第276話 かくして彼女はそう告げた③

 はてさて。

 時間は少し遡る。


「――ぐわああああああああッ!」


 その時、一人の女性がキングサイズのベッドの上でバタバタと暴れていた。

 年の頃は十四ほどか。

 華奢でスレンダーな体には、ゴシックロリータ風の白と黒のドレス。

 菫色のサラリとした長い髪をツインテールに纏めた少女である。

 その顔立ちは明らかに日本人のモノではない。

 引導師の中でも相当な美貌の少女だ。


 恐らくは北欧系の血を引いているのだろう。

 ……ただ、幼くは見えるが、実際は少女と呼べる年齢ではないのだが。


「失敗したじゃんっ! 桜華ちゃんと連絡切れたっ!」


 彼女の名はホマレ。

 自称、桜華の相棒である。


「まさかあそこで桜華ちゃんが封宮メイズ使うなんて想定外だよっ!」


 と、エビのように全身で跳ねて憤慨する。

 あれは本当に不意打ちだった。

 まさか、桜華が封宮メイズを使うとは思ってもいなかったのだ。


「いや違うかぁ」


 低身長の自分の背丈ぐらいある枕を掴んで顔を押し付ける。


「これは想定できたことかぁ……」


 直前ではあるが、桜華からその魂力の量を聞いていたのだ。

 あの量ならばコスパ最悪の封宮メイズも平然と使えることは予想できたはずだ。


「封宮は嫌いだよォ」


 ホマレは突っ伏したまま呻く。

 あれは現世から完全に隔絶された世界だ。

 科学における一つの極致とも言える電波さえも通らない。

 電波の通らない世界ではホマレは無力だった。


「いやダメだよっ! ホマレっ!」


 ガバッとホマレは顔を上げた。


「アンザイ先生も言ってた! 諦めたらそこで試合終了なんだよっ! 先生……ホマレ、桜華ちゃんとエッチがしたいです……」


 両膝をついて、悲壮な顔で天井を仰ぐ。

 が、すぐに表情を切り替えて。


「うん! 今からでも封宮内でもサポートできるようなシステムを作らなくちゃ!」


 言って、ベッドの上に立ち上がった。

 そして――。


「――《天国階段ヘブンズゲート開門オープン


 厳かな声で呟く。

 途端、彼女の目の前に六つのウィンドウが開いた。

 宙空に浮いたモニターである。

 さらにホマレの背中から樹形のような光の翼が広がった。

 それらは各モニターに接続される。


「まずは桜華ちゃんの展開した封宮のサイズを計算して」


 モニターの一つに大量の文章コードが書きこまれていく。

 ホマレはそれを一瞥した。


「半径2.36キロメートルか。結構広く展開したね」


 パンと柏手を打って開く。

 すると、そこには桜華が消えた地域の3D図が浮かび上がった。

 そこには、円形のドームが展開されている。


「電波を通すにはまず構造を解析しないといけない」


 ホマレはそう呟くと、複数のモニターに視線を向けた。


「桜華ちゃんの魂力のパターンを解明して。それに合わせて電波を調整する」


 そう命じると、モニターたちは一斉に動き出した。

 各自、凄まじい勢いで文章コードが書きこまれていく。


「初めて試すけど、上手く行ってくれるかな……」


 と、呟くが、ホマレはブンブンとかぶりを振った。


「弱気になっちゃダメ。ホマレはやればできる子だから」


 大丈夫、大丈夫。

 そう自分に言い聞かせる。

 そうこうしている内にモニターの一つが完了した。

 ホマレは一瞥する。


「このコードはダメね」


 破棄して別コードで再計算。

 他のモニターも次々と完了した。


「全部ダメ。再計算」


 モニターが再び動き出す。

 それを幾度となく繰り返してどれほどの時間が経っただろうか。

 遂に、その回答が導き出される。

 それを一瞥し、


「……よっしゃああああっ!」


 ホマレはガッツポーズで天を仰いだ。


「桜華ちゃんの魂力オドのパターンを解析完了っ! グへへェ。これで桜華ちゃんの秘密のヴェールを一つ剥がしたよォ……」


 一拍おいて、


「お次は電波をチューニング開始っ!」


 そう命じるとモニターは再び動き出した。

 これにも時間はかかるだろうが、魂力の解析よりは簡単なはずだ。

 これが完了すれば封宮内でも桜華と連絡が取れる。

 流石に桜華以外の封宮や、上級我霊が使う結界領域にも適応するような汎用的通信システムを構築するにはまだ時間がかかるだろうが、それは次の課題だった。


 ふっふっふ~とホマレは慎ましい胸を張った。


「《羽ばたく妖精フェアリー・ガーデン》も《眠らない羊スリープレス・シープ》もホマレの敵じゃないよっ!」


 最近噂に名高いハッカーたちの名前を叫ぶ。その尋常ではない処理能力から、恐らく引導師であると思われる二名――もしくはチームか――だ。

 ホマレ――《樹形翼の天使ツリーズ・セラフィム》も入れてこの業界では三巨頭トライヘッドと呼ばれていた。


「ふふんっ! 何が三巨頭トライヘッドだよっ!」


 ホマレは少し憤慨して指先で天を差した。


「新参者のくせにっ! ホマレこそが電脳界最強っ! 唯一無二のNO1なんだよっ!」


 と、宣言する。


「まあ、そこはいずれ見せつけるけどね」


 今ホマレにとって一番大切なのは桜華だ。

 桁違いの魂力と技量を持つ、凛々しき美貌の女剣士。

 初めて彼女が戦うところを目の当たりにした時は本当に魅入ったぐらいだ。

 その後、彼女にコンタクトを取り、あまり情報戦が得意でない桜華に積極的に協力することで、今の相棒という立場を勝ち取ったのである。

 まあ、彼女が復讐を果たした暁にはその先にも至る予定だが。


(桜華ちゃんは意外と乙女で、旦那さんのことが今でも大好きみたいだからなぁ)


 だが、死別した相手をいつまでも想い続けるのも哀しいことだ。

 何より、桜華はまだ二十歳になったばかりぐらいだ。

 死んだ夫と違い、彼女にはまだまだ長い人生があるのだから尚更である。


「うん。お姉さんとしてホマレが導いてあげるからね。桜華ちゃん」


 腕を組んでうんうんと頷くホマレ。

 見た目は美少女であるだけにホマレの仕草はどれも絵になる。

 ただし、その口元に、じゅるりと涎が垂れていなければだが。


「まあ、それはいずれだね」


 涎を拭ってホマレは表情を改めた。

 今は早く桜華の状況を把握することが先決だった。

 ホマレはチューニングの完成を待った。

 そして――。


「よし」


 遂に完了した。


「デバイス再起動」


 言って、耳に手を当てるホマレ。

 そこには桜華に贈った装飾品デバイスと同じモノが装着されていた。

 一瞬、耳障りな音が響くが、すぐに回線が通じた。

 どうやら成功したようだ。


(うん。流石はホマレ。ホマレは偉い!)


 と、自画自賛しつつ「桜華ちゃん。聞こえる?」と桜華に声を掛ける。

 返事はない。

 向こうの声は聞こえるので通じてはいるが、通話はまだ無理なのか。


「桜華ちゃん……え?」


 ホマレは目を瞠った。

 気付いたのだ。

 聞こえてくる声が……桜華の声が酷く・・・・・・・震えている・・・・・ことに。

 最強であるはずの彼女の声が――。


「桜華ちゃん!? どうしたのっ!?」


 ホマレの悲鳴じみた声が部屋に響いた。







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