第97話 武器は使う者にこそ導かれる




「こんにちは」


「お邪魔します!」


 藍城あいしろ委員長が真っ先に、続けて俺たちは声を合せて挨拶をした。


 王城の中とは思えない雑然とした広間だ。鎚を打つ騒音と炉の熱が混じり合って、空気に重たさすら感じてしまう、そんな場所。

 ここは王城の地下にあたる近衛専属の工房だ。『古の勇者』の名を取って『フューラの工房』と呼ばれているらしい。古の勇者とやらは黒髪黒目のクセをして、どうしてそれっぽい名前になるのだろう。



「おーう、来たかあ!」


 こちらを向いてニヤっと笑ったのは、ここの工房長だ。

 見た目は五十代くらいのおじさんで、ガッチリとした体つきは牧場で仕事をしていた伯父を思い出させてくれる。


「ヒルロッドもお守り、ご苦労だったな!」


「勘弁してくれよ、おやっさん。偉い人の耳に入ったら、ね」


「こんなとこまで来る貴族様はいねぇよ」


「おやっさんも俺も騎士爵なんだけどね」


 雑音だらけの工房だ。会話をするとなれば自然、大声になる。

 そんな状況でお偉い貴族に聞かれたらマズい会話をするとか、ヒルロッドさんの顔が一段と疲れてしまうのも仕方がないだろう。

 一年一組の引率役はやっかみやら腫れ物やら、気苦労が多くて大変だ。他人事みたいで申し訳ないけれど。



 実はこちらの工房に俺たちが入るのは、これで二回目だ。

 最初は三日前。躁鬱が激しかった俺たちに気分転換をさせてみようかと、ヒルロッドさんが提案してくれたのがきっかけだ。


 ではなぜこんな場所にというのは、あとで聞かせてもらえば納得できた。

 単純にほかに案内できるところがなかったからだ。王城の外に出すわけにはいかないし、かといって城内観光などをしたら、どこから誰が絡んでくるかもわかったものではない。

 ならばいっそということで、偉い人が立ち寄らない場所が選ばれたという寸法だった。


 ヒルロッドさんたちも一年一組と付き合いが長くなり、俺たちの思考が王国水準でわりと平民側というのが理解できてきたらしい。勇者をこんな場所に連れてくるなど、という考えは消え去ったようだ。つまり最初の頃はそうだったということで、俺たちがここにくるのにひと月以上かかった理由がソレだった。こんなにロマンあふれる場所なのに。


 上杉うえすぎさんあたりは厨房を見たかったらしいが、毒を疑われる可能性があるということで却下。どういう世界だろうと彼女は遠い目をしていた。



 第一や第二近衛騎士団の貴族騎士はまずここに来ない。専属工房なのに意味不明だ。代わりに呼び出しはかけるらしくて、工房長はいろいろ思うところがあるらしい。

 そのせいかもしれないが、わざわざ工房まで足を運んだ俺たちは荒っぽい歓迎を受けることになった。


「注文されたのは全部できてるぞぉ」


「ありがとうございます!」


 その成果というか、初回の見学の時に話が弾んで、俺たちの装備を一部更新することが決まったのだ。



 ◇◇◇



 工房長と中宮なかみやさんが並んでテーブルの前に立つ。そこに注文した品のひとつが置かれていた。俺たちは一歩引いてその様子を見守っているわけだが、誰かがつばを飲み込んだ音が妙に大きく聞こえるくらいに場が緊迫している。なにかこう、中宮さんの発するオーラがすごいからだ。


 見た目だけなら『曲がった木の棒』だ。この国の人なら、なんだこれはと思うだろう。子供のおもちゃかと。


「注文どおり、基本の素材は四層の【樹木種】だ。硬さと粘りは保証するぜ」


「はい」


 説明を聞く中宮さんの目は普段以上に鋭く、異常なくらいの真剣さを感じさせる。


「一度形を作ってから二つに割って、中に鉄芯を入れた。それでいいんだな」


「はい」


「隙間なく貼り戻すのに苦労したぜ。持ってみろ」


 無言のまま中宮さんはソレに手を伸ばした。



 彼女が手にしたソレは、引っ張ってもあまり意味がないのでぶっちゃければ、木刀だ。

 長さはほとんど一メートルで、艶のない黒色をしている。微かな湾曲がいかにもそれが木刀であることを誇示しているかのようだ。もちろん鍔は無いしグリップに細工がされている様子もない。どこまでも無骨で飾り気をどこかに置き忘れてきたかのような存在だ。


 この国にこういう形状の武器が存在していないわけではなかった。いわゆる曲刀といわれるモノだが、カタナというよりはサーベルに近く、ましてや鈍器として木刀を扱う中宮さんのお眼鏡には適わなかったらしい。なので作った。


「いい、ですね」


 重さを確かめるように木刀を片手で揺する中宮さんの口端が少しだけ上がる。切っ先がゆらゆらと揺れているが、手振れには見えない。むしろ意思を持っているかのようだ。

 じつにニヒルだ。カッコいいな。



「みんなゴメン、ちょっと空けてくれる」


 言葉に従って距離を取った俺たちを確認してから、中宮さんはおもむろに構えを取った。

 中段と言えばいいのだろうか、右脚が前で右肩も前の半身だ。ちょうど腹の前にぶら下げたような両手に木刀がキープされる。

 斬るでもなく突くでもなく、それでいてどちらもできそうに見える、マンガならなにか名前がありそうな構え方だった。


「しゅあっ!」


 鋭い気勢と共に、中宮さんの体がブれる。そう見えてしまうのが彼女の使う『北方中宮流』の歩法だ。何度アレをやられて首筋にメイスを突きつけられたか。

 足首をメインにしてサブに膝を使い、それを二歩だ。股関節の動きが最小限なのがミソで、歩いたようにはとても見えない。言い方は悪いけれど、気持ち悪い動き方だと思う。

 ココには一年一組以外に人の目があるので、あれでもまだずいぶん控えめにしているのがわかった。俺も成長したものだ。


「ふぅっ」


 行動を終えた中宮さんが息を吐きだす。

 構えた時と同じ姿勢なのに彼女のたいは五十センチくらい前進していて、さらに振り抜きが完結する手前の七割くらいまで木刀を稼働させていた。斜め軌道の突きといったところだろうか。

 木刀の切っ先は壁の手前で静止している。すごいな、一センチくらいしか隙間が無いぞ。


 カッコよすぎだろ。男子はこういうのが好きなんでしょ、なんていうマネをウチのクラスは女子が平気でやってくれるから面白い。



「納得の出来です。ありがとうございます」


「お、おうよ」


 構えを解いた中宮さんがペコりと頭を下げれば、工房長がちょっとビビり気味に返事をした。


 武術家的にはずいぶんと満足がいく品だったらしい。

 長さと形、重さが思いどおりじゃなければ、一発であんな見切りができるわけがないものな。かなりイメージどおりの出来上がりだったのだろう。自分専用装備というのは少し、いやかなり羨ましいわけだが、では俺専用装備とは。メガネか?


 新武装お披露目第一弾が終わった。とうぜん次弾もあるぞ。



 ◇◇◇



 一年一組はぞろぞろと工房の中を移動していた。


 俺たちは基本的に集団で行動する。王城内ではほぼ絶対だ。

 そもそも別行動をしたことがあるのは『水鳥の離宮』か迷宮の中だけで、離宮のトイレですら二人から三人で移動することにしている。


 この国を信用していないからというのが、実に悲しいけれど真相だ。

 個人を信用していないわけではない。アヴェステラさんたち王国側の担当者がいまさら俺たちに何かをしてくることはないだろう、なんて思っていたら、それすら委員長に注意された。


『あの人たちがスパイとまでは言わないけど、いざ上司から命令されたらどうするだろう、ってね』


 よくもまあ怖いことを考える。



 とはいえこうして列を作ってまで工房巡りをしている本当の理由は簡単だ。


「せっかくのお披露目だし、別々で見学なんてあり得ないよ」


 まさに草間くさまの言うとおり。

 異世界系には疎い草間だが、実はロボットモノは好物らしい。だからといって今回のケースがあてはまるかどうかは不明だが、新武装という意味でお約束なのはわかる。実によくわかる俺も俺だ。

 ロボットアニメでメカニックが出てくるシーンは大事ってヤツだな。



「ちょっと匂うわね」


 その部屋に入ったところで綿原わたはらさんが鼻にしわを寄せた。口元も少しへんにょりしている。


「はははっ、革工房だからな。諦めろ」


 工房長が豪快に笑い飛ばしたように、ここは革製品を加工する部屋だ。

 それでもなめしは他の場所でやっているらしいから、これでもマシなのだそうな。俺たちにしても血の匂いに慣れてしまった部分があるし、ちょっとの我慢くらいですんでいる。




「そいでコイツがタキザワ、アンタのだ」


「ありがとうございます」


 棚から小箱を取り出して、工房長はそのまま先生に手渡した。

 先生は軽く頷いてから、ふたを開ける。周りを囲んでいた俺たちのうち、最前列の連中がいっせいに覗き込んだ。二列目以降は背伸びで見学だな。



 箱に入っていたのは黒い手袋だった。甲に当たる部分が厚めになっていて、全体的にふっくらしている。

 フィンガーグローブだ。ちゃんと指先まで覆われているから、間違っても指貫グローブではない。それだけは断言しておこう。先生のオーダーで作られたわけだから、これは名誉の問題になってくる。頭の中を覗いたわけではないが、けっして先生は中二病ではないのだから。


「採寸モノは初めてですが、いいですね」


 俺がアホなことを考えている間に、先生はすっぽりと手袋をはいていた。

 手袋ははめるもの? 俺たちは北海道人だ。


 手首をクリクリとこねる先生の表情からみるに、オーダーメイドした甲斐はあったらしい。



「しかしいいのかよ、これじゃあ威力が落ちるだろ」


「ええ。ですが手の保護になりますので」


 工房長に返した先生の言葉は、半分は本当のセリフだ。


 こっちの世界にやってきて、俺たちは階位という名のレベルを手に入れた。効果は単純にステータスを上げてくれる外魔力の増加と、技能を司る内魔力の蓄積だ。

 そんな外魔力が人体に及ぼす効果だが、俺には本当にステータス上昇という表現しかできない。力が強くなり、体が頑丈になり、反射神経すら良くなる。田村たむら佩丘はきおかに言わせると、意味がわからんだそうだが、そこは魔力があるのだから仕方がない。

 さらにはそこに技能で得られた【身体強化】などがドンと上乗せされる。


 そこで問題になったのは『加減』だ。


 いちおう骨や関節も丈夫になっているとはいえ、先生や中宮さんクラスの人間が本気を出すと、なまじ身体の使い方を知っているだけに境界線が細かった。

 本人たちとしては限界を試すという覚悟で、後先を考えないマジマニューバをやってみたところ、見事に故障したというわけだ。


 先生は指の骨にヒビを入れて、中宮さんは足首を捻挫した。

【聖術】が無かったらやっていなかったというのが本人たちの談話だが、あえて実験台になろうとしたと俺は見ている。おっかない人たちだ。



 さっきまで古韮ふるにらの持つ大盾をガンガン殴っていた先生は、実はアレでかなり手加減をしていたのだ。


「試してみますか」


 さっきの中宮さんのように、先生はスタスタと壁に歩み寄った。それを見送る俺たちはといえば、自然と先生の征く先を開けていたわけで、それこそ風格というモノに気圧された結果だったのかもしれない。


「では」


 壁際に立った先生はごく自然に構えをとった。ここから右手を突き出しますよと言わんばかりのオーソドックスな空手の型だ。もちろん中宮さんの時より距離は短い。これって距離感を間違えるとヤバいのでは。



 先生が何気なく左脚を踏み込み、そのまま右腕を放った。

 いつもの奇声がない代わりに、パアンと乾いた音だけが響く。先生の拳はちょうど壁に触れた位置で止まっていた。


 なんというかいろいろおかしい。普通ああいうコトをした場合、ドンとかズンとかいう音にならないだろうか。


「……丈夫に出来ていますね。助かります」


「お、おう」


 グローブが破損していないことを確認した先生と、謎現象に引いている工房長が対峙していた。



 先生がやったことは超絶の見切りで、グローブのみを壁に当てるという行為だ。拳本体は届いていない。その差は一センチもないだろう。

 武に通づるヒルロッドさんもこの場にはいるが、アレの意味をどこまで理解できているだろう。こっちの世界は魔力頼りの荒っぽい武術が本命になっているから、こういう純粋な『技』に無頓着な部分があるし。


 これが半分だけ本当の正体だ。



 たしかにあのフィンガーグローブは手を保護するためにある。だがそれと同時に、先生はグローブの厚みを応用することで、自分への衝撃を最小限にしたまま打撃を通す技を持っていた。つまりあの手袋は防具であると同時に拳の延長でもあるのだ。


 事前に聞いて、ついでに体験までしていた俺だけど、理屈はわかってもファンタジー技としか思えない。日本のフルコンタクト空手界はどういう魔境なんだろうか。

 こういう見切りはまだまだ敵わないと、中宮さんはそれはもう悔しそうで嬉しそうに語ってくれたけれど、どうやら彼女も壁の向こう側の人のようだ。


 当の先生曰く【一点集中】のお陰だそうで、日本にいた頃はここまでの見切りは難しかったらしい。それでも技術として使っているということは、練習はしていたし、ある程度はできていたということだ。日本の女子大生は魔物かなにかか。


 威力の乗らない小手先と先生は言うが、膨大な修練で成立するあのワザは相手の硬さに関係なく、敵を弾くことを可能にする。さらにそこから先生は、本命とばかりに拳を押し込み、振り抜くこともできるのだ。

 攻撃力が上がったというよりは、幅が広がったというところかな。頼もしいことこの上ない。



「えっと、ああ、お次はお前だ、カイトウ」


 少し間をおいて気を取り直した工房長が隣の棚を漁り、さっきより大きめの箱を取り出した。


 さあ海藤かいとう、待望の品が出てくるぞ。


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