第329話 想いの寄る辺➄

(こいつはまたでけえな)


 近づくほどにその威容の凄まじさがよく分かる。

 魔猿の中で、ワンはそれを肌で感じていた。

 体格的には魔猿の二倍以上はある。魔猿も充分に巨大なのだが、まるで岩壁に向かって進んでいるような錯覚を抱いた。


「だが、挑ませてもらうぜ。おっさん!」


 ワンはゴキンッと拳を鳴らした。

 同時に魔猿が走り出す!

 一歩一歩で地響きを立てて加速する。

 そして灼岩の巨獣の前で跳躍した。巨体とは思えない大跳躍だ。

 さらに紅如意が変化する。一本の棍が六つに分かれて、六本の金棒と化す。

 凶悪な突起を幾つも持つ武器である。

 黄金の魔猿は、六本の腕でそれらを掴んだ。


『行くぜ! おっさん!』


 そして、骸鬼王の額に、紅の金棒を叩きつけた!

 大気が震えるほどの衝撃が奔る中、六本の腕を巧みに動かし、さらに連撃。息をつかせない猛攻を繰り出した。


 一方、骸鬼王は揺るがない。

 煩わしそうに右腕を持ち上げると、巨大な爪で大気を薙ぐ。

 しかし、その爪は虚空を裂いただけだった。

 直前で魔猿が骸鬼王の体を蹴りつけて後方に跳躍したのである。

 大きく間合いを取った魔猿だったが、そのまま着地はしない。

 驚くべきことに、宙空で止まったのである。


 魔猿の両足には、左右で雷を放つ黒雲がまとわりついていた。

 魔猿は空中を滑るように移動して、六本腕を振った。

 武器が届く間合いではないが、紅如意は万物変化の武具。金棒はいつの間にか鞭へと変わっており、骸鬼王を打ちつける!


『オラオラオラァ!』


 六本腕は六条の鞭で波状攻撃を仕掛ける。先端は視認することも不可能だ。

 堅牢な骸鬼王の巨躯も微かに崩れ始める。と、


『……チョウシ二、ノルナ』


 骸鬼王が双眸を輝かせた。

 同時にアギトを開き、赫光を撃ち出した!

 邪魔となる建屋を溶解させて、赤い熱射は魔猿に迫る――が、


『喰らうかよ!』


 即座に真横に回避する。宙空を滑走し、一瞬で安全圏まで移動する。

 赫光は、そのまま雲と空だけを撃ち抜いていった。


『……フン』


 骸鬼王は真横に退避した魔猿を一瞥する。

 次いで、左腕を薙いだ。

 ――ドオンッッ!

 爆炎の華が咲く。

 腕の軌道上にあるモノを、次から次へと爆炎で呑み込んでいった。


『――チイ』


 魔猿も宙空を滑走して回避しようとするが、今にも追いつかれそうだった。

 すると、魔猿は滑走しつつ腕を振った。

 それは鞭ではない。巨大なアンカーだった。

 それがビルの一つに突き刺さり、そこを起点にして魔猿の体躯を引っ張り上げた。

 加速した黄金の魔猿は、爆炎の嵐からどうにか退避することが出来た。

 そこから、さらに上空へと飛翔して反転。

 宙に浮かぶ魔猿は、顔を上げる骸鬼王を見下ろした。


「……なるほどな」


 魔猿の中でワンは双眸を細めた。


「あの図体だ。やっぱ動きは鈍重。主力は遠距離攻撃か」


 そう分析する。


「とは言え、接近しすぎるのもヤバいな。攻撃そのものが遅い訳じゃねえ。あのクソでけえ腕に殴られんのはゾッとすんな」


 ふっと苦笑を浮かべる。


「火力もヤべえか。しかも攻撃範囲もアホほど広いと来た。遠距離戦は避けるべきだな。中距離戦を主体において、ヒット&ウェイがベストってとこか」


 戦術の主幹を決める。

 そして黄金の魔猿は再び滑走する。

 それは落下と呼んでもいい加速だった。

 瞬く間に地表に。

 衝突寸前の位置で直角に滑り、港湾区からビル群の間へと移り入り込む。

 骸鬼王も魔猿を追って動き出した。

 一歩ごとに地表を揺らす。

 山が動くような雄大さはあるが、確かに鈍重だった。


(さて)


 魔猿は新たな武器を創造する。

 変化した武器は投擲も出来る六本のククリナイフだった。

 ビル群を利用して、死角から攻勢に出る。

 魔猿はビルの影から影へと移る。

 と、そんな中、ビルの影が途切れることになった。

 次のビル群は大通りを渡った先にある。

 魔猿自身も巨大な怪物だ。

 大通りと言っても、今のサイズでは数歩で渡れる距離に過ぎない。数秒程度でも遮蔽物がないリスクは避けたいところだが、次のビル群は密集していてかなり都合の戦場だ。


(まだ距離はあるな)


 魔猿は骸鬼王を一瞥した。

 そして黒雲を両足に、ビル群に向かって疾走する。

 百メートルほどの直線距離。魔猿ならば三秒もかからない。


(ここからが本番だぜ)


 そう考えた矢先だった。

 ――ズズンッッ!

 地響きが鳴った。

 滑走は止めずに、顔だけを向けて魔猿が音源を見やると、そこには、こちらの動きに気付いた骸鬼王が見据えている姿があった。


 ――遠距離攻撃が来る。

 そう警戒したワンだったが、敵は全く予想外の動きをした。

 まるで倒れるかのように前傾に身構えると、突如、加速したのである。

 それも恐ろしい加速だ。一歩の地響きでビルを倒壊させて、アスファルトを陥没――いや、クレーターを生み出す。それを二歩続けた。


 ――そう。たった三歩で魔猿に追いついたのである。


(―――なッ!?)


 ワンは目を瞠った。


『……ヒグマガ、ドンジュウトデモ、オモッタノカ?』


 羆の顔に似た灼岩の巨獣は、そんなことを言う。

 同時に巨拳がすくい上げるように放たれた!

 咄嗟に、魔猿は六本のククリナイフを交差させて防御した。

 だが、それは気休め程度にしかならなかった。

 魔猿は弾き飛ばされ、それこそ向かっていたビル群に叩きつけられた。


 一つ、二つ、三つ――。

 黄金の魔猿は、次々とビルに衝突していく。

 ようやく止まることが出来たのは、五つもビルを破壊してからだった。

 遅れて衝突したビル群が次々と倒壊していった。

 そこまでの道筋は、もはや完全に廃墟である。

 魔猿は、六つ目の半壊したビルを背にして座り込んでいた。

 ククリナイフと成った紅如意は健在ではあったが、それを支える六本の腕は一本だけを残してあらぬ方向にへし折れていた。


『……意地の悪いおっさんだな』


 倒れた魔猿――ワンが言う。


『その気になりゃあ、いつでも早く動けたってか?』


『ソウソウハ、ウゴケン』


 骸鬼王――真刃は答える。


『セイヤクモアル。ソレニ、ホンキデウゴケバ、ダイチガ、ササエキレン』


 真刃にしても、今の加速は非常手段だった。

 骸鬼王の巨躯であんな動きをしては、それだけで被害は甚大だ。

 そもそも高速移動は足場を打ち砕いてしまう。

 地盤が崩れれば、返って不利に陥る可能性もあるリスクの高い攻撃なのだ。

 ただ、不意を突くには持って来いの攻撃でもある。


『コノシュンカンヲ、ノガセバ、ナガビキソウダッタカラナ』


 そこで『サテ』と火の息を零す。


『コゾウ。ドウモクニ、アタイスル、タタカイダッタゾ。コレデナオ、イキノビルノナラ、マタ、アイテヲシテヤロウ』


 言って、アギトを大きく開いた。

 煌々と赤い光が輝き始める。

 対する黄金の魔猿は、残された腕を動かした。

 ククリナイフを地面に突き立てる。

 途端、魔猿の前方に赤い城門がそびえ立った。

 しかし、構わず真刃は告げる。


『オマエニハ、ココデタイジョウヲ、ネガオウカ』


 そうして、骸鬼王のアギトから赫光を撃ち出した!

 狙いは無論、倒れた魔猿だ。

 城門に赫光が直撃する!


「あ~あ、くそ」


 滅びの光を前にしてワンは苦笑を浮かべた。


「やっぱ今回は負けちまったか」


 そう呟くと同時に、ワンの全身を赤い金属が覆った。

 紅如意である。

 ワンを覆って円錐状となった紅如意は凄まじい勢いで地中へ向かって加速した。


「憶えてろよ。おっさん」


 沈みゆく感覚を全身で感じながらワンは言う。


「この借りは返す。そんで俺が迎えに行くまで《未亡人ウィドウ》は預けとくからな」


 砕け散る城門。

 黄金の魔猿が跡形もなく消し飛んだのは、その直後のことだった――。



       ◆



「……さて」


 骸鬼王の中で小さく呟いた。

 それから大きく息を吐く。

 久しぶりの完全体とも呼べる器での戦闘だったが、想像以上に消耗していた。

 戦闘能力は跳ね上がっているが、同時に《制約》の重さも比例している。


(やはり諸刃の剣だな)


 改めてそう思う。


(いずれにせよ、次の相手はこのままでは勝てんだろうな)


 一時的にでもこの《制約》を破る必要がある。

 そしてもう一つ。


「……ホマレ」


 真刃は、宣言通り正座して待機しているホマレに目をやった。

 ホマレはあまりにも大規模な戦闘に唖然としていたが、真刃に名を呼ばれてハッとした。


「は、はいっ」


 顔を上げる。

 次いで赤い顔で両手を伸ばして、


「これから勝利のメイクラブでしょうか! ホマレは覚悟完了でありますっ!」


 そんなことを言う。

 真刃は、戦闘の疲労以上に疲れ切った顔をした。


「まだ名付きの結界領域は解かれてはおらぬが……」


 とりあえず本題を告げる。


「すでに、ほぼほぼ無力化できていると考えてもよかろう。ホマレ。護衛を付けるのでお前はここから退避しろ」


「……へ?」


 ホマレは目を瞬かせた。が、すぐに「え!? なんで!?」と顔色を変えた。


「やだよ! ダーリン! 怖いもん!」


「そうもいかん」真刃は答える。「これからここも危険になる」


 一拍おいて、


「なにせ、ここからが本番だからな」


 遠くを見据えて双眸を細める。

 一方、ホマレはキョトンとしていた。

 真刃は言葉を続ける。


「あの小僧程度ならば敗北はない。だが」


 神妙な声色で言う。


「相手が桜華ではそうとは限らん」


「………あ」


 ホマレはハッとした。


「え? 桜華ちゃんが来るの?」


 キョロキョロと周囲を見渡す。


「そっか。この騒動だもんね。決闘の日はまだだけど、桜華ちゃんなら、ここに来てそのまま前倒しってあるのか」


 そこで口元を押さえて、ハッとする。


「確かにそれはマズイね! 今のホマレの恰好ってまるでレイプの後だし! 実際は合意の予定だけどね! けど、ここに桜華ちゃんが来たらきっと修羅場になっちゃうよ!」


「…………」


 真刃は、もう何も指摘しないほどに疲れた顔をした。

 代わりに小さく「風凜」と告げる。

 すると、


『アイアイサーッ!』


 突如、ホマレの後ろで巨大な何かが飛び出してきた。

 ギョッとしてホマレが頭上を見上げると、


「デ、デッカイ山椒魚さんしょううお!?」


 全身が真っ白な五メートルサイズの巨大なトカゲが大跳躍していた。


『ウーパールーパーだああああッ!』


 そう回答した。そして『無駄無駄無駄無駄ァ!』と叫びながら、自称ウーパールーパーはホマレを丸呑みして闇の中に沈んでいく。


 数秒後、ドプンと白いウーパールーパーが頭と前脚だけを出した。

 腹の辺りから「ひぎゃああ!? 食われたああ!?」というホマレの声が聞こえてくる。


『真刃さま』


 ウーパールーパー改め従霊・風凜が言う。


『この。安全が確保できたと思ったら、どこかに捨ててきていい?』


「ああ。是非とも頼む」


 真刃は即答した。


「とはいえ子供だ。本当に安全を確保してからだぞ。安全な場所にて解放せよ」


 と、一応フォローも入れる。

 ともあれ、風凜は『ラジャーッ!』と応えて闇の中に潜った。


『なかなかに騒々しい娘だったな』


 と、猿忌の鬼火が呟き、


『けど、縁は切れなさそうっスよね。桜華ちゃんの友達って話っスから』


 と、金羊も言う。

 真刃としては嘆息するしかなかった。

 ともあれ、これですべての準備は整った。

 後は、彼女の到着を待つばかりだった。

 真刃は腕を組んで瞑目する。

 骸鬼王もまた微動だにせず沈黙した。

 そうして、


「……来たか」


 真刃は目を開いた。

 骸鬼王がとあるビルの屋上を見やる。


 ――そこには一人の女性がいた。

 麗しき女性剣士。

 桜華である。


 女性としての真の姿を解放した今でも、その凛々しさは変わらない。

 むしろ、より輝いているか。


「……永く、永く待たせたな」


 真刃は言う。


「お前の望む通り、決着をつけようか。御影・・











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