第175話 想い、数多②

 一方、その頃。

 肆妃『星姫』・火緋神燦は、自宅にいた。

 フォスター邸ではない。火緋神家の本邸だ。


 彼女は今、自室にいた。

 学校の帰りに立ち寄ったのである。

 火緋神家の本邸は、とても古い日本家屋のため、燦の部屋も和室だ。

 ただ、なかなかに広大な部屋には、上質の絨毯を敷き、ドンっと大きなベッドも鎮座している。そこには特注なのか、燦の炎獣のぬいぐるみが置かれていた。他には、桐製のクローゼットに小さな机。スタンドミラーもある。内装は完全に洋風だった。


 さて。どうして燦がここにいるかというと……。


「ふん、ふ~ん♪」


 鼻歌混じりに、燦はクローゼットを開けた。

 大量のある衣服。その中から、これぞというモノを見定める。


「うん。これにしようかな」


 燦は、その服を取り出した。

 それをベッドの上に置くと、燦は自分の襟首に手をやった。

 そうして一気に制服の上着を脱ぐ。

 現れ出たのは、平野へいや……と呼ぶのは流石に酷だろうか。まだまだささやかではあるが、確かなる双丘が連なる黒いスポーツブラだった。

 次いでスカートを。最後にベッドに腰をかけて、黒いストッキングも脱ぎ捨てた。


 燦は、瞬く間に下着姿になった。

 幼いながらも、その美しい容姿から、将来性が抜群なのは分かるのだが、いかんせん、下着に縫い付けられた炎獣のアップリケがいただけない。

 とは言え、その姿も十数秒の間だけのことだ。

 燦はすぐにベッドに用意しておいた服を取り、それに袖を通した。

 それから、リップを取り出して、スタンドミラーの前で唇をなぞる。

 ただでさえ瑞々しい彼女の唇は、さらに艶めきを増した。


「うん。よし!」


 燦は、ガッツポーズをとる。

 それから、スタンドミラーの前でくるりと回転する。


「うん。似合ってるよね」


 笑みを零して、燦はご満悦だった。

 彼女は今、真紅の中華服チャイナドレスを着ていた。

 燦の美脚の白さが際立つ大きなスリットが入った衣服。足から胸元にかけて大きな金の龍の刺繍も施されていた。

 これは、燦が所有する余所行きのドレスの一つだった。

 着る者によってはコスプレ感が強く出る衣装だが、燦にはよく似合っていた。


「出来れば、月子の意見も聞きたかったなあ」


 と、呟く。

 月子とは、今日は別行動だ。

 たまたま月子が先生に声を掛けられ、帰宅のタイミングがずれてしまったのだ。

 燦にも、今日は自宅に寄る用があったため、仕方がなく別行動をしているのである。

 そして、その用こそが、この衣装だった。


「……ドーンワールドかあ」


 スタンドミラーに映る燦が、ふふっと笑う。

 ドーンワールドとは、今週末に行く予定のレジャーランドだった。その立地条件と桁違いの大きさで有名なランドであり、実は、燦はすでに二度行ったことがあった。

 あそこは家族連れにも好評だが、それ以上に恋人同士で行くスポットでも有名だった。

 特に、宿泊施設は豪華であり、中央に立つセントラルホテル・『ドーンタワー』の最上階のレストランフロアは、ドレスコードまであるという本格的な趣だった。

 燦としては、食事にも興味はあるが、それ以上に、おじさんに自分のフォーマルな姿をお披露目したかった。そのために衣装が豊富にある実家に戻ってきたのである。


「おじさんって、最近あたしたちを子供扱いするのが酷くなってきているしね」


 頬を膨らませて、むむっと唸る燦。

 最近の抱っこなど、『高い高い』レベルの雑さである。

 どうにも、不当な扱いを受けている気がする。

 だからこそ、今回の機会で、自分の女の子としての魅力を見せつけるつもりだった。

 もちろん、この計画には月子も参加している。

 ただ、月子の方は、少し控えめにして、とお願いしていた。

 相棒が本気でフォーマルな姿になると、もう小学生には見えないからだ。


 ――そう。思い出すのは、初めて火緋神家に月子を紹介した日。


 公式の場ゆえに着飾った月子を前にして、異母兄たちを筆頭に若い引導師たちが「……天使か」と騒めいたことは、今も強く印象に残っている。


 つくづく反則的な相棒だと思う。


「むむっ! だけど!」


 燦は、グッと拳を固めた。


「月子にはほんのちょっとだけ負けるかもしれないけど、あたしだって本気で着飾ったら凄いんだから! おじさんをメロメロにしてやるの! そして!」


 ムフー、と息を吐いて頷く。


「ドーンタワーで、あたしと月子は正式に隷者ドナーにしてもらうの!」


 流石に第二段階とは言わない。

 いつかはと思っているが、それはまだまだ先の話である。

 ただ、この機会に第一段階ぐらいには至っておきたかった。


「あのおばさんたちに、いつまでも偽物なんて言わせないわ!」


 拳を振り上げ、強く意気込む燦。

 学校の授業だと、第一段階とは、魂を繋げる儀式とのことだ。

 少し程度の痛みはあるらしいのだが、大抵は数秒ほどで済む話らしい。

 一応、各小学校では《魂結び》の使用は原則禁止されている。しかしながら、実のところ、第一段階までならば、燦たちの世代でも試しに行う者はかなり多かった。


 無論、決闘自体は本気で行う。相手を屈服させなければ儀式は成立しない。

 ただ、その後の契約時に、《隷属誓文ギアスレコード》の文面に『双方のいずれかが破棄を望んだ場合、この契約は無効とする』とでも記載しておけば、簡単に契約破棄も可能なのだ。これならば、燦たちにしても偽装の範疇にも納まる内容だった。


 ――そう。第一段階までなら、別に行っていても大きな問題はないのだ。

 建前である偽装の件もクリアできて、正式な隷者にもなれる。

 燦と月子としては、是非ともしておきたい儀式だった。


「えへへ」


 燦は、口元を綻ばせる。


「おじさんにね、本気で着飾ってお願いするの。そしたら、きっと……」


 そう呟いて、両頬を押さえて、くねくねと体を揺らす燦。

 ただ、この願いは、実際のところ、途方もなくハードルが高い。それはエルナたちならば実体験でよく知っているのだが、新参の燦や月子が知るはずもなかった。

 彼女が今、気にしていることと言ったら……。


「……う~ん」


 ふと、スタンドミラーの自分の姿を見やり、燦は眉をしかめた。

 この衣装ドレス

 勝気な顔立ちの自分には、よく似合っていると思う。

 しかし、この衣装は――。


「…………」


 燦は、自分の慎ましい胸に視線を落とした。

 この衣装ドレス、自分よりも、あの三人の方が似合いそうだ。

 特に自分と同じ、勝気な顔立ちの参妃には――。


「……むむむ」


 燦は、眉間にしわを寄せて呻いた。

 何というか、この服で行くと比べられてしまいそうだ。


「これはダメかあ」


 言って、燦は中華服チャイナドレスを脱ぎ捨てた。

 再び下着姿になって、燦はクローゼットを覗き込んだ。


「他にいいのはないのかな? あたしの魅力を100%引き出すような……」


 次から次へと衣装を取り出す燦。

 それらを幾度となく着替えていく。

 壱妃に続き、肆妃『星姫』も、決戦に向けて意気込みは充分だった。




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GWスペシャル…………おかわりだッ!

5/8(土)まで突っ切るぜよ!

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