第四章 強欲なる者たち

第12話 強欲なる者たち①

(……おい、大門よ)


 その時、真刃は、顔には出さなかったが、かなり困惑していた。


(お前、あの後に一体どんな嫁を貰ったのだ?)


 広い応接室にて、真刃たちはソファーに座っていた。

 右から真刃、エルナ、一席空けてかなた、ゴーシュの順だ。

 そして迎え側のソファーに座るのは――。


「はうあッ! まったああく! まアアァったああくうううう!」


 やたらとテンションの高い男だった。

 大門紀次郎。エルナたちの担任教師だ。散々どんな教育をしているのかと大の大人たちを叱りつけて、時折、天井を見上げて奇声まで上げる人物であった。


(……お前の面影が全くないのは、どういうことなのだ?)


 今も口角から泡を飛ばしている。自分の知るお人好しだが思慮深い友人とは、似ても似つかない人物だ。まあ、顔つきだけは若干似ている気もするが……。


 それにしても。

 果たして、これは友人の嫁になった人物の影響なのか?

 それとも、それ以降に、よほど濃い人物を家系に迎え入れた結果なのか?


 詳しい事情は分からないが、何故こうなったのか疑問だけが浮かぶ。


(……ま、まあ、よいか)


 重要なのは、この今代の大門が、エルナとかなたの担任であることだ。


「いやはや、先生の仰る通りです。申し訳ない」


 ゴーシュが大門に頭を下げた。


「すべては私の教育不足。この後、妹たちに……特に、今回先に手を出したかなたの方は厳しく躾けるつもりです」


 言って、ポン、とかなたの肩を叩く。

 黒髪の少女は無表情のまま、「はい」と頷いた。

 エルナは極めて不愉快そうな顔で、異母兄とかなたを睨み付けた。


「――おおッ! そうですかアァ!」


 大門が、パンと柏手を打つ。


「それは良いこと、グッドでエエェス! ですがぁ、フォスター氏」


「はい? 何でしょうか? 大門先生」


「それは、杜ノ宮くんを、あなたの隷者ドナーにするという意味ですよねえぇ?」


 ゴーシュの顔から、友好的な笑みが消えた。大門からも笑みが消え始めている。

 真刃が「……ほう」と呟き、エルナがキョトンとする中、


「あなたの噂は、かねがねええぇ。男性の配下が三十九人。女性――愛人が十三人もいるとかぁ。最近では十七歳の少女まで手籠めしたそうですねェ」


「……それが、悪いか?」


 ゴーシュが、完全に友好の仮面を外して告げる。

 対し、大門は優しく微笑んだ。まるで真刃が知る青年のように。


「悪いとは言いませんよォ。大家の当主ならばそれぐらいは当たり前ですシィ。とは言え、杜ノ宮さんの場合は、容姿が気に入ったという理由だけではないですかァ?」


 大門は、両肘を机の上に突いて、深々と嘆息した。

 同性であっても一割は徴収可能といえども、やはり《魂結び》が真価を発揮するのは性行為あってこそだ。ならば、ハーレム、逆ハーレムにしろ、若く、容姿が美しい相手を隷者に望むのは自然な事といえば、それまでなのだが……。


「気に入った女を自分のモノにしたいだけェ。それでは本末転倒ですよォ。あなたは大家を率いる引導師。もう少し模範となって欲しいのですがぁ」


 そんな大門の台詞に、ゴーシュは苦笑を浮かべて腕を組む。


「存外、痛いところを突いてくる。それについては反論もできんが、強き者は、すべてを許される。これもまた、引導師の正しい在り方でもあるはずだ」


 と、ゴーシュは言い切った。


「考えを改める気などない。それに、かなたについては教育するとも言っているぞ。二度とこんな失態がないように改めて俺に忠誠を誓わせるさ。それがどんな方法であっても、お前に文句を言われる筋合いはないと思うが?」


「あなたは大人で、相手は未成年なんですよォ? しかも、中学生に手を出そうとすること自体がすでに犯罪、クライムなのですがァア、まあ、それは置いておきましょうゥ。結局のところ、《魂結びソウル・スナッチ》は世界公認の慣習ですしねえェ。だからこそ、うちの学校も推奨と、その後におけることも黙認していますしィ。ですが、私が言いたいのはぁ――」


 そこで大門は完全に笑みを消した。一瞬だけ空気が凍りつく。


「いいですかアァ。その子に手を出せば、今度杜ノ宮くんが起こす問題、トラブルの全損害・全責任はあなたに負ってもらいますよォ。フォスター氏」


「……ふん。何だ、そんなことか」


 ゴーシュは鼻で笑った。


「当然だ。そもそもそのための《魂結びソウル・スナッチ》だ。それに母並みの逸材なら、エルナの監視役もそこで解任だ。今後は十四人目として俺の傍に置くことになる。そうなれば、もうこの学校の生徒でもなくなる。お前が心配することじゃないだろう」


「……そうですかぁ」


 大門は、かなたに視線を向けた。


「杜ノ宮くん。あなたも、それで異存はないとお?」


「……はい」かなたは告げる。「私はご当主さまの道具ですから」


「……そうですかあぁ」


 大門は少しだけ悲しそうな顔をした。が、すぐに、


「ですがぁ、納得のいかない人もいるようですねえ」


 そう言って、大門はエルナの方に目をやった。

 銀髪の少女は、コクコクと頷いていた。

 そんな妹に対し、ゴーシュは鼻を鳴らした。


「エルナ。もう一度言うが、この件でお前に何も言う権利はないぞ」


「だけど、お兄さま!」


「まあまあ、待ってくださいィ。兄妹喧嘩はよくありませんん。ここはもう一人の方にも意見をお尋ねしましょうゥ」


 大門は手を突きだしてエルナを制すると、真刃に視線を向けた。


「……何だ?」


 真刃がそう尋ねる。と、


「……久遠真刃氏」


 懐かしさを抱かせる声で、大門が問う。


「あなたは、どうしたらいいと思いますかぁ?」


『真刃。君はどうすべきだと思う?』


 その時、真刃は、わずかに双眸を見開いた。

 ほんの一瞬だけ、かつての友の声が重なって聞こえた気がしたのだ。

 どんな時でも、常に他者を気遣っていた優しい友の声が。

 真刃はまじまじと大門を見つめるが、当の青年は、キョトンとしている。

 しばしの沈黙。真刃は苦笑を零した。


(……やれやれ、だな)


 思えば、何か大きな決断をする時、いつも隣には大門がいたような気がした。

 エルナも、黙って師の言葉を待っている。


「……うむ、そうだな」


 真刃は、ゆっくりと口を開いた。次いでゴーシュを睨み付けて。


「決めたぞ。ゴーシュ=フォスター。己はお前に《魂結たまむすびの儀》を挑むことにした」


「は? なんだと?」ゴーシュが眉根を寄せる。エルナと大門は目を瞠り、かなたでさえ、微かにだが、怪訝そうに眉をひそめていた。


「……タマムスビ? 《魂結びソウル・スナッチ》のことか? それはまた、随分と唐突な申し出だな」


「確かにそうだが、お前にとっては悪くない申し出だぞ。己が負ければ服従しよう。だが、お前が負けても己に服従する必要はない。魂力の強制徴収権も入らぬ。その代わりに」


 真刃は、黒い瞳でこちらを見つめるかなたを一瞥した。


「杜ノ宮かなた。その娘の身柄を己に渡してもらう」


「……ほう」


 ゴーシュは面白そうに双眸を細めた。対照的にエルナは愕然としていたが。


「己はその娘を……」


 真刃は少しだけ間を空けて、次の言葉を思案する。

 そして、あえてここは、徹底的に傲慢になることにした。

 この男の趣向に合わせた方が、交渉しやすいと思ったからだ。


「いや、はっきり言っておこう。己はその娘が気に入った。ゆえにその娘己の女にする」


「――お、お師さまっ!?」


 エルナは愕然とした表情で立ち上がった。一方でゴーシュは眉をしかめる。


「エルナだけでは、満足できないと?」


「無論、エルナも己の女だ」


「―――え」


 エルナは目を見開いた。そんな弟子をよそに、真刃は謳うように呟く。


「使命に走るな。自分を愛せ。どこまでも強欲であれ」


 ふっと笑う。


「それが引導師というものだろう。でなければ、我霊がれいとは戦えぬ」


 ――使命に走るな。自分を愛せ。引導師よ、強欲であれ。

 それは、時代、国、場所を問わず、多くの引導師に伝えられている言葉だ。蛮族のような行いである《魂結びソウル・スナッチ》を正当化させるために浸透した言葉だと考えられている格言である。


「ガレイとは我霊エゴスのことか? ふん。今回の件で我霊は関係しないと思うがな」


 自分の黒い欲望を格言で誤魔化す真刃に、ゴーシュは皮肉気な笑みを見せた。

 一方、真刃は一瞬だけ訝しげに眉根を寄せるが、


「……まぁよい。いずれにせよ、この後、お前は己に《魂結びの儀》を挑むつもりだったのだろう? エルナを己から取り戻すために」


「ああ、その通りだ。しかし、流石にこれは想定していなかったのでな」


 ゴーシュは苦笑を浮かべた。そしておもむろに立ち上がると、


「だが、この展開も面白そうだな。いいだろう」


 巨漢の男は、ソファーに座って足を組む真刃の前に立った。


「いつ行う? 今からか?」


「そうだな……」真刃はゴーシュを見据えつつ、「エルナよ」


「は、はいっ!」


 真刃に呼ばれて、エルナが声を上げた。

 彼女の顔は、うなじまで赤く染まっていた。

 それに対し、真刃は優しくも傲慢である台詞を告げる。


「己の愛しいエルナよ。今から少々騒がしくなる。今宵、お前同様に己の寵愛を受けることになるかなたを連れて少し離れていろ」


 エルナは「……え」と呟き、すぐさま目を瞠った。


(う、うそ……)


 ドクン、と鼓動が跳ね上がる。


(こ、今夜っ! 遂にこの日が来た!? けど二人同時って!? ま、まあ、優れた引導師ならハーレムは当然だし、世の中そういう嗜好もあるって聞いたこともあるけれど……)


「……エルナ? どうした?」


 真刃がそう尋ねる。と、


「……は、はいっ!」


 エルナは直立不動の姿勢で叫んだ。


(か、覚悟を決めないと!)


「わ、分かりました! ふ、二人同時でも、ま、まず、私からなら……い、いえっ! そ、そのっ、全然OKですから!」


 エルナはそう答えた。それから「そ、その、今夜はよろしくね」と、かなたに告げると、その手を強引に取って応接室の隅に移動した。

 かなたは特に拒まない。ゴーシュから何も命じられていないからだ。


「うえええ……」


 その時、大門が不服そうな声を上げた。


「私には避難勧告をしてくれないのですかあァ?」


「お前なら、どうにでも出来るであろう?」


「それは俺も同感だな」


 ゴーシュも笑ってそう告げる。大門は「う~ん」と自分の額を打った。


「それは、褒められているのでしょうかあぁ。ともあれ、久遠氏。フォスター氏」


「……何だ? まだ話があるのか?」


「まだ面談でもする気か? もう終わりでいいんじゃないか?」


 真刃とゴーシュがそう言うと、大門は苦笑を浮かべた。


「女性を賭けての決闘、デュエル! 引導師は今も昔も変わりませんねえェ。ですが、それでも引導師の役割とは、本来我霊に引導を渡すことにありますうゥ」


「……何が言いたいんだ?」


 ゴーシュが睨み付ける。真刃は興味深そうに友の末裔を見つめていた。


「ここは私に任せてもらえませんかァ? お二人の決闘、デュエルに相応しい舞台を選択、チョイスしましょうう! 何よりもおおおっ!」


 大門は真面目な顔で、初めて明確に台詞を言った。


「一流の引導師に、校内で暴れられては本当に迷惑ですから」

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