第164話 その執事。鉄拳にて③

 同刻。同じくフォスター邸。

 二つ分の部屋を繋げて造った訓練場にて。

 道場を模した板張りであるその部屋には今、三人の少女がいた。

 全身を覆う密着型の戦闘服を着た少女たち。タイプや人種こそ違うが、三人とも圧倒的な美貌と、抜群のプロポーションを持つ少女たちである。

 彼女たちは三角を描くように、それぞれ向かい合って正座している。


「……由々しき事態だわ」


 少女の一人が口を開く。北欧系の血を引く少女だ。

 年齢は十五歳。紫色の瞳に、透き通るような白い肌。短めの銀髪は、右耳にかかる片房だけ長く、金糸のリボンを交差させて纏めている。


 ――妃の長たる壱妃。エルナ=フォスターである。


「確かにそうだな」


 そう言って頷くのは、長い髪を白いリボンで結いだ少女だった。

 年齢は、エルナと同じく十五歳。つい先日、誕生日を迎えた。

 艶やかな髪、凛とした表情が印象的で、三人の中で最も正座する姿が美しくある。


 ――参妃。御影刀歌だ。


「まさかの事態だ」


「…………」


 刀歌の呟きに、無言のまま視線を向けたのは最後の少女だった。

 年齢は十五歳。同学年だが、三人の中では一番年上になる。

 肩に掛からない程度に、黒髪をラフに切った少女だ。美しくはあるが、やや無機質な表情をしており、少し長い前髪の奥から、黒曜石のような瞳を覗かせていた。


 ――弐妃。杜ノ宮かなたである。


「……いずれ、肆妃は現れるとは考えていました」


 彼女は、ゆっくりと唇を動かした。


「ですが、あのような人物たちが現れるとは想定外でした」


「そうだな」


 刀歌が肩を落とし、大きな胸を揺らして嘆息する。


「まさか、火緋神の双姫とは……」


「……あの子たちって、やっぱり有名人なの?」


 そう尋ねるエルナに、刀歌は「ああ」と頷いた。


「火緋神燦は言うまでもなく、かの火緋神家の直系だ。蓬来月子は市井の出だが、二人とも魂力が驚異の300超えだからな」


 そこで、不快そうに眉をしかめる。


「まだ小学生ではあるが、隷者ドナーとして望む者は引く手数多だと噂されている。火緋神燦の方は隷主オーナーとしても望まれているそうだ。本人たち曰く、それに困っていたそうだが……」


「その対策として、いっそ将来の隷主オーナーを決めてしまう。そうすれば、誰も口出し出来なくなるという話でしたね……」


 刀歌の言葉を、かなたが継ぎ、


「その相手として選んだのが、真刃さん。火緋神家とも権力とも無縁の人だから。ただ、それは偽装で、実際のところはあの子たちが成人するまで保護するってこと。それが今の居候に繋がるってことよね」


 エルナが言葉を締める。

 そして、


「建前だわ」「建前ですね」「建前だな」


 三人は同時に言う。三人とも半眼だった。


「あの子たち、本気で真刃さんの隷者ドナーになる気よ」


 彼女たちの表情を見れば一目瞭然だった。


「私たちが知らないところで起きた誘拐事件ってやつで、完全に真刃さんに心を鷲掴みにされちゃったのよ。間違いないわ」


「……まあ、その点は、私たちも似たようなモノだったからな」


 自分の時を思い出しつつ、刀歌は微かに頬を朱に染めた。

 エルナとかなたも思い当たる件があり、視線を逸らして顔を紅潮させている。


「と、ともあれだ」


 刀歌は、コホンと喉を鳴らした。


「肆妃たちの年齢には流石に驚いたな。今回の強行に関してもだけど」


「……私は、もう一つ驚いたことがあります」


 気持ちを切り替えて、かなたが言う。


「火緋神家が今回の対応を認めたことです。真刃さまは、名家の当主にさえも劣らない引導師ボーダーですが、完全に無名な人物です。その血縁すら分からない。お目付け役・・・・・を付けたとはいえ、そのような人物に、至宝とまで呼んでいる双姫を預けるなど……」


「そうね……」


 エルナが双眸を細める。


「何か裏があるって考えるべきね。真刃さんも猿忌もそれは警戒しているみたい。私たちも充分に気をつけるべきね。だけどッ!」


 ――バンッと。

 壱妃は、板張りの床を叩いた。


「直近の問題はあの肆妃ズよ! 特に燦!」


 バンバンッと両手を上下させる。


「月子ちゃんはまだいいわ! 頑張ったら私、勝てるから! けど、燦の方は何なのよ! あの子、完全に私の天敵じゃない!」


 憤慨する壱妃に、弐妃と参妃は顔を見合わせた。


「まあ、なにせ全身が炎だしな」


「私たち以上に、エルナさまとは相性が悪いですね」


「分かっているわよ! しかもマッパの子には、マッパの術も効かないし!」


 エルナは涙目だ。


「私、壱妃なのに! 妃の長なんだよ! 最強じゃないといけないのに! なんで四人いる中で三人が私の天敵なのよ!」


「……それを言うのでしたら、月子さんの《反羊拳コットン・ナックル》も、熟練すれば、広範囲での遠距離攻撃を連発できそうですから」


「……うん。そうなってくると、何気に全員がエルナとは相性が悪いんじゃないか?」


 と、かなたと刀歌が容赦なく言う。

 エルナは「ひぎゃあっ!」と叫んだ。


「とにかくだよ!」


 エルナは、涙目のまま立ち上がった。


「なんであれ、強くならないといけないの! リベンジマッチ・・・・・・・だよ!」


「……確かに」


 すうっ、と刀歌も立ち上がる。


「初戦はあんな結果になったが、納得した訳ではないしな」


「そうですね」


 かなたもまた静かに立ち上がる。


「あの初戦は、燦さんのスピードや、月子さんの戦法のトリッキーさに翻弄されたところもありました。同じ手は喰らいません」


 言って、物質転送の空間を展開する。

 手を入れて取り出したのは、小太刀の木刀二本だ。

 エルナと刀歌も、ほぼ同時に空間を展開し、それぞれ棍と、木刀を取り出した。


「あの子たちが『壱妃ズ』なんてごめんだから!」


 エルナが棍を、ひゅんと回した。


「当然だ。そもそも、仮免のあいつらと違って、私たちは本当の隷者ドナーなのだから」


 刀歌が木刀を腰に携えた。


「その通りです」


 かなたが両手で小太刀を持ち、切っ先を下ろした。


「彼女たちと違って、私たちは真刃さまの寵愛を確約されていますから」


 そう告げる。

 と、自分で口にしておきながら、かなたは徐々に耳を赤くした。

 数秒後には、無表情のまま、顔色だけ真っ赤にする姿がそこにあった。

 エルナと刀歌も、思わず顔を赤くしている。


 ――そう。運命の夜まで、三人ともすでに一年を切っているのである。


「そ、それはともかく!」


 エルナは叫ぶ。


「今は少しでも強くならないと! 小学生に負けたくないし!」


「そ、そうだな!」


 刀歌はコクコクと頷く。


「年上の貫録を見せないとな!」


「……その通りです」


 自分でも失言だったと思いつつ、かなたは息を吐いた。


「それでは、今日の訓練を行いましょう」


 三人はそれぞれの武器を構える。


 こうして、色々と大きな変化がありつつも。

 今日も、お妃さまたちのお稽古は始まるのであった。

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