第二章 お妃バトルロワイアル

第165話 お妃バトルロイヤル①

 それは、火緋神家の長との会合の帰りのことだった。

 長に問うても、杠葉の情報が掴めなかったことに、真刃は少し気落ちしていた。

 火緋神家の長でさえ知らないとなると、杠葉の末を知っている可能性があるのは、もはや一人だけだ。当時の生き残り。天堂院九紗である。


 やはり、あの男に直接会うべきか。

 いや、ここは天堂院七奈や、あの小僧を使って探りを……と考えていた時、


「そう言えばぁ、久遠氏ィ。燦さまたちに呼ばれていましたねえ」


 先を行く大門に告げられ、真刃は「ああ」と頷いた。

 そのまま、大門の案内で燦の部屋まで行った。

 大門は「私は少し席を外しておきましょうかぁ」と外で待つことにしてくれた。

 真刃が燦の部屋に入ると、


「おじさん!」


 燦は紅潮した満面の笑みで、こう告げてきたのだ。


「あたしたちを、おじさんの隷者ドナーにして欲しいの!」


 真刃は、思わず「は?」と呟いた。

 すると、月子まで「お、お願いします」と、もじもじと告げてきた。

 真刃は、数瞬ほど唖然としていた。

 が、ややあって。


「……ああ。冗談か」


 そう呟くと、燦がムッとした表情を見せた。


「違うよ! あのね……」


 そう切り出して、燦は自分と月子の境遇を語った。

 要は、燦も月子も隷者ドナーに求められて、うんざりしていると。

 それを聞いても、真刃は渋面を浮かべていた。


「……おじさん。ダメ?」


「……おじさま」


 少女たちは、不安そうな顔で真刃を見上げてくる。

 真刃は、深く嘆息した。

 こんな提案を受け入れる訳にもいかない。

 どうやって二人を説得しようか、頭を悩ませる。

 隣で顕現した猿忌が、クツクツと笑うのも腹が立つ。

 真刃は青筋を浮かべつつ、数秒ほど考え込むが、


(まあ、オレが迷わずともよいか)


 と、判断する。


「そうだな。火緋神家が納得するのならば受け入れよう」


 燦たちに、そう告げる。

 少女たちは、互いの顔を見合わせた。

 そうして「うん! 分かった!」と答えたのだった。

 その日は、二人の近況を少し聞いて、真刃は帰途についた。


 真刃は、こう考えていた。

 結局のところ、子供の提案だ。

 こんな話を火緋神一族が許すはずもない。

 かつて真刃は、火緋神の直系である杠葉と恋仲だった。

 その際は、火緋神家は二人の交際を黙認していた。


 理由としては二つ。

 当時の真刃には、大門家の後ろ盾があったこと。

 そしてもう一つは、真刃の別格の強さと、異常なまでの魂力オドの高さゆえにだった。

 真刃自身を火緋神本家には招きたくはないが、その子には期待している。

 事が進めば、杠葉を未婚の母にする。

 そういった思惑があったゆえの黙認だった。


 しかし、今回は違う。

 今の真刃には、後ろ盾どころか、素性に関する些細な情報さえも不明なのだ。

 そんな不審極まる人物に、どうして、魂力オドが300を超える麒麟児である月子を、ましてや直系である燦を託せようか。


 この話は一蹴される。

 そう確信するのも当然だった。


(とはいえ、別途、燦と月子の状況を改善する策は考えねばならんが……)


 あの提案自体は却下だが、燦たちを見捨てるつもりもない。

 どうやって改善しようかと、数日ほど悩んでいた時だった。

 燦から、連絡が来たのである。

 それは――……。




「……どうして、許可が下りるのだ?」


 フォスター邸のリビングにて。

 ソファに座って足を組みつつ、本を読んでいた真刃は嘆息した。


(一体、何を考えておる。あの御前とやらは……)


 燦と月子の話によると、この話は相当にもめたそうだ。

 ただ、最終的には大多数の反対派を押し切り、御前が決定したらしい。

 お目付け役として、火緋神家でも信頼の厚い人物が同行するということでだ。


(そのお目付け役とやらが……)


 真刃は、静かに本を閉じた。

 ちらりと視線を横に向けると、そこには一人の老執事がいた。

 山岡辰彦である。

 彼は、トレイの上に一本の缶コーヒーを乗せて近づいてきていた。


「久遠さま」


 山岡は告げる。


「本日は珍しき逸品をご用意いたしました」


「ほう」


 真刃は、山岡が仰々しく持ってきた缶コーヒーに目をやった。

 それを手に取る。

 黄色い缶には、髭男の姿が描かれているが、初めて見る顔だった。


「新作か」


「御意」


 山岡は恭しく会釈する。


「先日、偶然にも目にし、入手しておきました」


「流石は山岡殿だな」


 真刃は、満足そうに、缶コーヒーを頭上にかざして言う。

 一方、山岡はかぶりを振った。


「久遠さま。私めのことは山岡とお呼び捨て下さい」


 一拍おいて、


「私は御前さま、旦那さまから、主人同様に久遠さまにお仕えせよと命じられております」


「……そうか」


 真刃は、苦笑を浮かべる。

 こうも丁重に扱われては、邪険にも出来ない。

 火緋神家も、厄介なお目付け役をつけてくれたと思う。


(まあ、この人物だからこそ、今回の話も通ったようだしな)


 燦も月子も、この老紳士のことは信頼している。

 真刃や猿忌の目から見ても、信頼に足る人物のようだった。

 その実直な性格も。恐らく実力においてもだ。


「感謝しよう。山岡」


 かしゅっと。

 缶コーヒーを開けて、真刃は新作を堪能した。

 全体的に甘いが、その中にある絶妙な苦み。

 流石はかのメーカーである。今回の商品も素晴らしい。


「久遠さま」


 山岡は言う。


「おひいさまたちが、久遠さまにお世話になってはや一月。久遠さまには、ご迷惑ばかりをおかけして申し訳ありません」


「それは気にする必要はない」


 真刃は、苦笑を浮かべた。


「いささか想定外ではあったが、燦たちの提案を承諾したのはオレだしな」


 火緋神家の思惑は分からないが、迂闊に承諾した真刃にも責任はある。

 それに、あの娘たちを保護するのは悪い手ではない。

 今代の引導師の中には、凶悪な輩も少なからずいる。高い魂力を持つ幼い子供を拉致して洗脳し、隷者にするという手段は、あまりにもよく知られていた。

 当然ながら、燦たちをそんな目に遭わせる気はない。


「あの娘たちを保護する点において異論はない。だが……」


 そこで、真刃は渋面を浮かべた。


「問題は、燦たちと、エルナたちとの不仲だな……」


「フォスターさまたちですか……」


 山岡も、少し困ったような表情を見せた。


「未だ、打ち解けたご様子はありませんな」


「……ああ」


 真刃は頷く。


「なにせ、出会いが出会いだったからな」


「そうですな……」


 少女たちの初対面。

 その日にあったことを、二人は思い出す。

 そうして、


「……あれは」


 コツン、と。

 空に成った缶コーヒーを山岡のトレイの上に置き、


「……本当に、とんでもなかったな」


 深々と嘆息して、真刃は呟くのだった。

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