第97話 迫る悪意②

 いつも読んでいただき、ありがとうございます!

 別サイトではありますが、総合2000ptいただきました!

 感謝を込めて今日はもう1話投稿しようと思っています!

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 燦と月子が通う、私立瑠璃城学園。

 そこもまた、幼き引導師たちを育てる学び舎だった。

 エルナたちが通う星那クレストフォルス校にも並ぶ名門であり、創立時期としては、国内でも最も古い学校になる。

 燦たちは、そこの初等部に通う六年生だった。

 そしてまさに今、彼女たちは授業の真っ最中だった。

 巨大な壁に覆われた校門から遠く離れた校庭。何十にも警護、隔離され、外部からは覗き見ることも出来ないその場所で。

 体育服を着た燦は、ふらふらと校庭を歩いていた。


 だが、散策している訳ではない。

 今は模擬戦の最中だった。それもクラス対抗の団体戦だ。


「火緋神が一人でいるぞ!」


「行くよ! あの子を倒せば勝てる!」


 そう言って、一組の少年少女が駆けてくる!


「来たれ、風の精霊シルフィード!」


 少年が叫ぶ!

 その右腕には、風が渦巻いていた。


「渦巻く嵐よ! 風の王の息吹よ! 我が進軍に立ち塞がりし者を駆逐せよ!」


 それは拙いが、言霊を用いた術の強化だった。

 初等部から中等部二年ぐらいまでは、言霊は意外と好んで使われるのである。

 ともあれ、ちょっとノリノリの轟風は、燦へと襲い掛かる!


大いなる七つの星よマグヌム・セプテントリオン!」


 少女も言霊を用いて叫んだ。

 彼女は、刀身に七つの宝玉が埋め込まれた木剣を手にしていた。


「我が命に従い、悪しき宿業カルマを撃ち抜け! 貪狼ドゥーベ! 巨門メラク!」


 宝玉の二つが輝き、光弾となって燦へと飛翔する。

 それらを燦は一瞥し、


「……うっさい」


 ボソリ、と呟いた。

 その目は完全に据わっていた。

 そして、


「――うっさああああああいッ!」


 燦は叫んだ!

 途端、彼女の全身から雷光が迸った。

 次いで、火柱が上がる。敵味方含めてそこに居た全生徒がギョッとした。


「さ、燦ちゃん!」


 体術のみで巧く攻撃を捌いていた月子も目を見開く。

 燦を覆った高い粘性を持つ火柱は、徐々に形を変えていった。

 巨大な掌を持つ長い腕が生え、短い尻尾も生える。


 丸くずんぐりむっくりとしたシルエット。

 足が極端に短く、跳ねて動くような姿だ。


 全高は二メートルほどか。最後に、二本の小さな角がちょこんと伸びた。

 現れた炎の怪獣は、全身からは、バチバチバチと雷を放つ。


 これが燦の――火緋神家の系譜術クリフォト

 個人差はあるが、全身に炎雷を纏う術だ。


 その名も《炎奉衣ジ・プロミネンス》。

 まさしく太陽の衣である。


 ただ、燦の場合はまるで巨大な着ぐるみのようだったが。

 だが、愛らしい姿であっても、その防御力と攻撃力は絶大だ。

 撃ち出された風も光弾も、炎の着ぐるみにあっさり吸い込まれてしまう。


「う、うわっ!」「マジか! 火緋神がキレたッ!?」


 戦々恐々となる生徒たち。

 もう敵味方関係なく動揺していた。教師まで腰が引けている。

 そんな中、炎の着ぐるみは巨大な両手を天にかざした。


『……あたしを』


 一拍おいて、


『――抱っこしろおおおおおおッ!』


 あまりに無茶な願いを叫ぶ。

 直後、着ぐるみが大きく口を開き、そこから火球が次々と生み出された。

 まるで火山弾――火山の噴火だ。

 そして、火山であるがゆえに、それらは平等に周辺に飛び散った。


「うわああああッ!?」「や、やめろ!? 迷惑女!?」「誰か止め――うわああッ!?」


 子供たちは、もはや逃げ惑うだけだ。


「さ、燦ちゃん!? 落ち着いて!?」


 そんな中、月子が叫ぶ。

 しかし、相棒バディの声も今の燦には聞こえないようだ。


『あたしをォォ……』


 一度だけ火山弾を止めて、


『抱っこしろおおおおおおおおおおお―――ッ!!』


「「「ええええッ!?」」」


 さらに噴出される火山弾。


「さ、燦ちゃん!?」


 月子は青ざめた。


「そこまで抱っこ欠乏症だったの!?」


『うええええええんっ、おじさあああああああん!』


 今度は、泣き声まで上げ出した。

 いや、泣いているのは燦だけではない。子供たちも泣いていた。

 教師まで涙目だ。

 かくして。

 子供の泣き声が響き渡る戦場と化した校庭だった。

 ……………………………。

 …………………。

 ……………。

 めっさ叱られた。

 放課後。燦は肩を落として下校していた。

 足取りは重い。背負ったランドセルさえも重そうだ。

 隣には、困った顔の月子が並んで歩いている。

 彼女たちは名家の娘だ。普段なら山岡さん――月子の後見人でもある老紳士が、車で迎えに来てくれるのだが、それも今日は断った。燦が歩きたいと願ったからだ。

 二人は、多くの人で賑わうショッピングモールに来ていた。

 気分転換で来たのだが、燦の表情は暗いままだった。


(うわあ、燦ちゃん……)


 月子は、内心では頬を強張らせていた。

 これはもう完全に恋煩いだ。

 月子にはまだ恋の経験はないが、流石にこれは分かる。

 御前さまも仰っていた。

 こうなると、もうその人に逢いたくて逢いたくて仕方がなくなると。


(……燦ちゃん)


 月子は眉をひそめる。

 しかし、あのおじさまはどこにいるのか分からない。

 それどころか、名前さえ知らないのだ。


(どうすればいいんだろ?)


 頭を悩ませる。と、


「……昨日」


 燦が、ポツリと呟く。


「おじさんと会ったの」


「え?」


 月子は目を丸くした。


「おじさまと会えたの!?」


「うん。夢の中で」


「あ、夢の中……」


 月子は、少し残念そうな表情を見せた。

 燦は、言葉を続ける。


「あたしもう大喜びで、無茶苦茶抱っこしてもらったの。それだけじゃなくて、おじさんの肩をカプッと噛んだり、ほっぺにチューしたりして……」


「あ、う、うん。そう」


 意外と大胆な内容に、月子の頬に朱が差す。


「そしたらね。気付いたら、おじさんが私のほっぺを両手で押さえてたの。おじさん、すっごく真剣な眼であたしを見てて。あたしも凄くキュンキュンして、きっと、これは目を閉じるのが正しいんだって思って……」


「……え?」


 月子の顔が、さらに赤くなった。

 うなじまで赤くして「そ、それは」と視線を逸らし、明らかに動揺する。


「けど、それで目を閉じたら、次に開いた時にはおじさんがいなくなってて……」


「あ。そこで夢から覚めたんだ」


 月子がそう言うと、燦は「ふぐうゥ」と唸った。

 唇を尖らせて下を向いている。今にも泣きだしそうな顔だった。

 月子は「あわわ!」と動揺した。


「さ、燦ちゃん!」


 だから、こう提案した。


「これから、おじさまを探しに行こう!」


「……え?」


 燦は顔を上げた。やはり目尻には涙が溜まっていた。

 月子は、燦の両手を取った。


「逢いたいんでしょう? だから探しに行こう」


「け、けど……」


 燦は困惑する。


「あたし、おじさんの名前も知らないんだよ?」


「うん。だからまず『百貨店ストア』に行こう」


 月子は微笑む。


「もしかしたら、そこで逢えるかもしれない。そうでなくても、おじさまを知っている人がいるかもしれない。それでダメなら……」


 月子は、あごに指先を当てた。


「あのおじさまは、きっと雷電系のかなり強い引導師だと思うから、その筋で当たればいつか辿り着けるかもしれないよ」


「……つきこおォ」


 燦は、くしゃくしゃと表情を崩した。


「……ありがとおォ、うん。あたし、探すよおォ」


「うん。私も手伝うから」


 月子は天使のように微笑む。

 燦は「つきこおォ!」と叫んで月子に抱き着いた。

 月子は、目を細めて燦の頭を撫でる。


「頑張ろ。燦ちゃん」


「うん。あたし、頑張る。あたしの未来の旦那さまを探し出すよォ」


 グスグス、と鼻を鳴らす燦。


「え? えっと、もうそこまで考えているんだ……」


 と、少し頬を強張らせる月子。

 ともあれ、しばらく燦は月子に甘えていたのだが、


「あ、そうだ」


 不意に顔を上げて、背中のランドセルを手に取った。

 次いで、中から小さな紙袋を取り出す。

 燦は二パッと笑って、それを月子に差し出した。


「これ、あげる」


「え? これは?」


 月子は受け取った紙袋に目をやった。

 柔らかい手触り。どうやら中に何か入っているようだ。


「ようやく完成したの」


 元気を取り戻した燦は、腰に手を当ててそう告げる。


「これは月子の霊具。月子のためのだけの霊具だよ」


「え?」


 月子は、目を丸くした。

 燦は説明を続ける。


「こないだ『反羊反』を手に入れたでしょう? あれを使って造ったの」


「へえ。そうなんだ……」


 月子は、まじまじと紙袋を見やる。


「それがあれば月子の戦い方は大きく変わるはずだよ。後で使い方教えるね」


「うん。分かった。ありがとう。燦ちゃん」


 月子は微笑んで、紙袋を自分のランドセルにしまった。


「じゃあ、燦ちゃん、行こうか」


「うん。行こう月子」


 言って、二人は手を繋ぐ。

 目的地は『百貨店』だ。二人は歩き出した。

 ――だが、その時だった。



「……残念が、その予定は変更してもらおうか」



 不意に、背後から声を掛けられた。

 燦たちは振り返る。

 恐らく、この瞬間だったのだろう。

 二人がずっと目指していた未来モノ

 これまでの日常に終止符が打たれたのは。



「……火緋神燦。蓬莱月子」


 幼き夢の終焉を、その男は告げる。


「悪いが、俺たちの招待に応じてもらおうか」

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