第三章 お妃さまたちのお稽古2(後編)

第427話 お妃さまたちのお稽古2(後編)①

 夜。十時ごろ。

 かなたは一人、宿泊施設内の訓練場にいた。

 杠葉の意向なのか、板張りの古風な道場である。

 かなたはゆっくりと息を吐く。

 道場にいる以上、彼女の目的は修練だ。

 衣服も日中と同じくアスリートウェアを着ている。

 実のところ、衣服自体は浴衣でもよかった。

 これから行うことを鑑みれば。


「……赤蛇」


 かなたは首の赤いチョーカーに宿る自分の専属従霊である赤蛇に声をかける。


「そろそろ試してみる」


『おう。了解だ。お嬢』


 赤蛇は応えた。

 そうして赤いチョーカーから、かなたのアスリートウェアに憑依を移す。

 直後、アスリートウェアに変化が起きた。

 かなた自身は硬質の黒いラバースーツを纏う。

 背中からは大きく抱きかかえるように楕円を描いた黄金のレールが伸び、そこに四十本以上の複雑な形状の細い蛇腹剣ガリアンソードが並んだ。それはまるで赤い茨の外套のようだった。

 そして最後に黄金のティアラが額に飾られる。


 これはかなたと赤蛇が試行錯誤の末に至った姿。

 すなわち、新たな戦妃武装オーバーレイドだった。


『おし。巧い具合に形になったな』


 と、ティアラから赤蛇が声を掛ける。

 かなたは「うん」と頷く。

 一度は完成したと思えた戦妃武装オーバーレイドだったが、とある少女との戦闘を経て考えを変えた。

 自分には接近戦の才がないと悟り、中距離戦を主体にしたモノに組み直したのだ。

 それがこの姿だった。


「この形がきっと私の最適解だと思う。だけど」


 かなたは微かに眉をひそめた。


「これでも桜華さんや杠葉さんには届かない」


『そこはまあ仕方ねえだろ』


 少し呆れた口調で赤蛇は言う。


『二人とも象徴持ち。杠葉サマに至っては神刀まで持っているんだぜ』


 そう続ける。


象徴シンボルは次の段階だ。今は戦妃武装オーバーレイドを極めようぜ』


「……うん。分かっている」


 かなたが頷いた時だった。


「おお。それはかなたの新しい戦妃武装オーバーレイドなのか?」


 そう声を掛けられた。

 かなたが振り向くと、そこには刀歌の姿があった。

 アスリートウェア姿であり、片手には刀身のない柄を握っている。


「刀歌さん」


 かなたが尋ねる。


「あなたも自主訓練ですか?」


「うん。そうだ」


 刀歌は頷く。


「今日は桜華師に散々に負けたからな。私も強くなりたい」


 刀歌はそう言って、かなたに近づいていく。


「そのためにはまず戦妃武装オーバーレイドを習得しないとな」


 かなたと赤蛇が考案した戦妃武装オーバーレイド

 それはすでに他の正妃たちにも伝わっている。

 現在、習得しているのは、かなたと芽衣。そして月子の三人だった。

 象徴シンボルをすでに発現している妃たちは最初から習得は考えていない。

 エルナは彼女の系譜術がそもそも戦妃武装オーバーレイドに類似しているので対象外だった。

 従って、まだ習得にまで至っていないのは刀歌だけだった。

 まあ、未習得というよりも、まだ適した武装を決め切れていないというのが正しいのだが。


「丁度いい。訓練に付き合ってくれないか。かなた」


「ええ。構いません」


 と、刀歌の提案にかなたが答えた時だった。


「あれ? かなた? 刀歌?」


 さらなる闖入者が現れる。

 刀歌と同じくアスリートウェア姿のエルナだった。

 ただし、かなり驚いている様子だった。


「二人とも訓練?」


「うん」「はい」


 刀歌とかなたは答える。


「エルナさまもですか?」


「うん。そう」


 エルナは自分の胸元に片手を置いて頷く。


「ちょっと居ても立っても居られない気持ちになってね」


 少し興奮気味にそう告げる。


「……? 何かあったのですか?」


 かなたが眉根を寄せてそう尋ねると、


「ふっふっふ……」


 エルナは自信満々に微笑んだ。


「私ね。いま無茶くちゃ運命を感じちゃっているの」


「……? どういう意味だ?」


 今度は刀歌が眉をひそめて問う。かなたも眉根を寄せたままだ。


「えへへ……」


 エルナは両頬を抑えてクネクネと体を動かす。


「これは作られた運命かも知れない。けれど、運命には違いないわ。うん! 桜華さんや杠葉さんにも劣らない運命だわ!」


 そう叫びつつ、エルナはかなたたちを見やり、


「えへへ。ごめんね。かなた。刀歌」


「……? 何を謝るんだ?」


 小首を傾げて刀歌が言うと、


「私ね。もしかしたら第二段階、前倒しになっちゃうかも」


 そんなことをエルナが告げた。

 刀歌もかなたも「「え?」」と目を瞠る。


「ど、どういうことです?」


 戦妃武装オーバーレイドのままであるのも忘れて、かなたが思わず詰め寄った。

 浮かれていたエルナも、完全武装状態のかなたに少し圧されつつも、


「え、えっとね」


 頬に片手を当てて、


「今はあまり詳しい話はまだ出来ないの。そういう約束をしたし、私自身、彼女の言ったことがまだ本当なのか確信できていないし」


 エルナはそう答える。

 ただ、嬉しそうにこうも続ける。


「けど、きっと本当なんだって私の直感が告げているの」


「……エルナさま?」


 かなたはますます困惑する。

 どうも話がかみ合っていないような気がする。


「これって寵愛権が二人分になるのかしら? 真刃さんに切り出すタイミングも考えないと。百年越しの再会だし、きっとそのまま……彼女の想いを無碍にしたくはないけど、初めては私のままでありたいし……」


 と、エルナはぶつぶつと呟いている。


「さっきから何を言っているんだ? エルナ?」


 刀歌が嘆息して言う。


「昼の訓練で疲れているのか? 何を言っているのか分からないぞ」


「まあ、ともかくよ!」


 エルナはグッと拳を固めた。


「もう影の薄い壱妃とか言わせないわ! ここから一気に挽回よ!」


 そうしてかなたと刀歌を見やり、


「色々と確認したいことや試したいこともあるのよ! だから付き合ってね! 二人とも!」


 そう告げた。

 結局、最後までよく分からなかったが、とりあえず頷くかなたたちだった。






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