第44話 魔王は語る③

 ――十分後。

 エルナたちは、場所を変更していた。

 移動した場所は、星那せいなクレストフォルス校の剣道道場。

 校内に幾つかある道場の一つである。

 正面に、刀歌が正座。エルナとかなたも、並んで正座している。

 和風美人の刀歌やかなたは、静謐な雰囲気があってとても画になるのだが、エルナだけは慣れない正座で少し落ち着かない様子だった。

 だが、落ち着かないのは、別に正座だけのせいではない。

 エルナは、目の前に座る少女を見つめた。


(……やっぱり、綺麗な人……)


 改めて、そう思う。

 艶やかな黒髪に、美麗な顔立ち。正座する姿勢も美しく、本当に凛としている。

 エルナも、自分のスタイルにはそこそこ自信があるのだが、彼女も相当なものだ。

 むしろ、自分よりも背が高いので、よりバランスのよいプロポーションをしている。

 ある意味、大人びてすぎて、中等部の制服がもう似合っていない気がする。


 ――御影刀歌。

 校内で行われる《魂結びの儀》の常連常勝の女生徒だ。


(だけど……)


 エルナは、内心で首を傾げた。

 顔はよく知っている。

 彼女の試合も何度も見た。

 しかし、彼女とはクラスが違うこともあって一度も話をしたことがなかった。


(もしかして、かなたの知り合い?)


 その可能性を思い浮かべる。

 エルナは、ちらりとかなたに目配せをした。

 すると、かなたと視線が重なった。かなたはエルナの疑問を感じ取ったのか、おもむろにかぶりを振った。どうやら、かなたの知り合いという訳でもなさそうだ。

 状況が分からず、エルナたちはただ緊張する。と、


「……すまない」


 刀歌が頭を下げてきた。


「今日は貴重な時間を取ってくれて感謝する」


「い、いえ」エルナはブンブンと頭を振った。「別にいいですから。それより」


 エルナは、意を決して尋ねる。


「私たちに何か御用なのでしょうか?」


「ああ」刀歌は頭を上げて頷いた。


「実は君たちにお願いがあるのだ。と、その前に」


 刀歌は苦笑して告げる。


「別に敬語はいい。私たちは同い年だしな」


「……えっと」


 そう言われて、エルナは少し困惑するが、すぐに「うん」と頷いた。


「なら御影さん。私たちに何の用なの? お願いって?」


「ああ、実は」


 刀歌は三つ指をついた。その姿もとても美しい。


「君たちに願いがある。単刀直入に言うと、学校主催で行われている《魂結びの儀》に出場しないで欲しいのだ」


「………え?」


 エルナは目を剥いた。かなたは、微かに眉を動かして刀歌を見据えている。


「え? どういうこと?」


 エルナがそう尋ねると、刀歌は顔を上げた。


「言葉通りの意味だ。知っているか? フォスターさん。杜ノ宮さん」


 一拍おいて、少しだけ苦笑を零す。


「私が215。フォスターさんが207。杜ノ宮さんが195。私たちが個人で持つ生来の魂力の量は、中等部、高等部まで含めてTOP3らしい」


「え? そうだったの?」


 エルナが少し驚いた顔をした。かなたも初めて知ったのか、少し目を瞬かせている。

 刀歌は「ああ」と頷いた。


「歴代の生徒の中でも、私たちは有数の魂力も持ち主らしい。正直に言って、君たちを隷者にしようと狙っている者は多い。だからこそ、君たちには自粛して欲しいのだ」


「ああ、なるほど。そういうこと」


 エルナは得心する。


「御影さんって《魂結び》反対派だものね。まあ、私にしても、かなたにしても《魂結びの儀》には出るつもりはないから安心して」


「そうか!」


 刀歌は、ぱあっと表情を輝かせた。

 歳相応の笑顔に、「へえ、こんな顔も出来るんだ」と、エルナは思った。


「フォスターさん!」


 すると、刀歌は、少し前のめりになってエルナに尋ねてきた。


「もしかして、君や杜ノ宮さんも反対派なのか? だとしたら嬉しいのだが……」


「え、あ、その……」


 エルナは言葉を詰まらせた。

 反対派かそうでないか。

 それを問われたら、当然……。


「……私たちは、反対派ではありません」


 瞳を輝かせる刀歌を前にしてエルナが躊躇していると、代わりにかなたが答えた。


「ですが、私たちが学校主催の《魂結びの儀》に参加することはありません。何故なら、私たちは、すでに隷者ドナーだからです」


「――な、なに!?」


 刀歌は目を剥いた。


「ド、隷者ドナー? で、でも、二人は一度も《魂結びの儀》に参加は……」


「私たちの隷主オーナーは生徒ではありません。校外におられます」


「こ、校外? あ……」


 かなたの説明に、刀歌は不意に理解した。

《魂結び》を推奨しているのは、別に校内だけに限ったことではない。全世界において行われていることなのだ。中には、生まれた時から隷者になることが決められている者さえいる。

 ましてや、エルナとかなたは、魂力も美貌も群を抜いている。しかも、二人とも大家であるフォスター家に連なる者。むしろ、すでに隷主がいることの方が自然だった。

 そこまで思い至って、刀歌は眉をひそめた。


「……すまない」


 申し訳なさそうに頭を下げる。


「余計な話をしてしまったか。君たちほどの魂力で出場していないのだ。想像は容易に出来たというのに間抜けすぎるな、私は……」


「あ、いや、そこまで落ち込まないで」


 エルナは、オタオタと動揺しながらフォローする。


「私たち、別に反対派を否定している訳じゃないよ。私はむしろ好感も抱くし。ただね」


 そこで、エルナは目を細める。

 次いで、両手で頬を押さえつつ、彼女は微笑んで唇を動かした。


「私たちはね。本当に私たちの旦那さまを愛しているの。魂力だけじゃなくて、身も心も。それこそ、すべてを捧げてもいいぐらいに」


 そう告げる同い年の少女に、刀歌は落ち込むのも忘れて、思わず顔を赤くした。


「そ、そうなのか? え、ちょっと待って?」


 そこで、刀歌は茫然とした表情で、かなたの方に目をやった。


「私? もしかして、二人の隷主は同じ男なのか?」


「あ、うん。そうなの」


 エルナがそう答える。

 かなたも、わずかに頬を染めて「はい」と頷いた。


「そ、そうなのか……」


 刀歌は少し動揺していた。

 ――隷者になる。

 ということは、同い年であるこの二人は、すでにを経験していることであって……。


(……うわああ)


 そう考えると、思わず顔が赤くなってくる。


「あのね、御影さん」


 すると、エルナは語り始めてきた。


「御影さんが《魂結び》に反対するのはよく分かるよ。けど、私たちは違うの。愛する人に求められたの」


「も、ももも、求められたのか!?」


 刀歌は、口元を片手で押さえて、激しく動揺した。

 エルナは、さらに言葉を続ける。


「だから、私たちのことは気にしなくていいよ。私たちは間違いなく幸せだから」


「そ、そうかあ……」


 何というか、女としての格の違いさえ感じて。

 刀歌は、ブンブン、と頷くことしか出来なかった。

 刀ばかり振ってきた少女である。何だかんだでまだまだ初心なのだ。

 対し、エルナは、容赦なく切り込んできた。


「けど、御影さんはどうなの? 反対派ってことは、御影さんは好きな人がいるってことじゃないの? 《魂結び》の反対派って、恋人持ちが多いし」


「……え?」


「少し聞きたいな。御影さんのこと」


「え? ええっ!?」


 刀歌は再び動揺した。

 まさかのコイバナへと話を繋げられてしまった。


「……是非とも、お聞きしましょう」


 しかも、かなたまで乗ってきた。

 ただ、彼女の場合は、個人情報収集の意図の方が強いようだが。

 ともあれ、刀歌はさらに動揺する。

 自分の好きな人間。そんなことは初めて問われた。

 強いて挙げるのならば、曽祖父だろうか。

 いや、それも、尊敬の想いの方が強い。

 だとしたら、思い浮かぶのは――。


「……絵」


「……え?」


 エルナが小首を傾げる。

 一方、刀歌は、自分の呟きに愕然とした。

 好きな人を問われて、どうしてあの絵を思い浮かべるのか!


「な、何でもない! そ、それより、お前たちの隷主とはどんな男なのだ!」


 そう尋ね返す。

 すると、エルナとかなたは、お互いの顔を見合わせた。

 しばしの沈黙。エルナは笑い、かなたは微かに口元を綻ばせた。

 そして二人して――そう。寡黙なかなたまで、ポツポツとだが、惚気話を繰り出してきた。

 初心な刀歌は、もはや、二人のサンドバック状態だった。

 ただ、それはそれで、とても楽しい時間だった。

 奇しくも、三人は打ち解ける時間を設けることが出来たのである。

 ちなみに、この場には、かなたのチョーカーに宿った赤蛇もいたのだが、楽しそうな少女たちに『いや、その嬢ちゃん、実は参妃候補なんだぜ』とは言えず、ただ黙っていた。


 そうして三十分後。


「大変だと思うけど頑張ってね。刀歌」


 最後に、エルナは新しい友人を、純粋な気持ちで応援した。

 かなたも「……私も応援します」と告げた。

 二人の気持ちは、はっきりと刀歌に伝わっていた。


「うん、分かっている。エルナ。かなた」


 刀歌は、微笑んだ。

《魂結び》を当然と考える常識は打ち破りたい。

 それは、間違いなく刀歌の望みだ。

 しかし、自分の望みが、それだけではないことは、もう自覚している。

 自分は――自分の中の『獣』は、より過酷な戦場を望んでいる。

 常に、自分よりも、強い相手を切望していた。


 ――とても貪欲に。

 まるで、誰かを必死に探しているかのように。


 それが、刀歌が《魂結びの儀》に挑む、理由の一つでもあるのだ。

 それを考えると、新しい友人たちを騙すようで心が痛むが……。


「ああ、私はこの道を行く」


 今は、力強く頷く。


「どれほど困難であってもな。そう決めているんだ」


 そう告げて、彼女は笑った。

 その姿を、遠くから見据える蟲がいたことには、最後まで気付かずに。

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