第298話 ピンク色にはなり切れない




「……そうですね、ヒキ様の仰る通りです。打ち明けるのが遅れましたこと、勇者の皆様方には申し訳なく思います」


「あれ? そこまで深刻?」


 チャラいひきさんの言葉を重たく受け止めたかのように振る舞う王女様は、静かに立ち上がり改まった真面目顔で語り始めた。

 自分から言い出しておいてわかっていない疋さんがうろたえている。


「大丈夫ですよ、ヒキ様。この場でお話するつもりでしたので。……決行は明後日。午前の四刻半。アラウド迷宮の人員入れ換え直後を考えています」


「そこまで急いで……、準備は大丈夫なんですか?」


 クーデターの決行が二日後の朝九時と、そこまで詳細に聞かされた俺たちは、突きつけられたリアルと、堂々とした王女様の立ち姿に気圧されてしまう。

 藍城あいしろ委員長がそれでも踏ん張って、いちおうの確認をする。がんばったな、委員長。


「度重なる事件を受けて王城の動揺が、今後どのように波及していくか判断が付きかねる以上、事を起こすとなれば急ぐ必要があるでしょう。宰相の流言に乗った者が王陛下に良からぬことを吹き込むのも、目に見えていますので」


 王女様の言いたいことはわかるし、そのとおりだとも思う。


 現状、王城はぐちゃぐちゃだ。

 勇者拉致未遂、第一王子襲撃事件、そして再び、こんどは本当に勇者が拐われたという名目で強制捜査が行われ、そこに宰相の流した怪文書。これで動揺しないでいられれば、ソイツは余程の能天気な頭脳の持ち主だろう。


 各派閥が動き出しているが、その中でも『王女派』は第三王女の主導によって、そもそもからこういう事態に備えていたはずだ。つまりある程度の統制が取れている。だからこそ今、素早くか。

 ……パラスタ隊とかいうのが裏切ったのはこの際目をつむっておこう。ほかは大丈夫なんだろうか。



「『黄石』の調略が中途なのは残念ですが、ヤヅ様からのお話の通り、中立派が多く残されています。当日はそれなりの人数が迷宮に入っていることでしょう」


 王女様から俺の名前が出てきたが、ヴァフター経由の情報なのでどこまで信用したものか。

 それでも横で頷いている綿原わたはらさんと笹見ささみさんを見れば、大丈夫なんだろうという気にもなる。


「それと……、アヴェステラ」


「はい。こちらが当日の部隊配置になります。迷宮内にも敵対派閥が入ることになりますので、お気を付け下さい」


 王女様から指示を受けたアヴェステラさんが取り出したのは、それなりの厚みがある紙束だった。


 勇者拉致事件に対応するための資料として、談話室には敵味方のリストや関係図、過去とこの先数日分の迷宮に入る部隊のリストなんかが揃っている。壁にはデカデカと王城の詳細図までも。

 そこに加わる最後の資料が当日の行動予定だ。これを渡されたことで、ここから先は事態の急変でもない限り、予定通りにコトが進む。


 ちなみにアーケラさんがアヴェステラさんやヒルロッドさんと行動を共にする件は、王女様から認められたらしい。なんとか穏便に第一王子を説得してもらいたいものだ。

 一年一組が育て上げたと言えば口幅ったいが、八階位になった【思術師】アヴェステラさんと、九階位の【湯術師】アーケラさんなら、そうそうミームス隊の足を引っ張ることはないはず。



「そして、こちらを」


 さらにアヴェステラさんの鞄から紙が出てきた。今度は一枚ぺらだが、まだなにかあったっけ。


「勇者の皆様方にお願いしたい、当日の演説です」


 そういうのもあったかと、王女様の言葉で思い出した。


 紙一枚で収まる内容なのか。それは気楽で助かる。

 やはりこういうのは委員長か、それとも語りの熱い綿原さんあたりが適任だろうか。


「あの……、これって、箇条書きというか、要旨ですか?」


 原稿を受け取った委員長がソレを一瞥して、怪訝そうな顔になった。どういうことだ?


「はい、そのとおりです。もちろんわたくし自身も宣誓はいたしますが、勇者の皆様方の場合、ご自身のお言葉が最善だと思うのです。アウローニヤの文言ではなく」


 たしかにアウローニヤ風の演説は日本人の感性とは違っている。フィルド語翻訳で意味こそ通じるが、回りくどいというか、なんでそこでそんな文言が入るのか、たくさんの文献を読んできた俺たちは思い知っているのだ。


「なるほど。異国風というか、勇者っぽさを演出するのか」


 そんな王女様の提案に納得の素振りを見せたのは我らがオタクリーダー、古韮ふるにらだった。

 食いつきやがったな。



「適任はたくさんだね」


 乗り気な素振りの古韮を見た委員長は、苦笑を浮かべながらクラスメイトたちを見渡す。


 だよな、適任者が多すぎるくらいだ。

 中二っぽいフレーズを思いつきそうなオタグループとしては古韮、俺、小柄な騎士の野来のき、その非公式婚約者でメガネ文学少女の白石しらいしさん、恋愛小説好きの疋さんが上がる。

 ゲーマーな夏樹なつきやロボット好きのメガネ忍者な草間くさまも、それっぽい文言を出してきそうだ。軍オタの馬那まなや歴女な上杉うえすぎさんは、逸話なんかの引き出しも多いはず。綿原さんはサメ映画から……、これはさすがに違うか。


 そしてだ。


「先生はどうします?」


 委員長に話を振られた滝沢たきざわ先生の頬が、少しだけ赤らんだ。委員長もお人が悪い。


「……わたしはみなさんの自主性を尊重します」


 自主性ときたか。たしかに先生はずっとそうして俺たちと付き合ってきてくれているわけだが、今回はちょっと意味が違う。

 先生が実はラノベ好きで、しかも異世界転生恋愛モノが大好きだというのは、アヴェステラさんたちすら知らない、超機密事項なのだ。


「期待していますよ」


 短く言い放った先生の目は細められ、そしてメガネがキランと輝く。絶対命令だな、これは。


 こっちとしては作文とか読書感想文を申し付けられた気分だ。

 それとこちらの四天王、なぜ君たちまでメガネを光らせているのかな? メガネ光通信とかあるのだろうか。



「いやあ、実に楽しみだよ。君たちの言葉には不思議な楽しさがあるからね」


 まあシシルノさんならそう言うだろう。


 なんにしても今夜は大騒ぎになりそうだ。クーデターなんてモノを明後日に控えてだけど、それでもこんな課題をもらったのだから、こっちも高校生らしく頑張らないとだな。



 ◇◇◇



「濃い一日だったわね」


「昼寝を挟んだから、二日分イベントがあった気分だよ」


「それもそうね。ヴァフター、さん、説得できるかしら」


「交換条件は十分だし、現場で裏切らないか、だけかなあ」


 夜の談話室には日本人だけが残り、その一角で俺と綿原さんはとりとめのない会話をしているところだ。



『それでは当日』


 細かなことを含め最後まで疑問点などを確認していた一年一組と王女様の対談だが、去り際のセリフは淡白なものだった。その代わりというわけでもないのだろうけど、隠し通路に向かう細い背中からは謎のパワーを感じさせるのだから、一国の王女様というのは大したものだと思う。あの第三王女だからこそなのかもしれないけれど。


 アヴェステラさんとヒルロッドさんは、普通に正面玄関から立ち去り、シシルノさん、アーケラさん、ベスティさん、ガラリエさんは離宮にある自室に戻っていった。

 とはいえ、同じ離宮に住む四人はさっきまで俺たちが繰り広げていた演説決定バトルを観戦していたので、結構時間は遅い。そろそろ日付も変わる頃だ。


 昼寝もしたし、これくらいの時間は全員が【睡眠】を持っている一年一組からしてみれば、まだまだ活動時間だ。クラスメイトたちはバラバラになって好き勝手をしている。所謂自由時間だな。


八津やづくん、痛かったでしょ。【血術】って言われてすぐ気付いたけど、あんなことするなんて」


「お互い様だよ。綿原さんこそ、イヤな思いさせてゴメン」


 早朝の出来事を振り返れば、アレしか思いつけなかった自分が情けなくなる。いくら魔術の材料が無かったとはいえ、仲間が自分の腕をかっ捌くトコなど見たくもなかっただろう。

 笹見さんにも余分に技能を取らせてしまったしなあ。


 綿原さんは【血術】や【蝉術】なんていう妙な技能を生やしているが、本来ならば【魔術拡大】や【遠隔化】でサメの射程距離を伸ばす方向を考えていたはずだ。

 緊急避難だったとはいえ、今後【血術】と【砂術】の使い分けなんて、都合よくできるんだろうか。



「い、イヤだなんて思ってないわよっ!?」


【思考強化】の熟練上げを兼ねて思考をブン回していた俺に返ってきた返事は、妙に上ずった響きを帯びていた。綿原さんらしくないけど、どうしたんだ?


「な、なな、なによっ!?」


 思わず綿原さんの顔をマジマジと見つめてしまったのだが、彼女のお顔は真っ赤だった。【血術】とは別の意味で。そんなに俺が自分で腕を切ったのが気に食わなかったのだろうか。

 それにしてはなんか違うような雰囲気だし。


 しかも、視界の方々からこちらをチラ見してはニヤニヤしているクラスメイトたちが──。


『好きな子ができたのに』


 笹見さんがからかいに使った言葉が脳裏によぎる。まさか、コレか?


 やっと事態に気付いた俺を察知したのか、綿原さんの目がすっと細くなり、メガネが輝く。それはもういいから。

 それより俺だ。俺はこういう場面でどうすればいいんだ? なにかを言うべきなんだろうか。あの時は無我夢中で適当に思い浮かんだセリフを並べただけだと、本当のコトを言えば……、って、いかん、アレは本心からだった。どうしよう。



「……保留、ね」


「綿原さん?」


 少し考え込んでから、綿原さんは妙な単語を使ってきた。


「だってあの時、八津くんって必死になって支離滅裂を演じてたんでしょう?」


「いちおう【思考強化】は掛けてたから……」


 綿原さんが気を使うように言ってくるものだから、俺だってちょっとはムキになる。


 こんな俺だけど、最初は追放されるんじゃないかなんて情けないコトを考えてたけれど、今はもうクラスメイトの一員になれたと思っている。みんなと普通に接することができているし、打ち解けたという実感がある。一年一組の場合それだけで十分身内扱いになるのだが、俺としてはちゃんと役目を持って、それもできているつもりだ。それこそ綿原さんの隣に立てるくらいには。


 だからもう一歩くらいなら。


 綿原さんは俺のことを好き……、嫌われてはいないと思う。いや、むしろ中間より上、好き側くらいには何とか到達してるんじゃないだろうか。ヤバい、わからなくなってきた。この手の話題の熟練度……、もとい経験値が足りな過ぎて、レベルアップするタイミングがわからない。

 なんで俺は【思考強化】を使いながらこんなコトを考えているんだろう。技能の熟練度だけはガリガリ上がっている気がするぞ。


「あの、綿原さん……」


「……」


 返事はない。ただ、一匹の白いサメが近くを漂うだけだ。


「てんぱってたから、記憶は曖昧だけど、嘘じゃない、から」


「そ」


 そっけない綿原さんだが、空中に浮かんだサメがビクリと反応する。感情表現器官だよなあ。



「……じゃあ、今度は落ち着いたときに、もう一度聞かせて」


「えっと、その、では──」


「今じゃないわよっ!?」


 慌てたように立ち上がって大声を出した綿原さんに、今度こそクラスメイトたちの視線が集中した。


 ああこれはダメだ。さすがにここでこれ以上を言うのはマズイというのは、俺でもわかる。公開処刑みたいな事態にしかならないよな。


 とくにアレだ、疋さんが酷い。邪悪レベルの笑い顔でこちらを見ているし。……まさか【聴覚強化】!?

 このクラスのプライバシーはどうなっている。やっちゃいけない領域を越えてきやがった。いやいや、あんなチャラい疋さんでも、彼女は悪ではない。笑顔はかなりワルだけど。この手の話にだけ耳が大きくなるタイプのはず。そうだよな?


 というか草間、草間はどこにいる? なぜ談話室には『二十一人』しか人がいない? さっきまでは間違いなく。

 っておい。【気配遮断】使ってるだろ、アイツ。俺と綿原さんがそれっぽい空気になっていた時、草間のヤツはどこでどうしていた? ヤバい、把握できていなかったぞ。今もまさか、俺のすぐ背後に……。


「あ」


【視野拡大】をフル回転させて四方八方を探る俺が見たものは、離れた場所にじんわりと『現れた』草間の姿だった。やっぱり使ってたのかよ、【気配遮断】。熟練上げのためだよな? 技能の悪用はダメだからな。


 なぜかワザとらしいくらいに俺と綿原さんから目を逸らしていた草間は、ゆっくりとこちらに視線を向けてから、そしてメガネを光らせた。それはもういいから。



「ね、ねえ、八津くん」


「な、なにかな、綿原さんっ」


 慌てふためていていた俺を他所に、立ち上がって窓のあたりに移動していた綿原さんがこっちを振り返って声を掛けてきた。彼女の頬はまだ赤いままで、返事をする俺の声は上ずるばかりだ。


「ちょっとね、思いついたことがあるの」


「ん? ととっ」


 口元をモチャっとさせた綿原さんは、話題を無理やり方向転換させるように、明るい口調に切り替えた。

 そして手にした赤い小瓶を俺に投げ渡す。俺とて九階位だ、声こそ慌てたが、危なげなくソレを受け止めるのは簡単だった。だけどこれって。


『協力の証よ。いつかクラスの全員分を集めたいわね』


 今日の朝、ヴァフターたちを撃破したあとの綿原さんのお言葉だ。


 彼女は戦場となった倉庫の片隅でガラス製の小瓶を見つけ、それを笹見さんに洗ってもらってから、その中に浮かばせていた【血鮫】を入れたのだ。俺たち三人分の血でできたサメを。

 いつかは全員分とか、どんなホラーかスプラッタかといったところだが、さすがにネタだろう。この瓶の中身だってほどなく凝固してしまうのだろうし。



「フタ、開けてみて」


「あ、ああ」


 綿原さんはそう言うが、なんで俺にやらせるのだろう。それでも俺は彼女の言葉に従って、コルク製らしきフタを外してみせた。さっきまで恥ずかしそうにしていた綿原さんの目が、今はヤバく輝いているように見えたから。


「ありがと」


 フタが開いたのを見届けた綿原さんは握っていた自身の右手を、俺に見せつけるように開く。手のひらには白い砂があった。


 そういえばサメがいないな。って、まさか。


「【血術】と」


 綿原さんの言葉に従うように、小瓶から血が浮かび上がる。


「【砂術】と」


 続いて彼女の手にあった砂もだ。


「そして【鮫術】」


 宙に浮かんだ『血』と『砂』が融合し、『サメ』が生まれる。


『自分自身の魔術は相反しない』


 この世界のルールのひとつだ。


 綿原さんのしていることはルールの隙を突いているわけではない。むしろ、ルールの上でできることを積み上げた、魔術の結実ともいえる行為。



「どう? ちょっとはリアルになったかしら」


 本当に嬉しそうにモチャっと笑う綿原さんの目の前には、色が混じってピンクになったのではなく、背中側が血で赤黒く、腹側が輝く白い砂で作られた、一匹のサメが浮かんでいた。


 そうか、そうだった。綿原さんはイラストとかではデフォルメ路線だが、本命はリアルタイプを目指していたのだっけ。


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