第113話 帝国の影
「結論から申し上げましょう。ジアルト=ソーン、わたくしたちが帝国と呼ぶその国は、アウローニヤの併合を目指しています」
アヴェステラさんは俺たちをしっかり見ながら、そう断言した。
昼間に近衛騎士総長が言った帝国というキーワード、時間が無いという言葉の意味するところ。
その現実を突きつけられた俺たちだが、実のところうすうすは感づいていた。
『歴史というのものは見た側の都合で書かれる。嘘も多いけれど、それ以上に本当を都合よく切り取る。いつの時代でも、今でもだ』
いつになくマジメな顔でらしくない長口上を述べたのは
それにやたら同調したのは
『日本史が好きなんです』
そんな上杉さんだがゲームやファンタジーには疎いこともあって、馬那たちと組んでこちらの地理や歴史と習俗、とくに食文化などの調査を担当している。ほかには迷宮全般も調べているから、システム班と比べても劣らないくらいには忙しいはずだ。いくら戦闘関連で後衛固定とはいえ、がんばりすぎだろう。
そんな地理・歴史チームは資料を読みふける中で、さまざまな発見をしてくれた。
たとえば王国の東、山の向こう側にあるというペルメッダ侯国。名前のとおりでペルメッダという侯爵様が統治している国だ。
アウローニヤの歴史書では五十年くらい前に迷宮が発見されたことが切っ掛けで誕生した国とされている。そうされているのだけど、別の文献には『ペルメール東方辺境伯』なんていうアウローニヤ王国に所属する御家が記載されていて、なぜかその家系は三十年くらい前にぷっつり途絶えているわけだけど。
ペルメール東方辺境伯とペルメッダ侯国。ついでに二十年のタイムラグ。
辺境伯というロマンワードは置いておくとして、これって絶対に離反からの分離独立だろうと俺たちは結論付けるわけだ。三十年くらい前に東方の山脈地帯で起きた『ペルマ山の戦い』にアウローニヤは勝利した、なんていう記録も残っている。そう、勝利だ。間違いなく勝利と書かれていた。
だけどペルメッダ侯国はそこにあり、ペルメール辺境伯家は消え去った。なんでだろう。
ほかにもある。
アウローニヤの南、俺たちが住んでいるアラウド湖を通じて流れるパース大河の下流を挟んだ反対側には別の王国があった。アウローニヤはその王国ともバチバチと、それこそ百年以上も大河の両岸を争っていたらしい。
川を挟む肥沃な土地を巡っての戦争、なんていうのは歴史の当然だと上杉さんは言っていた。それはなんとなく理解できる。
歴史書に曰く、もうアウローニヤ王国は連戦連勝。なんとか将軍が第何次パース決戦で敵兵二万を打ち破ったとか、そういう歴史のオンパレードだ。その割には河むこうの領土が増えていないのが不思議でならないな。
そんな南の国が、二十年くらい前を境に名前を変えた。真っ当に考えれば消滅したのだろう。
その名をジアルト=ソーンという。
◇◇◇
「二十年程前になります。帝国はアウローニヤからみて南にあった当時のハウハ王国を、攻め滅ぼしました」
「……あの、アヴェステラさん」
おずおずと委員長が確認する。
「なんでしょうアイシロさん」
「それって言っていい話なんですか?」
「史実のおさらいですよ。裁量は受け取っていますのでご安心ください」
胸を張るというよりは開き直ったという感じでアヴェステラさんが断言してみせた。
全部とまではいかなくても、それなりに突っ込んだ話になりそうなのが伝わってきて、俺たちは身構えてしまう。
それもこれも、あの近衛騎士総長が暴露じみたことを言ったのが切っ掛けになったというのが、どうにも釈然としないところだ。もし今日のアレがなかったら、アヴェステラさんはこのことを、いつ教えてくれただろうか。
「旧ハウハは帝国直轄領となりました。そうなる前にアウローニヤとしてはパース河の向こう側に緩衝地帯をと考えていたのでしょう。ですが、失敗に終わっています」
なるほど、それが歴史書に何度も出てきたパース決戦とかいうやつか。大昔にあった単なる領地争いだけでなく、ここ数十年は帝国の北侵も絡んでいて、結果として失敗したと。
「領地が隣接する両国がどうなるか。ましてや相手は帝国、大陸でも有数の覇権主義国家です」
少しだけアヴェステラさんの語りに熱が入った気がする。目の前の彼女はなにを想って話しているのだろう。
もし俺がアウローニヤの偉い人だったり王様だったりしたら、ビビる。
逃げるか白旗を上げるかはわからないけれど、命乞いは間違いないだろう。
『この国は南の帝国とやり合う気なのかもしれない。最低でも防衛戦力を集めているのは絶対だ』
馬那はほぼ確信したようにそう言った。なぜその答えに至ったかといえば──。
東の侯国とは昔のイザコザを超えて、それなりに交流があるらしい。
北のウニエラ公国は王妃様の母国で、アウローニヤとの交易はかなり活発だ。米が入ってきたのもこのルートになる。関係は良好だし、大きな山脈を挟んでいるのでお互いに大規模侵攻ができるような場所にない。つまり戦争にはなりにくい。
西の聖法国は勇者を祀るとかいう宗教がアウローニヤと宗派違い程度で一緒だが、大森林を挟んでいるので積極的な交流は薄い。
そして南だ。
パース大河という水運を使えば大規模な交易ができるはずの帝国については、正式な国交が無いためか、異文化、異教徒、異民族以外のまともな資料が見当たらなかった。それとも俺たちに見せたくないなにかがあって、資料を隠していたか。
地理・歴史を調べていた馬那や上杉さん。そこに法律・経済担当の先生や委員長が加わると、見たくもないモノが見えてきた。
この世界におけるスタンダードな国家経営がどういうものか、この短期間ではそこまで詰めて調べることはできていない。
なにせ迷宮や階位、技能がある世界だ。この国で革や鉄製品が安価なように、経済、産業構造、はたまた文明のレベルにすら違いがあるのは当然だろう。
ただそれにしてもだ。
『徴兵が多すぎるし、税がおかしい』
委員長の出した結論は、アウローニヤがなにかしらの戦争準備をしているということだった。
戦争中でもないのに常に兵隊を掘り起こしている状況。
本来国籍を持たない冒険者を徴兵してしまおうという法律まであった。こちらについては冒険者が他国に逃げ出して、お陰で迷宮からの資源調達をやっているのが国軍だというから笑えない。
そしてさまざまな名目の税だ。これについては王城の貴族たちの態度を見れば、私腹を肥やそうとしているだけにも見えなくもないけれど。
それでもタコが自分の足を食べているようだと、つまり自壊はそう遠くないと委員長は断じた。理由は明快で、富の偏重と人口減少が目に見える政策ばかりだったから。本当に大丈夫なのか、この国。
俺たちは帝国のことを知らない。この国の軍の詳細も知らない。知らないのだけれど、それ以外の要素が答えを示していた。
もしかしたらアヴェステラさんたちは、俺たちがキチンと努力をすればそこに辿り着くような資料を用意していたのかもしれない。
◇◇◇
「みなさんとアウローニヤが『勇者との約定』を交わした時のことを覚えていますか?」
「はい、もちろん。……ですけど」
問いかけてくるアヴェステラさんに、委員長は戸惑いながらも返事をした。
この状況で『勇者との約定』に絡んでくるとなると。やはりそれは戦争関連だろうか。
「あの時に答えたのはわたくしだったでしょうか。この国は戦争状態にはなく、今後三年は起こらないだろうと」
「三年後には起きる……」
「可能性はあります。ここ十年、帝国で起きていた東方反乱は、ほぼ鎮圧されたようです」
「……今度はこちらに、ですか」
委員長は少し首を傾げて考えてから、嫌そうに言った。
「帝国で反乱が無ければ、この地はすでに戦火にまみれていたかもしれません。その場合、みなさんが呼ばれていたかどうか、考えても仕方のないことですが……」
そう言うアヴェステラさんは苦笑交じりだが、そこには憂いがあった。
仮に戦争中でなかったとしても、ここが帝国領になっていたとして、俺たちは現れただろうか。
まさかアラウド迷宮を壊すようなマネはしないだろうし、そもそも破壊なんてできるはずがない。王女の儀式は無かっただろうから、召喚は起きなかっただろうか。それとも迷宮の魔力で勝手に呼び出されて、帝国に取り込まれていたかもしれない。
考えても仕方のないことだ。
「みなさんが戦争に加担したくはないと言ったことは、しっかりと記録されています」
目下の俺たちにとって、最大の懸念事項だ。
俺たちは戦争や闘争をしない、人殺しをしたくないと、ハッキリ伝えた。そして王国はそれを受け入れた。『都度相談』という条件付きではあったけど、まさかそれを今。
「わたくしたちアウローニヤは、現状において約束を反故にするつもりはありません」
だけどアヴェステラさんはそう言いきった。
「だけど、総長が言ったことは」
会話に割り込んだのは
『時間がない』と、総長はそう言った。
込められた意味は俺たちが強くなるまでの時間、ということだろう。だがこれは俺たちが強くなったからといってどうにかなるような話なのか?
異世界に呼ばれて、そこにはジョブとレベルとスキルがあって、ダンジョンにはモンスターがいる。どうやら魔族や魔王もいるらしい。そして俺たちは勇者と呼ばれている。
なのに、人間同士の戦争が目の前に現れた。ファンタジーはどこにいったのか。
「ミームス卿。見解を」
「俺がですか……」
総長絡みが理由なのかはわからないが、アヴェステラさんはヒルロッドさんに話を振った。
「こういうことは言いたくないが、残された時間というのはあまり関係ないだろうね」
「どういうことです?」
会話のやり取りがヒルロッドさんと中宮さんに入れ替わる。
「仮に君たちが戦争に加担するとしても、意味がないからだよ」
「弱いから……。強くなれば」
中宮さんのその言葉は、なにも戦争に参加したいという意味ではない。
強い弱いにこだわりがある彼女だ。戦力外だと言われて、思わずといったところだろう。
「弱いからではないよ。万単位の軍勢の中で、個人の強さは大した意味を持たないからね」
「でもさっきの総長はあんなに強くて」
数の問題だと言われても、中宮さんは食い下がった。
「俺は十三階位だ。そんな俺が三人集まれば、これは不敬かもしれないが、近衛騎士総長を倒すことができるだろう。そして俺くらいの騎士は、そこそこにはいるんだよ。もちろん帝国にはそれ以上に」
首を横に振りながらそう言ったヒルロッドさんは、どこか悲しげだ。同時に俺はその光景を頭の中で想像して、戦慄した。
総長の十六やヒルロッドさんの十三という階位は強い方で、数はそう多くないのだろう。けれど十階位くらいの戦士がそれなり以上に存在しているのはとっくに分かっている。それが王国にも帝国にも。
そんな超人たちが万単位で戦争をする?
仮に三年をかけて俺たちが十六階位になったところで、こちらは二十二人だ。百をどうにかできても千に囲まれたら、ダメだろうな。
近い将来戦争が起きる可能性があって、そのとき俺たちはどうするのか。そんなものに加担したくないという俺たちの要望はどうなるのか。
「あの方、近衛騎士総長は何をしたかったのでしょうね」
「ウエスギさん?」
静かになってしまった場に響いた声は、上杉さんのものだった。
アヴェステラさんが驚いたように顔をそちらに向ける。
「わたしたちにはどうしようもないことがあると、あの人は言っていました」
声色はいつもの上杉さんだ。けれどどことなく、空気が違う気がする。
「時間は無いなどと……、最初からわたしたちを嘲りたかったのでしょうか」
片手を頬にあてて、本当に不思議そうに語る上杉さんはちょっと、いや、かなり怖い。
「本当に、意味がわかりません」
これが噂に聞いていた、上杉さんのお怒りモードか。
俺の横にいた
「話の腰を折ってしまいましたね。昂ってしまったようで、申し訳ありません」
「い、いえ、お気持ちはわかります」
「近衛騎士総長の人となりはわかりました。そしてわたしたちは、現状を知ってしまいました」
あのアヴェステラさんですら腰が引けているぞ。滅多にない光景なんじゃないだろうか。
話を主導していたヒルロッドさんは黙り込むままで、シシルノさんとメイド三人衆はただ静かにしている。視線が床の方を向いているぞ。
「こういうお話になるという前提で、アヴェステラさんたちはここにいらっしゃるのでしょう。どうぞ続けてください」
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