伍妃/犬猿の友

第403話 伍妃/犬猿の友①

 それは零妃の妃入りも無事に収まって一週間後。

 千年我霊エゴスミレニアとの決戦が待ち構えてはいたが、ある程度、落ち着いた期間でもあった頃。

 この機会に、彼女は里帰りをしていた。


 年の頃は二十歳ほど。

 ボリュームのあるふわりとした長い栗色の髪。柔らかなピンク色の唇に、片耳には銀色のイヤリング。少し垂れ目がちの大きな眼差しが印象的な美女である。


 プロポーションも抜群だ。

 と言うよりも圧倒的で圧巻だった。

 引き締まった腰に、すらりと伸びた四肢。男物寄りの近衛隊の隊服を着ていても、その豊かな胸が弾んでいる。

 まあ、全力疾走しているのだから当然ではあるが。


「ちょっとおおおッ!」


 暗い路地裏にて。

 彼女――伍妃・芽衣は走りながら叫ぶ!


「これってどういうことよッ!」


「知らないわよ!」


 そう返すのは、芽衣と並走する女性だった。

 年齢は芽衣と同じか、少しだけ上か。紅いイブニングドレスを纏い、腰まである絹糸のような長い黒髪をなびかせて走っている。眼差しは鋭く、スレンダーな肢体も相まって芽衣とは正反対の印象だが、彼女もまた美女だった。


 ――西條綾香。

 この強欲都市グリードにおけるNO2である。


強欲都市グリードの統治は綾香ちゃんのお仕事でしょ!」


「こんな馬鹿どもがまだいるなんて想定外よ!」


 二人は怒鳴り合いながら走っていた。

 彼女たちの後ろには、十数人の人間が迫っている。


「まだ昼間だっていうのに!」


 綾香は舌打ちする。

 追っ手の素性はまだ分からないが、全力で走る綾香と芽衣に追い縋っている以上、引導師であることは間違いない。恐らくはキングの統治に納得していない反乱分子だ。

 しかし、日中は抗争禁止という統治前からの暗黙ルールまで破るとは……。


「綾香ちゃんが圧政してたせいじゃないの!」


「圧政なんかしてないわよ!」


 芽衣の言いがかりに綾香が反論する。

 自分で言うのも何だが、本当に圧政はしていない。とは言え、強欲都市グリードの性質的にこういった輩がまだいることはあり得る話だった。

 だが、いま問題なのはこのタイミングで襲撃を仕掛けてきたことだ。

 現状、綾香の配下の精鋭たちはこの強欲都市グリードにはいない。

 キングの拠点のある首都方面にいるのだ。

 それは千年我霊エゴスミレニアとの決戦に向けての対応だった。

 それもほぼ終了している。

 NO3の千堂もすでに向こうに到着していた。

 後は、最終の引継ぎを終えて、綾香が決戦の地へと赴けば完了だった。


 しかし、そんな時だった。

 駄肉……もとい、芽衣が一旦強欲都市グリードに戻ると言い出したのである。

 比較的に安定している今の間に、自分の保護施設の様子を見ておきたかったそうだ。

 綾香としては面倒な話ではあったが、キングから芽衣のことを頼まれたので仕方なく施設の様子見とやらに付き合った。


 そうして、その帰り道のことだ。

 乗っていたリムジンごと襲撃を受けたのである。

 護衛の部下も応戦したが、襲撃者の数は圧倒的だった。

 綾香と芽衣は逃走を強いられることになった。


(……どういうこと?)


 だが、その逃走の中でも綾香は訝しんでいた。

 今日の視察の話は上層部――各地区長エリアリーダーたちにも伝えてなかった。

 綾香と、彼女の側近だけが知る情報なのである。


(側近から情報が漏れた? 私の直属に裏切り者がいるってこと?)


 綾香は表情を険しくする。

 今日の予定を知る側近たちは、古参メンバーばかりだ。

 それこそ西條家が没落した時から共に在るメンバーである。

 出来れば、裏切りとは考えたくはないが、


(……もしそうだとしたら、償いはしてもらうわ)


 綾香は表情を消した。

 ようやく西條家復興の芽が見えたのだ。

 ここで台無しにしようというのならば、誰であろうが容赦はしない。

 それが幼少時から知る古参メンバーであってもだ。

 むしろ古参メンバーだとしたら、彼女の切なる想いを知った上で裏切っているのだから、なおさら許すことは出来ない。

 いずれにせよ、裏切り者は細切れにするまでだった。


「――綾香ちゃん」


 その時、声を掛けられた。こちらを見やる芽衣だった。


「怖い顔してるよ」


「…………」


「何となく分かるけどさぁ、今は逃げることを考えようよ」


「…………」


 綾香は視線を逸らして、ムスッと眉をしかめた。


(……この駄肉女、意外と頭がいいのよね)


 ――いや、相手の心情を聡く読むといった方が正しいか。

 何度か連絡を取っていると、そこら辺が分かってくる。

 相手の感情を読み取り、現状の情報と合わせて心を推測する人物。

 それが芽衣だった。

 意外と彼女は考えが深いのだ。

 施設の子供たち相手の対応を見てもよく分かる。

 才能頼りの考えなし女という最初の印象はもうなかった。


「とにかくこんな狭い場所じゃあ、ウチも綾香ちゃんも戦えないでしょ」


 そう言って、芽衣は少し体を屈めて綾香の腰を掴んだ。


「一旦跳ぶよ」


「は? あなたの転移って精々十メートルぐらい――」


 と、綾香が言いかけたところで二人の姿が消えた。

 次に現れた時、景色が一変していた。

 暗い路地裏から広い空へ。

 ビル群の屋上が見える場所。

 地上から何十メートルという遥か上空だった。

 綾香は目を丸くした。


「あ、あなた、ここまで跳べたの!」


「ふっふっふ。これが愛の力なのだよ」


 綾香の腰を掴んだまま、芽衣が自慢げに言う。

 胸を張ったせいでその躍動を目の当たりにした綾香は青筋を立てた。


「答えになってないわよ。どうしてよ。あなたの限界、大幅に超えてるじゃない」


 綾香が知る情報では、芽衣の空間転移は九~十メートルが限界だったはずだ。

 だが、今の転移は五倍以上の距離を跳んでいる。


「《DS》を使っているの?」


「違うよォ。《DS》だとあんまり距離は変わんないしィ。今のウチはシィくんから魂力をもらってるんだよ。なんでここまで伸びたのかは分かんないけど」


 落下をし始めてるため、髪を揺らしながら芽衣は言う。


「きっと愛の力だよ。それと修行もしてるんだよ。最弱のままだと嫌だしィ」


 芽衣は綾香を掴んだまま、ビルの屋上の一つに着地。

 そこからすぐに大きく跳躍した。

 二人の髪が風に揺れる。

 上空に逃げた彼女たちに気付いたのか、下の路地がざわつく音が聞こえた。

 何人かが三角跳びの要領でビルを登って来る。

 芽衣はそんな眼下を一瞥して、


「とにかくあいつらを撒かないとね」


 そう呟く。


「何度かランダムに転移するね」


 と、宣言する。

 綾香は少し不満そうだったが「任せるわ」と返した。

 そして二人は再び空間を越えた。


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