第95話 思い出は今もここに③

 その日の夜。

 とある暗い一室にて。


「……おおお……」


 感嘆の声が、零れ落ちる。

 その男――ビアンは、蛇のような眼差しを爛々と輝かせていた。

 彼の瞳に映るのは、ノートPCのモニターだった。


「……なんてこった……大当たりだ!」


 ググッ、とマウスを掴む指にも力が籠る。


「大当たりじゃねえかよ!」


 ――パンッ!

 と、掌を拳で打つ。

 ノートPCのモニター。そこには一人の少女の姿が映されていた。

 淡い金髪に蒼い瞳。雪のような白い肌。

 素性を調べたが、母親が欧米人らしい。

 年齢は十代前半なのだが、そこには、同世代にはない成長ぶりがあった。

 豊かな胸はもちろん、尻や太股の肉付きもなかなかのものだ。

 そんな少女の画像が幾つも映されていた。


 登校中。制服姿。私服姿。体操着。

 中には、かなり際どい着替え中の映像もあった。


「ははッ! 探してみるもんだな!」


 ビアンは、モニターを両手で掴み、ニンマリと笑う。

 先の三人は、実に上質な少女たちだった。

 見つけた時は心が躍ったものだ。誰を戦利品に貰おうか悩んだぐらいだ。

 まあ、その分、外れだったと知った時のがっかり感も大きかったが、今はその時以上に興奮している。


ワン! 感謝するぜ、我らがボス・・!」


 思わず、感謝の言葉が口から出る。

 我らが親愛なるボス――ワンの指示で捜索の対象年齢を下げたのだが、正直なところ、全く乗り気ではなかった。JCまでならまだしも、なんで食指も動かないガキどもを調べなければならないのかと、うんざりしていた。


 とは言え、それでも仕事とは仕事だ。

 半ばボスへの義理で該当者を探してみたが、まさかの大当たりである。


 ――そう。泥臭いガキばかりの中で、輝く宝石を見つけたのだ。

 思わず手折りたくなるような、儚く美しい蕾だった。


「いいねえ! 真了不起実に素晴らしい!」


 そう叫びつつ、指先で少女の姿に触れる。


「決めたぞ」


 ビアンは、ニヤリと笑った。


「お前に決めたぞ。今回の俺の戦利品はよォ」


 興奮を抑えきれず、ビアンは想像を膨らませた。

 まずこの少女を攫う。そして激しめの運動を二人で楽しむのだ。

 しばらくはいつものように素の状態を堪能する。

 屈辱、苦痛、絶望。そんな感情を美味しく咀嚼するのだ。

 その後に味変だ。お薬物クスリの時間である。


「こないだ調合した新作もまだ残っているしな」


 ビアンは、ニタニタと笑みを零した。

 見た目からは想像もつかないが、ビアンは薬物の造詣に深かった。

 独学だが……いや、独学ゆえに、かなり危険な知識を持っていた。

 最近も裏ルートで入手した薬物に、ちょいとアクセントを加えて調合し直した。

 ただの興奮剤に過ぎなかったそれは全く違うモノへと変わった。

 その効果も、すでに実証済みだった。


 ビアンの母国では、《ピンイン》と呼ばれるチームが無数にある。

 放逐された引導師や、彼らの子供で構成される引導師くずれのチームだ。

 名家どもがで華やかに活躍する中、《ピンイン》は、熾烈な縄張り争いを繰り返していた。

 ワンが率いるビアンの《ピンイン》は《黒牙ヘイヤア》と名乗っていた。

 数多くいる《ピンイン》の中でも、屈指の実力を持つチームである。


 そんな中、半年ぐらい前に潰した《ピンイン》がある。

 隷者要らずの例の『アレ』を手に入れ、調子に乗っていた馬鹿な連中だ。


 確かに『アレ』は強力な代物だ。ビアンたちも入手している。

 だが、やはり引導師には、隷者がいてこそだ。あの連中はそれを分かっていなかった。魂力の高い隷者の確保を怠り、『アレ』に頼り切りだったのである。


 そんな馬鹿な奴らのリーダーは、裕福な家をわざわざ家出して意気がっていた小娘だった。奴らを潰した後、性格と年齢からして初物だろうと踏んで、ボスから戦利品として貰った。


 結果としては当たりだった。


 ――ビバ! 引導師ボーダーの世界!

 これこそが縄張り争いの醍醐味だった。


 その小娘は、純潔を奪われてなお生意気な眼をしていた。

 心までは絶対に屈しない。そう告げるように自分を睨みつけてくる。さらに数時間かけても鳴き声も聞かせてくれない強情娘だった。

 だが、そんな小娘も、新作を無痛注射で首筋に打つと激変した。

 たった数分で、罵詈雑言しか出てこなかった口から、甘い声が出てきたのだ。

 小娘は『お前ッ、何をしたッ!?』と今さら狼狽していたが、もう遅い。


 その後は、もうヤリたい放題だ。完全に堰を切った状態である。

 あれだけ強情だった小娘が、自分から必死にしがみついてくるぐらいだ。

 寸前でお預けをすると、泣き出しそうな顔までする。

 ああ、最高だ。実に素晴らしき味変だった。

 我ながら、惚れ惚れするぐらいの効果である。


 とりあえず、その夜は存分に可愛がってやって、翌日、五日分ほど処方した。

 お薬物クスリは小娘の心にも、よく効いてくれたようだ。

 五日目の夜には、とても素直で従順な良い子になってくれた。

 やはり人の心を折るのは、恐怖よりも快楽の方がいい。

 なにせ、どちらにとってもウィンウィンなのだ。

 暴力なんて三流以下の手段である。あの小娘も今やすっかり甘えん坊だ。容姿的にも魂力的にも、お気に入りの隷者である。


 閑話休題。

 ともあれ、話は今回の戦利品だ。


 あれは、体の成長は著しくても、中身は所詮ガキだ。三日――いや、一晩もあれば完全に堕とせるだろう。その後、あれもお気に入りに加える。

 母国に残しているお気に入りと一緒に可愛がってやるのが今から楽しみだった。


(ただ、問題もあるな)


 ビアンは、眉根を寄せた。

 それは、あれの持つ魂力の量だった。

 まさかの300超え。流石にボスに報告すべきか……。


(いや、別にいっか)


 ビアンは、ふっと笑った。

 それから、蒼い瞳の少女の画像の一つをプリントアウトした後、すべてフォルダに集約して保管ロック。別のフォルダを開いて別の画像を立ち上げる。そこにも少女の姿があった。

 この少女も息を呑むほどの美貌を持っているのだが、今はまだヒヨコすぎる。

 十年後ならばいざ知らず、今の段階では興味もない。

 だが、この娘のおかげで、ビアンは本命の少女を手に入れることが出来るのである。

 ビアンは、その画像をとあるアドレスに送付した後、プリントアウトした。

 プリントアウトされた二枚の用紙。

 一枚を大切に折り畳んで胸ポケットにしまい、もう一枚は片手に持って部屋から出た。


 しばらく廊下を歩くと、大男と出くわした。

 鋼の肉体に黒いスーツを着込んだ大男。エボンだ。


「よう。エボン


 ビアンは片手を上げた。


ビアンか」

 

 エボンが応える。


「捜索は順調か?」


「おう! 喜べよ! 見事にヒットだぜ!」


 言って、ビアンはプリントアウトした画像をエボンの胸板に押し付けた。

 エボンはそれを手に取った。


「この少女がそうなのか?」


「おう。聞いてビビんなよ」


 ビアンはニヤリと笑った。


「驚くことに、こいつの魂力は333なんだぜ!」


「なんだとッ!」


 流石にエボンも目を剥いた。


「それは本当なのか?」


「マジだぜ。調べた。あの火緋神の直系だ」


「……火緋神か」


 エボンは眉をひそめた。


「それならあり得るかも知れんが、リスクが高いな」


「まあ、目的をささっと終えて、国に戻れば大丈夫だろ」


 と、ビアンは気軽に言う。

 そのどこか浮かれているような様子に、エボンは双眸を細めた。


「随分と機嫌がいいな。ビアン


「おう! 実はさ!」


 ビアンは意気揚々に告げた。


「探している内にマジでいい子を見つけてさ。ガキは対象外だったんだが、思わず食指が動いちまうような子だよ。まあ、その嬢ちゃんよりは魂力は劣るけどどな・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 あえて、300超えとは言わない。

 後でバレることは確実だが、ヤルことをヤル時間さえ稼げればよかった。


「……そうか」


 エボンは嘆息した。


「まあ、お前の趣味だ。とやかくは言わん。それよりも」


 そこで表情を改めた。


「例の物は出来たか?」


 真剣な声色の仲間に、ビアンも顔つきを変える。


「……一応、調合してみたがよ」


 言って、懐からある物を取り出した。無痛注射器だ。

 注入する容器の中には、血のように赤い液体が入っている。


「正直、元々ヤべェもんだったからな。さらにえげつねえもんになっちまった」


「それは、どれほどだ?」


 エボンは無痛注射器を手に取った。

 一方、ビアンは眉をしかめて、


「効果としては、調合前のおよそ二倍ぐらいだな。その分、持続時間は半分以下だ。ただ副作用に関しては――」


 軽薄な男を地で行くビアンが、神妙な声で告げる。


「まず死ぬぞ。お前」


「……覚悟の上だ」


 エボンは、赤い無痛注射器を強く握った。


「あの女は毒婦だ。今のワンを見れば分かるだろう? あの女から預かったあのアタッシュケースを肌身離さず持ち歩く執着ぶり。あの女への『貢ぎ物』のことしか頭にない様子だ。あの女は、何としてでもワンから引き離さなければならん」


「だったらよ」


 ビアンは提案する。


「相手は女だ。その手の薬物クスリを調合してやるよ。いや、もうある。そいつを使って――」


「そんなモノが、あの女に通じると思うのか?」


 エボンの指摘に、ビアンは言葉を詰まらせた。


「……あの女は怪物だ」


 エボンは、喉を鳴らして言う。


「桁違いの魂力。それを十全――いや、十数倍にまで跳ね上げるような超絶なる技量」


 今から二ヶ月前。

 突如、彼らのチームの前に現れた黒髪の女。

 異形なる無数の赤い刃を刺繍した、漆黒の中華服チャイナドレスを着た女だった。

 自らを《未亡人ウィドウ》と名乗る女である。

 その女は、たった一人で彼らの《黒牙ヘイシア》を蹂躙した。

 そのあまりの強さ。超絶的なまでの技量は、もはや人の域とは思えなかった。

 彼らのボスたるワンが、片目を潰されてもなお心酔するほどである。

 そうして、その女は、彼らの《ピンイン》を乗っ取ったのだ。


「あの女に真っ当な手段は通じん。これしかないのだ」


「……分かったよ」


 エボンの覚悟に、ビアンは小さく息を吐いた。


「もう止めねえ。それも預けておく。けど、そいつを使うのはもう少し待ちな」


「……なに?」エボンが眉根を寄せる。「どういうことだ?」


「調合をさらに試行する。少なくとも副作用は限界まで抑えてみるぜ」


 ビアンは、拳をエボンの胸板に拳を当てた。


「俺はクズだが、それでも、お前らのことは気に入ってるんだぜ」


「……ふん。そうか」


 エボンは、苦笑を浮かべた。


「まあ、帰国は任務後だ。それまでには仕上げてくれ」


「おう。あっ、それとその写真はボスに渡しておいてくれ。詳細プロフィールは、すでにボスのPCに送ってるからさ」


「ああ、分かった」


 そう答えて、エボンは廊下を歩いて行った。

 一人残されたのはビアンだ。

 ビアンエボンが去った廊下に目をやった。


「俺が、お前らを気に入ってんのは本当だぜ」


 そう嘯いて、胸ポケットから落ち畳んだ用紙を取り出した。


「あの女の下は堅苦しくて息が詰まっちまう。だ」


 チュッ、と用紙に口付けする。

 それから、お目当ての少女の姿を思い浮かべて。


「俺はワンやお前らが大好きだよ。なにせ、俺がこっそりこんな悪さしても、お前らは何だかんだで許してくれるしな」


 ピアスをつけた舌を出し、ビアンは蛇のように笑った。

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