第331話 想いの寄る辺⑦

 ……ゴフウッ。

 骸鬼王が大きく火の息を零した。

《制約》の強制解除。

 そのダメージは絶大だった。

 真刃は息を切らして、滝のような汗をかいていた。

 闇の中に広がる鬼火たちも騒めいている。

 無尽蔵の体力を誇る真刃が息を荒くする自体、異常なことなのだ。


(あの時以上の激痛か……)


 口元を片手で押さえて双眸を細める。

 骸鬼王ならば《制約》を一時的に解除もできる。

 かつても一度したことだ。

 だが、あの時でもここまでのダメージはなかった。

 これは真刃にとっても想定外だった。

 確かに今回の魂力の総量、従霊たちの数はあの頃以上だ。

 その影響もあるだろうが、それでも異常なほどの激痛だった。


『……主よ』


 真刃の身を案じて鬼火の一つ――猿忌が声を掛ける。


『大丈夫なのか?』


「……問題はない」


 一拍おいて、真刃は言う。


「久方ぶりだったからな。いささか強烈だっただけだ」


 と、猿忌には告げる。

 事実、精神的なダメージは想像を絶するモノだったが、体自体は非常に軽い。

 一時的にでも《制約》が完全に解除された証明だ。


(恐らく《制約》は強制解除するたびに激痛が増すといったところか……)


 真刃はそう判断する。

 常人ではそもそも一度だけでも強制解除が出来ないため、真刃以外の事例はないのだが、まず間違いないだろう。


(三度目はオレであっても相当な覚悟がいるな)


 ようやく息を落ち着かせつつ、真刃は思う。

 ともあれ、今は御影だ。


「《制約》が復元するまで十五分といったところか」


『……ふむ。そのようだな』


 と、猿忌が同意する。

 骸鬼王の黒い鎖は復元し始めているが、その速度から再び繋がるまで十五分と考える。

 幸いと言うべきか、この復元速度の方は前回と同じ程度だった。


「この十五分で決着をつけるぞ」


 真刃の宣言に、従霊たちは輝きを以て応えた。

 と、その時だった。

 ――ズンッ。

 対峙する夜空の剣神が一歩前に歩を進めたのだ。

 左右の光剣を自然体で携えている。


(……なるほどな)


 その構えを見ただけで真刃は察した。

 あの象徴シンボルは御影の分身。御影の剣技を忠実に再現できるのだと。


(あやつの二刀など、オレも知らぬが……)


 真刃は双眸を細めた。

 いずれにせよ御影の剣だ。

 決して侮ってよいモノではない。

 ――と、考えた瞬間だった。


(――なにッ!)


 真刃は目を見開いた。

 およそ六十メートルに届く剣神の巨体が音もなく移動したのである。

 同時に黒と白の斬撃が骸鬼王の胸部で交差し、炸裂した。

 衝撃が骸鬼王の巨躯を揺らす。


「―――く」


 真刃は舌打ちする。

 骸鬼王の巨躯は城砦の如く強固だ。

 今の一撃で崩れることもない。

 しかし、こうも容易く懐に入られるとは。

 骸鬼王は右腕を振るった。

 だが、その時にはすでに剣神は間合いから遠ざかっている。

 あの巨体で流れるような歩法だ。

 剣神は、左右の剣を水平に広げた。

 反射的に骸鬼王は両腕を交差させる。と、


 ――ガガガガガガガガガガガガッッ!

 刹那、無数の斬撃が襲い掛かってくる!

 剣神の両腕を霞むほどの乱撃だ。骸鬼王の両腕が削られていく。


(二刀は攻撃特化の型か)


 真刃はそう睨んだ。

 骸鬼王が強固であることを想定して、それを斬り崩すための双剣らしい。

 まさに、あの剣神は骸鬼王と戦うために造られた存在ということだ。

 双剣の連撃はなお続く。

 だが、骸鬼王も圧されたままではない。


 アギトから炎を噴き出し、赫光を撃ち出した!

《制約》を解除した骸鬼王の出力は、これまでとは比較にもならない。

 触れもせずに大地を溶解させて、赫光は夜空を撃ち抜いた。

 ――そう。撃ち抜いたのは夜空だった。

 直前、剣神は横に移動。赫光を回避すると同時に斬撃を喰らわしてくれた。

 そのまま、すれ違うように剣神は走り抜けた。


『相も変わらない大技頼りだな』


 剣神が――いや、御影がそう告げる。


『昔からお前は大雑把すぎるのだ。そんな雑な攻撃など届かんぞ』


『オオキナ、オセワダ』


 骸鬼王が振り返り、右腕を振るった。

 剣神を巻き込むように次々と爆炎が広がっていくが、それも届かない。

 剣神は、その巨躯で人と変わらない動きをする。

 羽を思わせるほどの軽やかな加速で爆炎の射程から逃れていく。

 そうして爆炎が消えると同時に跳躍。左の黒剣で骸鬼王の肩口を斬りつける!

 ――が、


『………む』


 ――ガギンッッ!

 それは首を動かした骸鬼王の角によって防がれる。

 膂力では骸鬼王の方が遥かに勝る。黒い光剣は大きく弾かれた。

 剣神は骸鬼王の巨躯を蹴りつけて後方に跳び、再び間合いを取った。

 剣神は、再び双剣を自然体で構えた。

 対する骸鬼王は、大きく火の息を零した。


『オマエコソ、カルイケンダ』


 骸鬼王――真刃は言う。


『ソレデハ、オレハ、クズセンゾ』


『ふん。それはどうかな?』


 剣神は、黒剣の切っ先を骸鬼王に向けた。


『我が白剣は鋭さにおいて並ぶモノはない。そして我が黒剣は……』


 一拍おいて、彼女は告げる。


『我が復讐心より生まれた炎だ。黒剣はそれで斬りつけた傷を黒い炎で焼き続ける。その炎は決して消えはしない』


『…………』


 指摘されて、骸鬼王は自身の腕に目をやった。

 確かに斬りつけられた損傷には、黒い炎が纏わりついていた。

 それもほとんどの損傷にだ。

 白剣による損傷が、すでに復元されている訳ではない。

 どうやら白剣で斬りつけた箇所に、黒剣で追い打ちをかけていたようだ。

 あの乱撃の中で恐ろしいほどの剣技の精度である。


『その炎で焼かれている限り、お前であっても再生できないと思え』


 少しだけ得意げな声で彼女が言う。

 この緊迫した戦闘で、真刃は思わず口元を綻ばせた。

 ……懐かしい。

 剣のことになると、あいつは少し得意げになる癖があった。

 改めて目の前にいるのが、あの御影であるのだと感じた。

 そんな真刃の心情を知ってか知らずか、


『せっかく《制約》を解いたのだ』


 剣神が言う。


『これが全力という訳ではないだろう?』


『……フン』


 対する骸鬼王は、鼻を鳴らした。


『イイダロウ』


 そうして破壊の王は告げる。


『ココカラハ、ゼンリョクダ。シカトウケトメロヨ。ミカゲ』








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