第六章 蒼い夜

第311話 蒼い夜①

「……ふむゥ」


 大門が唸る。


「……残念ながらァ、何かを掴むのは難しそうですねェ」


 それが彼の結論だった。

 誰もいなくなった武家屋敷。

 そこに訪れた大門たちは、早速屋敷内を調査してみた。

 特に、戦闘の影響を受けたであろう遺物をピックアップしてみた。

 破壊された家具や、壊れた武具などである。

 半日以上かけて、それらを中庭に集めてみた。

 そして大門の系譜術で調べてみたが、そこからは未来の断片は視えなかった。


 大門の《断眩視ラプラス》は未来視だ。

 しかし、この屋敷にあった遺物はすでに未来が閉ざされていた。

 従って、ほとんどと言っていいほどに情報が掴めなかったのである。


「正直、過去視ならばァ、もう少し何かを掴めるのですがあァ」


 一振りの刀を手に、嘆息してそう呟く大門。

 過去視の術式を持つ引導師もいるといえばいるのだが、それは未来視と同じく希少な存在だった。少なくとも火緋神家の一族内にはいない。


「逆説的に言えば」


 折れた日本刀を手に取って、同行者の瑞希が言う。


「これらの持ち主たちに未来はない。すでに亡くなっているということですね」


「……ええ」


 眉をひそめつつも、大門は頷く。


「私にはァ死者の未来は分かりませんのでえェ。歴代の当主の方々の中にはァ、それも出来た方もいたそうですがあ……」


「死者の未来ですか?」瑞希が小首を傾げた。


「それってどういうことです?」


「真偽は不確かですがァ、三代前の当主は死者の転生後の未来が視えたとかァ……」


「……その真偽は本当に確かじゃないわね」


 そこで口を開いたのは無残な武具たちの前で腕を組む杠葉――否、葛葉だった。


「丈一――彼ならもしかしたら可能だったかもしれないけど、そこまで遠い未来を視るのは流石に命がけになったはずだから」


 その呟きはほぼ独白だったが、それを聞いた大門は、


「……おやぁ?」


 葛葉の方へと視線を向けた。


「葛葉さんはァ、私のご先祖さまを調べたことがおありでえェ?」


 そう問われて、


「……ええ」


 自身の失言に苦笑いしつつ、葛葉は答えた。


「そういう機会がありましたので。すみません。ご不快でしたか?」


「いえいえェ、お気になさらずゥ」


 刀を地面に置いて、大門は告げる。


「ともあれ、私ではァ、これ以上の調査は無理のようですゥ」


「どうしますか?」瑞希が問う。


「そうですねえ……」


 大門はあごに手をやった。


「まずは巌さまにご報告して、一度、久遠氏の元に戻りましょうゥ。それから次の手を考えましょうかあ。扇君の方も気になりますからあ」


 そう呟いて、屋敷を一瞥する。


「名門令嬢の誘拐説の可能性は確かにありますがァ、この屋敷の惨状は、どうも人外が関わった気配がしますからねえ」


 その呟きに、瑞希と葛葉は眉根を寄せた。


「もしかして今、複数の勢力が動いてるってことですか?」


 と、瑞希が尋ねる。

 大門は「その可能性はありますうゥ」と答えた。


「敵が一勢力だけとは限らないですからねえ。全く違う目的で動く勢力がたまたま同時に暗躍し始めたといった事態があっても不思議ではないでしょううゥ」


 一拍おいて、


「いずれにせよォ」


 暮れ始めている空を見上げて、大門は双眸を細めた。


「もうじき夜が来ますゥ。襲撃者にとって有利な時間がァ」



       ◆



 そうして夜が訪れる。

 繁華街にも明かりが灯り始めた。

 仕事帰りの者たちもちらほらと現れ始めた。

 そんな中を一人の青年が歩く。

 扇蒼火である。


(……ようやくか)


 彼はスマホを手に歩き続ける。

 目的地はとあるホテルだ。

 彼自身が調べた情報。そして事前に動いていた捜索班。

 それらの情報を統合して、そのホテル近隣にて赤い女の目撃が多かったのだ。

 すでに他の捜索班もそのホテルに向かっている。

 まずは調査だが、包囲網も同時に敷く予定だ。


(今度は、逃がしはしない)


 スマホを強く握る。

 そうして、三十分ほどかけてホテルに到着した。

 どうやら捜索班はまだ到着していないようだ。

 まだホテル内には入らない。

 近くの建物の影に潜んで、入り口を見張る。

 気は逸るが、ここで単独で動くのは流石に下策だ。

 ましてや相手は、かつて自分に敗北の苦渋を舐めさせた女である。

 口惜しくはあるが、自分よりも格上だと想定して行動すべきだった。

 しかし、そんな彼を動揺させる事態が起きる。


(――なにッ!?)


 思わず目を疑う。

 いきなり目的の女が、ホテルのロビーから出てきたのである。

 優雅に歩くのは真紅のドレスを纏う美女。

 蒼火が見間違えるはずもない。


 だが、女は一人ではなかった。

 あの女の隣には、白いスーツを纏う黄金の髪の女もいた。

 見知らぬ顔だった。

 二人はホテルを出て駅の方へと向かっていた。


(……仲間か)


 もしくはあの女の術式による人形か。

 しかし、どうもあの女の方が黄金の女に付き従っているようにも見える。


(何者だ? あの女?)


 眉をひそめる。

 いずれにせよ、隙の無い歩法からして只者ではない。

 真紅の女の素性からして、あの黄金の女も人ではない可能性が高かった。

 大いに警戒する必要があった。

 そして、


(……どうする)


 判断に迷うところだった。

 後をつけるべきか、それともここで待機すべきか。

 相手は二人。しかも一人は確実に自分よりも格上である。

 一人で行動するのは危険だった。

 だが、このままあの女が戻ってこない可能性もある。


(……追跡すべきだな)


 蒼火はそう決断した。

 同時に捜索班にも連絡を入れる。

 そうして、


(逃がしはしないぞ)


 蒼火は二人の後を追うのだった。











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