第303話 紅い近衛騎士




「とはいえ、たった一度の会談で分かり合うのは難しいわね」


「あの……、もう半日もないんですけど」


 ミルーマさんが今回の来訪を台無しにするようなことを言い出すのを聞いた藍城あいしろ委員長が、半ば呆れたような声を上げた。


 なにを言われるのかとビビっていた俺たちとしては、間の抜けた話に聞こえてしまうのは仕方ないだろう。食堂に立ち込めてきた緊張が一気に霧散したぞ。短かったなあ。



「気休めだったのよ」


「気休め、ですか」


「最低限でも、って言い換えてもいいわ」


 食後のデザートみたいなノリでリンゴ……、魔獣のリンゴとミカンのシャーベットを食べながらミルーマさんがグチっぽく委員長に話しかけている。


 シャーベットなんていうと中世ヨーロッパ風のこの世界ではオーバーテクノロジー感があるが、王城では普通に食べられている。魔術があるからだ。

 リンゴやミカンの果汁にちょっとの砂糖を加えて型に注ぐ。そこで【冷術】をかければ出来上がり。ちょっとした魔術クッキングだな。


『緑山』には二人の【冷術】使いがいる。アルビノ系薄幸少女の深山みやまさんと、陽気なお姉さんのベスティさんだ。時間さえかければ氷を作り出すなどお手の物で、歩く冷凍庫とも呼べるかもしれない存在は、日本人的には頼もしい。山士幌の夏は暑いからなあ。

 ちなみに【熱術】を使うアネゴな【熱導師】の笹見ささみさんも温度を低下させることはできるのだが、やはり高熱の方が得意らしくて、もっぱら彼女は温める側だ。

 アウローニヤには【熱術】による焼くとも蒸すともつかない調理法があるのだが、細かい調整が必要なので主流とはなっていないらしい。【湯術師】のアーケラさんがそれっぽいコトができるのだけど、普通に料理した方が美味しいので、封印されし技みたいな感じになっている。カッコいいよな、封印技。



「わたしと勇者が親密になるのは、対外的にもマズいのはわかるわよね」


 口調も相まって、ミルーマさんの物言いがなんだか近所の気やすいお姉さんみたいになっているが、そこにあるのは王女様への気遣いだ。

 建前上は『王家の客人』たる勇者と、王女様おかかえのミルーマさんが派手に接触するのは、当時としてはマズいことだったというのは理解できる。王女様が勇者を実質的に取り込んだ時期は早かったが、体裁としては未だに『緑山』は王室お抱えの騎士団でしかないからなあ。

 こうして堂々と会えているのも、クーデターが明日の朝なんていう直前だからこそだ。


 ミルーマさんとは近衛騎士として同僚となるのだが、俺たちは迷宮専属ということになっているから、そもそも近衛という単語自体が当てはまらない。誰だよ『王室直轄第七特別迷宮近衛騎士団』なんていう長い名前を付けたのは。

 第六の『灰羽』はレベリング担当として、第四の『蒼雷』と第五の『黄石』との繋がりは迷宮があったからこそで、事実、俺たちは第一の『紫心』と第二の『白水』とはほとんど関わりがない。ましてや女性王族のボディガードがメイン業務である第三の『紅天』と、繋がりがある方が不自然なのだ。



「本当ならわたしももっと早くにあなたたちと話したかったのよ。まともに見たのなんて召喚された時と、騎士団創設の式典くらいだったから」


「最初の時にいたんですか?」


「憶えてもらえてなくて残念ね。あの場にはわたしもいたのよ」


「そうだったんですか」


「公的な儀式の場で、姫殿下が主役なのよ。当然でしょう」


 声質こそ甲高いミルーマさんだが、わりと普通に委員長との会話は進んでいるようだ。


 それを見守る側になって思うのは、探りを入れられているという空気かな。緊迫感の緩急こそあるけれど、食事の時からもずっと。

 王女様を想う気持ちは間違いないのだろうし、こうしてこの場に来る許可を得ているのだから、悪い人でもないのだろう。あの王女様が俺たちに悪印象を持たせるような人物を、あえて近づけるはずもない。



「それでもあなたたち勇者のことは、かなり詳しく知っているつもりよ。資料は全て読ませてもらっているし、姫様からもいろいろと聞かされているの。それこそここ数日はものすごく」


「それは……、ミルーマさんは王女殿下と近いんですね」


「そうよ」


 こういうところが委員長の上手さだと思う。


 ミルーマさんが王女様と仲がいい、というかこの場合は近しい立場にいると表現した方がいいか。とにかく、そこをくすぐってあげたのだ。

 事実、ミルーマさんの機嫌が急上昇しているように見える。専属護衛の筆頭なのに、随分と緩急の激しい人だ。対外的に大丈夫なんだろうか。


「姫様のことは、ベルサリア様からも頼まれていてね」


「たしか第二王女殿下、でしたっけ」


「そうよ。五年くらい前に嫁ぐまで、ベルサリア様の専属はわたしだったから」


 第二王女の名前がここで出てくるのか。

 アウローニヤ北方のラハイド侯爵に嫁いだ人で、今回の件ではリーサリット王女と内通しているという、中々の策謀家。

 第二王女と第三王女の仲が良いというのは聞かされているし、両者に繋がりが強いミルーマさんが王女様の懐刀というのも理解できる話だな。



「あなたたちが持つ善性は十分に感じさせてもらったわ。聞かされていた以上にね。姫様が頼りにするのもわかる。今はそれで満足すべきなんでしょうね」


「……それはどうも」


 十分合格点と思えるようなミルーマさんの言葉だが、またもや空気が変わったようだ。それを感じ取った委員長の返答からも警戒の色が見える。


「姫様を守る騎士という者がどういう存在か、体験してみる気はあるかしら」


 そう来たか。



 ◇◇◇



「わたしはいつでも……、護衛対象がいた方がわかりやすいわね」


 談話室に移動した俺たちにミルーマさんはカッコいいセリフを堂々と言い放ちかけて、それから『緑山』の面々を見渡した。


 部屋の真ん中に陣取る彼女の装備は大盾と片手木剣だ。鎧は着ていないし、なんといっても裸足なのが微妙であるが、ウチのクラスとしては実にスタンダードなスタイルになる。ヒルロッドさんやガラリエさんもいつもそんな感じだし。


「そうね、カッシュナー、あなたにしようかしら」


「ワタシデスか?」


「ええ。わたしに守らせて」


「ワタシが戦いたかったけど、まあいいデス。それとワタシはミアデス」


「そ、そうか。わかった、ミア」


 謎なやり取りを経て護衛役に選出されたのはミアだった。


 絶対見た目で選んだんだろうなあ、ミルーマさん。瞳の色こそ違うものの、妖精顔のミアは中身を見なければ王女様とタメを張れるくらいの美少女だ。背丈も似たようなものだし、仮想王女様としてはアリなのかもしれない。



「王女様ってミアと同じくらい強かったりするのかしら」


「だったら怖いなあ」


 見物側になっている綿原わたはらさんが小声で冗談を振ってくるが、前衛職で十階位のミアと後衛五階位の王女様が同格なわけもない。ましてやミアだぞ、ミア。


「【魔力定着】で相手の動きを封じ込められたり、もしかしたら隠し技で【神授剥奪】なんて、どうかな」


「よくそんなこと思いつくわね。八津やづくん」


「あるあるネタなんだよ」


「そ」


 強奪とか無効化系スキルなんていうのは、定番中の定番だしな。

 クスクスと笑う綿原さんの近くを泳ぐサメが動きを増している。和むなあ。



「勇者の中でとなると、そうね、マナ、ハキオカ。あなたたちはとくによく見ていなさい」


「うす」


「俺かよ」


 ミルーマさんに名指しされた二人は、魔術を使わないタイプの騎士だ。

【岩騎士】の馬那まなと【重騎士】の佩丘はきおか。そして【堅騎士】のミルーマさん、か。


 以前【翔騎士】のガラリエさんが【風騎士】の野来のきを導いたのと同じような状況になるのかな。

 もちろん全員がミルーマさんの戦い方に注目しているが、やはり騎士連中の注目がすごい。それこそヒルロッドさんすら興味深そうだ。逆にガラリエさんなどは勝手知ったる相手なので余裕だな。


「時間も惜しいし始めましょう。ナカミヤ、準備はいいかしら」


「はい!」


 ミルーマさんの対戦相手に選ばれたのは、木刀少女の中宮なかみやさんだ。

 というか、こういうので名乗りを上げるのは中宮さんかミアくらいのものなので、当然といえば当然の選出になる。


 そんな中宮さんはいつものスタイル、つまり盾を装備せずに木刀一本のみ。

 滝沢たきざわ先生もそうだが、技を駆使し、技能をフル稼働させれば十三階位にも届くような中宮さんだ。はたしてどんな戦いになるのか、皆が固唾をのんで見守っている。



「さあ、かかってきなさいな」


「しゃうっ!」


 落ち着いたミルーマさんのコールと同時に中宮さんは大きく踏み込み、相手の盾に向けて木刀を横薙ぎにした。


「なるほどね」


 ゴツっと重たい音を立てたのはミルーマさんの膝のあたり。初手で当てたのかよ。

 中宮さんの木刀は途中で軌道を変え、ミルーマさんの構える盾を潜るようにして足を刈ったのだ。


 だけどミルーマさんの表情は変わらないし、声に焦りも感じられない。


「っ!?」


 体勢を少しだけ揺るがせながらもミルーマさんは木剣を振り、中宮さんは慌てたように間合いを取った。

 普段の中宮さんなら相手に一撃を入れたあとでも、そこから先の攻撃につなぐはずなのに、ミルーマさんはそれを許さなかったということになる。


 中宮さんの攻撃が直撃したんだぞ?



「随分と魔力を持っていかれたわね。【剛剣】ではなさそうだけど」


「……【魔力伝導】です」


「なるほど。やっぱり勇者は面白いわね」


 どうやら中宮さんは【魔力伝導】を使うことで魔力の相殺も狙っていたらしい。斬り合いというわけでもないし、悪くないやり方だと思う。


 ムチ使いが【魔力伝導】を操ることは広く知られているが、剣に込めるというのは通常あり得ない。だが、ミルーマさんは聞かされた直後に意味を悟ったようだ。状況の受け入れが早いな。


「実戦なら推測を重ねるところなのに、ナカミヤ、あなた親切すぎるわよ?」


「学ぶ側ですから。しゅあっ!」


「ととっ」


 語りながらも中宮さんは木刀を振るい、こんどはミルーマさんの盾を叩くことになった。受けられたか。


「悪いけれど、武器と盾系の技能は使わないわよ? 魔力を削られるだけになりそうだから」


 とても楽しそうに、それこそ食事の時以上に嬉しそうに、ミルーマさんが語る。


「せっかくだから、わたしの方からも教えてあげるわ。防御に使っているのは【頑強】と【強靭】、【治癒促進】、そして【痛覚軽減】よ」


「えっ?」


 ミルーマさんのネタばらしに反応したのは、なんとガラリエさんだ。

 元同僚なのに知らなかったということか。いや、それにしても。


 ミルーマさんの【堅騎士】という神授職は【岩騎士】の馬那と同じく、硬くなる方向性が強いジョブだ。

 なので彼女が【頑強】と【強靭】を持っていて、だからこその耐久力だというのは理解できる。だがそれに加えて【治癒促進】と【痛覚軽減】だって?



 この国では貴族や軍に所属する人間の神授職と階位は、おおむね公開されている。

 それに対し技能についてはいろいろと考え方があるようで、具体的には誇示するケースと秘匿するケース。


 職に伴う代表的な技能は誰もが公開するが、隠し技を持ちたい人間は一部を秘密にしてしまう。もしくは体裁に関係するので、隠しているなんていうコトもあるらしい。

 一年一組の全員が持つ【平静】【睡眠】そして【痛覚軽減】などは、貴族としては恥とされている技能だ。その実態は取得コストの関係で、後回しにせざるを得ないというのもあるのだが。


 百歩譲ってミルーマさんがレア技能の【治癒促進】を持っていても不思議ではない。だけど【痛覚軽減】までとは。バリバリの子爵様がだぞ。

 つまりミルーマさんは貴族の体裁よりも、ただひたすら受けることに役立つ技能を取得してきたということになる。


 知らなかったのだろうガラリエさんが驚くのも無理はない。



「崩せなくなってる」


 横で戦いを見ていた綿原さんが小さく呟いた。俺に聞かせているつもりではなく、思わずこぼしたのだろう。


 そう、中宮さんの攻撃が通っていない。五度目くらいまでの攻防では、何度かミルーマさんの体勢を崩すような攻撃ができていた。

 さらにはミルーマさんのうしろに立つミアを狙うような攻撃を中宮さんが仕掛け、一瞬だが危険なシーンまであったのだ。だがもう、そういう危なっかしさが、ミルーマさんには見受けられない。


「なんか暇デス」


 中宮さんが攻撃を仕掛け、ミルーマさんが受ける。すかさずミルーマさんが反撃を繰り出し、中宮さんが避けるという、そんな展開が続いているのだ。

 飽きてきたミアが、アホなセリフを吐くくらいには戦況が安定している。



「ナカミヤ、あなたもそうしているのでしょうけど、戦いながら相手を知るの。自分の武器を活かしながら、相手の得意を減らしていくのよ」


「……はい。わたしも心掛けています」


「階位に奢ることもなく、しっかりと敵から学ぶ連中もいるってことよ。これが本来の近衛騎士」


「はい。わかります」


「そう。ならもう少し続けましょう」


 そのあとも展開は一緒だった。中宮さんの一刀を受け入れながら、ミルーマさんは淡々と反撃を繰り出すだけの、そんな戦いが続くだけ。

 だが、二人の闘争は時間と共に研ぎ澄まされ、しまいには美しさすら感じるようなモノに昇華していた気がする。



 ◇◇◇



「わたしの持ち味は受けることよ。そうしてひたすら時間を稼ぐの。そうすれば時間と共に数的優位が作れるでしょう?」


「はい」


「大抵はわたしが真っ先に勝つから、今日みたいのは久しぶりね。大したものよ、ナカミヤ」


 十分程度の戦いだったが、先にギブアップしたのはミルーマさんだった。なんでもこれ以上魔力を削られると、明日に影響があるだとかで。


 だけど中宮さんに勝者としての喜びはない。むしろ自らを戒める感情が強く出ているくらいだ。


「勉強になりました。ありがとうございます」


 元々真面目気質の中宮さんは、尊敬できる相手には礼を尽くすタイプだ。今回はガッツリハマったんだろうな。


 中宮さんがこれまで対峙してきた騎士は、模擬戦ではヒルロッドさんやガラリエさん、ラウックスさんもか。騎士じゃないけれどシャルフォさんも追加してもいいだろう。敵としてならハシュテルやヴァフター一味になる。基本的にパワーがあって攻撃的な相手が多かったと思う。

 近衛騎士総長は除外だな。あの時は階位の差が酷すぎた。


 そんな中で、ここまで守備に特化したタイプはさすがにいなかったはずだ。強いていえば【翔騎士】のガラリエさんが近いが、彼女の場合は【風術】を使って避けるタイプだからな。

 しかも階位や技能に頼るだけではなく、頭も使いながら、ただひたすら要人を護衛するような戦い方をする相手は俺から見ても初めてだった。



「わたしの本職は地上で人から人を守ることだから、悔しいけれど……、迷宮では『緑山』に劣るのはわかっているの」


 悔しそうな表情を浮かべるミルーマさんはいつの間にか、中宮さん相手ではなく、この場の全員に語り掛けていた。


 対人特化で防御特化、それがミルーマさんの本質的な強さだということか。だからこそ、迷宮には向かない。いや、向かないとまでは言えないが、敵が来るかどうかもわからない迷宮への退避に同行させるには惜しい戦力だ。


 彼女は王城での戦闘こそがふさわしい。王女様がそう判断する理由が、よくわかる。

 もしかしたらミルーマさんはその事実を俺たちに見せつけるために、そして自分自身に言い聞かせるために離宮に来訪したのかもしれないと、ふと思った。



「そういうことよ。あなたたちに期待する。任せられるとも思っているわ。だけどもし姫様に傷のひとつでもつけてごらんなさい──」


「それは約束できません」


「君は……、ワタハラ、だったわね」


 吐き出すようにしたミルーマさんの言葉を遮ってみせたのは、我らが迷宮委員にして鮫女の綿原さんだった。


「はい。王女様には一緒に『戦って』もらいます。『緑山』の一員として、勇者の仲間として。だから、怪我を負わせないなんて、そういうのは前提から間違っています」


 綿原さんの爆弾発言にミルーマさんの表情が固まった。同時に俺たちも。


 言いたいことはわかるけど、この場でそれをぶっちゃけるのか、綿原さん。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る