第297話 始動③
とある朝。
八時を少し過ぎた頃。
「……
廃ホテル。
くすんだ金髪に、ピアスだらけの顔が印象的な男。
「ガキじゃねえんだ。どっかで遊んでんだろ……って言いたいところだが」
相手は十代後半の女性だ。長い黒髪を左右でシュシュで結いでおり、ジーンズとタンクトップ、その上に短い丈の黒いジャケットを羽織った女性である。
「お前が言いたいのは逃げたんじゃねえかって話だろ?」
「そうよ」
「一派全員がいなくなったのか?」
「
「……そうか」
「まあ、いいさ。三人程度なら放っておけ。逃げたんならそれでも構わねえよ。なにせ、今はそれどころじゃねえからな」
そう告げた時だった。
グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――ッッ!
凄まじい怒号が
まるで獣の咆哮だ。
昨夜から引き籠ってずっとこんな感じだ。
「……
「…………」
「あんたの《DS》。いくらなんでも早く仕上げすぎたんじゃないの? もっとしっかり検討してからでも――」
「検討なら腐るほどしたさ」
無表情のまま、
「捕まってた時、考える時間だけはいくらでもあったからな。あらゆる調合を考え抜いた。あん時の俺の頭ん中は《DS》の調合と、どうやって月子を嬲るかだけだった」
「……それが同列扱いなの? あんたの頭の中では……」
「けっ」と鼻を鳴らして
「ともあれ調合は完璧だ。濃度を薄めたモンだが検証もしている。後は
「……暴走するかってことね」
「それであんたは暴走した時、巻き込まれることも承知の上でずっと待ってるんだ」
「…………」
「あんたって
「なんて一途なことかしら。あんたは乙女か。女に対しては快楽堕ちさせてから骨の髄まで調教するクズなのに。ゲスなのに」
「…………」
「本当にクズね。その友情に偏った優しさってもんを少しは女にも向けなさいよ」
「うっせえな、てめえは――」
流石に
それは市販の携帯食品だった。
「とりあえず食べなさいよ。忠犬」
携帯食品を突き出した
「昨日から何も食べてないでしょう。何かあった時のために備えなさいよ」
「…………」
「とにかくよ」
「あんたは今や《
そう告げて、背中を向ける。
「……はン」
鼻を鳴らして携帯食品の箱を開き、一口かじりついた。
「分かったよ。待つだけじゃ退屈だったしな」
「ふん。分かればいいのよ」
両手を腰に背中を向けたまま
「……ああ。そうだな」
「月子の奴を嬲り尽くす予定を変えるつもりはねえが、なあ、
携帯食品を一気に口に入れて、意地悪く彼女に告げる。
「無事に
「はあっ?」
「何言ってんのよ。あんたは。頭にウジが湧いた?」
「いやいや。俺はマジだぜ」
ペットボトルの水を飲み、
「がっつくぐらい一晩中な。そろそろ俺もガキが欲しいと思ってたんだ」
「はあ? ガキって……」
と、反芻しかけたところで
そうして次の瞬間、顔を赤くする。
「ななな、何言ってのよっ!? あんたはっ!?」
「ケケケ。愛してるぜ。俺の
「俺の元気なガキを産んでくれよな。あ、そうだ」
「月子の奴も孕ませたいな。あいつの絶望した顔が見てェな」
「……そんな願望をこのタイミングで言うか? あんた、頭の中どうなってんの?」
「本当にイカれてるわ」
小さく嘆息する。
それから少し視線を逸らして。
「まあ、私の方はOKよ。どうせ私はもうあんたの女だし。むしろ、あんたが子供を欲しがってたなんて意外だったわ。けど……」
視線を
「あの子の方は考え直しなさいよ。あの子を苦しませたいっていう気持ちは百歩譲って理解するけど、産まれる子供にまで罪はないでしょう?」
復讐や屈辱の道具にするために産み落とされる子供ほど不幸な存在はない。
一人の女としてそれだけはとても許容できなかった。
すると、
「おう。そりゃあそうだろ」
「親とガキは全く別の話だ。月子は月子。ガキはガキだ。親の罪はガキにはねえ。俺は月子のガキのことは全力で愛してやるつもりだぜ」
やっぱガキは親に愛されねえとな。
そんなことを
「まあ、月子に関しても孕んだ時は絶望させてやるつもりだが、それが最後の罰だな。その後はすぐに快楽堕ちさせるぜ。ガキが産まれる頃には完全に調教済みの予定さ」
「……あんた、マジで頭の中どうなってんの?」
今度は流石に青ざめた顔で呟く
自分の男は、やはり狂人であると改めて思った。
とは言え、それは今さらのことである。
「……あんたが意外と家族に
――と。
グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――ッッ!
再び
二人は部屋の方を見やる。
「……今はそれどころじゃないわね。そろそろ降して」
「ああ。そうだな」
と、その時だった。
「……
不意に声を掛けられる。
「……お前は」
そこには一人の女性がいた。
真紅の
――
静かに佇む
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