幕間二 その覚悟はいずこへ

第310話 その覚悟はいずこへ

「…………」


 沈黙が続く寝室にて。

 その時、彼は一人、キングサイズのベッドの上にいた。

 仰向けに寝転がり、大の字になった金髪碧眼の青年。

 案の定、謹慎処分を受けたジェイである。


「……ああ、くそ!」


 天井を見据えて悪態をつく。

 市街から少し離れた場所にある洋館。

 ここは、いわゆるセーフハウスだった。

 叔父貴は、こういった屋敷を全国各地に幾つも所有している。

 要人が使うような上質な別荘だ。このベッドも実に寝心地が良い。

 しかし、叔父貴自身は、その地域にあるホテルを堪能することが趣味だそうで、ジェイが知る限り活用しているところを見たことがなかった。

 そういう意味では、今回初めて活用されたとも言える。


「――くそ! 姉御の頑固者め!」


 苛立ちに眉をしかめる。

 結局、姉御の説得は失敗に終わってしまった。

 幾ら運命を熱く語ろうと、彼女の意志は揺らがなかった。

 最初からずっと無表情である。

 そして最後には拳を見せて、


『またミンチになりたいのですか?』


 微笑んでそう告げた。

 さしものジェイも冷や汗をかいた。

 口調が丁寧なうちは、まだ猶予があった。

 だが、このまま本性を見せるようになれば鉄拳ロリータの再臨である。

 黄金の髪を揺らしつつ、あらゆる系譜術クリフォトをモノともせずに、引導師ゾンビどもの頭を次々と拳で撃ち抜いて迫ってくるあの姿は恐怖でしかない。

 ジェイとしては、もはや黙り込むことしか出来なかった。


 ただ、それでも諦めてはいなかった。

 こうなったら、叔父貴に直談判するまでだ。

 叔父貴なら、きっと今の自分の気持ちも理解してくれるはずだ。

 叔父貴は寛大であり、浪漫が分かる男でもあるからだ。

 そう考えていたのだが、姉御にはそれも読まれていたようだ。

 叔父貴との面会も許されず、この館にて自粛するように指示されたのである。

 しかも、ここに来る直前にGPSを胃に埋め込まれた――恐ろしいことにブロウで埋め込められた――ため、場所は逐一把握されている。

 もし逃げ出したりすれば、間違いなくミンチにされることだろう。


「なんつう恐ろしい女だ……」


 ジェイは自分の胃の辺りを擦った。


「けど、どうしたもんかね」


 GPSを取り出すことは出来なくもない。

 名付き我霊ネームドエゴスは等しく強力な再生能力……細胞は死んでいるはずなので、正確には存在の復元能力と呼ぶべきか、とにかく傷は簡単に治る。

 ただし、痛みだけはあるので、あまりやりたくはなかった。


「そういや人食いが苦手な奴らは、出来るだけやんわり捕食するためにスライムみたいになる術式を持ってるって話だったな。俺も後でダウンロードして習得してみっか」


 いずれにせよ、異物を体内に残しておくのは気分が良くない。

 GPSをこっそり取り外すのは確定だとしても――。


「…………」


 両腕を枕にして瞳を閉じる。

 瞼の裏に映るのは、やはりあの姉妹だ。

 妹の方の名は御影刀歌。

 その詳細は、性格からスリーサイズまで脳にインプット済みである。


 すべてにおいて自分好み。

 まるで自分のために育てられたような女だと思った。


 しかし、だ。

 それ以上に興味と欲望が刺激される姉の方は、その名前さえも分からなかった。

 少なくとも手に入れた情報だと、御影刀歌には弟はいるが姉はいなかった。

 恐らく、何かしらの事情がある姉妹なのだろう。

 調べようにもジェイにはその技能はない。

 だからこそ、斡旋屋に襲撃など仕掛けたのだ。

 従って、そこは想像するしかないが、ジェイにとってはどうでもいいことだ。


 興味があるのはどうやって穢すか。

 どうやって犯すか。

 どうやって堕とすか。

 妹からか、それとも姉からか。

 きっと、二人とも激しく抵抗してくれるに違いない。

 そんな二人をねじ伏せる。

 姉の方は、妹を救うために自分の身を差し出してくるかもしれない。

 その時は姉を果てさせるまで堪能した後、妹の方も堕とす。

 そうして姉が目覚めた時に、あられもない妹の姿を見せつけて……。


「……くくく」


 実に定番な妄想だ。

 他にも何パターンも思いつく。

 ここまで興奮するのも久方ぶりだった。

 だが、それも今のままでは、ただの妄想のままで終わってしまう。

 無期限のお預け状態である。

 それどころか、欲望の発散に別の女をつまみ食いすることも出来なかった。

 ジェイは、不満げな顔でゴロリと寝返りを打つ。


「マジで生殺しだな。どうすっか。一般人なら一人二人攫ってもバレねえが……」


 幸いにも自分は死体遣いだ。

 自分自身はここにいて引導師ゾンビどもに攫わせてくればいい。

 そう考えた時、


「あ。そっか。この手はあいつらにも使えんのか」


 ゴロン、と再び寝転がる。

 あの姉妹も引導師ゾンビどもに攫わせればいいのだ。

 とは言え、問題がある。

 妹の方の住所は情報にあった。

 現在は親元から離れて友人たちとルームシェアしているそうだ。

 しかし、姉の方は一切が不明だった。

 攫うのなら同時の方がいい。でなければ片方に警戒されてしまう。それに精鋭の引導師ゾンビを送ったとしても、生半可な数では姉の方には勝てないような気がする。


 あの女は間違いなく強い。

 これは名付き我霊ネームドエゴスとしての直感だった。


「…………」


 ジェイは思考を巡らせる。

 自分はリスクを背負わずに目的を果たす。

 ここから一歩も動かず、あの姉妹を攫ってくる。

 それが理想ではあるが、これといった策が思いつかない。


 ――いや違う。

 そもそもこの発想自体が間違っているのか。

 自分だけ安全圏にいる。

 自分よりも強い者に怯えて引き籠っている。

 そんな無様な男に誰が嫁ぐというのか。

 ここは、むしろリスクを背負うべきなのだ。

 ややあって、


「なるほどな……」


 双眸を細めて、ジェイは苦笑を浮かべた。


「これが花嫁ブライドをもらうってことなんだな。俺も花婿グルームとして覚悟しろってことか」










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