第423話 高級食材
「
「なるほど、そうきやがったかぁ」
極めて珍しいことに、聖女な
一体何が起きているのかといえば、原因は単純に出された夕食の内容についてだった。
羊肉を使ったステーキみたいなのがメインで、アウローニヤに比べると随分と風味の違う塩と胡椒が表に出たスープ、パンとサラダ。サラダドレッシングについては、やっぱり副料理長たる佩丘が作った方が上だな。いや、上下というより、好みの問題か。
普通に美味しい夕食だったのだけど、そこで問題となったのはスープの出汁とステーキに添えられていた付け合わせの材料だった。
だって、カニなんだもんなあ。
ちなみに夕食に同席しているのはスメスタさん他、この大使館に住む職員さんが四名。男女二名ずつで外交官と事務員さんらしい。
そしてもちろん全員が女王派閥で固められている。
そんな大使館員さんたちはニコニコ顔だった。愛想とかではなく、誰が見ても本心なんだろうってわかるくらいに笑み崩れていて、こっちが困るくらい。
侯王様の襲撃を受け止め、いくつかの懸案事項を抱えているスメスタさんこそ苦笑いだが、それでもいくつもの重荷がなくなったせいで表情は明るい。王都動乱からずっと、この大使館も大変だったんだろうなあ。
みなさんの喜びは勇者を迎えられたのもそうだけど、俺たちが運んできたアウローニヤからの資金やワインなんかの物資が大きいと聞かされている。
アウローニヤのワインはペルメッダでは貴重品らしく、外交の武器として重宝されているらしい。
ただこの大使館のトップはバリバリの宰相派だったせいで、本国から融通された物資を好き勝手に捌き、女王派の人たちには滅多に回ってこなかったのだとか。
とはいえこの場にはワインは供されていない。理由は聞かずとも……。
俺たちとしては自分たちの荷物からアルコール類が消えてくれて、実はホッとしている。先生のためにもっ。
『これで借金を返すことが叶います』
ここまで来る道中でスメスタさんから聞かされた大使館騒乱の顛末でも出てきたのだが、俺たちが運び込んだ資金も大きい。
というか目の前で笑っている大使館員さんからしてみれば、実際のところはワインよりこちらが本命なんだろう。
言うまでもないが、ここの制圧は武力で成し遂げられた。基本的に大使館内での出来事なので、戦闘はアウローニヤから派遣されていた兵士同士のぶつかり合いになる。
王都軍と東方軍から集められていた兵士の抱き込みや、地元の傭兵を雇うのがスメスタさんたちの事前工作だったわけだが、そのためには金が必要だ。
王城で暗躍していた当時の第三王女殿下は王室資産から工作資金を捻出していたわけだが、遠く離れた大使館ではそうもいかない。
正式に送られてくる資金や換金できるような物資は宰相派の大使が着服し、スメスタさんは女王様の雇った商人を経由して工作資金を得ていたようだけど、どうしてもコソコソと少額を積み重ねるしかなかった。
バレたらアウトな上に、王城での成功と連動させなければいけないというシビアさだ。
それでも成し遂げなければいけなかった女王派の人たちは、個人的な借金をしてまで工作資金を工面していたらしい。
王城にしてもこっちにしても、失敗していたらどうなっていたんだろうなあ。
というわけで大使館の人たちは一年一組を心の底からの大喜びで迎え入れてくれて、そして手を尽くした食事を出してくれたのだ。
その中に比較的高級素材となる、ペルマ迷宮四層に出る【十脚三眼蟹】が含まれていたわけで。
◇◇◇
料理として出されていたのはカニの甲羅を出汁に使ったスープと、身をほぐしてソースをかけたおしゃれなメニューだったのだけど、ソレの正体に気付いた料理番二人の言葉に俺たちは色めきだった。
一年一組が求めているのはこういうカッコいいカニ料理じゃないとかほざいてまで。
「あの、忌避感とかは」
「俺たちなら大丈夫です。じゃんじゃん持ってきてください」
大使館の料理人さんたちのお気遣いはわかるのだけど、相手はカニだ。
たとえ生きていた頃の【十脚三眼蟹】がカニをひっくり返して、足が甲羅を円形に纏い、腹から二本のハサミが突き出していて、地面側、つまり甲羅の分厚いところに三つの目があったとしても、カニなんだ。
迷宮の魔獣にしてはワリと原型に近いような気もするが、相手がカニなら戦える。牛とか馬なら躊躇はするのだけど、カニなら大丈夫。
一層でシャケがワリと平気だったとの同じ理屈だな。
クジラとかの大物でもない限り、日本人は水棲生物をそうそう恐れたりはしないのだ。
「足、五十センチくらいあるんすね」
「おっきいね」
ソレを前にチャラ男の
冷凍庫から持ち出された濃く青い殻を持つカニの足が並べられても、俺たちが臆することはなかった。だってカニだし。
大使館のみなさんは俺たちにとても感謝してくれているし、こっちも変なスイッチが入って遠慮のタガが外れていたのかもしれない。
そんな両者の関係があったものだから、俺たちが大使館のキッチンに突撃を掛けることを咎める者はいなかったのだ。
普段なら
要は両者がはしゃげる状況になってしまっていたのだ。
ちなみに出された料理はちゃんと完食してある。そういうところはちゃんとしているのだよ、ウチのクラスは。
「炙ろう。やっぱりそれだろ」
「そうですね。何本かは茹でましょうか」
頼もしき佩丘と上杉さんが、俺たちの望み通りの解答を出してくれる。だよな!
「何人か、コンロを食堂に運びこんどけ。炭も忘れんな」
「おうよ!」
佩丘の指示出しに野球小僧の
目的は大使館の倉庫に置いてある俺たちの荷車に積まれた炭火焼セットだ。
「
「あいよお」
続けざまの指令に、熱を操る頼もしいアネゴ、笹見さんが謎に腕まくりする。ノリノリだよなあ。
「アレが【熱導師】の……」
「それを言うならあっちは【聖導師】だぞ」
アウローニヤでは勇者中の勇者とされる【導師】二人がキッチンで気炎を上げている光景に、大使館の人たちは生唾を飲み込んだ。
やってることは料理なんだけどな。
「見物連中は邪魔だ。笹見と上杉残して、お前らは食堂に戻ってろ。俺も直ぐ行く」
キッチンに集まった日本人たちを佩丘が追い出しにかかる。
材料を見届けたのだから、俺たちは退散するくらいしかやることが残ってないもんなあ。コンロの設置でも手伝うとするか。
「日本酒があれば良かったのですけど──」
去り際、背後から上杉さんの呟きが聞こえてきたが、先生は若干死んだ目になって真っ先にキッチンを出ていたので耳には届いていないはずだ。そもそも上杉さんがそんな気遣いのできていない行動をするはずもないだろうしな。
「楽しみね」
「ああ」
上機嫌にサメを浮かばせた
◇◇◇
「やっぱり色変わるんだあ!」
網の上に乗せられたカニの足を見つめているロリっ娘な
海藤たちが持ち込み、食堂に置かれた炭火焼コンロが巨大なカニの足を炙っていた。
マジ顔でそれを管理しているのは頭にタオルを巻いた佩丘だ。頬に汗がつたうのは、熱気だけではないのだろう。
奉谷さんの言うとおり、炭火を受け止めたカニの殻が赤く染まっていくのだけど、うん、これがいいんだよ、これが。
ところで奉谷さん、茹でた方がすでに赤いのはわかってるんだよな。
「美味いなあ」
「これなら塩味だけで十分ね」
周囲ではバキバキと甲羅を割り、白く染まったプリプリの身に、各自が勝手に塩を振りかけ口に放り込んでいく光景が展開されている。
俺もやっているぞ。実にカニをしていて美味い。大振りなので、食いごたえがあるのが最高だ。
こちらは事前に上杉さんがキッチンで茹で上げた方のカニとなる。
一本の足が五十センチもあるものだから、何人かに分けながらだけど、それでも食べ応えは十分だ。ここから炙ったカニも待っているんだしな。
積極的に体を動かす日常を送るようになった俺たちは、結構な健啖家揃いだ。
というか、一日三食に加えて午後の軽食と夜食で筋肉の量を増やそうとしているくらいだからな。今日の夜食はこれで十分だろう。
「騒がしくしてすみません。せっかくの食事だったのに」
「いえいえ、こういう食べ方もあるのは僕も知っています。簡単な料理こそ、素材の味が出るものですね」
近くでは今日一日ですっかり意気投合した
「四層の素材ともなると、凝った料理にしてしまいたくなるものです」
「それは、なんていうか。ごめんなさい」
「とんでもない。僕はこれでも食道楽でしてね、街に出ては試しているんですよ」
歴史研究家的で文系チックなノリをしているスメスタさんは、食の分野にも詳しいようだ。文化人ってヤツなのかもしれない。
「みなさんが落ち着いたら、街を案内させてください」
「ええ、是非」
行けたら行きますってアレじゃないかって思うくらいに、本当に社交辞令みたいなやり取りをする二人だけど、スメスタさんはマジっぽいんだよな。
それにしても四層のカニは、やっぱり高級食材ってことになるのか。アラウド迷宮だとジャガイモが高級扱いだったし、迷宮依存社会っていうのは相変わらず難しい。
って、カニが高級なのは日本でもそうだった。どっちの世界でも高級とは、やるじゃないか、カニめ。
「こいつらが四層にいる、ってことでいいんですよね?」
「そ、そうなるね」
別の職員さんに確認する
四層に行く。
階位を上げるし、カニも狩る。最高じゃないか。
「くっ、ははっ。三層に羊で四層はカニか」
イケメンオタな古韮は野望に溢れる笑顔になっていた。
◇◇◇
「僕としては拠点を提供するという提案が引っかかるところです」
「ですよね。受けてもいいんでしょうか。断れば失礼に当たるような気もしますし」
スメスタさんが昼間に侯王様が出してきたお土産の内容に複雑そうな表情をしていて、それに対して委員長もまた、微妙なお顔になっている。
狂乱のカニパーティも終了し、いよいよ本日最後の会談が始まった。
こっちは一年一組のフルメンバーで、あちらはスメスタさんとさっき食事を一緒にした大使館の人から男女が一人ずつ。
場所は大使館にある大きめの応接室みたいなところで、大きめのテーブルに食事の時と同じ席次に座っている格好だ。つまり、俺の右隣りは寡黙な
さっきまでいた食堂では職員さんが後片付けをしてくれているのが、とても申し訳ない。完全に仕事を増やしてしまったな。
「まずは僕たちの基本的な考え方ですけれど、そこからでいいですか?」
「ええ、是非聞かせてください」
「みんなも思うところがあったら口を挟んでほしいかな」
一年一組の根底にある考えを委員長は再確認したいと提案し、スメスタさんたちはそれを素直に聞いてくれる姿勢になる。
一言付け加えるあたりはいつもの委員長だな。
ここからの話は四層でカニと戦いたいとかそういうモノではない。
「スメスタさんたちもご存じでしょうけど、僕たちの目標は故郷への帰還です」
「はい。存じています。女王陛下からも勇者の望みを最大限叶えるようにと仰せつかっていますので、出来る限りの協力は惜しみません」
「ありがとうございます。僕たちはアウローニヤから逃げてきた身の上なので、そう言ってもらえると本当に助かります」
「勇者の活躍があればこその現状です。当然のことですよ」
建前的な表現で言葉を交わす委員長とスメスタさんだけど、こちらは本気で、あっちもたぶんそうなんだと思う。
俺たちのペルメッダ来訪は、手配も含めて女王様やアヴェステラさんが書いたあらすじによるものだ。ここにきてスメスタさんや大使館の人たちを疑ってかかったら、なにも始まらない。
だけど同時に接触は少なめにしておきたいというのも、ズルい本音なんだよな。
この人たちを信用していないわけではない。けれどもやっぱりなあ。アヴェステラさんたち勇者担当者とは過ごした時間が違い過ぎるから。
スメスタさんは好感の持てるお兄さんだけど、出会ってからまだ半日だし。
クラスの中には
俺なんかは疑り深い側になるかな。たぶん綿原さんも。
そういう面々が各自の目で相手を見て、話して、その上でみんなで意見を出し合えば、それが一年一組の答えになる。
それがウチのクラスのやり方だ。
ふとアウローニヤに召喚された翌日を思い出してしまう。アヴェステラさんやシシルノさん、ヒルロッドさんと顔を合わせたその日、俺はどういう風にあの人たちを見ていたかを。
そういう意味では、さっきまで話をしていた侯王様にだって悪印象は抱けていない。むしろ頼りがいのあるおじさんってくらいだ。
今までの王城暮らしと決定的に違うのは、俺たちは現在、明確な肩書を持たず、同時に安全地帯が確保できていない状態ってことになる。
それこそがまさにペルメッダでの『拠点』となるわけだけど。
「僕たちはアウローニヤの味方でありたいと思っています。ですが、それを理由にペルメッダと敵対したいとは考えませんし、最終的には僕たちは仲間を優先します。たとえそれがアウローニヤの利にならなくても」
「はい。アイシロさんの言葉こそが勇者の総意であると僕は受け止めますし、それを支援したいと考えます」
委員長の包み隠さない本当に真っすぐなセリフに、スメスタさんは嬉しそうな微笑みで返答した。
間違いなく俺たちはアウローニヤに恩義を感じている。正確には現在の、女王様が統べるアウローニヤ王国に、だけどな。
なのでアウローニヤとペルメッダのどっちを取る、なんていう話になれば、一年一組は情報を確認しつつも前者を選ぶだろう。
ただなあ、委員長の言った『仲間』の中に、今日別れたばかりのガラリエさんとか勇者担当者が混じっているんだよ。それこそアウローニヤの女王様まで含めて。
入れ込んじゃったよなあ。
たとえばウニエラでアーケラさんが危機に見舞われていて、助けられるのは冒険者としての俺たちだけだってなったら、多数決をして、そしてたぶん……、っていうくらいには。
これは絶対に勇者ムーブなんかじゃない。俺たちは仲間を見捨てないという、とても単純で大切な根底だ。
一年一組の連中は、クラスメイトなんだからという理由だけで、外様な俺を当たり前のように仲間として扱ってくれた。そんなヤツらに心まで救われた俺がすべきことなんて、決まってるよな。
「ありがとうございます。勝手なことを言ってすみません」
「とんでもない。勇者のみなさんに新たなアウローニヤが認められた。僕はそれを本当に嬉しく思っているんですよ」
俺が決意を新たにしているのを他所に、委員長とスメスタさんはお互いに感謝の言葉を贈りあっていた。一緒にいる大使館の人たちも深く頷いていて、本気さを隠そうともしていない。
「話が戻りますけど、そういう前提で今回の一件を受けるかどうか、スメスタさんの意見を聞きたいんです」
委員長がスメスタさんの見解を求める。
「では僕もアウローニヤの人間としての立場から発言させてもらいましょう。まずはみなさんもご存じでしょうが……」
ちゃんとこちらの意思は伝わったのだろう、スメスタさんはアウローニヤ側からという前提で返事をしてくれるようだ。
そして、申し訳なさそうな顔になる。
「今回の騒乱でアウローニヤはひとつ、ペルメッダに大きな借りを作ってしまいました。今の段階ではなんの決着も得られていないのが実情です」
そんなスメスタさんがアウローニヤが弱みを持っていると白状するけれど、それについては俺たちも知らされている。王城で女王様から直々にだ。
さっきの外交情勢説明でスメスタさんが言っていた『言い掛かりをつける材料』というフレーズ。
実際のところ、昼間の侯王様との交流で持ち出されなかったのが不思議なくらいの爆弾だろう。
たしかにアウローニヤとの交易はペルメッダの生命線のひとつではある。王位が移ったとはいえ、切れるような関係ではない。
だからこそ優位に出られる要素があるならば、とも考えられるのだけど……。
「リンパッティア・シーン・ペルメッダ様の問題です」
こちらが知っているにもかかわらず、それをわかっていてもスメスタさんは懺悔のようにその名を口にした。
これには聞きに回った一年一組も、やっぱりかという顔になるしかない。
俺なんて、さっきまで忘れていたクチなので、いまさらなんだけどな。
リンパッティア・シーン・ペルメッダ。ペルメッダの家名を持つ通り、その人はこの国を統べる侯爵家に名を連ねているお方だ。
この国はさっきお会いしたイケメンだけどどこか暑苦しいおじさん侯王様が統治しているのだが、次代を担うお子さんが二人いる。お子さんなんて表現をしたけど、俺たちよりも年上の。
ひとりは長男。たしか二十歳とちょっとで、事実上この人がつぎの侯王となるのは確定と言われている。そしてもうひとりの長女に当たるのが、名前が出てきたリンパッティア様だ。こちらは十七歳。
こうしてみるとアウローニヤのクーデターを思い出す構図が浮かぶのだけど、スメスタさんの言うアウローニヤの借りというのは、国を転覆させるとか、そっち方面ではない。
俺は次王となる長男の名前を忘れてしまっているが、長女の方は憶えている。年齢までも。
それくらいのインパクトを持つ事情があるからだ。なにしろ──。
「リンパッティア様とアウローニヤの元第一王子、バールラッド・フォール・レムト殿下との婚約は、現時点でも継続されています」
「ですよね」
疲れた顔で言い切ったスメスタさんに、委員長は同情を含んだ苦笑いを返した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます