第176話 想い、数多➂

 同時刻。

 参妃・御影刀歌は、とある店舗に訪れていた。

 ショッピングモールにて展開する、フォーマルなドレスから、最新のコーディネートに至るまでを網羅した有名なアパレルショップである。


『それじゃあ行こうか。刀歌ちゃん』


「う、うん。行くか」


 髪に結いだ白いリボンに宿る蝶花に促されて、刀歌は緊張した面持ちで店内に入った。


(うわあ)


 入店するなり、刀歌は息を呑んだ。

 室内には、様々な衣服が展示されていた。

 基本的に女性専用の店舗のため、マネキンが着る服は女性の物ばかりだ。

 無機質なマネキンではあるが、それを補うほどに綺麗な服が展示されている。

 刀歌は、目を瞬かせた。


「は、初めて来たが、本格的な衣服店とは、このようなモノなんだな」


『いや。刀歌ちゃんの歳で初めて来るってどうなの?』


 と、白いリボンが、小声でツッコミを入れる。


「し、仕方がないじゃないか」


 刀歌は、顔を赤くして言う。


「これまで私は服に興味がなかったんだ。適当に母が買ってきた物を着ていた。そもそも一日の半分は制服だし、家では道着を着ることが多かったし……」


『その上、刀歌ちゃん、部屋ではジャージだしね』


「……うう」


 刀歌は呻く。

 実は五人の妃たちの中でジャージ派はもう一人いた。かなたである。

 しかし、かなたは、エルナの根気ある教育で、今や脱ジャージ派となっていた。

 刀歌は、最後のジャージ派なのである。

 そして、今回、刀歌はドーンワールドに遊びに行くことになった。

 しかも、初日の夜は、ドレスコードのあるレストランで食事をするらしい。

 そのため、刀歌は急ぎフォーマルドレスを購入しに来たのである。


 遊びに行く服は、母が買ってくれた物から適当に見繕えばいい。

 しかし、彼女のフォーマルな服と言えば、今着ている制服しかないのだ。


「と、とにかく、とっとと決めてしまうぞ」


 どうにも場違いな感じがして、刀歌は早足で店内を進んだ。

 とりあえず、大人びた服が並ぶコーナーへと移動する。

 ゆったりとしたドレスから、かなり際どい物まで取り揃えたコーナーだ。

 が、そこで刀歌は固まってしまう。


「ど、どれを選べばいいんだろ?」


『あはは。分からないよね』


 蝶花が笑う。

 普段着さえ母任せだった刀歌だ。フォーマルなドレスなど判断が出来る訳もなかった。

 刀歌は、本当に困り果てた顔をした。


『私が選ぼうか?』


 と、蝶花が救いの手を差し伸べようとした時だった。


「お客さま。お洋服をお探しですか?」


 硬直する刀歌を見つけた女性店員が、声を掛けてきたのだ。

 二十代前半ほどの若い店員である。


「あ、はい。フォーマルな服を……」


 刀歌は、反射的に答える。


「フォーマルですか?」


 店員は反芻する。

 それから、失礼に当たらない程度の目配せで刀歌を見やる。


(うわあ、この子ってば凄い逸材だわ)


 キラリと眼差しを輝かせる。


(白い制服によく映える艶やかな黒髪。肌もきめ細かい。多分、スポーツもしているわね。引き締まった腰、お尻、美脚。この大きさで張りを維持するおっぱいも素晴らしいわ。読モレベルなんかじゃない。ガチモデルでも、ここまでの子はそうはいないんじゃないかしら?)


 脳内でそこまで瞬時に判断してから、


「もしかして、年上の彼氏とのデート用ですか?」


 と、鉄壁の営業スマイル。刀歌は顔を赤くした。


(ビンゴ。この制服、確かクレストフォルス校のよね。大人びた顔立ちとスタイルからして高等部の三年生。相手は大学生……いえ、社会人かしら?)


 フォーマルドレスを必要とするようなデートは、大学生の身では考えにくい。

 相手は、若くて二十代後半か。


(パパ活……じゃないわね。凄く真面目そうな子だし、デートを指摘されたぐらいで赤くなるような子だしね。そもそもフォーマルな服が必要なパパ活って何よ)


 と、自分の考えにツッコミを入れる店員。


「お食事のためでしょうか?」


 店員は、さらに探りを入れた。

 それに対し、刀歌は、


「は、はい」


 緊張した面持ちで頷いた。


「その、今週末、婚約者と、ドーンタワーで食事の予定です」


(――ドーンタワーですって!)


 店員は心の中で、クワッと目を見開いた。


(ドーンワールドにあるあの恋人の聖地で! しかも今時JKで婚約者ですって!)


 彼女は笑みだけは崩さず、思考を加速させる。


(これは冗談なんかじゃないわよね。この乙女の顔を見る限りは。相手はガチの婚約者か。親の都合なのか、それとも恋愛なのかまでは分からないけど、この子の想いはきっと本物だわ。しかも、この子ったら……)


 ――クワッッ!

 女性店員は、心の中で再び瞠目した。


(間違いなくまだ初めてね! ゆえに望みしは決戦兵装と見た!)


 そこまでの判断を一秒にも満たない時間で行う。


(乙女の決戦! これは手を貸さずにはいられないわ!)


 そんな思考はおくびにも出さず、店員は手を向けた。


「では、あちらへどうぞ。お客さまによく似合うドレスをご用意させていただきます」


「え? あ、はい」


 服に関してはド素人の刀歌は、促されるまま、コクコクと頷いた。

 そうして刀歌は、様々なドレスを勧められた。

 色や素材も多種多様であったが、基本的には露出の多いドレスだった。肩や胸元、または背中など。それらが大きく開けたドレスが多かった。

 普段ここまで露出のすることない刀歌は、どの服でも顔を真っ赤にした。


 が、途中から路線が、どんどんおかしな方向へと進んでいく。

 三十分後、何故か刀歌はゴシックロリータのドレスを着込んでいた。


「え、えっと、店員さん?」


 流石に、刀歌も顔を引きつらせると、


「あ。申し訳ありません。少し私の趣味が入ってしまいました」


 深々と頭を下げる女性店員。

 いささか、彼女も暴走してしまったようだ。


「あまりこういった服は……それに肩とか背中が露出するのも……」


「……そうですか。でしたら、こういった品はいかがでしょう」


 そう告げて、店員は店の奥から、とある一品を持ってきた。

 雪のように真っ白な服である。襟元や袖には金の縁取り。生地には、同じく金糸で何かの刺繍も施されている。手に取っただけで上質なのが分かる服だ。

 しかし、これは――。


「え? これってフォーマルな服になるのか?」


「充分になります」


 女性店員は、そう言い切った。

 刀歌は、服を両手で掴んだまま、目を瞬かせる。


「け、けど、公の場でこの服を着ている人は、SNSやテレビでもあまり見ないのだが? むしろ、これは別のイベントで……」


「フォーマルと言ったら、フォーマルなのです」


 女性店員は揺るがない。


「と言うよりも、ドレスコードがあるといっても、ドーンタワーの敷居は、相当に緩いですから。それでも充分ですよ」


「そ、そうなのか?」


「はい」


 女性店員は、ニコリと笑った。


「それに、その服は意外と需要が高いのです」


「需要が高い?」


 刀歌は眉をひそめた。

 すると、女性店員は「少々失礼します」と告げて、刀歌の耳元に顔を近づけた。


「男性の需要が高いのよ」


 小声でそう告げる。


「え?」


「ダメよ」女性店員は悪戯っぽく笑う。


「食事にだけかまけてちゃダメ。ちゃんとその後のことも考えなきゃ」


「…………え?」


 刀歌は目を瞠って、女性店員を見やる。

 数秒後、ボンと顔を赤くした。


「今ならお安くしておきます。まずはご試着されてはいかかでしょうか?」


 顔を離して、女性店員がそう尋ねる。

 刀歌は、唇をパクパクと動かした。

 そのまま、ふらふらと更衣室へと入った。

 そうして十分後。


「こ、購入、お願いします」


 刀歌は、決戦兵装を入手した。

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