第272話 再会の時➂

(……奇妙な出で立ちの女だ)


 それが彼女を見た時の桜華の第一印象だった。

 月華の世界に突如現れた闖入者。

 白銀の髪に琥珀色の瞳。

 幻想的なまでの美貌を持つ女。

 だが、奇妙に映るのはその衣装である。

 赤い和傘に羽織った着物。下に着ているのは拘束衣だろうか?

 ベルトを無数に付けた体に密着するような黒い服だ。

 少し前まで動きやすさから自分が好んで着ていた服にどこか似ている。


(まあ、そこはどうでもいいことだな)


 桜華はふっと口角を崩した。

 ――この女は強い。

 恐らく刀歌たちとは格の違う強さだ。

 張り詰めた空気が伝わってくる。

 圧を感じ取るなど、果たして何年ぶりのことだろうか。

 これは、久方ぶりに強敵と呼べる相手のようだ。


 一方、闖入者の女は少女たちの方に視線を向けていた。

 一番近くにいた刀歌を見やり、次いでエルナと名乗った異国の少女。そして彼女の羽衣で覆われた、かなたと名乗った少女に目をやる。

 黒髪の少女は倒れたまま、額に玉のような汗を浮かべていた。


「…………」


 闖入者の女――天堂院六炉は、桜華に目を向けた。

 少し眠たそうにも見える眼差しは、今はかなり怒っているようだった。


「……かなたを苛めたのはお前?」


「……苛めたつもりではないのだが」


 桜華は苦笑を零す。


「いささか稽古に熱が入ってしまったのは事実だな」


「……そう」


 六炉は双眸を細めた。


「かなたもエルナも刀歌もムロよりも先輩だけど、ムロの方がお姉さんだから三人はムロの妹でもあるの。だから」


 一拍おいて、


「妹を傷つけたお前は許さない」


 そう宣告する。

 次の瞬間、六炉の姿は掻き消えた。

 桜華は、ヒヒイロカネの宝剣を腹部に構えた。


 ――ズンッ!

 衝撃が奔る。六炉の水平蹴りが宝剣に炸裂したのだ。

 桜華の体は勢いよく吹き飛び、火線を引いてようやく止まった。


「……ほう」


 桜華は双眸を細めた。

 宝剣を持つ腕が微かに痺れている。

 龍泉の巫女と成って初めてのことだ。

 桜華は水平蹴りの体勢のままの六炉を改めて見据えた。


「その華奢な体躯で凄まじい膂力だな。魂力オドも軽く4000は超えていると見た。《DS》を重複使用しているのか?」


「ムロはそんなものは使わない」


 水平に構えた右足を降ろしてムロは答える。


「ムロを支えるのは自前の魂力と豚まんさん。それと」


 そこで彼女は片手を腰に、大きな胸をたゆんっと揺らして自慢げにこう告げた。


「やっと出逢えた愛の力」


「……ふん」


 桜華は鼻を鳴らした。


「要は隷者れいじゃ魂力オドを借りているということか」


「ううん。それは違う」


 桜華の言葉に、六炉はかぶりを振る。


隷者ドナーはムロの方だから」


「……なに?」


 その返答には桜華も少し驚いた。


「お前ほどの女を降した男がいるのか? それも隷者を所有物のように扱う今の時代に、わざわざ魂力を分け与える者がいようとは……」


「それはムロが愛されてるから」


 少しだけ柔らかに口角を崩して六炉は言う。

 それから「けど」と続けて。


「それはエルナもかなたも刀歌も同じ」


「……なんだと?」


 これにも桜華は驚いた。

 六炉に対して隙は見せず、視線だけを刀歌の方に向ける。


「刀歌。それはまことか? お前は隷者れいじゃなのか?」


「は、はい」


 刀歌は少しおずおずとしながら頷いた。


「私は、その、主君の隷者ドナーに、なりました」


 目の前の中華服チャイナドレスの美女が本当に尊敬する曾祖父――曾祖母と呼ぶべきか――なのか半信半疑なのだが、一応敬語で答える刀歌。


「……そうか」


 桜華は小さく呟いた。

 確か刀歌は十五だったはず。その可能性は大いに有り得た。

 そして本人も認めた以上、事実なのだろう。

 これも引導師の習わしといえども、師としては複雑な気分でもある。

 あの幼かった刀歌がという想いもある。


「……刀歌?」


 その時、六炉が眉根を寄せた。


「どうしてこいつに敬語?」


「い、いや、それは……」


 六炉に問われて、刀歌は言葉を詰まらせる。

 そんな弟子に桜華は苦笑を見せた。


「気にするな。ムロとやら」


 と、六炉に告げる。


「それよりも『私』はお前に興味がある」


「……ムロに?」


 六炉は小首を傾げた。

 桜華は「ああ」と首肯した。


「お前の実力は興味深い。一手で分かったぞ。久方ぶりの『私』の命にも届きかねないほどの強者だ。お前と戦えば『私』は更なる境地へと至れそうな気がする。それに」


 再び刀歌を見やる。


「そんなお前と刀歌を降した男にも興味があるな。真っ当な男ならばよし。しかし、もし未熟な刀歌を力尽くで降したような男ならば……」


 そう続ける桜華に、


「それは見当違いの心配」


 ムロは即答した。


「大丈夫。刀歌もムロと同じぐらい大切にされて愛されてるから」


「……そうか」


 桜華はそれでも複雑そうな表情で呟く。

 そんな彼女を、六炉はまじまじと見つめた。


「何となくお前と刀歌の関係が見えた気がする。たぶん同じ一族?」


 刀歌と桜華の容姿はよく似ている。

 何より同じ系譜術まで使っているのだ。

 冷静な目で見れば、それに気付くのは簡単だった。


 しかし、


「それでも、お前はかなたを傷つけた」


 和傘を肩に担いで六炉は構える。

 かなたは、今も玉のような汗をかいている。

 恐らく骨折か、骨にひびが入っているレベルの負傷だ。

 知人や血縁であっても納得のいく状況ではない。


「同じぐらいには痛い目に遭ってもらう」


 六炉の圧力が一気に増大する。

 どこからか吹雪も舞い始めていた。

 それに対し桜華は、


「面白い」


 そう呟いて、不敵に笑っていた。

 そして桜華は、久方ぶりの強敵に高揚した声で告げた。


「受けて立とう。かかってくるがいい。ムロとやらよ」










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