第227話 闇の呼び水④

 同時刻。

 真刃は一人、とあるビルの屋上にいた。

 強い風が吹く中、眼下にある街の光を見据えている。

 今夜も、この光の中で引導師たちが争っているはずだ。


「やはりこの莫迦騒ぎを終わらせなければ、あの娘の居場所も掴めぬか」


 そう呟いた時だった。スマホの着信音が響く。


『芽衣ちゃんからっスよ。ご主人』


 と、金羊が教えてくれる。

 真刃は、スマホを通話状態にした。


「どうした? 芽衣……」


『ヘルプ――ッ!』


 着信した途端、そんな声が響いた。

 真刃が眉をひそめると、


『強いィ! マジで強い! 三強舐めてた! 本当に「糸使いに弱者なし」だよ! うわっ!? 武宮君の首飛んだ!? あ、良かった! 生えてきた! 模擬象徴デミの首だけだった!』


 芽衣の切羽詰まった声が届いてくる。


「……芽衣」


 真刃が再び呼び掛けると、


『ヘルプ――ッ!』


 再び彼女は叫んだ。


『死ぬッ! 死ぬて! 助けてェ! シィくゥ――んッ!』


 真刃は深々と溜息をついた。


「一分たせよ」


 そう指示を出す。


「今から刃鳥を向かわせる。持たないようなら撤退しろ」


『シィくゥ――んッ!』


 芽衣が感無量な声で叫んだ。


『好きィ! 愛してるゥ! 今夜こそウチを無茶くちゃにしていいからね!』


「喧しい。とりあえず武宮と獅童にも死ぬなと言っておけ」


 言って、真刃は通話を切った。

 次いで胴着ベストのポケットからペーパーナイフを取り出して宙に放り投げた。

 クルクルと回転するペーパーナイフは一瞬で質量を増大させた。

 数秒後には、天空にて翼を広げる刃の孔雀の姿があった。

 真刃は顔上げて命じる。


「刃鳥よ」


『承知いたしております。真刃さま』


 銀色の翼を羽ばたかせた。


『これより芽衣さまの救出に向かいますわ』


 そう告げて、夜空を飛翔した。


「……いや」


 真刃は嘆息した。


「一応、武宮と獅童も救ってやって欲しいのだがな」


 今や真刃の部下(?)は三人に増えていた。

 芽衣と武宮。それに加えて獅童だ。

 どうやって居場所を突き止めたのか、かなり徹底的に潰したはずの獅童が、真刃の元に訪れたのは先日のことだった。

 両手両膝をつき、深々と真刃に頭を垂れたのである。


『伏してあんたに願う』


 そう言って、獅童は話を切り出した。

 曰く、真刃の配下にして欲しいとのことだった。

 圧倒的なまでの実力差を示したことが、逆に失敗してしまったようだ。

 真刃は『帰れ』と告げたのだが、獅童は頑として聞かなかった。


 困り果てたところで、


『うん。じゃあ、獅童君はウチの部下にするよォ』


 芽衣が、獅童を自分の隊員として受けれてしまったのである。

 あれほど酷い目に遭わされながらも、戦力としては捨てがたいと判断したらしい。

 ただ、ぎゅうっと真刃の腕にしがみつきながら、


『言っとくけど、ウチはもうシィくんの女になったからね。この意味分かるよね? もし次、ウチに手を出そうとしたら、シィくんが黙ってないからね』


 と、獅童に念押ししていたのが印象的だった。


「……まったく。面倒なことになったな」


 真刃としては溜息しか出てこない。


『……まあ、良いのではないか?』


 その時。

 ボボボッと猿忌が姿を現した。


『考えてみれば主に部下は初めてだったな。どうだ? 久方ぶりに組織として動くのは? 陰太刀に居た頃を思い出したか?』


「……ふん」


 真刃は双眸を細めた。


「芽衣たちの地理の明るさには助けられてはいるが、芽衣も、武宮も獅童も御影の実力には遠く及ばん。御影がオレに助けを求めることなど一度もなかったからな。あいつに比べれば、三人ともまだまだ未熟だ」


『……ふむ』


 猿忌は苦笑を浮かべた。


『どうも主は、あやつを美化しすぎるような気もするが、ともあれ……』


 猿忌は双眸を細めて、眼下の光に目をやった。


『やはり気になるか?』


「……ああ」


 真刃は頷く。


「ここ数日、れいが静かすぎる」


 それが気になるところだった。

 この街のれい発生率は国内屈指だという話だ。

 だというのに、ここ数日はほぼ沈黙している状態だった。

 まるで引導師いんどうしたちの騒動を悠々と見物しているかのように。

 幾らなんでも有り得ない状況である。


「……この街には名付きも多く潜んでいるという噂だ」


 神妙な眼差しを見せる真刃。

 やはり思い出すのは最悪の道化のことだ。

 名付きの我霊のたちの悪さ、その厄介さはよく理解していた。


「この騒ぎに乗じて何かを企んでおるやもしれんな」


 そう考えた方が自然だった。

 そうして、


「やはり警戒すべきは人だけではないか」


 淡々と、真刃はそう呟いた。





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少し短いので今日はもう1話あります。

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