第357話 昼下がりのティータイム③

 面倒事とは連鎖するものらしい。

 そんなことを考えながら、真刃は眼前の男を見据えていた。

 自分が知る最強最悪の我霊を。


(まるで変わらんな)


 実際の時間として百年ぶりの対峙となる《恒河沙剣刃ゴウガシャケンジン餓者髑髏ガシャドクロ》。

 観察すると、身に着けた衣類などは技術の進化で上質なモノになっている。

 恐らく専用に仕立てた服だと思うが、あの頃と変わらず体格よりも少し大きく仕立てているのはこの男の拘りか。

 だが、それも多少変わった程度の印象である。

 その中身はまるで変わっていない。

 風貌は無論のこと、何よりも本質が変わっていなかった。


(……道化め)


 面白おかしく敵地に乗り込むところなど、実にこの男らしい。

 今も悠々自適にコーヒーを啜っている。

 真刃の組んだ指に力が籠る。と、


「……餓者、髑髏……?」


 唖然とした獅童の呟きが後ろから聞こえてくる。

 そして、


「――馬鹿なッ!?」


 それは驚愕の声に変わった。


「《恒河沙剣刃ゴウガシャケンジン餓者髑髏ガシャドクロ》だとッ!? まさか千年我霊エゴスミレニアなのかッ!?」


 その叫びに蒼火と山岡は、ハッと表情を変えた。

 獅童も含めて全員が後方へと跳んで間合いを取り、それぞれが身構える。

 三人とも、かつてないほどに緊迫した表情を見せていた。

 が、それに対して、


「……まあ、待て」


 真刃は片手を上げて制した。


「この男に戦う気はない。そうだろう? 道化よ」


もちろんオフコース


 コーヒーカップを目の前のローテーブルに置いて、餓者髑髏は笑う。


「いきなりそれは面白くないソー・バッドだからね。そんなことはしないさ」


「……真刃」


 その時、六炉が真刃の横顔を見つめて口を開いた。


「こいつがテテ上さまの毛嫌いしている千年我霊エゴスミレニアの一体なの?」


「ああ。そうだ」


 真刃は頷く。


「この国に七体潜んでいる千年我霊の第陸番。それがこの男だ」


 そう告げて、六炉を一瞥する。


「お前なら分かるだろう?」


「……うん」


 今度は六炉が頷いた。

 膝の上に乗せた両手が強く固められる。


「本当に化け物。今まで出会った我霊エゴスが子供みたいに思える」


「フハハ! 確かに! 実際にそれぐらいの世代差があるからね!」


 琴線に触れたのか、自分の額を打って餓者髑髏は楽し気に笑う。

 それから六炉を見やり、


「お嬢さんも只者ではなさそうだ。初めてお目にかかるが、久遠君。彼女は?」


オレの妻だ」


 真刃は即答する。

 それに合わせて、六炉が真刃に腕を絡めて身を寄せた。


「うん、そう。ムロは真刃の奥さん」


 そう告げる。

 一方、餓者髑髏は少し驚いた顔で「ほう」と呟いた。


「仲睦まじいことだね。しかし、吾輩の記憶が正しければ、君の奥方は確か別の女性だったと思うのだが?」


「無論、桜華も変わらずオレの妻だ。今は出かけておるがな。引導師に妻が多いことなど今さら語るようなことでもなかろう」


「ふむ。そうだね」


 餓者髑髏は苦笑を浮かべた。


「かくいう吾輩も第二夫人を娶ったものさ」


「……ふん」


 真刃は鼻を鳴らした。

 それから後ろに立つ山岡に視線を向ける。


「山岡。オレにもコーヒーを頼む。六炉。お前はホットミルクが好きだったな?」


「うん。ムロはホットミルクがいい」


 コクンと頷く六炉。


「では、オレにはコーヒーを。六炉にはホットミルクを頼む」


「……承知いたしました。しばしお待ちを」


 山岡は一礼して退室した。

 それを切っ掛けに、獅童と蒼火が真刃たちのソファーの後ろに控えた。


「しかし、とても残念だよ。なにせ、久方ぶりの再会だからね。君の奥方――桜華君にも是非ともご挨拶をしたかったのだが」


「貴様のような男に桜華を会わせるなど御免だな。六炉に関しても強く願うのでやむを得ず同席させたが、本当は嫌だったのだ」


「フハハ。相変わらず手厳しいな。君は」


「貴様こそ第二夫人とは何だ? 貴様は愛妻家を謳っていたと思うが?」


「無論、吾輩もエリーを今も変わらず愛しているよ」


 と、そんなやり取りをする。

 近況報告を交えながらの会話にも見えるが、実際は腹の探り合いだ。

 互いの情報を少しでも多く引き出そうとしている。

 獅童や蒼火などは生きた心地がしなかった。

 真刃と対峙することで、餓者髑髏の放つ気配が徐々に巨大化しているからだ。


 今はもう人には見えない。

 無数の刃で造られた化け物がソファーに座って談話している幻視を見ていた。

 刃同士が重なる不協和音の幻聴まで聞こえてきそうだった。


(……これが伝承にある化け物なのか……)


 ただ見るだけで死を想像させる怪物。

 獅童は背中に冷たい汗を流した。


(……くそ)


 一方、蒼火も強く拳を握りしめていた。

 少しでも気を抜くと、歯が激しく鳴ってしまいそうだった。

 これは生物としての本能から来る恐怖だということは分かっている。

 それだけ格の違う化け物だということだ。

 だが、それでも、自身の不甲斐なさに蒼火は強い苛立ちを覚えた。

 王の近衛たる者が何たるザマなのか、と。


「……失礼いたします。お待たせしました」


 と、そうこうしている内に、山岡が戻ってきた。

 トレイにコーヒーとホットミルクを乗せて、それを真刃たちの前のローテーブルに置く。

 置き終えた山岡もトレイを片手に、獅童たちと並んでその場に控えた。

 応接室に芳しい香りが立つ。

 六炉は両手でホットミルクを手に取ると、フーフーと息を吹きかけた。


「……さて」


 一方、真刃はコーヒーを一口堪能してから言う。


「腹の探り合いももういいだろう」


 カチャリと、ソーサーにカップを置いた。

 そして、


「そろそろ本題に入れ。道化よ」


 そう告げた。


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