第六章 再会の時

第270話 再会の時①

「――では行くぞ!」


 紅い熱閃が勢いよく噴き出して、火の粉が舞う。

 先陣を切ったのは刀歌だった。

 身を低くして疾走する。

 同時に、かなたも駆け出していた。

 両手には分解した巨大なハサミを握っている。

 一方、エルナは制服を龍鱗の衣スケイル・ドレスに変化させているところだった。

 三人とも戦う気が充分だった。


『ちょ、兄さんたち! どうしよう!』


 蝶花が慌て出す。


『くそ! 今は状況を見るぞ! 九龍の兄者もそれで頼む!』


 赤蛇がそう叫び、九龍は『……承知シタ』と頷いて上空で待機した。

 地上では刀歌が桜華に斬りかかるところだった。

 しかし、

 ――すうっと。

 わずかに半身をずらして。

 桜華は刃を交えることもなく熱閃を回避した。

 そこにかなたも加わる。

 ハサミの二刀で桜華に襲い掛かる!

 刀歌も次の斬撃を放っている。炎の刃と鋼の刃。互いの太刀筋が交差することはなく弐妃と参妃は息の合ったコンビネーションで連撃を繰り出した。


 しかし、そのことごとくが届かない。

 桜華は自身から攻撃することはなく、二人の斬撃を凌いでいた。

 黒い炎刃を自然体で携えて、ただの体捌きのみで回避しているのである。

 初見でありながら、完全に太刀筋を見切られていた。


(……この女)


(……強い)


 刀歌もかなたも表情を険しくする。

 相手の年齢は多く見積もっても二十歳ほどだ。

 かなたたちとさほど世代は変わらないと言ってもいい相手である。

 だというのに、この圧倒的なまでの技量の差。

 斬撃の手は止めずに、かなたと刀歌は戦慄を覚えていた。


 そんな中、


「そろそろ『私』の方からも行くぞ」


 体術のみで回避していた桜華がそう宣告した。

 と、その時、


「――二人とも!」


 不意に背後から声がした。

 エルナの声である。その声を聞いた瞬間、かなたと刀歌は同時に後方へと跳躍した。


龍鱗ド・ラ・ゴ・ン……」


 神楽の龍を掲げるエルナが叫ぶ!


散牙シューターッ!」


 龍を横に舞わせた。

 直後、その紫色の体躯から無数の龍鱗が弾丸として撃ち出された!


「……ほう」


 桜華は双眸を細めた。


「面白い術だ。だが」


 そこで桜華は初めて黒い炎刃を薙いだ。

 すると、


「『私』を撃つには弾丸が遅すぎるな」


 撃ち出された龍鱗は一太刀ですべて燃え落ちた。

 ――いや、実際は無数の斬撃を繰り出して防いだのだ。

 ただあまりに速すぎたため、最後の所作しか見えなかったのである。

 しかし、それはエルナにとっては想定内だったのだろう。

 最初の攻防で相手のとんでもない力量を目の当たりにしていた。

 この程度では届かない。これは囮だった。


「……む」


 桜華が眉をひそめる。

 後方から風切り音が聞こえて来たのだ。

 かなたが時間差で投げたハサミの一刀である。

 それが弧を描き、桜華の後ろから襲い掛かろうとしてた。

 ――が。


「それも甘いな」


 桜華は後ろを振り向くことなく、肩越しに黒い炎刃を後方に向けた。

 そして肩に担いだまま、黒い炎刃でかなたのハサミに触れて――。


「返すぞ。少女」


 ハサミの刃を弾くことなく軌道だけを変えた。

 鋼の刃は、今度はかなたへと襲い掛かる!


「――――な」


 かなたは驚きつつも、返ってきた刃を手に残した一刀で撃ち落とした。

 だが、それが隙になる。

 撃ち落とした直後には、桜華が間合いを詰めていたのだ。

 かなたは目を瞠った。

 そして、


「まずは一人」


 桜華が強烈な蹴りを放った。

 それはかなたの脇腹に直撃し、彼女は吹き飛ばされてしまった。


「かなた!」


 エルナが羽衣を広げてかなたの体を受け止めた。


「かなた! しっかりして!」


 エルナがそう叫ぶが、かなたは「く、う……」と脇腹を押さえて呻いている。

 赤蛇が『お嬢!』と叫んでいた。


「数本ほど肋骨にヒビが入ったはずだ」


 蹴りを放った片足を上げたまま、桜華は言う。


「……うそ」


 エルナは目を剥いた。


「たった一撃で? 今の術なんかじゃないでしょう?」


「いささか強く蹴ったからな」


 ゆっくりと足を降ろして、桜華はかなたを一瞥する。


「杜ノ宮と言ったか。君はここまでだな。これ以上は休んでおけ。無理をしなければ引導師いんどうしなら自然治癒だけでも治るだろう。さて。残りは――」


 と、呟いた時。


「よくもかなたを!」


 上段から紅い炎刃が振り下ろされた。

 刀歌の斬撃だ。

 桜華は黒い炎刃でそれを受けとめる。

 彼女は自身の血縁者である少女に目をやった。


「次はお前か。刀歌」


「私を名で呼ぶな! 馴れ馴れしい!」


 刀歌は大きく後方に跳躍した。

 大きく足を広げて着地すると、そのまま片手を地に、炎刃を翼のように掲げた。

 獣のように牙を剥く刀歌の本来の戦闘スタイルである。

 刀歌は再び跳躍した。

 全身をしならせて袈裟斬りを繰り出した。

 剣技の型ではない。獣の爪牙を思わせる斬撃だ。


「……ほう」


 桜華は少し双眸を細めつつ、黒い炎刃で防いだ。

 刀歌は再び跳躍。着地と同時にまた駆け出した。すれ違うように斬撃を繰り出すが、それも桜華は容易く撃ち落とした。

 その後も刀歌は跳躍と斬撃を繰り返すが、全く届かない。

 桜華は最初の攻防からは一転、黒い炎刃のみで斬撃を撃ち落としていく。


(――こいつッ!)


 この戦闘スタイルまで見切られている。

 刀歌は冷たい汗を流しつつ、桜華と炎刃を重ねた。

 と、その時、


「――刀歌!」


 神楽の龍を手にエルナが駆け出した。

 そして、


「離れて!」


 そう指示する。刀歌はエルナに従って後方に跳んだ。

 直後、蠢くような火炎が、龍のアギトから吐き出された!


「……これは面白い」


 桜華は迫る火炎に目をやった。


「今度は火炎か。随分と多彩な術式だな」


 感心するようにそう呟くと、黒い炎刃を振るった。

 ただそれだけで龍の火炎は左右に両断された。

 エルナも刀歌も目を瞠った。


「三人ともその歳で大したものだ」


 それに対し、桜華は言う。


「今の刀歌の力量もおおよそ理解できた」


 そこで刀歌を見据えて双眸を細める。

 その眼差しはどこか優しい。


「いささか変わった成長をしたようだが、それもまたお前の個性なのだろうな。これからも精進を怠るでないぞ。刀歌」


 そう告げてから、


「稽古としてはこれぐらいが頃合いだな。次世代が育っていることは嬉しいものだ」


 ふっと微笑んだ。


「実に有意義な時間だったぞ。さて」


 桜華は空を見上げた。

 そこには滞空する九龍の姿がある。


「お前と話がしたい。降りて来てくれるか」


『………ガウ』


 九龍はまだ逡巡していた。

 正直なところ、過去と現在の記憶が整理しきれていないのだ。


『……待てよ、おい』


 その時、不意に声を掛けられた。

 桜華が目を向けると、そこには蛇腹剣ガリアンソードを肩に担いだ蛇骨兜の剣闘士がいた。

 戦闘モードの赤蛇である。


『様子見なんぞオレが甘かった。よくもお嬢を傷つけやがったな』


 言って、蛇腹剣ガリアンソードを構える。


『この御影の偽モンが。こっから先はオレが相手だ』


「……ふん」


 桜華は赤蛇を一瞥し、口角を崩した。


「初めて見る顔だが、お前も従霊か。正直、『私』もこの状況を掴みかねているのだが、一つだけ教えておこう」


 一拍おいて、彼女は告げる。


「『私』は偽者ではない。かつて『御影刀一郎』と名乗っていた本人だ」


「………は?」


 桜華の台詞に、刀歌が目を瞬かせる。


「かつてはそこにいる刀歌に剣の手解きもしたことがある。奇妙な因果の末にこの姿を取り戻したのだが、『私』も一つ聞きたいな」


 桜華は赤蛇に問う。


「お前たちは最初から『私』が『御影刀一郎』だと気付いていたな? 『私』が女であることを知っている者はごく僅かだ。従霊では白冴だけだった」


『…………』


 赤蛇は無言だった。


(ここで白冴の姉者の名前が出てくんのかよ……)


 始まりの専属従霊。

 五将の一角であり、御影刀一郎を守護していた従霊の名だ。

 信じ難いことだが、目の前の女は本当に御影刀一郎の可能性が出てきた。


『聞いたのは天堂院家でだ』


 あえて赤蛇は手持ちのカードを切ってみる。


『天堂院九紗が言ってたんだよ。御影刀一郎は女だったってな』


「……総隊長殿がか?」


 桜華は少し驚いた顔をした。


「見抜いておられたということか」


 そう呟く。


(……こいつはマジかよ)


 天堂院九紗を総隊長と呼ぶ。

 ますますもって信憑性が出てきた。

 この事態、果たして主にどう伝えればいいのか――。

 赤蛇……いや、蝶花も九龍も同じように困惑していた。

 すると、


「ま、待ってくれ!」


 刀歌が、茫然と桜華を見つめていた。


「ほ、本当にひいお爺さま……なのですか?」


「……お前は」


 桜華は苦笑を浮かべた。


羊羹ようかんが好きだったな。稽古の後によく出してやった。しかし、『私』が少し目を離した隙に棚にしまっておいたひとさおを丸ごと食べようとして――」


「わあわあわあ!?」


 刀歌は両手を振って顔を真っ赤にした。


『……ガウ?』


 その時、九龍が首を傾げた。


『……ヤハリ、オマエハ御影ナノカ?』


「ああ。そうだ」


 桜華は再び九龍に視線を向けて頷いた。


「九龍。お前と話がしたい。何故お前がここに――」


 と、話を切り出そうとした時だった。

 桜華は微かに表情を曇らせた。

 九龍の頭上。

 花びらの舞う夜空に亀裂のようなモノを見つけたのだ。

 それはすぐに大きく広がった。

 同時に凍えるような冷気と吹雪が亀裂から吹き込んでくる。


「え?」「な、なんだ?」


 エルナと刀歌も目を丸くする。

 かなたも辛そうだが、上空の亀裂に目をやった。

 するとそこから。


「……ん。やっと入れた」


 そんな声が聞こえてくる。女性の声である。

 エルナたちにとってはよく知る声だった。

 そうして吹雪と共に空間を越えて、彼女は落下してきた。

 クルクルと空中で回転して地面に着地する。

 そして、


「ん。陸妃のムロ、参上」


 最強の妃。

 天堂院六炉がそう名乗った。







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