幕間 準妃/その行く先は――。

第399話 幕間 準妃/その行く先は――。①

 それは零妃が正妃ナンバーズ入りしたばかりの頃。


「あのね。最近、茜お姉ちゃんの様子がおかしいの」


 そう告げるのは、青い髪の少女だった。

 年の頃は十四歳。髪型はボーイッシュなショートヘア。まだ幼さはありつつも美麗な顔立ちにはおっとりとした表情を浮かべている。


 ――神楽坂姉妹の妹。葵である。

 学校帰りの彼女は、編入したばかりの瑠璃城学園の中等部の制服を着ていた。


「けど、何があったのか教えてくれなくて」


 言って、出されたホットコーヒーを口にする。

 砂糖やシロップを結構入れたのにまだ少し苦くて「あうゥ」と呻く。


「う~ん、そうか……」


 そう返すのは腕を組む金髪の少年だった。

 身長は百八十ほど、歳は十八ぐらいか。

 近衛隊の隊服を着た武宮宗次である。

 どちらかと言えば厳つい顔つきの武宮だが、実のところ、面倒見がいい。

 命の恩人ということもあり、葵は武宮に懐いていた。

 こうしてホライゾン山崎マンション九階フロアの近衛隊の詰め所に相談に来るぐらいだ。


 武宮自身も葵を無下にはしない。

 粗暴ではあるが、何だかんだで子供に優しい男なのだ。


「どんなとこが変なんだよ?」


 ちゃんと向き合って尋ねる。

 詰め所のソファーに座っていた葵は、コーヒーをローテーブルに置いた。


「授業中、ボーっとすることが多いの」


「ふんふん」


「けど、体育――戦闘訓練とか必死なの。凄く真剣で」


「ふんふん」


「学校から帰っても月子ちゃんたちとの訓練でも必死で……」


「ふんふん。それで?」


「あとキングの執務室によく行くの。けど、お部屋に入らないで廊下でウロウロしてて、近衛隊の人が気付いてお部屋の中に入れてもらって」


「ああ~、それは俺もしたことがあんな」


 武宮があごに手をやって思い出す。

 キングの執務室には近衛隊もよく訪れる。

 挙動不審な葵の姉――茜を見かけた者は多い。


「そんで部屋から出てくると上機嫌なんだよな」


「うん。そう」葵はコクコクと頷いた。


キングと何かお話しているのかな?」


「なるほどな。こいつは……」


 武宮は腕を組んで言う。


「全く分かんねえな。謎だぜ」


「うん。そうだよね」


 そんなやり取りをする二人に、たまたまこの部屋にいて、立ち聞きをしていた数人の近衛隊員たちは「「ええ~」」と声を零した。


「マジかよ。普通分かんだろ」「武宮って鈍感キャラだったんだな」


 といった感想も零れていた。

 そんな中、近衛隊の一人が葵と武宮の元に近づいていく。


「……武宮。代わりなさい」


 フォスター邸に駐在している近衛隊員で唯一の女性隊員である。

 二十代半ばほどの女性。名を香月かづき瑤子ようこと言った。


「何だよ。香月」


 眉をしかめる武宮。葵も目を瞬かせている。


「あんたじゃ埒が明かないわ。強欲都市グリードであんたの隷者たちと知り合いになったけど、彼女たちの言ってた通りの男ね」


「あン? あいつら何を言ってたんだよ?」


 武宮がソファーの背もたれに片腕をかけて尋ねる。

 香月は「はあ……」と嘆息した。


「あんたはどうしようもなく鈍感だって。その上、困った女の子を助けまくるから、ラノベの主人公かって言われてたわよ」


「何だよそれ? ラノベってライトノベルって奴か?」


 その方面には疎い武宮が首を傾げた。

 香月は「ともあれよ」と言って片手を振って武宮を追い払う。


「後は女同士。私が相談を代わるからあっちに行ってなさい」


「……まあ、そう言うなら」


 武宮は少し腑に落ちていないが、女同士という言葉には説得力がある。

 葵に「役に立てなくて悪りいな」と言って香月と入れ替わった。


「さて」香月は葵を見つめた。

 少し人見知りの気のある葵は「は、はい」と緊張した面持ちを見せた。


「大体状況は分かったけど、これって例えば月子さまや燦さまには相談したの?」


「え、いえ、それはまだ……」


 葵は首を横に振った。


「そう。まあ、燦さまはまだまだ子供っぽいけど、大人びている月子さまなら気付かれているんでしょうけど……」


 そこで香月は腕を組んだ。


「これは直球に言った方がいいのかしら?」


「え、えっと、分かるんですか?」


 少し身を乗り出して葵は尋ねる。

 香月は「ええ」と頷いた。


「少なくとも、今の話を聞いたら、ここにいる武宮以外は全員分かったはずよ」


「え? マジか?」


 と、武宮が唖然とした顔をしている。


「いや、お前な」


 そんな少年の肩に別の隊員が腕をかけていた。


「一目瞭然だろ」「まったく」「お前の隷者おんなって苦労してそうだな」


 と、他の隊員も軽く頭に拳を当てたり、呆れた様子を見せていた。

 武宮は「はあ?」と困惑するばかりだ。


「そ、その……」


 葵も困惑しつつも身を乗り出した。


「それでお姉ちゃんの様子が変なのは――」


「それは簡単よ」


 ソファーにもたれかかり、香月は苦笑を浮かべた。


「あなたはまだ経験がないみたいね。それはいわゆる『恋煩い』よ」


「――――え?」


 葵は目を見開いた。


「こ、恋? あのお姉ちゃんが?」


 両親が亡くなってから、いつも支えてくれた双子の姉。

 過酷な引導師の世界で生きるために気丈に振る舞い続けていた。

 とても頼りになる姉だった。


 そんな姉が恋――。


「う、うそ……」


「嘘なんかじゃないわよ」


 香月が頬を掻いた。


「上の空が多くなるのは初恋の典型ね。けど、思うに淡い片思いとかじゃないわね。茜はこの恋に対して明確な目標ビジョンを持っているわ」


「ビ、ビジョン? それって――」


 と、尋ねかけたところで葵はハッとした。


「待って! そもそもお姉ちゃんの好きな人って誰なの!」


「「「――――え」」」


 葵の問いに、香月のみならず武宮以外の全員が目を瞬かせた。


「え? 分からないの? そんなの決まってるじゃない」


 香月は一拍おいて言う。


「相手はキングよ。茜はキングに恋をしているのよ」


「―――え?」


 葵は目を剥いた。


「戦闘訓練に打ち込むのも分かるわ。妃たちは魂力オドも実力も別格だし。あの子は正妃ナンバーズになるつもりで頑張っているのよ」


 と、香月が補足説明するが、葵は動揺したままだった。


「マジか!?」という武宮の驚愕の声がどこか遠くに聞こえた。


「け、けど、キングはお姉ちゃんよりもずっと年上で……」


「年上って……せいぜい十と少しぐらいじゃない」


 香月は腰に手を当てて嘆息する。


「それぐらいの年の差なんて引導師の世界でなくてもある話よ。そもそも茜と同年代の燦さまと月子さまも正妃ナンバーズでしょう。私と獅童の年の差だって十二だし」


 香月は近衛隊副隊長の獅童大我の隷者だった。


「懐かしいわね」少し遠い目をする。


「あいつと出会ってもう十年も経つのよね。私は古臭い実家が心底嫌で、繁華街で毎夜たむろするような小娘ガキだった。あいつってその頃からヤクザだからね。出会いも、その後のこともマジで最悪だった――」


 と、自分語りを始めた香月をよそに、


(……うそ、茜お姉ちゃんが……)


 トスン、と腰をソファーに降ろす。

 葵はただただ呆然とするだけだった。


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