第428話 お妃さまたちのお稽古2(後編)②
訓練の日々は続く。
妃たちの合宿が始まって四日が経過していた。
「―――ふ」
小さな呼気と共に走る。
疾走するのは月子だ。三日月を刺繍した白い
従霊・狼覇を服に憑依させ、脚力強化に特化した月子の
この状態の月子の
燦の
月子は縦横無尽に動いて対峙するかなたに迫る!
一方、かなたも
――ジャラララッ!
そんな音を鳴らして茨の外套が広がった。
蛇のように鎌首を上げる茨の剣は一斉に月子を迎え撃つ!
伸縮自在の茨の陣だ。
「――くうッ!」
凄まじい波状攻撃に月子は軌道を変えつつ呻く。
速度でかわすが、圧倒的な物量の前にどうしても押しやられる。
一向に、かなたの間合いに入ることが出来なかった。
月子のもう一つの力――《
それは術であっても例外ではない。《
(――く)
方向を転換し、円の軌跡を描いて加速。かなたの後ろに回り込もうとするが、
――ジャララララッ!
やはり茨の陣が邪魔をする。
(かなたさん、強い!)
全方向において隙の無い戦陣だった。
かなたの視界のみならず、従霊である赤蛇も周囲を警戒しているのだろう。
どれだけ速度で翻弄しても、その視界に死角はなかった。
中距離こそが自分の間合いであり、真骨頂。
そう悟ったかなたは本当に強かった。
茨の剣が月子に襲い掛かる!
鞭のようにしなる高速の薙ぎ払いだ。
月子は後方へと大きく跳んで回避する。
しかし、茨の剣は軌道を変えて上空へと伸びた。
そうして、
「狼覇。月子さんを全力で守ってください」
かなたがそう告げた。
天に伸びた茨の剣が広く展開されたのは、その直後だった――。
「…………」
それから十分後。
月子は一人、グラウンドを囲う土手のような場所で一息をついていた。
すでに
月子は手に持ったペットボトルを、カシュっと開ける。
そしてその中の水で喉を潤していく。
ややあって、
「…………」
月子はペットボトルから唇を離した。
そうして、
「全然、敵わなかったよォ」
月子は盛大にへこんでしまった。
かなた相手の模擬戦。月子は一撃も入れることも出来ず惨敗した。
自分も
もちろん、相性の悪さもある。
だが、ここまでの惨敗は流石に堪える。
「……はあ」
思わず溜息が零れ落ちてしまう。
かなただけではない。
エルナにも刀歌にも勝ったことがない。
現状、月子が勝利したことがあるのは準妃の綾香だけだった。
それも勝率は四割ぐらいだ。
「……私、弱いな」
ペットボトルをぺキッと少し鳴らして月子は呟く。
二日目以降、訓練の内容は大きく変化していた。
今回の合宿では、それぞれの長所を磨くことを重点に置いている。
そのため、準備運動だった一日目――杠葉と桜華としては童心に返るような
まずは芽衣を教官に置き、ホマレ、茜、葵、燦。
彼女たちは戦闘訓練をしない。鍛えるのは
自身の術式の見解を深めて、より可能性の幅を広げるメンバーだった。
短期的な戦闘訓練より、そちらの方が伸びると考えられて選出されたメンバーだ。
ホマレは「解放された!」と喜び、燦は「つまんないよォ!」と嘆いていたが。
次に桜華を教官に据えたメンバー。
エルナ、かなた、刀歌、綾香。そして月子である。
術式や
基礎的な体力強化を行い、それから総当たり戦、一対一、一対多数、複数対複数などの手加減抜きの多彩な状況による戦闘訓練を行っている。
残る六炉は、杠葉にマンツーマンで指導を受けていた。
六炉は杠葉、桜華に次ぐ戦力だ。
最も伸びて欲しい人材ゆえの特別対応だった。
火緋神家の先代の長と、天堂院家の姫君の組み合わせは中々に因縁深さを感じる。
ともあれ、あの六炉に「地獄だった」と呟かせるような内容らしい。
これが昼のスケジュールだ。
夜にはそれぞれが自主トレーニングを行っている。
杠葉と桜華は、その時間帯にまた次元が違うレベルの訓練しているようだ。
「私、本当に弱い……」
月子はへこみ続ける。
仮にも
かなたには常に惨敗。
刀歌だと相性の良さでまだ接戦にもなるのだが、最後には刀歌の獣の勘のような反応速度の前に敗北を喫してしまう。
そしてエルナ。
ここ数日のエルナは神がかっている。
まるで
桜華を除くと、現時点で最強なのはエルナだった。
『私の時代が来たわ!』
仁王立ちでそう告げるエルナは自信に満ちていた。
(エルナさんに何かあったのかな?)
月子は疑問に思うが、エルナは教えてくれない。
かなたも刀歌も知らないそうだ。
いずれにせよ、今は自分のことだ。
――《
だからここが頭打ちだった。
自分は他の妃たちとは違う。
市井の出である月子には、これ以上、強くなれる要素がなかった。
「……私は……」
ペットボトルを手にしたまま膝を抱える。
「おじさまに相応しくないのかな……」
そんなことも考える。
『……月子さま』
その時、月子の首に巻かれた白いチョーカーから声が掛けられる。
専属従霊の狼覇の声だ。
『我が主は才のみで妃を選ばれているのではありませぬ』
「それは分かってるけど……」
月子は双眸を細めた。
「けど、みんな強いのに私だけ……」
決して月子に才がない訳ではない。
だが、やはりこうした戦闘訓練では他者と比べてしまう。
特に直前の惨敗が強く響いていた。
月子は膝に顔を埋めた。
と、その時だった。
「月子? どうしたの?」
不意にそんな声を掛けられたのは。
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