第45話 魔王は語る④

「……ああ。頼む」


 その人物は、スマホを手にそう告げた。


「いつも通りだ。それで進めてくれ」


 長い髪と、瞳を強く閉じた、三十代ほどの人物。

 年齢には似合わない和装を纏う青年である。


「今回の相手は、校内でも派手にやっているようだしな。スケープゴートも用意しやすいだろう。ただ、今回は隷者ではない。苗床だ。あまり傷つけてはならんぞ」


 と、幾つかの注意事項を告げてから、青年は通話を切った。

 青年はスマホを懐にしまうと、両腕を組んで小さく嘆息した。


「……結局、今回もいつものやり口かよ」


 その時、皮肉気な声が響いた。


「大変そうだな。壱羽いちばィ」


「…………」


 和装の青年は、微かに瞼を上げて声の主へと顔を向けた。

 年齢は二代前半。白いスーツを着た青年だ。

 彼は広い和室の中で、両足を伸ばしてくつろいでいた。


「あらあら。お行儀が悪いですよ。四我しが


 そう告げるのは、別の人物だ。長い髪を束ねた和装の女性。

 年齢は二十代後半ほどか。和装もあって線の細さが際立つ女性だ。

 おっとりとした微笑みを見せる彼女は、和装の青年と向かい合うように座っていた。

 名を二葉ふたばと言う。

 なお、この広い和室には、五人の人物がいた。

 男性が四人。女性が一人だ。和装の青年以外は全員が二十代。

 甚平を着ている人物もいるが、四我と呼ばれた青年以外は全員が和装だ。


「……四我。親父殿と、壱羽兄ィの苦労も察しろや」


 別の人物が告げる。胡坐をかいて肘をつく巨漢の人物だ。

 和装の中で唯一、甚平を着ている人物でもある。

 剃髪の彼は、ギロリと四我を睨みつけて言葉を続ける。


「今回のはただの貯蔵庫タンクじゃねえ。貴重な200越え。次代の苗床なんだぞ。だから、わざわざあの親父殿が穏便に済ますために、火緋神のババアに交渉しにいったんじゃねえか」


「その交渉も失敗したんだろ? 三狼さぶろう兄ィ」


 四我は、皮肉気な顔を見せる。


「政略結婚なんて今時するか? ましてや親父とあの婆さんは犬猿の仲じゃねえか」


「まあ、それでも成功していたら、今回に限らず色々と動きやすかったからですしねえ」


 と、最後の男性が語る。

 目の下の隈が目立つ、痩せすぎた男性だ。


「父上もそう思われたから、御前殿と交渉に踏み切ったのでしょうが……」


「……仕方があるまい」


 壱羽が、嘆息する。


「いずれにせよ、計画は続行だ。力技になるが、そこは慣れたものだしな。それよりも」


 青年は、微かに開いた瞳で自分の弟妹たちを一瞥した。


「二葉。三狼。四我。五蔵ごぞう。もうじき父上が来る。改めろ」


 長兄の言葉に、四我も流石に表情を改めて、その場に正座した。

 三狼も胡坐をやめて、座り直す。

 そうして――。


「……ご当主さまがいらっしゃいました」


 襖の奥。従者である女の声が響いた。

 同時に襖が開けられる。

 そこに立っていたのは、巨漢の老人。天堂院九紗だ。

 怪老はゆっくりと室内を進み、上座に来るとその場に座った。


「……あの小娘が」


 そして開口一番に、苛立ちを吐いた。


「儂の話に全く耳を貸さん。あの件は儂の本意ではなかったと知っておるにも関わらずにだ」


 壱羽たちは何も言わない。

 ただ、父であり、当主である九紗の言葉に耳を傾けている。


「あれほどの完成体だぞ。何故、儂が処分せねばならんのだ。確かに部下どもの愚行を抑えきれんかった儂にも責はある。だが、あの小娘め……」


 不快そうに眉をしかめる。

 そんな苛立ちを剥き出しにしたまま、九紗は痩せすぎの青年――五蔵を睨みつけた。


「五蔵。例の件の進捗はどうなっておる?」


「……はい。父上」


 五蔵は語る。


「降霊術師を新たに五名迎えました。ですが、未だ件の霊は見つからず」


「……ふん」


 九紗は鼻を鳴らした。五蔵はビクッと体を揺らすが、


「まだ見つからんのか。すでに転生――いや、あれほどの外道だ。我霊と化している可能性の方が高いかもしれんな」


 特に叱責もなく、九紗はあごに手をやって双眸を閉じた。

 数秒後、瞼を上げて五蔵に告げる。


「引き続き捜索を続けよ。さて」


 九紗は室内を一瞥する。


六炉むろは相変わらず失踪中か。だが、七奈と八夜はどうした?」


「……七奈は、ずっと部屋に引き籠ってるよ」


 九紗の問いに答えたのは、不快そうな四我だった。

 四我は父を睨みつけた。


「知ってんだろ、親父も。八夜の馬鹿が七奈に何をしたのか」


「……ああ、あれか」


 九紗は、再びあごに手をやった。


「八夜は、出来としてはかなりに近づけたと思っているのだが、どうも精神に欠陥があるからな。やはり本家本元、件の男の霊を見つけ出し、技術を引き出したいところだな」


「……おい、親父」


 四我が、歯をギリと鳴らした。


「あんた、七奈に対して言うことはねえのかよ」


「……七奈か?」


 九紗は、視線を二葉に向けた。


「七奈の様子はどうなのだ? まだ使えそうか?」


「そうですねェ」二葉は頬に手を当てた。「しばらくは無理でしょうね。一週間ほど前に見た時は、自分の隷者にも怯えていたようですし」


「……やれやれ。八夜め」


 九紗は、深々と嘆息した。


「七奈に対しては、しばし様子見だな。回復するのならば良し。無理ならば《魂結び》を解約し、八夜にくれてやろう。七奈の魂力は158。苗床としてはそこそこだしな」


「――親父ッ!」


 父の通告に立ち上がったのは、四我だった。


「てめえッ! 自分が何を言ってのか分かってんのか!」


「ふん。理解しておるわ」


 九紗は、憤る息子を一瞥した。


「だが、もはや禁忌など気にしていてはおれん。さらなる進化はその先にあるのだ。そういう意味では、八夜は良い例を示してくれたな。二葉よ」


「……? 何でしょうか? お父さま」


 おっとりした口調と表情で二葉が父を見やる。と、


「今宵の夜伽の娘はいらん。代わりに、お前が儂の相手をせよ。思えば二度目の交配は試したことがない。新しい『型』になるやもしれんな」


「あらあら」


 二葉は、頬に片手を当てた。


「これは完全に七奈と八夜のとばっちりですわね。まあ、別に構いませんが、私の場合、今いる隷者たちはどうしましょう?」


「解約する必要はない。お前はただ儂の子を孕めばいい」


「承知いたしましたわ。お父――いえ、九紗さま」


 言って、三つ指を突く二葉。四我は愕然とした。


「――ふざけんな! 糞ジジイが!」


 拳を固めて吠える。同時に四我の拳に光が集まってくる。

 拳そのものが、光と化そうとしていた。

 天堂院家の系譜術ではない。彼が生まれ以て持つ独自の異能の力だ。

 いや、彼だけではない。ここにいる兄姉は、全員が独自の異能を有していた。

 目の前の怪老に、狂気にも等しい実験を何度も繰り返されて、魂まで捻じ曲げられた哀れな母たち。彼女たちから受け継いだ力だった。


 ――彼らだけの独自の世界。独界オリジン


 天堂院家では、この異能をそう呼んでいた。


「てめえ! 俺らを何だと思っている!」


 光を纏い、四我は九紗に襲い掛かろうとする――が、


「――控えよ。四我」


 不意に告げられた声に、四我は硬直する。

 全く動けない。

 見ると、兄――壱羽が完全に瞳を開けて、四我を見据えていた。

 その双眸は、黄金色に輝いている。


「壱羽、兄ィ……」


 四我は声を振り絞って、異母兄の名を呼んだ。


「父上の命は絶対だ。もし逆らうのであれば、お前といえども容赦はせんぞ」


「……………」


 四我は動けないまま、ギリと歯を鳴らした。

 沈黙を続ける三狼と五蔵は、気まずげに視線を逸らしていた。

 一方、当事者である二葉は「あらあら。私を心配してくれてるの?」と、ニコニコと微笑んでいた。全く自分の身を嘆いている様子はない。

 ――と、


「……ふん」


 九妙が、片肘をついて鼻を鳴らした。

 少しだけ嬉しそうに目をすぼめている。


「四我よ。お前は不遜に見えて、その実、兄弟姉妹を大切に想い、部下や自分の隷者にも気を向けることが出来る男だ。お前は心が最も『あの男』に近いと言えよう」


 九妙は、淡々と語り続ける。


「それは望ましいところだ。生来の魂力の量では、六炉や、八夜に劣っていても、案外、お前こそが『あの男』に届く者になるのかもな」


「……また……その話かよ」


 四我は動かない体で、九妙を睨みつけた。


「『あの男』、『あの男』。あんたは口を開けばそればかりだな」


 一拍おいて、皮肉気に笑う。


「全部あんたの妄想なんじゃねえのか? そんな野郎、本当に居たのかよ?」


「ああ、居たともさ」


 九紗は、双眸を鋭く細めた。


「万にも至る死者の霊を従えて、無限にも等しい魂力を有していた男」


 怪老は、謳うように言葉を続ける。


「かつて帝都さえも壊滅に至らしめた怪物――《千怪万妖骸鬼ノ王》」


 九紗は、我が子たちを見据えた。


「お前たちは『あの男』を模した存在だ。だが、まだ及ばん。あの最強の引導師にはな」


 ゆっくりと頭上に手をかざした。


「儂はもう一度、『あの男』を創り出す。我が天堂院家の悲願を果たすために」


 天堂院九紗は、天を握るように拳を固めて告げた。


「禁忌など知ったことか」


 そして、老いた魔王は告げるのであった。

 揺るぎない意志を拳に込めて。


「すべてはこの国を救うためなのだ。儂は止まらぬ。『あの男』に並ぶ者を創り出し、この国に巣食う七体の千年我霊、奴らを一体残らず駆逐する日までな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る