第426話 お妃さまたちのお稽古2(前編)④

 同時刻。

 施設のリビングに隣接された大きなバルコニー。

 光源は夜の自然光だけというその場所に、エルナは一人いた。


 果てしなく広がる森の景色。

 空には大きな月が浮かんでいる。

 とても静かな夜だった。


 しかし、そんな静寂の中で、


「………はァ」


 エルナは盛大に溜息をついていた。

 銀色の髪に白磁の肌。異国の浴衣姿が意外なほど似合っている。

 だが、その表情はとてもどんよりとしていた。

 それは昼間の訓練の疲労のせいばかりではない。

 最近のエルナの深刻な悩みの影響がより大きかった。


「最近の私、なんて影が薄いの……」


 再び溜息をつく。

 その理由は明白だった。

 後から入って来た妃たち。

 特に陸妃以降の三人は実力が別格だった。

 その上、三人とも真刃と深い縁を持っていた。


 杠葉と桜華は百年に及ぶ宿命。

 六炉も、まるで真刃と出会うために生まれてきたような出自だ。


 それに運命づいていなくとも伍妃の芽衣も侮れない。

 芽衣は他の三人よりは流石に影が薄い。

 だが、日常において最も存在感があるのは間違いなく彼女だった。

 あの圧倒的な『お母さん』感は今のエルナにはとても出せない。

 何気に真刃の信頼も厚いのだ。

 芽衣もエルナたちとは一線を画している気がする。


 やはり大人組。

 これが第二段階の隷者ドナーたちの格の違いか。


(今回を機に……)


 月を見上げてエルナは思う。


(私とかなた。刀歌は前倒しで第二段階になってもいいと思うんだけど……)


 口実にはなる内容だ。

 だが、真刃はきっと受け入れない。

 エルナたちの心と体に負担がかかりすぎるからだ。


(真刃さんはいつまでも私たちを子供扱いする)


 愛されていること。

 そして大切にされていることは疑ってもいないが、やはり不満がある。

 そもそも真刃は早過ぎる第二段階の《魂結び》に反対だった。


 ――子供にはあらゆる可能性と未来を。

 それが真刃の考えだ。


 それは理解もしているし、共感もしている。

 けれど、すでに将来を見据えて覚悟も決めているエルナたちにしてみれば、どうしても不満を抱いてしまう。


(まあ、口実に出来るとしても、実のところ、あまり意味はないかも)


 頬に片手を置き、エルナは改めて冷静になって考える。

 現状、第一段階でさえも供給できる魂力は最大13万。

 今のエルナたちには、とても使えこなせない膨大な量だ。

 それに、最大でどれだけの量の魂力を受け入れられるのかもまだ分からない。

 上限を大きく上げたところで、エルナ自身にそれだけの容量がなければ、第二段階のメリットはほとんどないと言える。もし上限が13万以下ならば、第二段階に移行する理由はそれこそ愛の証だけだった。


(せめて約束通り十六歳には迎えられるといいんだけど、このままだと学校を卒業するまでとかになりそうで怖いわ)


 それを考えると溜息が零れる。

 とは言え、それはまだ先のことだ。

 問題は現在。壱妃たる自分の影の薄さである。


「……どうしたものかしら」


 そう呟いた時だった。



 ――では、私が力をお貸しましょうか?



 そんな声が聞こえて来た。

 エルナは「え?」と後ろに振り返った。

 しかし、そこには誰もいない。


「……九龍?」


 手に付けたブレスレットに宿る従霊に声を掛ける。


「いま何か言った?」


『ガウ? イヤ、何モ言ッテイナイゾ?』


 と、九龍が答える。

 エルナは眉根を寄せた。

 すると、



 ――そろそろあなたとお話をすべき頃合いだと思いますから。



 声はさらに聞こえて来た。


「え? え?」


 周囲をキョロキョロと見渡して、エルナは動揺する。

 やはり周囲には誰もいなかった。


『ドウシタ? ヒメ?』


 九龍がキョトンとした声を掛けてくる。

 謎の声は九龍には聞こえていないようだった。


(なにこれ?)


 警戒して武器である羽衣を虚空から取り出そうとする。

 だが、その前に、



 ――これでは話しにくいですね。こちらへ招待いたします。



 声がそう告げた。

 そして次の瞬間。


「―――え?」


 エルナは唖然とした。

 世界が一転。そこは夜のバルコニーではなかった。

 遠方には森。

 それには変わりないが、時刻は昼。空は晴天だった。

 そしてエルナは大きな湖の上に立っていた。

 波紋を広げて湖面に浮かんでいる。

 しかも、今の一瞬でエルナの衣装も変わっていた。

 白いワンピース姿だ。九龍を宿したブレスレットはなくなっている。


(これって封宮メイズなの?)


 エルナは困惑しつつも、最大級の警戒をした。

 誰かの封宮に取り込まれた可能性が高い。

 しかし、一体誰が――。

 そう考えた時。


「そう警戒しないでください」


 誰かがそう告げた。

 先程から聞こえる声と同じ声だった。

 エルナは前を見やる。

 そして「え?」と目を剥いた。

 同じく湖面の上。そこにいたのはエルナだった。

 同じワンピース姿のもう一人の自分である。


「ここは心の世界です」


 声だけが違うもう一人のエルナが語る。


「私たち二人だけの」


 そう告げて、もう一人のエルナが近づいてくる。


(……え?)


 もう一人の自分にエルナは目を剥いた。

 近づくにつれて、彼女の姿が変化し始めたのである。

 銀髪はボーイッシュなほどに短くなって、黒髪に。

 北欧系の顔立ちは純日本人のものに。

 そして白いワンピースは藤色の和服へと。

 エルナの前に立った時には、彼女は完全に別人になっていた。


 年の頃は十八ほどか。

 美麗な顔立ちに穏和な印象を抱かせる黒髪の少女だった。


 だが、初めて出会う人物だった。


「あ、あなた、誰?」


 エルナがそう問うと、彼女は微笑んで、


「初めまして。エルナさん」


 まずそう告げてから、


「杠葉お嬢さまの言葉をお借りするのなら、私は初代零妃になります」


「……え?」


 エルナは目を瞬かせた。


「改めて自己紹介を」


 言って、彼女は頭を垂れた。

 それから彼女はエルナに対してこう名乗る。


「私は久遠真刃の最初の隷者れいじゃ。名を大門だいもん紫子ゆかりこと申します」


 エルナは大きく目を見張る。

 大門紫子と、エルナ=フォスター。

 これこそが彼女たちの初めての邂逅だった。

 そうして、


「では、エルナさん」


 紫子は微笑んでこう告げるのであった。


「あなたとは色々とお話したいことがあります。お喋りをしましょうか」






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