第355話 そこにある魔力の色
「ワタハラくんが白く見えるのかい。ならばわたしはどうなのかな?」
引き気味になっている
なんか不必要に腕を組んでいるし、胸を張るような姿勢をしている。そういうのはマッドな科学者らしくないと思うのだけど。もっと猫背っぽい方が。
いや、シシルノさんはどちらかといえば白衣のポケットに手を突っ込んで、颯爽としている方がそれらしいか。
今はそういうのよりもだ。
「シシルノさんも白い……、いえ、すこし緑っぽいかも、しれません」
「ほう?」
俺の返答にシシルノさんは俺を覗き込むように接近してきて、そのぶんだけ俺がのけ反る。
ちょっと距離を取っていた綿原さんがそれを見て、その場に踏みとどまった。謎の意地を張っているのが可愛い。
「あ、サメも白い、かもです」
綿原さんの展開している【白砂鮫】はもとより真っ白なので、実に分かりにくいのだが、それでも上から絵の具を被せたように白い色が見える。
「ヤヅくん。【観察】だ」
「ですね、はい」
興が乗ってきたのか、シシルノさんの口調が早くなるが、なるほどたしかにだ。
【魔力観察】単品ではなくそこに【観察】を被せたら、さてどうなる。
「……こうなるのか」
思わず声が出てしまうくらいに視界が切り替わった。
俺の【観察】は視界内の全てが『見えるようになる』技能だ。もっと詳しく表現すれば、視界の全部にピントが合って、解像度が上がるといった感じ。こればっかりはみんなにも伝え方が難しくて、いまだにクラスメイト全員が理解してくれている様子はない。というか、半分くらいの連中は諦めているようだし。
そんな【観察】の効果を乗せれば、【魔力観察】で見ていたモノがより詳細に視界に広がった。これはすごいな。
「どうなんだいっ!?」
意気込んで語り掛けてくるシシルノさんの鼻息が荒い。
ついでに両肩を掴むのも止めてほしいのだけど。さっきまで神妙に俺たちの行く末を心配していたような素振りなど、もはやどこにも残っていないじゃないか。
取得すべき技能を判断する材料の一助に、みたいなコトを言っていたけど、その姿を見てしまうとむしろ誘導したかったようにしか思えない。
たしかにこっちの方がシシルノさんっぽくて俺好みではあるが、顔を近づけてがんがん肩を揺するのはどうなんだろう。そろそろ攻撃が飛んでくると思うんだけど。
「シシルノさん、節度を持ってください」
「はうっ」
低く鋭い綿原さんの声が響いたと同時に、シシルノさんの脇腹にサメが直撃した。そうなるよなあ。
「酷いじゃないかワタハラくん」
「
「熱くなってしまったのは申し訳ないと思っているよ。で、どうなんだいっ!?」
シシルノさんだって迷宮装備で、革鎧の上に薄緑の白衣を着込んでいる状態だ。綿原さんのサメでダメージが入るはずもない。さっきのちょっと可愛げな悲鳴は、驚きが出ただけだ。
もちろん綿原さんだって急所攻撃などをするはずもない。さっきの【者】騒動で
とにかく俺が説明をしなければ、一歩引いたとはいえそれでもまだテンションの高いシシルノさんを収めることはできないんだろう。さて、これを説明してもどこまで伝わるのか。
「さっきシシルノさんが白に近い緑色って言いましたけど」
「そうだねっ。【観察】でそれがどうなったのか──」
「シシルノさん、今って【魔力視】使ってますよね?」
「まさかっ!?」
うん、シシルノさんの体全体を覆う色、というとアレな表現だけど、一見均質なソレが【観察】を使うことで一部まだらになっているのが見える。全体の色自体がクッキリしたわけではなく、細かい見分けがつくようになったのだ。
具体的には瞳の部分だけ、色が濃い。
「使っている技能が、見えるというのかい」
「ええ。本当にギリッギリですけどね。じゃあ【視覚強化】も被せます」
これでさらに濃淡をハッキリできれば──。
「うおっ!」
「八津くんっ!?」
【視覚強化】を使った瞬間に色彩の粒が襲い掛かってきた感覚に襲われ、思わず目を閉じてしまった。
すぐ傍から悲鳴のような綿原さんの声が聞こえるが、今はそれどころではない。
これまでに経験したことのない色の奔流と一瞬の情報量が多すぎるのか、脳みそがパニックになりかけているんだ。慌てて【平静】と【思考強化】も使ってなんとか精神を落ち着かせるが、これはキツいな。
「焦ることはないよ、ヤヅくん。まずは【魔力観察】と【観察】だけでいい。ゆっくりと馴染ませていくんだ」
「は、はい」
シシルノさんの言うとおりで、いっぺんに視覚系技能を被せすぎるのは負荷が大きすぎる。
ここは【魔力観察】と【観察】、それと【思考強化】だけで安定させるのが得策か。すぐ近くに居てくれる綿原さんの気配を温かく感じながら、もう一度目を開く。
ゆっくりだ。ゆっくりやればいい。
「一年一組はやっぱり全員……、同じに見える。白というか乳白色、かな」
もちろんみんなの姿かたちが真っ白になったわけではない。体の表面をなぞるように薄っすらと白い幕があるように見えるといった感じだ。純白というより、ちょっとだけ茶色がかっているというか。
まさに牛乳色ってところだな。実に北海道っぽい。
そしてなにより、個人差を区別できないのが重大事だ。やっぱりそうなんだろうな。
「シシルノさんは薄緑、アーケラさんも緑色だけど、黄色も混じっているかも。ベスティさんも緑っぽくて、ガラリエさんも青いけど、ちょっとだけ緑がかっているような……」
みんなを見渡しながら言葉を繋いでいく。
「ヒルロッドさんは青っぽくて、ラウックスさんは──」
ミームス隊の人たちを見ながら色を伝えていくのだが、同じ部隊のメンバーだからといって全く同じ色といった感じはない。
だからといって、色だけで名前を当てろといわれたら記憶力の方の問題でムリなくらいには似ている。
「ふむ。傾向としては術師は緑色で、騎士は青、かな」
「……そうですね。ただ、個人個人の色の濃さや微妙な違いは、判別できます」
時間経過で興奮もそこそこ収まってきたのか、顎に手を当てたシシルノさんがここまででわかったことを言葉にした。
「そして君たち勇者は、白くて区別ができない、と」
「はい」
「色については有無が分かれば、今のところは十分だろうね。これが『くらすちーと』の正体かな?」
シシルノさんの声は、最後の部分で小さくなった。
一年一組が同色の魔力を持つという仮説に基づいた『クラスチート』の存在を、ヒルロッドさんは知っていてもミームス隊には伝えていない。その点への気遣いだろうけれど、いまさらでもある。
そもそも『クラスチート』というフィルド語に無い単語だけでは意味が通らないだろうし、逆にここで俺が気を回さずにクラスメイトたちのことを同じ色だと吹聴したのだ、勘が良ければ気付くかもしれないが、ミームス隊の人たちは兵士上がりの近衛騎士で、研究者などではない。
「思わぬところで証明できたと考えるべきかな」
「ですね」
それでも小声でシシルノさんが語り掛けてくるものだから、俺もヒソヒソと返してしまう。これでは二人で内緒話をしているみたいだ。
となれば必然クラスメイトたちの視線が冷たくなるわけで、追加でサメが三匹俺の周りを回遊するのも当然なことなのだろう。俺が見る側の立場なら、絶対【観察】フルパワーで詳細を知りたいと考えるだろうしな。
そんな状況にも関わらず、シシルノさんは長年の謎が解けた研究者のように爽やかな笑顔になっている。似合わないなあ、それ。清々しさが胡散臭さに繋がるなんて、さすがはシシルノさんだよ。
「悪いが時間をもう少しもらえるかな。この場で確認できる限りをしておくべきだと、わたしは考えるのだが」
かなり時間が押してはいるが、シシルノさんの提案は受け入れざるを得ない内容だ。
この先どんな行動を取るにしても、俺の【魔力観察】がどこまでを見極めることができるのか、それを知っておかなければ話にならない。
このままでも今まで通りに戦うことは可能だけど、もし【魔力観察】で有利な状況を作れるのならば、それを選択しない筋はないのだ。
みんなには申し訳ないけれど、ここはシシルノさんの気が済むまで……、それだとここで迷宮泊になりかねないな。そこそこ納得してもらえるラインまでは検証に時間を使うべきだろう。
「いいんじゃないか」
「仕方ないだろ。新技能なんて、そんなもんだ」
「戦いやすくなるといいんだけどねぇ」
「俺たちも体動かしとくか」
まったくもって話のわかるクラスメイトたちには感謝するしかない。
◇◇◇
「ん、消えた」
「七秒ってとこだね」
「ワタシにはサッパリデス」
ミアが【魔力付与】を乗せて放った矢の魔力が消滅するのを確認した俺の声に合わせて、腕時計を手にした
当事者のミアはどうやら実感がないようだけど、そっちはすでに検証されているので問題ない。
「ナカミヤくんの【魔力伝導】も見えて、タキザワ先生の【鉄拳】すら判別できた。すごいじゃないか、ヤヅくん」
「対人戦なら役に立てるかもですね」
「それもそうだが、他者が技能を使っていることを感知できること自体がすごいことだよ」
「それは、まあ」
再び興奮が蘇ったのか早口でまくし立てるシシルノさんだが、ここまで褒められれば俺だって悪い気はしない。シシルノさんのアップダウンが激しいが、俺まで乗せられてしまいそうで、時々クラスメイトたちの視線で冷静さを取り戻すのを繰り返しているような状況がツラいな。
ここまでの検証でわかったことは、みんなに技能を使ってもらったところ、具体的に魔力の色が変わったりするわけじゃないけれど、その部分が濃くなるのが見えるという現象だ。
顕著だったのは
もともと魔力が通っていない物体に技能を流すとあきらかに色が付く。これはなるほど、対人戦では有利に働きそうだ。
ちなみに海藤のボールでは維持された魔力が六秒で消えたので、それを知ったミアは現在ドヤ顔中である。ちょっとだけの差だけど海藤の方が先に【魔力付与】を取っていたんだけどな。
「俺、もっと投げ込むわ」
「肩、壊すんじゃねぇぞ」
悔しそうな海藤と、体の心配をするヤンキー
ピッチャーとしてのプライドが海藤を突き動かしているのだろうけど、ちょっとせつないな。ミアはほら、野生のワタシなんかやっちゃいました系女子だから、海藤もそこまで気にしなくていいのに。
ちなみに綿原さんのサメも、
魔術の発動している時間だけなので、白石さんの音は本当に瞬間的にしか見えなかったが、もしかして俺、不可視の攻撃を見切れるようになったってことだろうか。中二的にはアガるよな。
逆に見切れなかったのが、草間の【気配察知】と白石さんの【奮戦歌唱】みたいな広範囲技能だ。薄い魔力が広がっているのだろうと推測できるのだけど、見えるレベルにまで到達しないとはな。仮に薄い魔力だけで発動しているとしたら【奮戦歌唱】の効果って、もしかして受け止めた側の魔力依存度が高いのかも、なんていう説まで発展してしまう。
そしてあろうことか、草間の【気配遮断】がモロに見えたのには驚きだった。本人の姿は見えないのに、人型の白いモヤみたいのだけはキッチリ見えてしまったのだ。
『僕さ、八津くん。【魔力遮断】を取るよ。取って、本物の【忍者】になるんだ』
などと草間は謎の決意を固めて、そこでまた綿原さんに絡まれていたが、放っておいた。なにをしているのだか。
たしかに【魔力遮断】と【気配遮断】をダブルで使ったら、俺には見えないかもしれないな。
ただ、ここにひとつ大きな疑問、つまり魔力を察知して襲ってくる魔獣に対して、なぜ【気配遮断】が効果を及ぼすのか、なんていうのが思い浮かぶのだけど、それはいったん置いておこう。
「そういうルールだからじゃね?」
「台無しだよ、
「五層あたりにいるんじゃないかな。逆に【気配遮断】を察知するタイプの魔獣とか。ありがちだよね」
「
なんで俺が草間の代わりにツッコミを入れる必要があるのだろうか。
そう、なんだかんだ、検証を始めてしまえばシシルノさんに劣らずノリノリになってしまうのが一年一組なのだ。
この部屋で遅い昼食を始めてからかれこれ三時間くらいか。もう夕方と言ってもいい時間帯だが、それでも話題は止まらない。
シシルノさんやベスティさんは楽しそうだが、ガラリエさんとヒルロッドさんたちミームス隊は呆れ顔だ。アーケラさんは不動の微笑みでこちらを見守ってくれている。
というか、クラスメイトたちにも飽きてきているのが何人かいるのだが。
「でね、あの時の
「それもう止めてよ、
女子の中にはお喋りモードになっている人もいるし、
◇◇◇
「さて、ここでできるのはこれで最後かな。ヤヅくん、あそこをどう見る?」
いい加減に終わりにしなければとも思いつつ、シシルノさんにそう言われれば従ってしまうのが俺の弱さだ。本当に最後なんだろうか。
「あそこ……、って、迷宮罠ですか」
この部屋に入った段階で確認しておいたトラップは二か所。種類は不明だが両方ともが壁際で、事前に近寄らないように警告はしてあるのだけど。
「色が、濃い? これは、いつもよりわかりやすいですね。丸わかりだ」
「なるほど、実際の色の違いは【観察】で見抜き、【魔力観察】で補強できるということだね」
迷宮罠はいわば稼働する迷宮だ。俺たちの理屈からすれば、なんらかの形で魔力が関与していると想定できる。それが……、見て取れるのかよ。
「わたしには違いがわからないんだよ。特定の個人や部屋全体の魔力量は見抜けるのだけどね」
シシルノさんは個人の魔力量を見抜くと言うが、今のところ俺にはムリだ。
かろうじて色の濃さの違いから、なんらかの技能が発動しているんだろうなあ、くらいのレベルでしかない。
シシルノさんが話題にした迷宮そのものの魔力が【魔力観察】にどう映るのかといえばだ。結論から言えば、部屋全体が薄っすらと、とくに床のあたりが『赤紫色』に染まっているのが見えた。気になる色だよな、赤紫って。
ただし魔力量の違いなんていうものを明確に判定するまでには及ばない。今さっきシシルノさんに指摘されたように、トラップなんかのように局所的な違いは明確に見分けがつくが、ちょっと覗き込んでみた隣の部屋との魔力量の違いなどというのは、全然判別できなかった。
「予測通りではあるが、わたしの【魔力視】と君の【魔力観察】は、似て非なるものだ。量を見抜くには【魔力視】が効果的なのかもしれないが、質の差を判定するとなると【魔力観察】が優れているのかもしれないね」
「ですね」
ここに至り、シシルノさんは確信じみた表情で俺の【魔力観察】をそうやって評価してくれた。
途中から俺も気付いてはいたのだが、シシルノさんの【魔力視】とも、草間の【魔力察知】とも違う、いうなれば『魔力が見える』だけの技能。それが【魔力観察】だ。
そうなれば、あとはこの技能をどう活かしていくかだな。戦いではもちろん、迷宮での行動や、なんなら普段の生活でもだ。
「そして導かれる結論は簡単だよ。ヤヅくん」
あれ? まだ続きがあったのか。
「君とわたしが協力しあえば、魔力研究は飛躍的に進むはずだ。ヤヅくん、やはり君はアウローニヤに残って──」
「そこまでですよ、シシルノさん」
また面倒くさいモードに入ったシシルノさんをどうしてくれようかと思ったところで登場したのは、もちろん我らが鮫女、綿原さんだ。
三匹の白いサメが彼女の周りを踊り、いつでもシシルノさんに襲い掛かる態勢が出来上がっている。
「まあまあ、落ち着きたまえよ、ワタハラくん」
「落ち着くのはそっちです、シシルノさん」
天丼だよなあ。
こうして出発時刻は順調に遅れていくのだ。
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