第388話 参妃/幼馴染ラプソディー②
御影刀歌には幼馴染が二人いる。
一人は
曾祖母の代から付き合いのある金堂家の長男だ。
互いに引導師の家系でもあって、彼とは幼い頃からよく遊んだ。
もう一人は、その金堂家の縁戚に当たる家の少女だった。
表向きは自動車製造工業。しかし、引導師の世界においては、世界屈指の霊具メーカーとして名を馳せる黒鉄重工の社長令嬢。
名前を
刀歌よりも一つ年下の幼馴染だった。
――そう。いま刀歌の目の前に座る少女である。
「本当に久しぶりだね。刀歌
そう言って、琴姫はニカっと笑う。
「うん。そうだな」
刀歌も笑った。
目の前の幼馴染は、黒いシャツの上に紺色のオーバーオールを着ていた。
髪は短くボサボサ。黒縁メガネをかけている。結構な美少女であり、着飾ったら相当に映えるのだろうが、今は随分とラフな格好だった。
その上、リムジンのシートの上で胡坐をかいている。
とても真正のお嬢さまとは思えない気軽さだ。
(変わらないな。琴姫は)
明るい笑顔も変わらない。
身長も百六十センチぐらいか。前に会った時とほとんど差はない。
まあ、胸の大きさだけは刀歌にも迫るほどに成長していたが。
「相変わらず工房に籠りきりなのか?」
「うん。そう」琴姫は答える。
「新作にかかりきりだった。ようやく完成したよ。刀歌
琴姫は刀歌に掌を見せた。
刀歌は「分かった」と言って、虚空から刀の柄を取り出した。
それを琴姫に渡すと、彼女は「ん」とまじまじと観察し始めた。
「だいぶガタが来ているね。何か無茶をした?」
と、尋ねる。
琴姫は霊具職人だった。それも度を越した職人だった。
霊具創作に没頭すると、実家に建設した工房に何日も籠って出てこないほどだ。
刀歌があまり彼女と会えないのも、そのためだった。
琴姫の両親としては結構な悩みの種でもあった。
ともあれ、刀歌は答える。
「うん。最近は魂力の量が一気に増大することがあったんだ」
「そっか。あれだね。
琴姫は目を細めて柄に触る。
「ちょっと強化が必要だね。
「うん。頼む」
刀歌の術式にとって刀の柄は魂力を収束して制御を補助するための霊具だ。
なくても術は使えるが、やはり触媒はあった方がいい。
琴姫は「ん」と頷いて、刀の柄を傍らに置いた。
「それで本題だけどさ」
琴姫は上目遣いに刀歌を見つめた。
「あ、あのさ」
少しもじもじしながら、琴姫は言う。
「剛人
「ああ。帰国しているが……」刀歌は小首を傾げた「琴姫には連絡がなかったのか?」
「い、いや」琴姫はブンブンと首を横に振った。
「留学中も互いに連絡はしてたよ。帰国していることも剛人
「そうだったのか」刀歌は少し目を丸くした。「私の方は修行中ということで、あいつが留学中は全く連絡など取り合ってなかったんだが……」
「え? そうだったの?」
琴姫は目を瞬かせた。
次いで「……そっかあ。私の方だけかあ……」と小さく呟く。
が、すぐに再びブンブンと首を振って。
「ま、まあ、いいけどね! 新作が出来たって言ったでしょう? だから剛人
そんなことを言う。
しかし、刀歌は気付く。
微かにだが、琴姫の頬に朱が入っていることに。
(……ん! そっか!)
刀歌はピンときた。
(なるほど! そういうことだったのか!)
◆
一年生にして百八十センチを越える長身。
鍛え抜かれた肉体に、精悍な顔つき。逆立つ浅黄色の髪。
そして褐色の肌が印象的な少年だ。
髪は染めているのではなく、肌も日に焼けている訳ではない。
曾祖母の代だが、彼には異国の血も流れているのだ。
性格も陽気で豪放。男女問わずに友人も多く、女生徒には、引導師の学校だけあって、生涯レベルの告白をされることもある。
帰国して間もないのに、すでにかなりの数を受けていた。
しかし、剛人は、それらの告白は頑なに断っていた。
何故なら、彼には本命がいるからだ。
大本命。御影刀歌。
――そう。彼の幼馴染である。
「悪りい。俺には好きな奴がいるんだ」
今もそう告げて、告白を断っていた。
彼女は寂しそうな、悲しそうな顔で屋上を去っていった。
一人、学校の屋上に残った剛人は深々と溜息をついた。
断ったことを後悔している訳ではない。
さっきの子も綺麗だったが、それだけで付き合う気などなかった。
「……どうすりゃあいいんだよ」
フェンス際に設置されている長椅子に腰を下ろして天を仰ぐ。
頭にあるのは、やはり刀歌のことばかりだ。
幼い頃から好きだった。
勇ましく。凛々しく。優しい幼馴染。
彼女のことがずっと好きだった。
だがしかし。
だがしかしだ。
彼女は剛人が少し留学している間に――。
「チクショウッ! あのオッサンめッ!」
刀歌自身が宣言した通りだ。
突然現れたオッサンに寝取られたのである。
いや、正確にはBSSか。
いずれにせよ、幼馴染はその心までオッサンに奪われてしまったのだ。
忸怩たる想いだった。
しかも、お互いのことをよく知っている幼馴染だけあって、刀歌が本気であのオッサンに惚れていることが、嫌でも分かってしまうのが、本当に辛い。
どうにかして幼馴染の心を取り戻したい。
だが、それはかなりの難題だった。
刀歌がこうと決めたら一途なこともよく知っているからだ。
今や、刀歌の瞳は、あのオッサンのことしか映していなかった。
現状を打開する手段が思いつかず、何も出来ないまま今に至っていた。
「……くはあ」
剛人は額に手を当てて呻く。
何か切っ掛けが。
切っ掛けさえあれば――。
そう考えていた時だった。
不意にスマホが鳴ったのだ。
「……誰だ?」
眉をひそめつつも確認すると、それは幼馴染からだった。
「……刀歌?」
やけに長文なチャットだった。
しかしながら、それに目を通していく内に、
「……おお」
剛人は思わず感嘆の声を零した。
「マジか! マジでか!」
両手でスマホを空に掲げた。
「うおおおおッ! マジでか! 刀歌!」
この瞬間、剛人は絆の力を感じた。
神は……いや、女神はまだ自分を見捨てていないと確信した。
すぐさま返信する。
刀歌からの返答もすぐに来た。
「しゃああああああッ!」
剛人は、その場でガッツポーズを取った。
屋上に人がいなかったのが幸いな喜び具合だ。
「チャンスだ! チャンスが来たぜ!」
ともあれ、今は誰憚ることもなく、大いに喜ぶ剛人だった。
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