第421話 会議が始まる②
「まず真刃たちの軍議の内容は大体想像がつくわ」
杠葉はそう切り出した。
「大きく分けて三つね」杠葉は指を三本立てた。「一つ目は『拠点の移転』。二つ目は『真刃の《
「……拠点の移転かあ」
エルナが少し眉根を寄せた。
「ここを引き払うってことよね。その理由は分かるけど、私は少し複雑だわ」
「なんで? お引っ越し楽しいじゃん」
と、燦が無邪気に言う。
一方、エルナは肩を竦めた。
「私は壱妃であり、真刃さんの弟子なのよ。ここで真刃さんと一緒に過ごした時間は誰よりも長いの。二人っきりでも過ごしたし、思い出だって沢山あるわ」
豊かな胸を張って自慢げにそう語る壱妃に、全員が少しムっとした表情を見せた。
「だから名残惜しいのよ」
「ですが、やはりこのままではいけません」
淡々とした声でかなたが言う。
「このマンションは防衛拠点としては不向きです。相手は
「流石に下層に一般人がいては身動きも取れないからな」
腕を組んで刀歌がそう呟く。
「無関係な被害者を出すことだけは論外だ」
「ああ。その通りだな」
軽く手を上げて桜華が続いた。
「参考までに言っておこうか」
一拍おいて、
「大正の頃、餓者髑髏は爪牙段階ではあるが、真刃の《災禍崩天》の直撃を受けてなお平然としていたらしい。いざ戦いとなるとその規模は確実だろうな」
「……奴らは本当に怪物よ」
神妙な声で杠葉も言う。
「私も昭和の頃に一度だけ遭遇したわ。それも二体。結局、奴らには逃げられたけど……」
「……平然と大正時代とか昭和時代とかの話が出てくるのも変な感じ」
そう呟くのは六炉だった。
言われた桜華と杠葉は苦笑を浮かべるしかない。
「あの……」
その時、月子が手を上げて発言する。
「お引っ越しはするとしてどこに行くんでしょう?」
「うん! それ、あたしも気になる!」
燦が興奮気味に乗って来た。
そしてキラキラとした眼差しで現在の家主であるエルナを見つめた。
「真刃さんからは山を買ったって話を聞いたわ」
少し複雑そうな顔をしつつ、エルナは答える。
「色々探したけど、結局、都合のいい物件がなかったんだって。そこで建築専門の
普通に建築しては半年以上かかるが、引導師ならば一日で建造も可能だった。
「千堂さんが良い腕の建築系引導師を招集してくれたみたい」
そこで数瞬の沈黙が降りた。
全員が何とも言えない空気になる。
そんな中、
「……あのうさん臭い糸目の方ですね」
かなたが無表情に呟く。
「先日、何やらフィギュアのモデルになって欲しいと言われました」
「あ、それ、あたしも」「……私もだな」
燦と刀歌が手を上げた。
すると、六炉以外の全員が手を上げた。
六炉と芽衣には、すでに作品があるらしい。
どうやら千堂は正妃全員をフィギュアにするつもりのようだった。
「あと、ホマレさんとか、茜ちゃんと葵ちゃんも声を掛けられたって言ってました」
と、月子が補足する。
正妃どころか準妃たちまでターゲットだった。
「……大丈夫なの? あの人?」
エルナがそう呟くと、六炉が「……ん」と頷いて、
「腕は良いって言ってた。霊具制作においては相当なものだって。例えば、芽衣はモデルの報酬に特別な霊具を造ってもらったって」
「あ。なるほど。突然持ってきたあの巨大なハンマーか」
と、刀歌が思い出しながら言う。
打撃武器としても強力だが、空間強震を強化してくれるらしい。
芽衣の新しい武器だった。
「まあ、拠点の建築は真刃さんに任せましょう。《
ポンと手を叩いて、エルナが言う。
「ええ。そうね」
エルナの台詞に杠葉が相槌を打つ。
「その二件には私たちは何も力になれそうにもないから。だから」
そこで杠葉は桜華に視線を送った。
視線が重なり、桜華は静かに頷いた。
「私たちは三つ目。戦力の増強に専念しましょう」
言って、和装の胸元から一枚の封筒を取り出した。
それをローテーブルの上に置く。
杠葉と桜華以外の妃たちは前のめりになってそれを覗き込んだ。
そして、
「「「強化訓練計画表……?」」」
声を揃えてそれを読み上げた。
封筒には筆文字でそう書かれていたのだ。
「そうよ」
杠葉は頷く。
「真刃は餓者髑髏とは自分が戦う気でしょうね。相手の強さも知っているから尚更よ。けど、戦場では必ずしも自分の都合のいい方に転がるとは限らないわ」
百年の戦闘経験を持つ杠葉は言う。
同等の経験を得ている桜華も「ああ」と頷いた。
「現状、真刃以外で餓者髑髏とまともに戦えるのは私と桜華さん。それと六炉さんぐらいね。燦も
「……ムムム」
敬愛するひいお婆さまにそう評価されて、燦は少し不満そうだった。
ただ、その一方で、
「ごめん。ムロも厳しいかも」
六炉が手を上げて言う。
「初めて会った時、勝つのはとても無理だと思った。そもそもムロで勝てるのならテテ上さまはとっくにムロを
「冷静に判断するのなら自分もだな」
と、桜華が続く。
「勝算としては多く見積もって三割か。単独での勝利はまず無理だろう」
腕を組んでそう告げる。
「
刀歌が眉をひそめて師である桜華に問う。
「……それほどなのですか? 桜華師」
「……ああ」
渋面を浮かべて桜華は返す。
「奴は真正の怪物だ。だが、自分もこのままの勝算でいるつもりはない」
「ええ。そうね」
桜華の台詞に杠葉が首肯する。
「そのために計画したのがこれなのよ」
すっと封筒に指先を重ねた。
「強化訓練計画。私たちの実力を底上げする計画よ」
「「「おおォ……」」」
エルナたち年少組は興味深そうに再び覗き込んだ。
「……正直」
そこで杠葉は姿勢を改めて告げる。
「私にとってひ孫同然の燦や月子ちゃんに対してまでこれを告げるのはどうかなと思っていたけど、やっぱりはっきりと言っておくわ」
一拍おいて、
「ここにいる全員は久遠真刃の妻よ。真刃の女なのよ」
そう告げた。
正真正銘、すでに真刃の女である六炉や桜華はほとんど動じないが、流石にエルナたちは顔を赤くした。特に最年少の燦と月子は耳まで真っ赤だった。
「まだ幼いあなたたちもいずれはね。けれど、覚悟だけなら今からでも出来るのよ。彼を支えて一緒に戦う覚悟だけは」
始まりの零妃は、若き妃たちに語り掛ける。
「私たちは弱いままではいけないの。彼に守られるだけではいけないのよ。強くなる必要があるの。
杠葉は、タンっとローテーブルを強く叩いた。
「強くするわよ。あなたたちを。覚悟のない者はここから立ち去りなさい」
そう告げる。
だが、当然のごとく誰一人この場から立ち去らない。
幼い燦と月子さえも、そんな覚悟はとうに出来ているからだ。
ただ、エルナだけは大いに不満げだった。
「……杠葉さん」
ブスッとした表情でエルナは言う。
「それ、壱妃である私が言うはずの台詞です」
「……ごめんさないね。エルナさん」
杠葉は苦笑を返した。
「けど、今回は私が発案者だから容赦して」
「むむ。それで何をするつもりなんですか?」
まだ少し納得していない様子だが、エルナがそう尋ねると、
「そうね。簡単に言うと」
杠葉はニッコリ笑って、
「とりあえず強化合宿をすることにしたわ」
そう答えた。
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第11部、先行投稿第三弾でした!
本格再開は2024年元旦0時からです!
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