第296話 始動②
魔都・香港を根城にする《
それは、若きリーダー・
だが、数こそ多いが、その実態は複数の《
そのため、古参メンバーや幹部は別として、流石に一枚岩とは言い難かった。
彼――
かつては一つの《
年齢的には三十代後半。
それだけに今回の件には不満が残る。
(馬鹿な小僧だ)
あの小僧は《
今はそのための力を得るために引き籠っている。
そのことは、すでに全メンバーに伝えられていた。
その話を聞いた時、
――あの女は怪物だ。
どれほど美しくとも触れれば確実に死に至る華。
あの小僧は徒花の色香に惑い、破滅へと向かっている。
そうとしか感じられなかった。
(ここらが潮時だな)
あの小僧は負ける。
そうなれば《
離脱するには絶好の機会だった。
(だが、このまま帰国したところで敗残兵など、他の《
すうっと双眸を細める。
「……ボス」
その時、声を掛けられた。
「そろそろ
目をやると、それは昔からの部下の声だった。
もう一人、他にも男がいた。その人物も仲間だ。
「そうか……」
「では、そろそろ行くか」
言って、ビルの一つに訪問する。
いかにもビジネスマンといった服装で固めた
これから面会するのはIT企業の社長……というのは表向きの姿。
その正体は、はぐれ引導師を用途に合わせて斡旋する男だ。
自身も電脳系の引導師らしく、この国の裏世界に広い顔を持つという。
ハイリスクな相手だが、その分、リターンも大きい。
すべてはこの国で成り上がるためだった。
(俺たちは所詮、根無し草だ)
故郷にしがみつく理由もない。
ならば、この国で新たに旗揚げするのも悪くない。
今日の面会はその第一歩だった。
(まあ、本格始動は小僧が自滅するタイミングを見計らってだな)
そんなふうに思考を巡らせている内に、エレベーターは最上階に到着した。
まだ夜の八時ほどなのだが、人の姿もなくこのフロアはとても静かだった。
受付の話ではこの階は、実質的にプライベートフロアらしい。
しばらく歩くと、重厚な扉が現れた。
入門証を
「……失礼する」
扉が開いたので
広い部屋だ。壁が大きなガラス張りのようで、月明かりがよく差し込んでいる。
それを楽しむためなのか、室内は暗かった。
ただ執務席だけが煌々と照らされている。恐らくノートPCを使用しているようだ。それを操作する人影も見える……のだが、
「おお~。こいつ、いいな」
その人影が発する声は、想定よりもかなり若かった。
執務席の人影は
「おっ! いいねえ、こいつもなかなかだ。こっちのフォルダは……へえ。裏だけじゃねえのか。表の情報まで……」
そんな呟きが聞こえる。
すると、
(………ん?)
何故か異臭がした。同時にどこからか、ぴちゃりと水滴のような音もする。
「(……ボス)」
怪訝に思ったのは同じだったか、部下の一人が声を掛けてくる。
「(……何かおかしいです)」
「(ああ。分かっている。二人とも気をつけろ)」
その時だった。
「―――ん?」
執務席の人影が、ようやく
ここまで近づくとはっきりと分かる。
やはり若い男だった。
年齢は二十代前半ほどか。西欧人らしく、碧眼と逆立つ金髪が印象的な青年だ。後ろ側の髪は長く、うなじ辺りで尻尾のように纏めている。
灰色のジャケットを羽織っており、まるで大学生のようだった。
面会者の顔は知っている。明らかにこの男ではない。
「……お前は誰だ?」
すると、青年は、
「いや、それは俺の台詞なんだが……」
そう呟きながら、ゆっくりと立ち上がった。
「察するに、そいつのお客さんってとこか」
そう告げる。
途端、ドスンッと背後から大きな音がした。
三人は三方向へと跳躍して間合いを取る。
青年を警戒しつつ、音源を確認すると、それは血塗れの人間だった。
(……こいつは)
見覚えのある顔だった。本来この場で会うはずだった人間である。
どうやら、ずっと天井に貼り付けられていたらしい。上を見やると、護衛なのか、他にも黒服の男が二人貼り付けられている。恐らくは絶命しているのだろう。
「……貴様が
険しい眼差しで
すると、青年は「ああ」とあっさり認めた。
「ちょいと調べて欲しいって頼んだだけなんだが、断られてさ。まあ、脳みそを直接弄ればパスとかも分かるし、手っ取り早くな」
「…………」
青年は「ふ~ん」と双眸を細めた。
「やっぱお前さんたちも
一拍おいて、
「三人とも変わった構えだな。もしかして中国拳法? 本場のカンフーな人ら? 実は俺ってニンジャの次にカンフーも好きなんだ」
そう言って、大仰に両手を広げて片足を上げて見せる。
しかし、
「……む。ノリが悪いな」
構えを解いて、青年は嘆息した。
それから、ボリボリと頭を掻いて、
「あ~あ、くそ。俺ってマジで運がねえよな、下調べで見つかるとは……」
自嘲気味な口調でそう呟く。
そうして、
「顔を見られちまったしなあ。ここから足が付いたら最悪だよな。けど、俺にも言い分はあんだよ? やっぱこういうのって自分で見つけてこそだと思うんだよ。まあ、叔父貴は寛大だから許してくれるだろうけど、姉御の方はヒステリックで無茶くちゃ怖いからな。聞く耳なんて持ってくれなそうだし……」
一度両肩を掴んで身震いしつつ、
「ここは仕方がねえか。まあ、どこのどなたかは存じ上げねえが、お前さんたちはここにはいなかったことにさせてもらうぜ」
そう宣告して、青年は朗らかに笑った。
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