとおりとしか言いようがないね。だが、そのための『はざーどまっぷ』だ」


 シシルノさん……、内容はともかく言葉までパクらなくても。それとそれはリスクマップであって……。もういいか、それで。

 黙って聞いていた綿原さんたちも、これには苦笑いだ。



 俺たちに渡された資料にはもちろん、壇上の木製ボードにもアウローニヤ曰くハザードマップがデカデカと張り出されている。二層のほぼ全域と三層の三分の二といったところか。


 前回の迷宮泊で俺たちが巡回できたのは二層の五分の一にも満たない。まるまる三日をかけて、しかも面ではなく線で攻めてすらその程度だ。それだけ迷宮は広大ということだな。


「危険度に合わせて色分けが為されているのが特徴だね。見た目で判断できる利点がある」


「利点は理解できます。信頼度については」


 また別の誰かが質問を投げかける。


 これについては俺も同感だ。構造的に魔獣が目詰まりする箇所はこれまでも認識されていたし、それを色分けしたことで、よりわかりやすくなっているというのはわかる。

 問題になるのは現在における魔獣の集結地点だ。俺たちが群れを判別できたのは、迷宮に泊まってリアルタイムで魔獣の移動を観測した結果であって、これではまだまだ不完全だろう。

 それでも危険地帯の判別がしやすくなっているし、どのあたりに群れがあるのかわかるだけマシではあるか。



「残念ながら各部隊の魔獣遭遇報告からの推測になるね。大雑把な増加区画を元にしているので、厳密さという点ではまだまだだよ」


 それでもまったく問題など無いといった風でシシルノさんは飄々と言葉を続けた。


「これを完成に近づけることもまた、今回の調査の目的になる。むしろ君たちが考えている『間引き』より重要になってくるかもしれないね」


 わかっていたことではあるが、この場にいる人たちにとっては上げてから落とされた気分だろう。


 これは魔獣が多い少ない、場所はどこだ、倒せばいいじゃないか、という話ではない。

 ムラのある魔力増加傾向がどの程度かを逆算するような、そういう調べ方をしようと、シシルノさんはそう言っているのだ。



「今回の調査では現状における魔獣の分布、ならびに移動方向、速度の確認などが重視されると思ってほしい。もちろん倒してしまうことを止めやしないよ。だが、事前に指定した捜索範囲だけは厳守してほしいかな」


 たしかにシシルノさんの言っていることは総体として正論かもしれない。現場の感情を抜きにすればだけど。


 普段から狩りをメインにがんばって、ノルマをこなせば早く地上に戻れると考えている人たちは、こんな要望をどこまで飲んでくれるだろうか。ましてや一日の内に調査範囲をクリアするためには、素材を放置する、なんてこともしなければならないかもしれない。受け入れてもらえるのか?



「諸君の持つ懸念は理解できる」


 席から立ちあがって発言したのは白髪交じりな年配のおじさん、王都軍団長だった。


「それでもこれは必要な行動である。よって今回の調査期間に限り、素材の割り当て分のほかに、捜索範囲ごとの割り増し手当を予定している」


 途端おおうという声が会議室に響く。


 こういう措置が珍しいのかはわからないが、これなら現場のやる気も出るかもしれない。俺たちにはまったく関係なさそうなのが残念だな。がんばったらオカズが一品増える、とかはないだろうか。



「軍団長閣下の賢明なご判断に感謝を」


 王都軍団長に振り返ったシシルノさんが、仰々しく頭を下げて敬意を表した。心の中までは見えないから、本心からかどうかはどうでもいい。


 何度も繰り返すが、アラウド迷宮における素材回収のメインは国軍兵士だ。迷宮で出会ったミハットさんたちにしても、素材のちょろまかしが常態化していたようだし、こういうボーナスは大きいのかもしれないな。



「皆の士気が向上したのはいいことだね。ところでなのだが」


 正面に向き直ったシシルノさんがさもめでたいといった言い方をしてから、話題を変えようとした。


 あ、これは知っている顔だ。シシルノさんが悪いというかイタズラっぽいコトを言いだすパターンに入った、そんな時の表情だぞ。


「実はこのハザードマップ、ここまでの形にできたのは今日の午前中なんだよ」


 ということはもっと煮詰めて精度を上げる時間も必要で、それだけ調査を始める日程が遅れるということか。


「だが、うかうかしていると、魔獣の数や位置取りが不正確になってしまう可能性も高い」


 納得いく仕上がりを待っていたら、その時には時代遅れになっていましたということになりかねないわけだ。


「どこかで妥協する必要はあるし、かといって致命的な間違いは消しておきたい」


 すごく嫌な予感が背中を走る。というか、シシルノさんがハッキリとこちらを、もっといえば俺を見ていた。


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