第166話 お妃バトルロイヤル②

 ――一か月前。

 その日。フォスター邸のリビングにて。

 エルナと、かなたと、刀歌。

 制服姿の三人のお妃さまたちは、唐突な訪問者たちに唖然としていた。


「ねえ。きんよう


 ソファにて、堂々とした態度で両腕を組む赤毛の少女。

 訪問者の一人である、どこぞの学校の制服を着た彼女が、おもむろに声を掛ける。

 隣に座るもう一人の訪問者。赤毛の少女と同じ制服を着る金髪の少女が両手で持つ、スマホに対してだ。


「この人たちが、あたしたちの先輩なの?」


『そうっスよ』


 スマホ――そこに宿った金羊が答える。


『銀髪の子が壱妃のエルナ=フォスターちゃん。短い黒髪の子が杜ノ宮かなたちゃん。弐妃っス。そして髪の長いポニテの子が、参妃の御影刀歌ちゃんっス』


「……ふ~ん」


 赤毛の少女――火緋神燦が、まじまじとエルナたちを見やる。


「ダ、ダメだよ。燦ちゃん」


 明らかに欧米人の容姿をした金髪の少女が、流暢な日本語で告げる。


「まじまじ見るのは、失礼だよ」


 蓬莱月子である。

 エルナたち三人がソファに並んで座っているように、燦たちもまた、向かい側のソファに座っていた。背の低いテーブルを挟んで、まさに対峙する様相である。


「……赤蛇あかじゃ


 そんな中、かなたが、自分の首に巻いた赤いチョーカーに触れて尋ねる。

 とても、とても淡々とした声で。


「この子たちは誰?」


『い、いや、そのな……』


 弐妃の静かな圧力に、赤いチョーカーに宿る赤蛇は言葉を詰まらせた。


「……ちょう


 刀歌もまた、自分の専属従霊に問う。


「この娘たちは何だ?」


『え、えっとね……』


 刀歌の頭頂部辺りで髪を結いだ白いリボンが、あせあせと動いた。

 赤蛇にしても、蝶花にしても、二人のことは知っている。

 しかし、何と告げればいいのかと困っていると、


「いいわ。名乗ってあげる!」


 突如、燦が立ち上がった。

「え? え?」と隣の月子は困惑していたが、彼女も立ち上がった。


「あたしこそは!」


 左拳を腰に。右手を天へと斜めにかざし、


「肆妃『星姫』・火緋神燦だよ!」


「「「………………え?」」」


 エルナたちが目を丸くする。と、


「え、えっと」


 月子も恥ずかしそうに、右拳を腰に、左手を天へと斜めにかざして、


「肆妃『月姫』・蓬莱月子です」


 小さな声で「よ、よろしくお願いします」と続けた。

 エルナたちは、数瞬ほど唖然とした。

 ――が、


「何それ!?」


 エルナが、バンッとテーブルを叩いて立ち上がった。


「肆妃っ!?  いつ!? いつの間に確定したの!? しかも二人ってどういうこと!? 『星姫』とか『月姫』とか何なの!?」


 次々と疑問を叩きつけるが、最も気になるのは、


「そもそも、あなたって何歳いくつなの!?」


 燦を指差して叫ぶ。

 かなたと刀歌も、茫然とした表情で燦へと目をやった。

 対し、燦は小首を傾げて。


「あたし? こないだ十二になったよ」


「十二歳!? 小学生!?」


 エルナは愕然とした。弐妃と参妃も言葉を失っている。


「あ、あの……」


 すると、その時、月子が片手をちょこんと上げた。

 エルナたちが月子に注目する。


「えっと、私も十二歳です」


「「「………………え?」」」


 その事実には、別の意味で唖然とするエルナたち。

 この金髪の少女は、身長こそ、エルナやかなたよりもさらに低いのだが、スタイル――特に胸部――においては、なかなかのモノだったからだ。


「……いや、二人とも小学生なのか……」


 刀歌が、未だ茫然とした様子で尋ねる。


「は、はい」月子が頷く。「瑠璃城学園初等部の六年生です」


「若すぎるよ!」


 エルナが叫んだ。


「真刃さん! これは若すぎるよ! 小学生はアウトだよ!」


「いえ。真刃さまのお歳ですと、私たちでも充分に若すぎるのですが」


 と、かなたがツッコむ。

 無表情、冷静さが特徴の彼女らしいツッコミだ。


引導師ボーダーの世界においては、年齢差も、隷者ドナー隷主オーナーになる歳も今さらだろう」


 気に喰わないがな。

 刀歌が、小さな声でそう呟く。

 それから、改めて燦と月子を見つめた。


「とりあえず、君たちが肆妃であるのは主君も承諾済みなのだな?」


「しゅくん? おじさんのこと?」


 燦は小首を傾げた。


「それなら大丈夫だよ! おじさんには……げんち? それを取ったから!」


「……真刃さん、おじさんって呼ばれているんだ……」


 エルナが、気の毒そうに呟いた。


「え、えっと、色々と事情があるんです。私たちは、おじさまのかりの隷者になります。その、大人になるまで、世間から誤魔化すためというか……」


「……かり? 偽装ということですか?」


 かなたが問う。


「ということは、あなた方は本物の隷者ドナーではなく、何かしらの理由で偽装しているということですか? あくまで偽りであり、その予定もないと?」


 続けて、そう尋ねるが、燦と月子は無言だった。

 ただ、二人とも立ったまま、みるみると顔を赤くしていく。

 その様子を、かなたは淡々とした表情で……エルナと刀歌は、ジト目で見据えていた。


「ともかくよ!」


 燦は、顔の熱量を誤魔化すように叫んだ。


「ぎそう? とかでもあたしと月子は肆妃なの! おじさんの隷者ドナーなの! 今の引導師ボーダーの世界だと一人の引導師ボーダー隷者ドナーがいっぱいいるのは知ってるよ。けど!」


 燦は、慎ましい胸を大きく張った。


「一番はあたし! おじさんに一番愛されて一番甘えるのはあたし――ううん、あたしたちなの! 月子も一緒! そう! あたしたちは――」


 一拍おいて、燦は人差し指を天にかざした。


「『壱妃ズ』になるんだから!」


 堂々とした宣戦布告だった。

 ――妃たちの長。久遠真刃の正妻たる称号。

 壱妃の座は、エルナたちの間でさえもめている。

 当然ながら、エルナたちの瞳の輝きは剣呑なモノとなった。


「……言ってくれるわね」


 ゆっくりと、エルナが立ち上がる。


「まったくだ」


 刀歌も立ち上がった。


「…………」


 かなたは無言だったが、立ち上がることには変わりなかった。

 一気に圧力を増大させるお妃さまたち。

 月子は、流石に「ひうっ」と息を呑むが、燦の方は全く怯まなかった。


「なによ。あんたたちなんて、何人いたって敵じゃないわ」


「ふん。小娘が」


 この時点においては、まだ十四歳である刀歌が言う。


「敵ではないだと? それは私たちの台詞だ。お前は気付かないのか? 私たちを見ても何も想像できないのか?」


「……どういう意味よ?」


 刀歌の意味深な台詞に、燦が眉根を寄せた。

 刀歌はふっと笑う。

 エルナも、唇に指先を当てて微笑み、かなたさえも口元を綻ばせる。

 あまりにも余裕の態度。

 燦は訝しみ――ハッとした。

 三人の妃たちの胸元を、ドンっ、ドンっ、ドンっと連続で見やり、最後に自分の胸元へと視線を落とした。どこまでも平坦な、その大草原へと――。


「気付いたようだな」


 ――たゆんっ、と。

 自分の豊かな双丘を支えるように腕を組んで、刀歌が告げる。


「その通りだ。主君は大きいのが好みなのだ」


「―――――な」


 その非情な宣告に、燦は言葉を失った。


『いやいや。それって真刃さま、公言したことってあったっけ?』


『う~ん、多分、なかったと思うが……』


『そうっスね。黒髪ロングと黒ストッキングは好きだって聞いたことはあるっスけど』


 と、蝶花と赤蛇、金羊がツッコむが、お妃さまたちは聞いていない。


「お前の絶壁で、果たして、主君――真刃さまを満足させられるかな?」


「絶壁じゃないもん! 今でも少しぐらいならあるもん! 将来的には、きっと、かくせい遺伝子がかくせいするもん! それと月子!」


 燦は、相棒へも叫ぶ。


「今、こっそり両手でガッツポーズとってたでしょ!」


「ト、トッテナイヨ。サンチャン」


 月子は、視線を泳がせてそう返した。


「~~~くうっ」


 燦は、自分以外の妃たちを睨み据えた。

 ここにいるのは、誰もまだ高校生にもなっていない。

 けれど、誰もが年齢離れしたお胸さまの持ち主だった。

 自分には未だ『かくせい』の兆しがないというのに。


「どいつもこいつも、おっぱいなんて!」


 そして、燦は涙目になって宣言する。


「おっぱいなんて、あたしが駆逐してやる!」

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