第98話 迫る悪意➂
『…………え?』
その時、金羊は目を丸くした。
燦という少女の素性を探る。
そう決めた金羊は、まず小学校から当たった。
制服姿。名前。年齢から、燦を見つけるのは難しくなかった。
火緋神燦。やはり火緋神の名を継いでいた。
そしてもう一人の少女。あの時、『
蓬莱月子。彼女に関しても調べた。
市井の出である少女。けれど、正直、彼女の方にこそ驚いた。
『――
目を剥いた。
まさかの数値だ。エルナたちさえも大きく上回る。
『これは、とんでもない逸材っス!』
この時点で、金羊の興味は、完全に月子に移っていた。
一瞬で最有力の肆妃候補に浮上したのだ。
金羊は、燦もそっちのけで月子のことを調査した。
優しくおっとりとした性格で成績は優秀。クラスでの評判も良いようだ。
ただ、その過去はとても悲惨だった。
両親を事故で亡くし、財産は親戚たちに奪われた。
親戚たちの情報を集めて、金羊は思わず青筋を立てた。
まるでハイエナのような輩だ。特に何なんだ、この叔父は!
『月子ちゃああん……』
金羊は涙した。
小さな金羊たちも『メエェ!』『メエェェ!』と泣いた。
あの子は、幼くして相当に厳しい人生を送ってきている子だったのだ。
けれど、
『大丈夫っス! 君は完璧っス!』
クワッと、金羊は目を見開いた。
まさに蓬莱月子は、年齢さえ除けば完璧だった。
――不幸な生い立ち?
深い不幸を背負うほど、ご主人はそれ以上の大きな愛を注ぐ人だ。
――
確かに、他の妃たちは高い戦闘力を持っている。しかしご主人に比べたらどうだ? 戦闘力はご主人一人で過剰なぐらいだ。
それらのことなど、あの子の美点に比べれば些細なものだった。
穏やかな性格に、天使のような鼻梁。
スタイルなど、今の時点で、すでに将来が確約されているような成長ぶりだ。
特にあの子の他者を気遣う優しい性格は、さぞかしご主人の琴線に触れるに違いない。
あの子が妃になれば、ご主人に無茶苦茶愛される。
金羊は、そう確信していた。
『ここは、何としてでも、あの子を推さなければならないっス!』
燦も、神刀のことさえもすっかり忘れて、金羊は月子を推す。
頭の中は、いかにあの子を肆妃するかで一杯だった。
『う~ん、そうっスねえ……』
あの子は、すでにご主人と顔見知りだ。
なら、ご主人との再会は、出来るだけ劇的なのがいい。
『とりあえず、もう少し調べてみるっスか』
そう呟いて、金羊は下校する月子と……ついでに燦を追った。
途中にある防犯カメラを経由して、少女たちの後を追う。
仲の良いあの二人は、ショッピングを楽しんでいるようだった。
金羊は少女たちの様子を、カメラを通して眺めていた。
やっていることは犯罪だが、自分はもう人間ではないので容赦して欲しい。
そんなことを考えながら、分身体たちと一緒に様子を窺う。
――と、その時だった。
いきなり、少女たちに黒いスーツの男が声を掛けたのだ。
(うわ。JSをナンパ? ロリコンっスか?)
そう思った瞬間だった。
唐突に、三人の姿が消えたのである。
そこそこ混雑したショッピングモールから、三人だけが唐突にだ。
『…………え?』
金羊は目を丸くした。
これが、冒頭の呟きだった。
一瞬、唖然とする金羊だったが、すぐにハッとし、
『まさか瞬間移動!? 事象操作!? 空間操作系の引導師っスか!? いや、そんな時間操作並みにレアなのがそうそう……なら!』
金羊は、双眸を鋭くする。
『
激しく動揺する金羊。
分身体たちも『『『メエェ! メエエェ!』』』と騒いでいた。
――別の空間を重ね合わせて独自の異界を創る
確かに、あの術は取り込む対象を選ぶことが出来るが、その特性を誘拐に利用するとはあまりにも大胆な手段である。
人通りが多いことが、逆に盲点となっていた。
いずれにせよ、最悪の失態だ。
目の前で、未来の肆妃が囚われてしまったのだから。
『くうッ、けど、まだっス! チビたち!』
『『『メエエェェエェェッ!』』』
小さな金羊たちは一斉に鳴くと、光速に等しい速度で四方に跳ぶ。
そうして、半径二キロメートル。
その範囲の防犯カメラすべてを同時にハッキングする。
『あいつは、必ずこの周辺に現れるはずっス!』
封宮自体は展開すると移動は出来ない。仮に半径一キロメートルの封宮を展開すると一キロ範囲内ならば内部の人間は移動可能だが、そこより先は封宮を解かねば進めないのだ。
あの男が、何者かは情報不足で推測も出来ない。
ただ、状況から分かるのは、あの男は恐らく誘拐犯。
ここで封宮を展開したのは、あの子たちを戦闘不能にするためだ。
恐らく今、封宮内では戦闘が行われているはずだ。
だが、封宮内では金羊には手の出しようがない。
あの子たちが勝利することができれば、何の問題もないのだが、原則的に、すべての学校の初等部は、モラル面からまだ《魂結びの儀》を禁じている。そのため、いかに才能があっても、あの子たちの魂力は300ほどだ。
一方、あの男は、最低でも封宮を展開できるほどの魂力を有している。
もしくは仲間の力かもしれないが、どちらであっても、間違いなくプロの引導師だ。
流石に、あの子たちに勝ち目は……。
『メエェェ!』
その時、分身体の一体が声を上げた。
金羊はすぐにその個体と同調する。
『――いた!』
そこには、気絶しているらしき少女二人を両脇に抱えて、ワゴン車に乗ろうとする男の姿があった。どうやら仲間もいるようだ。
『――くそったれっス!』
やはり結果は最悪のようだ。
金羊は鋭く叫んだ!
『――チビたち!』
本体の呼び声に、小さな金羊たちが駆け出す。
しかし、すでに車は走り出していた。
『――ムムッ!』
金羊は唸るが、どうにか一体だけ月子のスマホにアクセスできた。
『よし! そこでしばらく潜むっス!』
『メエェェ!』
その個体が応えた。
そうこうしている内に、車はどんどん遠ざかっている。
『――チビたち!』
金羊は再び指示を出す。
『可能な限り追跡するっス!』
『『『メエエェェエェェッ!』』』
分身体たちは、流星のごとく電脳空間を駆け出した。
次々と中継点を経由してワゴン車の後を追う。
『……ぬぬぬ』
金羊は呻いた。
自分がついていて、なんて無様な……。
『いや、後悔は後っス!』
金羊も駆け出す。
『ご主人! 大変っス! 肆妃の危機っス!』
そう叫んで、電脳空間を跳んだ。
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