第422話 会議が始まる③

 明けましておめでとうございます!

 本年度も宜しくお願い致します!m(__)m


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 一方その頃。


 カツン、カツンと。

 長い廊下を歩く音が響く。

 配下を二人、後ろに従えた西條綾香のヒールの音だ。

 会議はほぼ予定通りに終了した。


 大きな議題は三つだった。

 それは杠葉の推測通りの議題だった。


 まず一つ目。拠点の移転。

 これに関しては千堂が対応することになった。

 すでに建築場所の山は購入済みだ。そこに千堂が連れてきた建築系の引導師によって建築される。図面も八割がた完成しており、数日中には建築まで完了するということだ。


『素晴らしい作品に仕上げたるで』


 そう告げる千堂に、何故か綾香は背筋に悪寒が奔ったものだ。

 ともあれ、この件は千堂に一任するというのが会議での決定だ。


 次いで二つ目。

 キングの《隷属誓文ギアスレコード》が刻まれた霊具の捜索と破壊だ。


(……あれで《制約》付きなんて本当に馬鹿げたものだわ)


 廊下を歩きながら、綾香は少し肝を冷やす。

 あの強さでなお《制約》に縛られているというキングの力には驚愕するばかりだが、これの対応に関しては近衛隊で現在進行中らしい。

 目ぼしい捜索地もピックアップし終えて、近衛隊が順次当たっているそうだ。

 今のところ外れが続いているそうだが、これも引き続き対応してもらうことに決まった。


 最後の三つ目。戦力の増強である。

 相手は千年我霊エゴスミレニアの第陸番。

 その上、《屍山喰らいデスイーター》に《死門デモンゲート》という強力な名付き我霊ネームドエゴスもいる。

 敵の勢力は凄まじい。

 さらなる名付き我霊ネームドエゴスの参戦の可能性さえもあった。

 恐らく歴史上でもこれほどの勢力とぶつかった事実はないだろう。


 まさしく総力戦だった。

 しかし、総力戦だからこその問題がある。

 仮にキングが《恒河沙剣刃ゴウガシャケンジン餓者髑髏ガシャドクロ》との一対一に持ち込めたとしても、他の名付き我霊ネームドエゴスどもは綾香たちが迎え撃つ必要があるのだ。

 いや、発想としてはその逆か。一対一に持ち込むために、綾香たちが餓者髑髏以外の戦力を抑え込まなければならないのである。


 綾香は自分が上位メンバーの自覚があった。

 というよりも、実力においては《雪幻花スノウ》に続くNO3である自負があった。

 伊達に三強の一角を張っていた訳ではない。最近こそは体調不全で下衆な輩に後れを取ってしまったが、十全の状態であれば名家の当主相手でも負ける気はしない。

 だが、それでも単独で《屍山喰らいデスイーター》クラスの相手は厳しいだろう。


 餓者髑髏の伴侶。

 かの名付き我霊ネームドエゴスも充分すぎるほどに伝承級なのだ。


(……久遠が戦力増強を考えるのも当然ね)


 結局、これに関しては抜本的な提案はなかった。

 各自持ち帰り、検討することになった。

 早速、綾香は考える。


(シンプルに増援? 各地の大家に声を掛ける? いえ、ダメね……)


 綾香としては、増援は避けたいところだ。

 この戦いは強欲都市の王グリード・キングの名を世に知らしめるためのモノでもある。

 従って、千年我霊エゴスミレニアの討伐は強欲都市グリードの勢力のみで果たさなければいけない。


(だったら《DS》?)


 歩く足を止めて綾香は眉をひそめた。

 続く腹心の男たちも同じく足を止める。

 綾香は両肘に手を置いて考える。


(それも難しいわね。あれにはまだ可能性がありそうだけど……)


 かぶりを振る。


(それにはどうしても実験がいる。けど、人体実験は久遠が絶対に許さないでしょうね。彼は甘い王さまだから)


 知られなければいいことだが、綾香は彼を騙すような真似はしたくなかった。


(……やれやれね)


 綾香は小さく嘆息した。

 と、その時だった。


「あっ、綾香ちゃん。見っけ」


 不意に後ろから声を掛けられた。

 男たちも一緒に綾香が振り返ると、そこにいたのは芽衣だった。

 彼女の後ろには神楽坂姉妹の姿もある。


「……何か用? 芽衣」


「うん。ちょっとね」


 芽衣はニコッと笑って告げた。

 一瞬、綾香は無視しようかと思ったが、相手はキングの妃の一人だ。

 あまり無下にするのも宜しくない。

 綾香は腹心の男たちに「先に車に行きなさい」と命じた。男たちは「は」「了解しました」と答えると、綾香と芽衣に一礼をしてその場を去っていった。


「それで何よ。っていうか」


 綾香は芽衣が小脇に抱えているモノに目をやった。

 それはシーツで簀巻きにされた何かで、もぞもぞと動いていた。


「それって何なの?」


 率直に聞いた。すると芽衣は「ん、これ?」と苦笑を浮かべて、


「ホマレさんだよォ」


 言って、シーツの一部を解いた。

 そこから「ふぎゃあっ!」と何かが顔を出した。

 それは綺麗な少女だった。年の頃は十四歳ほどか。北欧系の整った鼻梁に、絹糸のような長い菫色の髪が印象的な少女である。


「誰? その子?」


 綾香が眉をひそめる。何気に綾香はホマレとは初対面だった。


「ホマレさんだよォ」


 すると芽衣は全く同じ台詞を返した。ただ少し補足もする。


「準妃隊員のホマレさん。電脳系の引導師だよォ」


「……準妃?」


 綾香がますます眉をひそめる。ホマレと呼ばれた少女を見やると「ホマレを解放しろ! ホマレは運痴だぞ!」と叫んでいる。


「……十四歳ぐらい? また若いわね」


 次いで神楽坂姉妹に目をやった。

 不愛想にそっぽを向く茜に、ニコニコと笑う葵。綾香自身がそう仕向けたとはいえ、彼女たちも準妃隊員だった。


「……肆妃たちもそうだけど、妃ってかなり若い娘が多いわね」


 そう呟いた時、


「あ。言っとくけど、ホマレさんはウチらより年上だよォ」


 芽衣がそんなことを言った。綾香が「え?」と目を瞬かせる。


「これでも二十六歳なんだって」


「え? マジで?」


 綾香はまじまじとホマレを見やる。

 肌の艶など十代前半のモノだ。二十代半ばにはとても見えない。

 そんな妖精のような彼女は「ふぎゃああ!」とジタバタと足掻いていた。


「まあ、いいけど、それでこの人はなんでこんな状況になっているの?」


「……それはこの人が嫌がったからよ」


 と、その問いには茜がぶっきらぼうな口調で答えた。

 そうして茜はホマレを見やり、


「準妃隊員も参加なのに。この人は運動音痴を理由に拒否しようとしたの」


 そう続けた。


「ホマレの運痴を舐めたらいかんぜよ! 死ぬて! 死ぬから!」


 芽衣に小脇に抱えられながら、ホマレはそんなことを叫んでいる。


「ダメだよォ、ホマレさん」


 芽衣がホマレを見やり、告げる。


「得意分野が人それぞれってのは分かるけどォ、ホマレさんは準妃なんだよ。いざという時に自力で戦えるか逃げるかは出来ないと。そのためには最低限は頑張らなくちゃ」


「ホマレはダーリンに愛されるだけのペット的な存在でいたいんだよっ!」


 ホマレがバタバタと足を動かして叫ぶ。

 芽衣は呆れた様子で言う。


「そんなこと言ってたら、次の妃会合で準妃隊員の資格剥奪を議題に挙げるよォ」


「それは横暴だ! 正妃ナンバーズどものパワハラだ!」


 さらに暴れるホマレ。


「……騒がしい人ね」


 綾香は呆れた眼差しでホマレを見やる。


「それでこの人は何をそんなに嫌がっているの? 運動音痴が何か関係するの?」


 綾香のその問いかけには葵が答えてくれた。


「明日から妃たちの強化合宿があるんです。正妃ナンバーズと準妃の合同の」


 ポンと手を叩いて言う。

 この話は、今回の妃会合に欠席予定だった芽衣には事前に伝えられていた。

 それを芽衣の口から準妃たちにも連絡したのだ。


「だけど、ホマレさんは運動が嫌いで。厳しいのも想像できるので拒否したんです」


「そんな悠長なことも言ってられないのにね」


 茜が「ふん」と鼻を鳴らして続く。


「今は誰もが強くならないといけない時なのに」


「苦手なものは苦手なんだよ!」


 ホマレが少し涙目で叫んだ。


「ホマレにはホントに戦闘の才能がないんだよ! お前たちに分かるか! ポメラニアンに惨敗した時のホマレの気持ちが!」


「……どうしてポメラニアンと戦う機会なんかがあったのかなあ」


 芽衣が困ったように言う。

 しかし、「けど、そうだねェ」とあごに指先を当てて、


「苦手なことを頑張らせようとするんだから、やっぱりご褒美は必要だよね」


 そう呟いた。そして、


「だったら、今回の合宿で、準妃の中でウチの独断と偏見で一番頑張ったと思った人にウチの寵愛権を一日貸してあげるよォ」


「「「――――え」」」


 言い出した芽衣本人を除く全員が驚いた顔をした。


「準妃には寵愛権はないからねェ。最近のシィくんは忙しいから独り占めできる機会なんて寵愛権でもないと中々ないから」


「そ、それは私たちにもですか?」


 葵が動揺した様子でそう尋ねると、芽衣は「うん」と頷いた。

 葵と茜の顔が真っ赤になる。


「伍妃! その言葉に二言はないな!」


 ホマレが芽衣を凝視して叫ぶ!


「ふっふっふ、なるほど! なら参加するよ!」


 クネクネとシーツに包まれた体を動かすホマレ。


「遂にホマレがダーリンによって完全体の大人にされる日が来たんだよ!」


「ああ~、頑張ってねえ」芽衣が作り笑いを向ける。「個人的な意見としては正妃ナンバーズを目指すのなら体力はつけていた方がいいと思うけどォ」


 そう呟いてから芽衣は綾香を見やり、


「それで綾香ちゃん。これが用なんだけど、この合宿、綾香ちゃんも参加しない?」


「………は?」


 綾香は目を瞬かせた。


「私が? なんで?」


 綾香は準妃ではない。それは公言している。


「まあ、何となくかな。基本、女の子だけの合宿だから。どうせなら綾香ちゃんもって」


「……そう」


 芽衣の意図は分からないが、綾香は考える。

 これは今の正妃たちの実力を知る良い機会かもしれない。


「まあ、いいでしょう。私も力が欲しかったところだから。ああ、ところで」


 ただ、そこで頬に片手を当てる。

 そして、


「寵愛権の一日譲渡の件、私にも当てはまるんでしょうね」


 ついそんな確認を取る綾香だった。


 かくして。

 妃たちによる妃たちのための強化合宿が始まるのである。



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