第149話 この国の貴族たちは




「この際ですから正直に申し上げましょう。近衛騎士総長は、勇者のみなさんを好いてはいません」


 こうやってアヴェステラさんに明言されてしまうと、わかってはいても面白くない気持ちになる。

 近衛騎士総長とかいう偉そうなおっさんが、いい年をして好みとかで俺たちへの対応を変えるとか、いくらなんでもだ。


 一年一組の面々は呆れて口も開けないでいる。


「理由ですが、みなさんの不確かな出自がひとつ。もうひとつは──」


 不確かもなにも、俺たちは日本人だ。こちらの世界で黒髪黒目が珍しいのは知っているけれど、勇者と同じだとか言ったのはそちらだろうに、それでもなのか。



「こちらが大きな理由でしょうね。我が物であったはずのみなさんが、手を離れたのが……」


「子供ですか……」


 上杉うえすぎさんのこぼした呟きが全てだった。


 こっちの世界に来てから出会った人たちは、ほとんどが大人だ。例外など王女様とハウーズ一派くらいのもので、そんな大人連中にもいい人や悪い人がいたと思う。もちろん俺たちにとって、という条件付きで。

 仲のいい集団の中なら、自分と同じような立場同士なら、もしかしたらあのハシュテル副長だって普通ならマトモな人なのかもしれない。


 だけど近衛騎士総長はダメだろ。



「横暴な人が偉い立場になることがあるのは僕たちの世界でもよくあることです。それが自分に向かうとなると……」


 しみじみと藍城あいしろ委員長が横に首を振った。

 町長の息子としてそういう経験があるのかもしれないが、それでいいのか、委員長。どんなのを見てきたのやらと思うが、健全な高校生の俺にはなんともわからない。知りたくもなかった。


「近衛騎士総長がわたしたちを嫌うのはわかりました。おもちゃを取られたわけですね」


「……もう少しだけ柔らかい例えだと助かりますが、おおむねそのとおりです」


 容赦ない上杉さんの言葉に、アヴェステラさんはガックリと肩を落としながら返した。

 すごいな、上杉さん。全部を悟ったような瞳になっているぞ。



「近衛騎士総長はみなさんの可能性を知ってしまいました。あの方は強い者を好みます」


 訓練場で一方的にボコるのが可能性を知るためとか、ちょっと許せるような話ではない。ふざけるなという感想しか出てこないぞ。


「だからこそ一年一組が手に入らないのをさらに惜しくなった、と?」


 総長の性格を見切ったかのような上杉さんの物言いだが、実際そうなのかもしれない。そういえば上杉さんは総長が騒動を起こした時に人となりがわかったみたいなコトを言っていたか。


「帝国の話をぶちまけたのもわたしたちへの警告などではなく……、意趣返しだったのでしょうね」


「はい。帝国についてはいずれみなさんにお話することになる案件でしたし、わたくしたち勇者担当とみなさんとの関係に傷を付けたかったのではないかと……」


 上杉さんとアヴェステラさんは淡々と話しているが、聞いているこちらとしては眩暈を起こしそうな内容だ。さっき上杉さんが総長のことを子供と言っていたが、そのとおりじゃないか。癇癪を起しただけだったとか、本当に勘弁してほしい。



「ですが、ならなぜそんな方がわたしたちの味方のようなコトをするんですか? ハシュテルさんをわたしたち以上に嫌う理由があるとしか思えないのですが」


 上杉さんが言うように、俺たちの疑問はそこに行きつく。

 ヤンキー佩丘はきおかあたりを筆頭に、呆れかえってもはやどうでもよさそうな顔をしている連中もいるにはいるが、いちおうこれは王国貴族の情報だ。知っておいて損はなさそうな気もする。


「ウラリー・パイラ・ハシュテル男爵は、ハシュテル男爵家の当主ではありません。新興男爵家現当主の弟にあたる方ですね」


 いきなり話が飛躍した。総長のおっさんと、男爵家の事情でもあるというのか? 個人レベルじゃなく、家に恨みでも。


「近衛騎士総長は、ベリィラント伯爵でしたか。代々近衛に役職を持つ、由緒正しい武家」


 そんな俺の想像を置いてきぼりに、王国のコトをキッチリ調べ上げている上杉さんの問いかけは続く。


「はい。ウエスギさんはもうお気づきのようですね」


「血統を重んじる」


「そのとおりです。あの方は強さと血筋に重きをおきます」


 もはや完全に理解したという風の上杉さんだが、どういうことだろう。ハシュテル副長が男爵だというのなら、それは血にこだわる総長のお眼鏡にかなう……、ああ、そういうことか。



 ◇◇◇



 この国、アウローニヤの貴族制度はややこしいというのが俺の感覚だ。


 こういうのに比較的詳しい上杉さんや馬那まなにいわせればそうでもないらしいが、二人の研究発表を聞いたあとでも苦手意識は消えてくれない。複雑すぎて覚えきれる気がしないからだ。


 まずは爵位。

 偉い順に上から公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、そして騎士爵。これはまあ異世界小説好きの俺からしてみれば基本だとは思う。

 ちなみにみんな大好き辺境伯は、今は無い。東にあるペルメッダ侯国が以前はペルメール辺境伯だったという歴史はあるらしいけれど、そこが反乱を起こしたものだから。


 俺たちの使えるフィルド語と日本語で一対一対応をしているのが腑に落ちないと、上杉さんは首を傾げていた。

 その横で滝沢たきざわ先生が日本語で『公爵がプリンスがデュークが』とかブツブツ言っていたが変なオーラが出ていたし、気にしてはいけないのだろう。なにか公爵に思い入れでもあるのかもしれないな。山士幌の高校教師と公爵にどんな繋がりがあるのかは知らないが、もしかしたら先生はやんごとなき出自なのか?



 この爵位だが、男爵と騎士爵の間には巨大な壁がある。

 悪くいう人は騎士爵のことを『半貴族』なんて表現することもあるらしい。もちろん侮蔑だ。


 平民でもなれる貴族、それこそ目の前にいるヒルロッドさんがそれにあたる。詳しくは聞かされていないが、ベスティさんもそうだったはずだ。

 ヒルロッドさんは近衛騎士として、ベスティさんは城中侍女として騎士爵という『肩書』を持っている。


 そう、肩書だ。



 ここがややこしいのだが、この国の爵位は大きく分ければふたつの意味を持っている。

 血筋としての爵位と、役職にくっ付いてくる爵位だ。


 この場にいる人で例にしやすいのは、まさにアヴェステラさんだろう。

 彼女はアヴェステラ・フォウ・ラルドール子爵でラルドール子爵家の当主をやっている、らしい。詳しくは教えてもらえていないのだけど、アウローニヤの制度を調べているうちに見つかったのがアヴェステラさんの家だ。ラルドール家はそれなりに歴史があるらしく、文献にその名がちょろちょろ出てきていた。

 そうなれば調べてしまうのが人のサガというものだろう。


 アヴェステラさんはラルドール『男爵家』の人で、今の王室付筆頭事務官になったところで子爵の肩書がくっ付いた。法衣貴族とか呼ばれたりもするが、つまりこれは課長とか部長とかそういう役職としての爵位らしい。

 ついでに子爵の肩書を持っている人が男爵家の当主ということになるから、ラルドール家はそれに引っ張られて時間制限付きで子爵家という扱いになる。タイムリミットはアヴェステラさんが当主を引退するまでで、事務官を辞めるまでではない。一度上がった爵位は役職を降りてもそのままだということだ。名誉的にそういうことになるらしい。やっぱりややこしい。


 王城や軍、地方で行政とかに関わる人たちがもらう爵位ということで、ほとんど公務員と同じ意味で俺は捉えている。平民のまま働いている人も多いから、キャリア公務員といったほうが正確かもしれないな。



 もうひとつは家、つまり血統としての貴族だ。

 こちらはもう、俺がイメージする貴族そのものになる。代々続くなんとか男爵家とか、そういうパターンだ。


 領地を持っていて、そこを統治するようなわかりやすい貴族。たしかにそういうのもたくさんいるが、まったく領地を持たない血統貴族もいる。そういうのは代々国の要職に就いていて、どこぞの部署のお偉いさんがずっと同じ家名だったりするケースだ。


 ちなみに役職として男爵になったからといって子供に爵位は継がれないが、血統貴族の場合はその名のとおりで後継者は同じ爵位になる。ヒルロッドさんの娘さんは騎士爵になれないが、ハウーズはたとえ騎士になれなくても将来的には男爵になるだろう。



 話題に上がっている近衛騎士総長は、近衛騎士のトップとしての伯爵と由緒あるベリィラント伯爵家の当主としても伯爵だ。ダブルで伯爵となる。大きくはないが領地もあるらしい。


 とても偉くて、由緒正しい血筋で、領地を持っていて、なにより強い。

 近衛騎士総長は間違いなくこの国の強者ということだ。



 ところで貴族といえば悪いのもいるというのはこの手のお話の常識だが、それはこの国でも変わらない。法律やらを調べただけでわかってしまうくらいアウローニヤは腐敗している。

 ある程度の役職や肩書があれば王様に隠れて悪さができるようになっている上に、バレてもちょっと金を渡せばそれで済んでしまうケースが多い。法律でそうなってしまっているのだ。【聖術師】のパードがそうだったな。


 先日の近衛騎士総長に至っては訓練という建前があったにしてもお咎めなしで、今も堂々と近衛のトップをやっている。『王家の客人』たる俺たちに無礼を働いてもだ。


 それくらい俺たちの立場は微妙だというのもあるが、どうやら王家の権威でも完全に俺たちを守り切るのは大変らしい。もしかしたら王女様はかなりがんばってくれているのかもしれない。

 そういう状況もあって俺たちは帰還のためだけでなく、いちおうでも貴族としての立場、つまり『騎士爵』が欲しいという意味でも階位を上げたいと考えている。


 一年一組がアウローニヤの庇護下にある限り、迷宮に入って戦い続けるしか道はない。辺境スローライフとかは夢のまた夢だ。



 話がズレたがハシュテル副長の話だったな。

 上杉さんとアヴェステラさんのやり取りで俺にも見えてきた。


 この国には役職でも血統でもなく爵位を得る方法がある。

 裏道とか偽造パスポートみたいなヤバいやり方ではなく、法律で認められているキチンとした叙爵、陞爵だ。


 金とコネ。やっぱりこの国は腐っていると思う。



 ◇◇◇



「ハシュテルさんはお金で男爵位を得たのですか」


「そうです。裕福な貴族家の子息にはありがちな話ですね」


 上杉さんの指摘は俺の想像どおりで、アヴェステラさんの答えも明快だった。


 そもそも近衛騎士団は国軍と違って最低でも騎士爵、つまり貴族の集団だ。平民が貴族になれるひとつのルートになっている。

 さらに騎士団長クラスになれば男爵から上が当たり前になる。だけどヒルロッドさんのように副長やら部隊長クラスで男爵なんていう肩書は、よっぽどの功績がないと貰えないはずだ。



「由緒正しい血統を持って伯爵を名乗る近衛騎士団長にとっては、疎ましい存在なのでしょう」


 苦笑いのアヴェステラさんだが、いくら制度としてあるからといっても俺の感覚ではそこまですることかと思ってしまう。


 ハシュテル副長がまっとうに活躍して男爵になるならいい。

 だけど金と、たぶん紹介という名の誰かのコネで男爵という肩書を得ていたとしたら……。


 なるほど、近衛騎士総長が嫌うのはそういうことか。結構同意できてしまうけれど、そこに至るまでの考え方は違うのだろうな。俺から見ればズル、総長からすれば目障り、か。


 それにしてもだ。結局は好き嫌いの問題じゃないか。



「わたしたちの世界でもお金で爵位を得られる国はありますが、本当に肩書だけで娯楽の意味合いが強いですから」


「世界が違っても、人の営みは変わらないものですね」


 上杉さんの豆知識に謎の感心をしているアヴェステラさんだけど、それは本当にネタだ。

 某公国ではなく、この国の場合は三国志とかに出てくる売官だろう。日本でも昔にあったかもしれないアレだ。


「理解したくありませんでしたが、理由はわかりました。総長にとって、出自の知れないわたしたちより、お金で男爵になった副長の方がお嫌いと、そういうことですか」


 すっかり会話の主導権を握っている上杉さんが結論を出す。


 理屈はわかったけれど、コレはなんとも納得し難い話だな。

 司法とか裁判とかじゃなく、好き嫌いのレベルで善悪を判定する人間が偉い人たちの中にいるということだ。


 今回はたまたま俺たちに天秤が傾いただけじゃないか。



「両殿下は勇者の味方です。近衛騎士総長もみなさんの意見を採用するでしょう。宰相閣下は、お孫さんを助けてもらいましたので」


 ハウーズたちがどうなるのかはわからないが、ハシュテル副長と俺たちならば、すでに一年一組の勝ちだということか。


 繰り返しになるが正しい正しくないでも、ホントと嘘の対決でもない。

 対立した報告のどちらを採用するか、判断材料がお気持ち次第というのが、俺的にはじつに気に食わないな。ここで吠えるだけの実力がいつかはほしい。



「あれ?」


 納得したような雰囲気で席に座った上杉さんと入れ替わるように、こんどは綿原わたはらさんが声を上げた。どうした?


「それなら、その、ヒルロッドさんがわたしたちのためにがんばってくれたっていうお話、は……」


 綿原さん、言い切ってしまってから気まずそうな顔をしても遅いと思うぞ。



 勇者たちを守ろうと決死の覚悟で上に立ち向かうヒルロッドさん、なんていう美談を俺たちに吹き込んだ張本人もここにいる。


「あまりわたしの方を見ないでほしいかな。わたしは魔力研の、つまり軍部の人間だ。近衛の内部事情までは知らないよ」


 じとりとした目で見つめられ、シシルノさんは飄々と言い訳をした。


「わたしはミームス卿の覚悟を信じていただけさ。彼ならば勇者の盾となるべく敢然と立ち向かうだろうと、ね」


 たしかにそうしたのだろうけど、感動が霧散してしまったのも本当だ。



「俺はまあ、本当のことを証言しただけだよ。それが個別で何人にも、しかも同じ人間にも複数回、だったけれどね。ああ、同じ報告書に何度も署名をしたかな」


 憔悴したヒルロッドさんは乾いた笑いを浮かべている。


 同じことを何度も繰り返したのか。どこかで読んだ洗脳手段みたいなコトになっているぞ。

 ヒルロッドさんが本当に健闘してくれたのは心から理解できた。もはや感謝しか出てこない。


「審理は続いていますが、結論が出るのはそう遠くないでしょう」


 半分方ため息のようにアヴェステラさんが結論を述べてくれた。結論というか途中経過か。


「この件については随時お知らせしますので、ご安心ください」


 軽く頭を下げたアヴェステラさんに、俺たちもいっせいにお辞儀をする。このパターンが定着してしまったな。



「そしてもうひとつ。大事なご相談があります」


 やっと遭難事件の状況報告が終わったと思えば、アヴェステラさんには別の話題があるようだ。

 大事と言ったが、いったいなんの話だろう。


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