第271話 再会の時②
――シン、と。
異界に広がる湿地帯は今、緊迫に包まれていた。
その原因は、唐突な闖入者にある。
長い黒髪の美しい少女。
堂々と宣戦布告した後、彼女は炎の足跡を残しながら、燦たちへと近づいていく。
「―――あっ!」
すると、燦が輝くような笑みを見せた。
ようやく少女が何者であるのか気付いたのだ。
いつもは着物姿しか見たことがなかったので気付くのに遅れたのである。
「ひいおばァ――」
「さ、燦ちゃんっ!」
思わず月子が燦の声を遮った。
そして口元に人差し指を立てて「言っちゃダメ」をアピールする。
月子も少女の正体にいち早く気付いていた。
燦もハッとして口を両手で押さえた。
そんな可愛い孫たちに、今は葛葉と名乗る少女は微笑んだ。
そうして、葛葉は獅子僧と蒼い巨狼に守られる二人の前に立った。
「二人とも大丈夫?」
「は、はい」
月子が頷く。
「え、えっと、その……」
しかし、呼び名に迷っていると、
「葛葉でいいわ」
「あ、はい。葛葉お姉さま」
あまりに若々しすぎる容姿から思わずそう呼ぶ月子。
「お姉さま!」
それにつられてなのか、赫獅子の肩の上から燦もそう呼んだ。
「助けに来てくれたの!」
「ええ。居ても立っても居られなくなってね」
葛葉はそう答える。
そして改めて獅子僧と蒼い巨狼に目をやった。
「久しぶりね。赫獅子。狼覇」
名を呼ばれ、五将たちは言葉を詰まらせる。
一方、燦と月子は驚いた顔をした。
「え? 葛葉お姉さま。どうしておじさまの従霊の名前を?」
「知り合いなの? ひいお姉さま」
中途半端な名称で呼ぶ燦に、葛葉は苦笑を浮かべる。
「古い知り合いよ。積もる話はあるけど、赫獅子。狼覇」
葛葉は未だ沈黙する五将に告げる。
「私は燦たちが可愛くて守りたい。少なくとも今はそれだけを信じて」
数瞬の沈黙。
五将たちは互いの顔を見合わせた。
そして、
『……承知した』
狼覇が代表して返す。
『それがしたちも貴女にはお聞きしたいことはある。されど、最も重要な主命は月子さまと燦さまをお守りすること。事が収まるまで問い質さぬ』
「……ありがとう」
葛葉は礼を述べた。
そんなやり取りに燦と月子は少し困惑していたが、それ以上会話が続くことはなかった。
邪魔者が入ったからだ。
「……おいおい。随分と余裕だな」
苛立った様子の
「乱入には驚いたが、たった一人の増援で何が出来るってんだ?」
「この数の
二十体を超える怪物たち。
話している間にも敵は徐々に包囲網を縮めていた。
しかし、葛葉は余裕だ。
「そうね。確かに数の力は侮れないわ。巨象であっても数えきれない蟻の大群には呑み込まれてしまうものだしね。けれど」
そこで、パチンッと指を鳴らした。
直後、葛葉たちと怪物たちを分断するように大地から業火が噴き出した。
それは天上すら焦がすほどの膨大な火柱――いや、炎の壁だった。
巻き込まれた
さらには巨大な火炎の龍が、壁の中から顔を覗かせていた。
それも無数の炎龍である。
それらはアギトを開き、炎の息を零す。
いつでも喰らい尽くせると言わんばかりの威容だった。
燦と月子は、初めて目の当たりにする火緋神家の長の力にただただ驚いていたが、五将たちは神妙かつ複雑な表情を見せていた。
これはかつて彼らの主に向けられた力だからだ。
「絶対的に数が足りてないわね」
そんな中、葛葉は言う。
「たった二十匹ぐらいの蟻でどうやって巨象を倒すのよ? 私を殺したいのならせめて億ぐらいの数は集めてきなさい」
挑発にも聞こえるが、反論する者はいない。
それだけの力量差を見せつけられていたからだ。
誰もが言葉を失っていた。
――その中で。
「……なるほどナ」
ただ一人だけ口を開く者がいた。
「この桁違いの力。あんたが『火緋神杠葉』なんだナ」
「さあ? 何の話かしら?」
その指摘に、葛葉は腰に片手を当てるだけで表情も変えない。
ただ、内心では警戒していた。
ここで誰もしらないはずの自分の名前が出てくるとは――。
(何者かしら? 彼は)
狙いは燦と月子と思っていたが、別の可能性が出て来た。
(一人ぐらいは捕えたいところね)
乱戦に紛れて一人は確保する。
そう方針を固めた葛葉だったが、その直後だった。
「
それに対し、
「……OKだ。ボス」
一際凶悪な眼差しで月子を睨みつけて、柏手を打った。
その瞬間、湿地帯の世界が砕け散った。
しかし、解除する際の配置に細工をしたのだろう。
葛葉は取り込まれる前の保健室ではなく、校舎の屋上にいた。
燦や月子。狼覇と赫獅子も同じ場所にいる。
「……これは」
葛葉は双眸を細めて周囲を警戒するが、ややあって、
「……逃げたようね」
そう判断する。
やろうと思えば、燦と月子だけを別の場所に転移させることも出来たはずだ。
しかし、仮にそれをしたとすれば、葛葉は即座に封宮を展開してこの周囲の人間を全員閉じ込めたことだろう。無関係な人間も巻き込む方法だが、やむを得ない対応だ。
そうなるともはや逃げられない。
だからこそ、奴らは燦たちを攫うことを諦めたのだ。
――必勝の布陣であっても、逃走の手段も用意しておく。
あの隻眼の男は相当強かな人物のようだ。
(厄介なことね)
葛葉は小さく嘆息した。
と、その時。
「ひいお婆さま!」
燦が勢いよく葛葉の胸に飛び込んできた。
葛葉は彼女を抱き止めて微笑む。
「どこにも怪我はない? 燦」
「うん! ないよ!」
燦は元気よく答える。
「……御前さま」
少し遅れて月子も葛葉に近づいて来た。
葛葉は彼女にも笑みを見せるが、
『――月子ちゃあァん!』
唐突に自分の胸元から叫び声が上がってギョッとした。
『良かったっス! 無事だったッスかああ!』
拾った月子のスマホから声がする。
「え? 通話中だったの?」
流石の葛葉も目を瞬かせた。
すると、
「あ。違います」
月子が言った。
「金羊さんです。おじさまの従霊の……」
「え? スマホに憑依しているの? 従霊が?」
これにも葛葉は驚いた。
かつての時代では考えたこともないことだった。
「……電脳系の従霊ってことね」
可愛い
まさに今の時代ならではの従霊だった。
これも一種のジェネレーションギャップなのかも知れないが、葛葉にはゆっくりと感傷に浸るような時間はなかった。
――カチャリ、と。
爪音を立てて狼覇が近づいてきたからだ。
その隣には六角棍を肩に担いで歩く赫獅子の姿もある。
そして、
『……
狼覇は言った。
『では、お話して頂きたい。貴女が本当に我らの知る杠葉さまなのかを――』
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