第425話 お妃さまたちのお稽古2(前編)➂

「な、なんなの、あの人たち……」


 夜。宿泊施設にて。

 すっぴんに浴衣姿という珍しい格好の綾香が言う。


「体力の化け物? というか、まるで捕食者プレデターじゃない」


 綾香はこの和室の個室にて、足を外に向けてぺたんと座り込んでいた。

 いわゆる女の子座りだ。そこにいつもの優雅さはない。

 普段なら絶対しないような今の格好も、着飾るだけの余力もない証だった。

 結局、あの後、実施された訓練は実戦に近い模擬戦闘だった。

 具体的に言うと、杠葉一人相手に全員で挑むモノだった。

 実戦を想定しているだけに何でもありだ。綾香も《DS》を使用した。


 だが、その結果は無残だった。

 何をしても通じない。

 綾香たちは森の中をひたすら杠葉に追われた。

 その様子はまさに捕食者プレデターだった。

 ちなみに桜華の方もそんな感じだったらしい。

 まあ、そちらは六炉がいたおかげでまだ少しマシだったそうだが。


「ああ~、言ってなかったっけ?」


 綾香と同じ浴衣姿で胡坐を掻く芽衣が疲れ切った顔で答える。


「あの人らは別格なんだよォ。正妃ナンバーズの実力におけるツートップ。ムロちゃんでさえあの二人には勝てないんだよォ」


「うそォ……」


 綾香は両目を見開いた。

 それから部屋の一角に視線を向ける。

 そこにはぐったりとして畳の上に寝込む茜と葵の姿があった。


「茜、葵。聞いてないわよ。そんな話」


 そう告げると、葵の方は答える体力もないのか沈黙していたが、


「……別に言う必要はないでしょう?」


 茜の方は顔だけを向けてそう答えた。

 ちなみにこの部屋にはあと一人ホマレがいるのだが、ホマレは完全に屍になっていた。


「あなたには借りはあるけど、私はあなたの部下じゃないし」


 と、茜が素っ気なく言う。


(……やれやれね)


 綾香は内心で小さく呻いた。

 葵の方はともかく、やはり茜の方は勘がよい。自分が服毒の刃――情報源を兼ねてキングの元に送り込まれていることに勘付いているようだ。


(まあ、そこは仕方がないわね)


 完全な傀儡を送り込んでも二心ありではキングの寵愛は得られない。

 綾香としては、茜たちから零れ落ちた情報を拾い上げるしかなかった。


「というより、あの《雪幻花スノウ》より強いのなら、私たちが戦力増強する必要なんてないじゃない。あの二人、下手したら千年我霊より強いわよ」


「流石にそれは無理らしいよォ」


 芽衣が苦笑いして言う。


「さっきお風呂に入った時に桜華さんから聞いたんだけど、桜華さんでも勝率は三割ぐらいなんだって。多分勝てる可能性があるのは杠葉さんの方だけ」


「……それで充分じゃない」ブスッとした様子で綾香は言う。


「一人は千年我霊エゴスミレニアクラス。それに餓者髑髏相手に三割なら、漆妃はNO2の《屍山喰らいデスイーター》なら抑えられるってことでしょう?」


 小さく嘆息して、


「それだけの戦力があれば戦術は幾らでもあるわ。名付き我霊ネームドエゴスがどれぐらい参戦してくるかは懸念すべきことだけど……」


 怪物級の零妃と漆妃。そして陸妃。

 切り札の数は、こちらの方が上だと判断してもいいだろう。

 まあ、主力全員がキングの妃というのは少し思うところはあるが。


「楽観視は危険とはいえ、すでに勝敗は見えてきたわね」


 綾香はそう呟くが、芽衣は「う~ん……」と眉をしかめた。


「実はウチも同じことをシィくんに聞いてみたんだ」


 そこで少し頬を赤らめて視線を逸らす芽衣。


「……まあ、寵愛権の時にちょっとね。けど、シィくんは、杠葉さんや桜華さん、それにムロちゃんがいてもなお警戒しているらしいの」


 頬に指先を当てて、芽衣はそう告げる。

 綾香のみならず茜と葵、死んでいたホマレさえも少し顔を向けた。


「シィくんの知っている餓者髑髏はそんな甘い相手じゃないって。戦力が上回っただけで押し切れる相手じゃないって」


 そこで芽衣は真剣な顔をした。


「それは餓者髑髏と直接面識のある桜華さんやムロちゃんも感じたって。今の戦力であってもひっくり返される可能性がある。だからね」


 一拍おいて、


「戦力は多い方がいいの。そんでね。近衛隊の隊長さんとしての提案なんだけどね」


 少し気まずげに芽衣は頬を掻いた。

 いや、どちらかというと不本意な顔だった。


「不本意だよ。不本意なんだよォ」


 はっきりとそう零す。

 そして嘆息と共に大きな胸を揺らして、


「あくまで提案としてね。今の準妃隊員の中で希望者がいるのなら、次の妃会合でシィくんの第一段階の隷者ドナーに推薦しようかなって思うのォ」


「――マジでか!」


 ホマレが一気に蘇生した。

 ズルズルと体を引きずって、ゾンビのように芽衣の方へと近づいてくる。


「遂にホマレの時代が来た!」


 そんなことを叫んでいる。

 葵も「え? え?」と動揺しているが、一方で茜は冷静だった。


「希望者でいうのなら私と葵は今回パスよ」


 小さく嘆息して言う。


キングをさらに強くするためにって話は分かるけど、ここで第一段階であっても隷者ドナーになってしまうと私たちは《魂鳴りソウルレゾナンス》が使えなくなるわ。系譜術クリフォトを持っていない私たちは本当に無能になってしまう」


 姉のその言葉に、内心では少し乗り気だった葵は「う」と呻いてしまう。


「私たちが隷者ドナーになるとしたら」


 茜は唇を噛んで続ける。


「《魂鳴りソウルレゾナンス》に代わる武器を得てからよ。だから今回は辞退するわ」


「……あうゥ」


 葵は少し無念そうだが、姉の決断は正しかったので納得した。

 一方で綾香は「やれやれね」と呆れていた。


「私の前で告げたってことは、私も誘っていることよね」


 長い髪を右手ではねつつ、綾香は芽衣を見据えた。


「けど、ごめんだわ。私は貯蔵庫タンクなんかになる気はないわよ」


 そう告げる。


「ホマレはOKだよ!」


 芽衣の胡坐を組む足を掴んでホマレは叫んだ。


「グフフ! むしろ一気に第二段階までドンと来いだよ!」


「ああ~、ホマレさんはOKってことは分かったよォ」


 ホマレを見やり、芽衣は苦笑いを浮かべる。


「けど、ホマレさんもそうかも知れないけど、綾香ちゃんも茜ちゃんたちも、たぶん勘違いしているよォ」


 そう告げる芽衣に、綾香たちは眉根を寄せた。


「どういう意味よ?」


 綾香がそう尋ねると、芽衣は「えっとね」と答え始めた。

 現代では失伝している《魂結びソウルスナッチ》の特性についてだ。


「要はねェ。シィくんの隷者ドナーになると、シィくんから魂力オドを借りることも出来るの」


「……それマジなの?」


 綾香は少し驚いた顔をしている。茜たちも似た表情だった。

 芽衣は「うん」と頷いた。


「け、けど!」葵が手を上げた。「私とお姉ちゃんの《魂鳴りソウルレゾナンス》で得られる魂力は26000だから、やっぱりメリットは――」


「えっと、これは妃たちと近衛隊しか知らないから秘密にしてね」


 葵の声を遮って、唇に指先を当てつつ芽衣が言う。


「シィくんの個人の魂力って今、13000を超えてるの」


「「「―――は?」」」


 芽衣以外の全員が目を丸くする。


「シィくんの体質でね。今も魂力が増えているの。さらに従霊とリンクすることで総量は一気に増えるんだよ。今は常時リンクしているそうだから、シィくんの魂力って最大だと130万以上になるんだってェ」


 芽衣はポリポリと頬を掻いた。


「だから第二段階のウチだと最大五割の65万。第一段階でも一割になる13万までシィくんからいつでも魂力を借りられるんだよォ」


「「「――13万!?」」」


 綾香たちはギョッとして声を上げた。


「まあ、この数値は杠葉さんや桜華さんは抜きの話なんだけど」


 小さな声で芽衣はそう呟く。

 二人の無限に等しい魂力を《魂結びソウルスナッチ》で徴収すれば、さらに大きく増加する。

 ただ真刃自身は、二人はもちろんのこと、芽衣やエルナたちからも徴収する気は全くないのであえて説明はしなかった。


「この話って先に近衛隊にしているのよォ。戦力UP案としてね。女性隷主って上限いっぱいまで隷者を異性で揃える人が多いけどォ、男性隷主って女性は十四、五人ぐらいで、残りは同性を隷者にするのが一般的でしょう? 腹心としてさ。けど、獅童君や武宮君を筆頭に近衛隊ってシィくんに心酔しているメンバーがほとんどでさァ」


 芽衣はかぶりを振って嘆息した。


「みんな揃って『畏れ多い』って辞退しちゃったんだよォ」


 主君から力を借りて強くなるなど臣下としては論外だったようだ。


「だから試しに準妃に声を掛けたのォ」


「「「……………」」」


 全員が芽衣を見つめて沈黙している。


「デメリットはないはずだよォ。あえて言うのなら、シィくんとの魂力に差がありすぎるから契約時、魂力の経路を構築するのに発熱とかして結構しんどいけど……」


 一拍おいて、芽衣は改めて準妃たちを見やる。


「どうするゥ? 希望者がいるのなら手を上げてェ」


 そう尋ねた。

 すると真っ先に手を上げたのはホマレだった。

 フンスっと鼻息荒く瞳を輝かせている。

 葵もおずおずと手を上げた。茜もそっぽ向きつつ、小さく手を上げていた。

 残るのは綾香だけだ。


(…………)


 綾香は悩んでいた。

 確かに莫大なメリットだ。

 13万もの魂力。あり得ないほどの力だった。

 どれほど隷者や《DS》の数を揃えたところで決して得られる力ではない。


 リスクとしては二つ。一つはキングの意志でいつでも魂力を徴収されることだが、キングの性格はすでに把握している。彼はそんなことをする人物ではなかった。


 もう一つのリスクは《隷属誓文ギアスレコード》なのだが、綾香自身が契約の破棄を望めばいつでも解除できる文面を刻めばいい。強要を嫌うキングならばきっと承諾してくれるはずだ。


 デメリットはなく、リスクも低い。そしてメリットは絶大だ。

 だがしかし、


(けど、これって……)


 綾香は眉を微かにひそめる。

 これは実質、自分が準妃であると認める行為だった。

 女帝としては受け入れがたい。

 しかし、綾香の目標は強欲都市グリードの実権を握り、西條家を復興することなのだ。

 キングに対して造反を計画している訳ではない。

 君臨しても統治せずの方針のキングの代行者として統治できればいい。

 加え、芽衣の台詞ではないが、腹心が隷者ドナーになることはさほど珍しい話ではない。


 それともう一つ。

 今回の戦いで綾香はあることを懸念していた。

 可能性としてはあり得ることだ。


(そうね。なら私がすべき選択は……)


 彼女は決断する。

 そして、


「いいわ。なってあげようじゃない」


 綾香は不敵に笑って手を上げた。


キング隷者ドナーにね」




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