第274話 歓迎される足手まとい




「七階位ですか、わたくしが本当に」


 目の前に散らばるミカンの残骸を見ながら、アヴェステラさんが乾いた顔をしている。


 これは現実で、ちゃんとした成果なのだから、もっと誇ってもらってもいいと思うのに。

 たしかにお膳立てをしたのは俺たちだけど、それは一年一組全員が普段からやっていることで、今回はたまたまアヴェステラさんに集中させただけだし。


「なあアヴィ、わたしが九階位なんだぞ? 君が追い付けない道理がないだろう。全ては勇者の思うがままに、だよ」


 なにかいい感じでアヴェステラさんに語りかけるシシルノさんだが、全部を勇者のせいにするのはいかがなものだろうか。



 リンゴにトドメを刺すのはムリだったアヴェステラさんも、ミカンとヘビは【奮術師】の奉谷ほうたにさんの力を借りることで、なんとか成し遂げることができたのだ。


 見事七階位を達成したアヴェステラさんはこの時点で【反応向上】を取得した。

 二泊三日の迷宮泊は始まったばかりだし、疲れを吹っ飛ばすという意味で【睡眠】は神スキルだけど、それは宿泊直前まで引っ張っておく。アヴェステラさんは【疲労回復】を持っているからな。文官さんが【疲労回復】とか、ブラックな空気が満載だけど。

 さておき、なにか不都合が起きたとすれば、帰り道で【視覚強化】を取ってもらうという形を残しておきたいのだ。


 フラグじゃないぞ、これは。


「そうですね。わたくしのために、みなさん、ありがとうございます」


 シシルノさんの説得が効いたのか、やっとこさでアヴェステラさんは笑ってくれた。

 俺たちは俺たちで、こちらの都合をアヴェステラさんに押し付けて、迷宮に引きずり込んだわけで、お互い様でもある。


「せっかく取った【反応向上】だし、どんどん使って熟練上げてください」


 で、そこに無粋なツッコミを入れてしまったのは俺。

 だってアヴェステラさん、たぶんだけどわかってない気がするから。俺のセリフを聞いて首を傾げているし。


「俺の【観察】と一緒ですよ。自分が魔獣に攻撃できなくても、とにかく【反応向上】を使って、それこそ戦っている気分だけでもいいんです。ガラリエさん、合せられますよね?」


「問題ありません、あまり大袈裟な動きは困りますけど」


 あまりよく分かっていなさそうなアヴェステラさんは置いておいて、専任盾をやってくれているガラリエさんにも確認はしておいた。欠片も心配はしていないけど。


 十階位の前衛が七階位の後衛を背中にしてアタフタするようなことはないし、『紅天』所属のせいで迷宮が少なかったガラリエさんも勇者と同行し続けることで魔獣に慣れてきている。シシルノさんを守ることに特化した立ち回りが多かったので、護衛対象がいるくらいな方がキレがあるくらいだ。

 なんかこう、近衛騎士の本懐だよな。


 ウチの騎士連中は魔獣を通さないのがメインになっているし、対人護衛っていうムードに欠けるのだ。今なら仮盾をやっている野球少年な海藤かいとうの方がサマになっているくらいかもしれない。

 アイツ、シシルノさんを護衛するんだって張り切ってたしな。海藤って絶対年上の女の人が大好きだろ。



「アヴィ、彼らの言うとおりにした方がいい」


「シシィ?」


「迷宮内で、もっと言うなら魔獣との戦いで技能を使う。それが大切なんだよ。報告書にはしておいたはずだろう?」


「だけどアレはあなたの仮説で」


 なんだかシシルノさんとアヴェステラさんの会話が始まり、そうなると俺たちは見守る側だ。

 勝敗は明らかだろうけどな。この場合は勝ち負けとかじゃないけど。


 技能は地上より、迷宮で使うほどに伸びるというシシルノさんの仮説は、一年一組では定説に近い実感を持って受け入れられているくらいだ。


「魔力の温存とかは考える必要はないよ。現にわたしも【魔力視】を使い続けているからね」


 そう言うシシルノさんはニヤリと笑いながら綿原さんのサメと夏樹なつきの石に視線を送った。技能を使っていてもエフェクトがかかるわけではないので、いつもと同じ普通に見えるのが残念だな。紫色に光ればいいのに。


「そんなことをしていたら──」


「なあに、『緑山』なら大丈夫さ」


 魔力が尽きると言葉を繋ぎたかっただろうアヴェステラさんだが、シシルノさんは軽くさえぎってしまった。


 実際に大丈夫なのだから、シシルノさんは余裕綽々だ。


「フジナガくん、ミヤマくん、ホウタニくん、そしてシライシくんだよ」


「それは分かっています。【魔力譲渡】のことくらいは」


「わかっているならなおさらだろう? お願いすればいいのさ」


「ですが」


 ああ、やっぱりシシルノさんの勝ちだ。


 アヴェステラさんの負けというよりこれは、意識の差と、一緒に迷宮にいた時間の違いかな。性格もあるかもしれない。白々しく頷いているベスティさんが微妙にウザムーブを出しているなあ。



「シシルノさんはそのあたりにしてください。言い出しっぺはわたしです」


「そうだね。アヴィ、続きはワタハラくんからだそうだ」


 呆れた風になった綿原さんがサメを纏わせながらシシルノさんにツッコミ、バトンは受け渡された。


 綿原さんに視線を向けたアヴェステラさんがちょっと不安そうにしているけれど大丈夫、この会話はそういうのじゃないのだから。


「まず、ごめんなさい。わたしたちは暴走気味です」


「え?」


「っていうか、このやり方がわたしたちの普通なので、アヴェステラさんには大変かもしれません」


 間違いなくアヴェステラさんは困惑しているだろうけど、綿原さんは謝るところから始めたようだ。



 今回で俺たちは勇者担当者全員と迷宮を体験したことになるが、アヴェステラさんは特殊な存在だ。逆か。担当者の中で一番真面目で普通の人と言った方が正確だな。

 ヒルロッドさんは教導騎士だから問題無し、ガラリエさんも近衛上がり、アーケラさんとベスティさんは俗にいう『特殊な訓練を積んでいる』人たちだ。そしてシシルノさんは性格が突き抜けている。


「アヴェステラさんはわたしたちに手間をかけさせていると思っていますよね?」


「……それは、そうです」


「たしかにそのとおりです。一年一組全員がアヴェステラさんのことが心配で、だからこうしてます」


 さあ綿原節が始まったぞ。ワクワクしてしまう俺も大概だが、楽しいのだから仕方がない。


「わたしたちは好き勝手をさせてもらいますから、嫌でもアヴェステラさんには付き合ってもらいます。だからもう一回謝ります。ごめんなさい」


「いえ、そんなことは」


 意味不明な状況にうろたえるアヴェステラさんなんていうレアを見せられるだけでも、綿原さんは大したものだ。


「一年一組は『ワガママな勇者』です。アヴェステラさんだって知ってますよね?」


「それは……、否定も肯定もし難いですね」


「アヴェステラさんの安全はわたしたちの心の安定につながるんです。ハッキリそう言っておく時間があったのに、強引に進めてしまってごめんなさい」


「わたくしは……、みなさんの仲間でしたね」


「そうです。とっくに仲間です。もうずいぶん前から」


 綿原さんによる三度目のごめんなさいに、困惑気味だったアヴェステラさんも落ち着きを取り戻し始めたようだ。


 外様の俺がそうだったように、アヴェステラさんも心の境界線をどうしたらいいのか、わかっていなかったのかもしれない。

 何度もお互いに仲間だということを意識しながら、口で味方と言いながら、それでも日本人とアウローニヤの人だからと。



「それとですね、アヴェステラさんは足手まといなだけじゃありません」


「それは? わたくしは魔術も使えませんし、シシィのように視ることも」


 うん。意識を共有したら、今度は前向きに話題を変えてきたか。やるなあ、綿原さん。


「答えは簡単です。鳴子めいこ


「うん!」


 綿原さんに指名された奉谷さんは、元気に返事をすると同時にアヴェステラさんの背中に手を当てた。【魔力譲渡】を使ったんだろう。


「ほら、アヴェステラさんが役に立ったじゃないですか」


「え?」


 おもむろに腕を組んで三匹のサメを泳がせる綿原さんは、ドヤ顔で言ってのけた。


 やっぱりアヴェステラさんは文官で地上の人だ。システムをわかっていても、実感としては沁みついていないのだろう。アウローニヤ風の迷宮ルールというしがらみに囚われているのかもしれない。



「今、鳴子の【魔力譲渡】と【魔力浸透】の熟練度が上がりました」


「……そういうことでしたか」


 そこまで言われればさすがに気付くだろうな。


「アヴェステラさんはわたしたちの『クラスチート』を知ってますよね?」


「それは……、はい」


「身内とアウローニヤの人たちでは【魔力譲渡】の効きが変わります。熟練の上がり方は変わりませんけど」


「それならわたくしに使うよりも」


 技能の熟練度はハッキリと数字にできるようなモノでもないので、個人の感覚で判断するしかない。【魔力譲渡】を持っている四人がそれぞれ試したところでは、一年一組同士でもこの国の人たち相手でも大して変わらないんじゃないかという結論っぽいものが出ている。とくに『御使い』こと奉谷さんの【魔力譲渡】経験は長いのだ。


 だからこそ、身内同士で【魔力譲渡】をし合えばいいじゃないかとアヴェステラさんは言いたいのだろう。だけどそれだけじゃないんだな。



「こっちの国の人たちにどれくらい効果があるのか、それを体験できるのも大切なんです。これからアウローニヤの人を助ける機会があるかもしれませんから」


「ワタハラさん……」


「なにも【魔力譲渡】だけじゃありません。【聖術】の効きもそうですし、【鼓舞】だって【身体補強】だって【奮戦歌唱】も。効果が一律じゃないからこそ、確認したいんです。とにかくわたしたちは練習したいからアヴェステラさん、諦めて実験台になってください」


「ありがとうございます。喜んで足手まといをやりましょう」


 ついに折れたというよりは、理解が及んだといったところかな。アヴェステラさんはいつもの微笑みを取り戻してくれたようだ。


 俺は口で綿原さんに勝てる気がしないよ。

 それでもまあ、やってみるか。同じ迷宮委員だからな。



「あの、俺からもいいですか」


「どうぞ、八津やづくん」


 軽く手を挙げた俺を見て、綿原さんがモチャっと笑った。


「指揮する側としても助かってるんです」


「それは、どういうことでしょう」


「リハーサル……、事前練習です」


 俺の言葉に首を傾げるアヴェステラさんと、日本語に目を光らせたシシルノさんの対比ときたら。


「『その時』が来たら、俺たちは王女様を護衛しながら迷宮ですよね?」


「……それは、たしかに」


 一度落ち着いてしまえば、アヴェステラさんは理解が速い。というより、俺たちの『妙な当たり前』以外の部分なら最初っから滅茶苦茶優秀な人だしな。



 そうだ。今回アヴェステラさんが同行し、彼女を守りながら迷宮を徘徊するという展開は、クーデター実行時に王女様を守るのと大して変わらない。

 王女様もさっきまでのアヴェステラさんと同じく、五階位の【導術師】という非戦闘系後衛職だ。【魔力定着】なんて、もしかしたら魔獣を呼び寄せるトラップに使えるかもしれないな。このあたりは話し合っておく必要がありそうだ。


 なんていう、今になって思いついたコトまで含めて説明を続けていく。


「だからアヴェステラさん、どんどん俺たちを頼ってください。『緑山』は頼られる練習をしたいんです」


「ヤヅさん、あなたは」


「王女様のことです、迷宮に入ったら階位上げをしたがるんじゃないですか?」


「……ありそうですね」


 神妙な顔になったアヴェステラさんは俺の見解を否定しなかった。というか王女様と一番長いはずのベスティさんはニッコニコしているのだけど。


 なにせ王城の隠し通路を網羅したと豪語するようなお方だ。

 お転婆系王女様とか、完璧にラノベキャラだよな。クーデターが成功したら、追放名目で国を出る予定の俺たちにくっ付いてくるような展開までありそうだ。


 実際のところは迷宮で人を見かける度に王女ウィズ勇者で演説をカマし続けて味方を増やすのに全力を傾けるのだろうけど、道中で出てきた魔獣を王女様に回す、なんてことはあるかもしれない。

 むしろアリか。敵対するヤツに出会ったとして、やはり足手まといになる王女様には少しでも強くなってもらう必要があるのだし。

 それこそアヴェステラさんのようにだ。



「迷宮って怖いけれど、不思議と素敵な場所だって思うんです。魔獣と戦うのは今でもイヤですけどね」


「良いことを言うね、ワタハラくんは」


 ふと会話が途切れたところで、綿原さんが部屋を見渡しながら妙なことを言い出した。それにシシルノさんも乗っかる。


「地上でいがみ合っているのが馬鹿みたいだなって」


 アウローニヤの貴族の多くは迷宮を忌み嫌う。正確には魔獣との闘争が汚らわしいという考えが強い。そのクセをして迷宮の素材に頼り、綿原さんの言うように権力争いに余念がないときている。


「迷宮で頑張ればほら、わたしのサメは大きくなるし──」


 綿原さんの言葉を受けた三匹のサメは合体し、一匹の巨大な白いサメとなった。


「王位簒奪とか、権力争いを暴力でするのは好きになれません。だけど王女様の言う、人はもっと迷宮に入るべきだ、というのはわかる気がするんです」


 クーデターに付き合うのは渋々だと表明した綿原さんは、それでも王女様の考える未来を否定しない。



「うん。すごいことできるようになったしね」


 会話に混ざってきた弟系男子の夏樹が、自身の周りに三つの石を浮かべて動かす。


 ついさっき、九階位になってから夏樹は三つの石を操れるようになったのだ。階位が上がったからか、もしかしたら綿原さんがサメを三匹にしたのを『認識』したからかもしれないな。ちなみに技能はお預けだ。


「だね。ハルもこんなになるなんて、想像もしてなかったし」


「そりゃ、アタシもだよ。なにさコレ」


 迷宮の高い天井に届くくらいのジャンプをした陸上少女のはるさんが空中からみんなを見下ろせば、チャラ子なひきさんがストラップ付きのムチを器用にうねらせた。


 どれもこれも山士幌ではできないことばかりだ。


「迷宮キャンプは楽しいデス!」


「うん。迷宮で食べるジンギスカンは一味違うかもな」


 ミアと古韮ふるにらがおちゃらける。



「ほら、これが勇者だよ、アヴィ」


「そうですね。地上と一緒で、大違いです」


 シシルノさんが俺たちを褒めているのかどうか怪しいコトを言っているが、アヴェステラさんはどこか納得した様子だ。


 違うのか違わないのか、どっちなんだろうな。どっちもか。


「わたくしは、みなさんと同行できて良かったと思っています。いえ、思えるようになれました」


「だろう? これがクセになるんだよ」


 アヴェステラさんが前向きになったのは大歓迎だが、シシルノさんの評価はどうなんだ? 俺たちは芸人をやっているつもりはないのだけど。


「きっとリーサリット殿下は、わたくし以上に喜ぶのではないかと思います」


「それは何に対してですか?」


 アヴェステラさんの言葉の意味を、綿原さんはイタズラっぽく聞き返す。


「すべて、ではないでしょうか」


「それならそれで。さ、行きましょう、アヴェステラさん。八階位になったらみんなと同じ扱いにしますからね」


 迷宮委員で鮫女な綿原さんは、やっぱりクラスで一番のアジテーターなんだろうな。


 クーデターでやる勇者の声明だけど、彼女に任せちゃってもいいんじゃないだろうか。


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