第330話 想いの寄る辺⑥

「――――な」


 その光景を前にして。

 ジェイは、思わず目を見開いた。

 モニター越しに繰り広げられた怪獣戦とも呼ぶべき規格外の戦闘にも驚いたが、その後に現れた人物に目を奪われたのだ。


 ビルの一角。その屋上にて佇む女性。

 恐らくは御影刀歌の姉。ジェイの探し人だった。

 まるで彼女に仕えるように後方にて控える男もいたが、そちらは視界にも入らない。

 ジェイは、ただただ彼女だけを凝視していた。


 すると、


「……なんとホワッツ


 少し驚いたような呟きが耳に届いた。

 ジェイが声の方に視線を向ける。

 そこには、あごに手をやって女性を見つめる餓者髑髏の姿があった。


「よもや彼女までだと? これはいかなることか?」


 続けてそう呟く。


「……叔父貴?」


 ジェイは眉根を寄せた。


「あの女をご存じなんすか?」


「ああ。知っているよ」


 刃の玉座に座る王は言う。


「彼女の名は久遠桜華。しかし、吾輩の知る彼女は――」


 と、呟きかけた時だった。

 突如、彼女の姿が消えたのである。

 いや、それだけではない。

 巨大な灼岩の怪物まで一瞬で消えたのだ。


「―――な」


 ジェイが目を見開いて、モニターを見やる。


「……どうやら」


 餓者髑髏が言う。


「彼らのどちらかが封宮メイズを展開したようだね」


「………」


 ジェイは歯を軋ませた。

 今回の本命を見つけたというのに、みすみす逃してしまった。


(いや、どちらにせよ、これ以上は無理か)


 手駒がほとんど奪われた状況だ。

 流石に手の打ちようがない。


主役メインテイナー舞台ステージから降りてしまった以上、ここらが終幕カーテンコールかな」


 餓者髑髏はジェイを一瞥して告げる。

 ジェイは頷いた。

 同時に結界領域が解ける。

 日常の夜が戻ってくる。

 だが、ジェイは緊張した面持ちを餓者髑髏に向けていた。


「……ふむ」


 餓者髑髏は苦笑した。


「知りたいのかね? 彼女のことを?」


 そう尋ねると、ジェイは「是非とも」と答えた。

 餓者髑髏は再び苦笑を零した。


「まあ、構わないだろう」


 そうして餓者髑髏は眷属に語る。

 百年前の物語を――。



       ◆



 場所は変わって、そこは月華の世界。

 輝く桜が舞う桜華の封宮メイズである。

 だが、そこは今、美しいだけの世界ではなかった。

 なにせ、天を突く巨大なる怪物が君臨しているのだから。

 桜華は、その怪物を静かな眼差しで見上げた。


「奥方さま」


 すると、後ろから声を掛けられる。

 奇妙な縁で同行者となり、今回の立会人にもなることになった少年だ。

 名は扇蒼火といったか。


「これから戦闘になる」


 桜華は蒼火に告げる。


「お前は巻き込まれぬように離れて見届けてくれ」


「……は。しかと心得ました」


 蒼火は深々と頭を垂れると、その場から離れていった。

 一人となった桜華はゆっくりと歩き出す。

 その胸に抱くのは、懐古の情と未来への高揚だ。


 ようやく。

 ようやくここに来た。

 かつては失ったと思ったこの場所に――。


(……『私』は……)


 鼓動が高鳴る。

 しかし、その心は静かだった。

 熱く、けれど静かに高まっていた。

 光る桜の木々の間を抜けて、彼女は骸鬼王の正面に立った。

 距離にして、まだ五百メートルほど離れているのだが、骸鬼王が彼女を見失うことはなく、火の息を零すと同時に視線を桜華に向けた。


 ここに至っては、お互いに言葉はいらなかった。

 桜華は、手に持っていたヒヒイロカネの武具――刀身なき宝剣を強く握った。

 その剣を、下から上へと放り投げた。

 腕力だけとは思えない速度で上昇する宝剣。それは上空へと向かうほどに質量を増やしていった。そして最頂点に至った時、二つに分離した。


 二つに分かれた宝剣。

 それらは、一つは白き光刃を。もう一つは黒い光刃を生み出した。

 二刀は共に凄まじい出力だった。刃の大きさも従来とは比較にならない。


 当然である。

 二刀はすでに巨人の剣と変化しているのだから。

 二振りの剣は、光刃を大地に突き立てた。それはもはや塔と呼ぶべき大きさだった。


 だが、変化はそれだけでは終わらない。

 大地に突き立つ宝剣の傍らで、白い火柱が噴き出したのである。

 桜華自身から放たれた炎だった。

 百メートルにも届く巨大なる白炎。その中では徐々に何かが形を造り始めた。

 腕に脚。明らかに人の姿。それも女性のシルエットだ。

 数秒後、炎が消えた時、そこには巨人が立っていた。


 全高にして六十メートルほどか。

 逆立つ白い炎の髪に、瞳だけを開いた無貌の黄金の仮面。同じく金の肩当てと、大きな円環を背負っている。防具としてはそれだけだ。肢体は女性的なライン。そこには何も身に着けていないが、まるで夜空が収束されたかのように全身に星が輝いていた。

 夜空の剣神は、白と黒の巨剣をその手に取った。


 彼女の名は《夜天ヤテン皇宮コウグウ月華ゲッカケンジン》。

 久遠桜華の象徴シンボルである。


 月華の世界に顕現した二体の象徴シンボルは、互いに視線を重ねた。

 すると、

 ……ギシリ、と。

 骸鬼王が先に動き出した。

 しかし、前に進み出た訳ではない。

 その場で両腕を交差させるように動き出したのだ。


(……久遠?)


 剣神の中で桜華は微かに眉をひそめる。と、

 ――ガキンッッ!

 骸鬼王を拘束していた黒い鎖の一本が千切れた。

 桜華は大きく目を瞠る。

 さらに黒い鎖は、次々と破壊されていく。


(《隷属誓文》の鎖を力尽くで解除しているのか……)


 桜華は驚いた。

 まさかそんなことが出来るのかと驚く反面、一人の女として彼の身を案ずる。

 あんな真似をして、ただで済むはずがない。

 今、彼は凄まじい激痛に襲われているはずである。


(……久遠)


 しかし、桜華はかぶりを振った。

 そこまでして、彼は彼女の想いに応えようとしてくれているのだ。

 ――桜華の百年の想いに。

 剣士としては感謝すべきことだった。


 そうして、遂にすべての鎖は破壊された。

 同時に骸鬼王は咆哮を上げる。

 それは解放された歓喜の咆哮か。

 それとも気が狂いそうなほどの激痛を紛らわすものか。

 いずれにせよ、彼はこの上ない誠意を見せてくれた。


「……『私』もすべてを賭けよう」


 桜華は左右の手から黒と白の光の剣を生み出した。

 そして胸の前で交差させて構える。

 剣神も全く同じ動きで巨剣を構えた。

 桜華の象徴シンボルは、彼女の動きを完全にトレースする存在だった。


「……もし負ければ『私』のすべてをお前に捧げよう。これは誓いだ。だから久遠」


 そうして、桜華は宣言する。


「いざ尋常に勝負だ!」








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