第358話 昼下がりのティータイム④

「ふむ。そうしよう」


 餓者髑髏はあっさりと応じた。

 そして、


「では、まずは謝罪からしておこうかな」


 そう言って本題を切り出した。


「……謝罪だと?」真刃は眉をひそめた。「何のことだ?」


「ふむ。吾輩には少々手のかかる眷属がいてね」


 餓者髑髏は苦笑を浮かべた。


「吾輩を『叔父貴』と慕ってくれる可愛い弟分なのだが、実は先日、彼が恋をしてね」


「…………」


「とても凛々しく美しい姉妹だったそうだ。特に姉の方には一目惚れだったとのことだ。まあ昔から恋は盲目と言うからね。色々と身内での事情もあって彼は謹慎中だったのだが、想いがつのって遂には暴走してしまった」


 そこで大仰に肩を竦める。


「まさか、彼女たちを手に入れるカモフラージュに、街一つを巻き込むような真似をしようとは吾輩さえも想定していなかったよ」


「……街一つだと?」


 真刃が口を開く。

 その台詞には引っかかるモノがあった。


「……そうか。先日の名付きが起こした騒動は……」


「そう。吾輩の可愛い弟分。《死門デモンゲート》のジェイがしでかしたことだよ」


 そう告げる。

 真刃は渋面を浮かべ、獅童たちはさらに険しい表情に変わっていた。

 一方、餓者髑髏は「ふ~む」と額に片手を当てて、


「これも身内の事情になるのだが、その件に関してはエリーがとてもご立腹でね。ジェイもこっぴどく叱られたよ。まあ、それに免じて許してやってくれ」


「……知ったことか。顔を合わせることがあるのならば潰すまでだ」


 真刃は吐き捨てる。


「それよりもその姉妹はどうした? 無事なのか?」


「ああ。それなら君の方がよく知っているよ」


 餓者髑髏は苦笑を浮かべた。


「なにせ、ジェイが一目惚れしたという女性こそが、何を隠そう君の奥方の一人――あの桜華君だったのだからね」


「………なに?」


 その台詞には、流石に真刃も驚いた顔をする。

 六炉や獅童たちも驚いていたが、蒼火などは愕然とした表情を見せていた。


「いやはや吾輩も驚いたよ」


 餓者髑髏は構わず言葉を続ける。


「特に桜華君があの頃と変わらない姿でいたことがね。エリーも流石に驚きを隠せない様子だった。ああ、それと桜華君には妹君もいたのだね。君の義妹になる訳か」


「……桜華の妹だと?」


 真刃は、微かに眉根を寄せる。

 昔……大正の頃、一度も会う機会はなかったが、桜華には弟が一人いるとは聞いていた。しかし、妹がいるという話は聞いていない。

 いや、仮にいたとしても、すでに亡くなっているはずだ。

 そんなことを考えていると、くいくいっと六炉が真刃の袖を引っ張った。


「それ、たぶん刀歌のことだと思う」


「……ああ、そういうことか」


 真刃は六炉を一瞥して得心する。

 確かに桜華と刀歌が一緒にいれば姉妹と勘違いしても不思議ではない。


(なるほどな。ということは……)


 状況と時期。それが分かれば推測も出来る。

 恐らく、以前、ファミリーレストランで刀歌たちが遭遇したという不気味な金髪男。それがジェイと呼ばれる名付きだったということなのだろう。


「ともあれ、ジェイのそんな暴走もあったおかげで、こうして君や桜華君の存命を知ることが出来たということだ」


 と、餓者髑髏は言う。


「……迷惑な話だな」


 真刃は不快そうに眉をしかめた。


「フハハ! 確かにそうだ!」


 餓者髑髏は楽し気に笑う。


「まあ、これも若気の至りと許してやってくれたまえ!」


「……それで」


 真刃は指を組んで餓者髑髏を睨み据える。


「別にそれを告げることが目的ではあるまい」


もちろんオフコース


 餓者髑髏は指先で自慢の髭を触る。


「吾輩たちの在り様。君も忘れてはいないだろう?」


「…………」


「君や桜華君があの頃の姿のままここにいることは興味深いが、本題ではないので今は置いておくことにしよう。重要なのは君たちと再び巡り合えたということだ」


 餓者髑髏は「ふふ」と笑みを零す。


「吾輩が今日ここに来たのは、まさしく挨拶オファーのためさ」


 言って、両手を大きく広げた。


「近々吾輩はこの街にて大舞台ビッグステージを開く。主演メインテイナーはもちろん君だよ。久遠君」


「……今も変わらず貴様は……」


 真刃は指を組んだまま、ギシリと拳を鳴らした。


「他者を巻き込み、最悪の老害を撒き散らしている訳か……」


「フハハ! それが吾輩たちの生き方ライフワークだからね!」


「……真刃」


 くいっと眉をひそめた六炉が真刃の袖を引っ張った。


「……こいつ。さっきから何を言っているの?」


「……六炉」


 真刃は視線のみ六炉に向けた。


「この男……いや、名付きと呼ばれる我霊どもの在り様は後で教えよう」


「ああ。そうだね」餓者髑髏が頷く。「それは吾輩からもお願いしておくよ。吾輩から二度も伝えるのは興ざめだろう」


「……ふん」


 真刃は改めて餓者髑髏を睨みつける。


「それで、わざわざ騒動を起こすと伝えに来たということか?」


 一拍おいて、


「ならば、今ここでオレが貴様に引導を渡せばそれも潰せるということだな」


「――フハハ! 残念ながらそうはいかない」


 餓者髑髏は朗らかに笑った。


「確かに今、君が封宮メイズを使えば吾輩と一対一に持っていくことは可能だろう。時代も術も進化したものだ。だが、そうとなれば吾輩は全力で逃亡するね」


「……なに?」


「脱兎のごとくだよ。吾輩の全能力を駆使して逃げるよ。いきなりの決戦だけで終幕カーテンコールなどストーリーとしてはいただけない。いかにして吾輩が逃げれない状況を造り上げるか。それもストーリーの重要な因子ファクターと考えてくれたまえ」


 そう告げてウィンクする。


「あの時とは違う。あの時の君はイレギュラーな脇役ゲストだったが、今度の君は主演メインテイナーなのだからね。ストーリーとは演出家プロデューサーだけで造り上げるモノではないのだよ」


「……道化め」


 真刃は舌打ちする。


「どこまでも身勝手な男だ。だが、オレにその舞台とやらに出て欲しいのなら、いつ開幕するつもりなのかぐらいは告げてはどうだ?」


「ああ。それは正論だ」


 餓者髑髏は立ち上がり、仰々しく頭を下げた。

 そして指を二本立てた。


「およそ二月ふたつき半。それが準備期間と吾輩は見ている」


「……思いのほか長いな」


「手の込んだモノを考えているからね。それに半分は君のせいだよ」


 嘆息しつつ、肩を竦める。


「なにせ、ジェイの手駒ストックを君がほとんど奪ってしまった。それの補填の手間も鑑みれば、それぐらいの期間は必要なのさ」


「……なるほどな」


 真刃は双眸を細める。


「その舞台とやらに立つのは貴様だけではないということか」


その通りイエス


 餓者髑髏は首肯する。


「無論、君の方も出演者テイナーは君だけである必要などないよ」


 一拍おいて、楽し気な顔であごを撫でる。


「君の方も充分に備えてくれたらいい。さて」


 餓者髑髏は、真刃と六炉を見やり、再び大仰に一礼した。


「久遠君。奥方殿。今日は唐突に訪れても申し訳なかったね。旧交も温められたことだし、今日のところはそろそろお暇することにしよう」


「……ああ。そうか」


 ソファーに背中を預けて真刃は頷く。

 いま戦うべきかという選択肢が脳裏によぎるが、徒労になると直感が告げていた。

 やはりこの男は道化師なのだ。

 真っ当な方法では倒せないと感じていた。

 すると、


「……久遠さま」


 山岡が一歩前に出てきた。


「一階まで私がお送りいたしましょう」


 ずっと硬直していた獅童と蒼火はギョッとした眼差しを老紳士に向けた。

 真刃も山岡を見やり、


「……ああ。頼んだ。山岡」


「……は」


 山岡は恭しく一礼した。


「では、僭越ながら私がお見送りさせていただきます」


「ふむ。頼むよ。山岡氏」


 そうして山岡の案内の元、餓者髑髏は退室した。

 応接室に残されたのは真刃と六炉。そして獅童と蒼火の四人だ。

 四人とも沈黙していた。

 ややあって、


「……久遠さま」


 山岡が応接室に戻ってきた。


「彼を――あの怪物を見送りました。これでよろしかったでしょうか?」


「……ああ」


 ソファーに座ったまま、真刃は頷く。


「口惜しくはあるがな。現状では仕方あるまい」


「………若」


 その時、獅童が口を開いた。


「奴は本当にあの《恒河沙剣刃餓者髑髏》なのですか? いえ……」


 一拍おいて、かぶりを振る。


「気配を隠そうともしなくなったあの男はまさに化け物だった。あれが伝承にある怪物であることは疑うまでもないか……」


 獅童は、未だ体に残る恐怖を絞り出すように息を吐いた。


「あの化け物がしたことは若への宣戦布告。しかし、奴の話はまるで暗号のようで意味がほとんど分かりませんでした。若はあの化け物といかなる因縁があるのですか?」


 獅童の問いかけに、蒼火と山岡も神妙な顔で真刃に注目した。

 六炉も真刃の横顔を見つめている。


「……荒唐無稽な話になるぞ?」


 真刃はそう告げた。


「構いません」


 獅童は即答する。


「若にはこれまでも常識を超えたモノを幾つも見せていただいておりますから」


「……オレはそこまで非常識ではないつもりだが」


 真刃が苦笑を浮かべると、ボボボと真横で鬼火が顕現した。


『……主よ』


 霊体の猿忌である。


『あの男が宣戦布告してきた以上、こちらも万全に備えねばならぬ。近衛隊や側近たち。そして妃たちには状況を伝えた方がよいと進言する』


「……そうだな」


 猿忌の進言に、真刃は嘆息しつつも首肯した。

 そして、


「では、まずお前たちに話そうか」


 真刃は話を切り出した。


「名付きとは何なのか。そしてオレが初めてあの男と対峙した日のことをな」



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