第273話 再会の時④


 同刻。

 街中をSUVが疾走する。

 先程から移りゆくのは見覚えのある景色だ。


「シィくん。そろそろだね」


 その光景に視線を向けて、同乗する芽衣が告げる。

 ここは市街地沿いの公道だった。

 瑠璃城学園の通学路の一つである。


「ああ。ここまで来れば……」


 と、運転する真刃が答えようとした時だった。


(……ッ!)


 真刃は軽く目を瞠った。

 そして路地裏へと進路を変える。

 瑠璃城学園の通学路から外れた道だ。


『……どうした? 主よ』


 後部座席にて顕現している猿忌が尋ねる。


「シィくん?」


 芽衣も真刃の横顔に目をやった。

 真刃はハンドルを握ったまま、神妙な表情を見せていた。

 そうして路地裏の一角でSUVは停車する。

 ここは瑠璃城学園の近くでもない。

 一戸建てが多く並ぶ普通の市街地だ。

 しかし、真刃はそこで車を降りた。

 芽衣と猿忌も疑問に思いつつも真刃に倣って降りた。


「どうしたの? シィくん」


 芽衣が近づいて真刃に問う。

 真刃は神妙な顔のまま、遠い場所を見据えていた。

 そして、


「六炉が戦っておる」


 そう呟いた。芽衣は「え?」と目を瞬かせた。


「先程からオレの魂力が減り続けている。それが出来るのは、エルナとかなた、刀歌。そして六炉だけなのだが……」


 一拍おいて、自分の右の掌を開いて見つめた。


「エルナたちの方に動きはない。徴収しているのは六炉だけだというのに、その量が尋常ではない。体感だが、恐らく今は半分ほど消費している」


『……なんだと?』


 猿忌は双眸を細めた。

《魂結び》は隷主と隷者、双方に魂力の譲渡が出来る。

 しかし、元々は勝者と敗者による契約。その術式の性質上、流石に対等とは言えない。

 第一段階では互いに一割程度ではあるが、第二段階からは差が出るのだ。

 隷主が八割に対し、隷者は五割程度が限界なのである。

 だが、五割程度といっても真刃の場合ではそれでも膨大だった。


 今の真刃の魂力はおよそ12000。

 六炉はその内、6000を徴収しているのである。


(……六炉)


 真刃は拳を固めた。

 自分の魂力が奪われることに関してはどうでもいい。

 むしろ積極的に譲渡するつもりでいる。まあ、仮にこれがエルナたちならば、過剰な増加量に体への負担を心配するところだが、六炉ならば何の問題もないだろう。

 ここで懸念すべきことは、あの六炉がこれだけの魂力を必要としていることだった。

 それほどの強敵に、彼女はいま遭遇しているということである。


「六炉はいま何者かと交戦しているようだ。ここから先は、オレは駆けていく」


 この距離なら、真刃ならば走った方が早い。


「あ。うん。分かったよ」


 芽衣がこくんと頷く。


「じゃあ、ウチは車で瑠璃城学園に向かうね」


 そう告げて運転席の方へと移動しようとする。が、


「……いや。待て芽衣」


 真刃は彼女を止めた。一拍の間を空けて、


「正直なところ、あの六炉がこれほどの力で応じねばならぬ敵が現れるなど想定外だ。今回の敵はオレの想定していた輩とは違うのやもしれん」


 今回脱獄した男は、燦と月子にとって因縁深い相手だった。

 だからこそ、彼女たちの身を一番に案じたが、実はそうではないのかもしれない。


(案外、標的はオレなのかもしれんな……)


 真刃はその可能性を考えた。

 望んだ訳ではないが、今の真刃は強欲都市グリードを手中に収めている。

 それを不満に思う者たちもいるだろう。

 そこで真刃の縁者――すなわち隷者を狙ったのではないか。

 燦と月子に因縁深い相手を脱獄させたのもそれが目的ではないだろうか。


(……もしそうならば)


 狙われているのは燦たちだけではない。

 六炉やエルナたちも危険である。

 特に最も危険なのは――。


「……シィくん?」


 沈黙する真刃に、芽衣は小首を傾げた。

 真刃は芽衣を見つめた。


 ――伍妃・芽衣。

 真刃が愛する女性の一人。


 杠葉、紫子以外で愛した三人目となる大切な女性だ。

 実のところ、芽衣にしろ、そののちに四人目となった六炉にしろ、真刃は彼女たちをその腕に抱くと決意するまで相当な葛藤を抱いていた。


 元より、人としての『幸せ』を掴むためにも伴侶は見つけようと思っていた。

 それは自身の消滅も厭わず、真刃をこの時代に送ってくれた従霊たちへの誓いでもある。


 しかし、いざとなった時、迷いが生まれた。


 ――本当に彼女たちを傍に置いてもいいのか。

 ――人擬きの自分が再び人を愛してもいいのか。


 紫子のように、血風の刃が彼女たちの命を薙ぐかもしれない。

 杠葉のように、苦悩の果てに悲痛な決断をさせてしまうかもしれない。


 本当に心から悩んだ。

 その葛藤は以前、猿忌に語った時ほど軽いモノではない。

 だが、それでも真摯な眼差しを向けてくれる二人が愛おしく……。


 今度こそ守り抜く。

 その覚悟を以て、二人を愛したのである。


 しかし、芽衣はそんな大切な女性の一人であるというのに――。

 彼女にはまだ専属従霊はおらず、《魂結び》も行っていない。隷者たちはいるが、その全員が第一段階のため総量は少ない。そして《DS》使用は禁止している状況だ。


 それはあまりにも無策であり、無防備すぎた。


(……オレ阿呆あほうか)


 真刃は強く唇を噛んだ。

 一方、六炉に関しては彼女の強さに完全に甘えていたと言える。

 その強さに頼りすぎて専属従霊の選別を後回しにしていた。


「……これは早急に対処すべきことだった……」


 芽衣は「え? え?」と不思議そうな顔をしている。


「芽衣」真刃は告げる。


「今回の件が終わり次第、お前と六炉には専属従霊を選別してつけるぞ。強欲都市グリードにも一度赴く。お前が運営する施設だが、千堂か綾香に任せてお前も納得のいく形で保護しよう」


「ふえ?」


 唐突な話に、芽衣は目を瞬かせた。


「お前の現在の《魂結び》はそこで解除だ」


 そう告げつつ、真刃は従霊の一体を呼び寄せた。フォンっと鬼火が現れる。


「そして改めてお前をオレの隷者にする。さすれば《DS》なども不要になるからな」


「え? シィくん?」


 芽衣は話についていけていないようだ。

 一方、真刃は神妙な表情を見せている。


「……オレは悠長に構えすぎていた」


 ぼそりと呟く。

 芽衣や六炉だけではない。燦と月子に対してもそうだ。

 今回に限らず、麒麟児であるあの二人は常にその才を狙われている立場にある。

 そのため、赫獅子と狼覇を専属従霊として付けたのだが、それでも《魂結び》は行っておくべきだったと今は考える。

 なにせ、第一段階であっても《魂結び》さえおこなっておけば、いつでも二人に1200――彼女たちの四倍近い魂力を供給できるのである。それは圧倒的な優位性アドバンテージだ。


 確かに今まではエルナたちよりも幼い二人への負担を気に掛けて避けていた。

 しかし、契約時の負担を減らす方法ならば、すでに実証済みなのだ。


 エルナたちの時ほどの負担はかけずに済むはずだった。むしろ燦たちの方が魂力は多いのだから、さらに負担は低いはず。

 やはり、燦たちには第一段階の提案ぐらいはすべきだったと思う。


(つくづく至らぬ男だな)


 強い苛立ちが募る。

 そもそもだ。

 実際のところ、エルナたちの方もまだ万全とは言えないのである。

 第二段階に至るかどうかだけは別だとしても、エルナたちは現時点で自身がどの程度まで魂力を使えるのか把握していなかった。

 三人とも、真刃から魂力を奪うことを躊躇しているからだ。

 もし、真刃が戦闘中に徴収などしたら死活問題になる。

 そのため、彼女たちは訓練中でさえ、真刃から徴収しない傾向にあった。

 そんな気遣いをさせてしまうのも、素直に自分の魂力の量をエルナたちに伝えなかった真刃の配慮のなさの結果とも言えた。


 真刃は、微かに怒気の籠った息を静かに零した。

 考えれば考えるほどに至らない点が出てくる。

 ここまで大切な者たちが多くなったというのに何という自覚のなさか。


 だが、今は後悔しても仕方がない。


「……ともあれ今は」


 真刃は鬼火に視線を向けた。

 鬼火は停車してるSUVに憑依し、真刃たちを残して走り出した。


「ええ!? 従霊に運転させて帰らせるん!?」


 SUVのバックドアを見つめて芽衣が声を上げた。


「怖くない!? あれって端から見ると幽霊自動車だよ!?」


「人気のない道を選べば問題なかろう。それよりも」


 言って、真刃は芽衣を抱き上げた。

 いきなりのことで「ひゃあっ!」と芽衣は驚くが、すぐに真刃の首に腕を回した。

 そうして真刃の顔を見つめる。


「シィくん? 急いでるのにウチも連れてくん?」


「ああ。当然だ」


 真刃は即答した。

 それから微かに眉をしかめて、


「……為すべきことを怠るなど怠慢としか呼べぬ。何が守り抜く覚悟だ。紫子を失っておきながらあの痛みをもう忘れたのか」


 自身に対する腹立ちに、そんな呟きを零した。


「……シィくん?」


 芽衣が心配そうな表情を見せるが、


「……すまぬ。独り言だ」


 真刃は芽衣を一度愛しげに抱き寄せてから、上空に目をやった。


「いずれにせよ、今は反省よりも急ぐべき時だ。猿忌。ついてこい」


『御意』


 真刃の傍に控えた猿忌が首肯する。


「しっかり掴まっていろ。芽衣」


「うん。分かった」


 芽衣はこくんと頷いてしっかりと真刃に体を寄せた。

 そして、

 ――ドンッ!

 芽衣を抱えたまま、真刃は跳躍するのだった。

 その先に待つ再会の時を予想だもせずに――。









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