第332話 想いの寄る辺⑧

(……なんて戦いだ)


 遥か遠方にて。

 ただ一人の立会人である蒼火は、その光景に固唾を呑んでいた。

 主の御姿を見届けるために、蒼火は風を操って空へと上がっていた。

 遮蔽物もない空だ。

 だが、そのための余波は凄まじい。

 遠く離れているというのに熱波や衝撃波がここまで届きそうな勢いだ。

 あまりにも次元が違う。

 まるで神話の中の戦いだった。

 だが、それはまだ序盤であると蒼火はすぐに知る。

 突如、火焔山の王が咆哮を上げる。

 そうして世界が瞬く間に移り変わる。

 桜の舞う月華の世界から、炎が噴き出す灼岩の世界へと――。


「……ぐうッ!」


 当然ながら、蒼火も巻き込まれる。

 空中にいたのは幸いか。

 しかし、油断したら噴き上がる火柱に呑まれてしまいそうだ。

 蒼火はより上空に退避した。

 と、その時。


 ――カッッ!

 いきなり遠方が激しく輝いた。

 驚いて蒼火が目をやると、そこには大地を鳴動させて、全身から炎を噴き上げる火焔山の王の姿があった。

 そして、


『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――ッッ!』


 咆哮と共に、背や腕の灼刀を輝かせて、無数の赤い光弾を撃ち出した!

 次々と撃ち出される光弾は急激に角度を曲げて前方へと突き進む。軌道が低すぎて地に直撃する光弾もあったがお構いなしだ。

 まるで巨大なる城砦の一斉砲撃である。

 光弾の向かう先は、夜空を象ったような剣の女神だった。

 女神は、黒と白の光剣で迎え撃つ!

 信じ難いことに、目で追うのも難しい光弾を撃ち落としていった。

 双剣は巨剣でありながら霞むような速度だ。

 蒼火は、ただただ瞠目することしか出来なかった。



       ◆



「…………く」


 一方、当事者である桜華は舌打ちしていた。

 両腕で剣を振るう。

 桜華の動きをトレースする剣神だが、ダメージが桜華に伝わってくることはない。

 しかしながら、双剣の感触だけは両手に伝わってくる。

 これが感じ取れなければ、切っ先が鈍るからだ。

 だが、それは斬ったモノの重みも感じ取るということだった。


(……重い!)


 歯を軋ませる桜華。

 一撃一撃が非常に重い。

 光弾一つに一体どれだけの魂力が込められているというのか。

 凌ぐにも限界がある。

 このままでは弾幕に呑み込まれてしまう。


「―――チィ!」


 桜華は横に跳躍した。

 それに合わせて剣神も跳ぶ。

 しかし、無数の光弾は屈折して軌道を変えた。

 走る剣神の背を追った。


(追跡までするのか。ならば)


 桜華はさらに加速。進路を変えて骸鬼王の方へと向かう。

 このまま光弾をぶつけてやる……という意図ではない。

 接近戦に持ち込めば、遠距離攻撃は出来なくなるという戦術だ。

 剣神は光弾を引き離し、骸鬼王の間合いへと入った。

 その瞬間だった。

 ――ズガンッッ!


「――なにッ!?」


 桜華は目を瞠った。

 いきなり大地から光弾が撃ち出されたのである。

 どうやら地に直撃していた光弾は、地中から接近していたようだ。

 咄嗟に横に跳んで回避したが、剣神は動きを止められることになった。

 それは致命的な一瞬だった。

 背後に迫っていた光弾たちは追いつき、地から飛び出た光弾まで軌道を変えて剣神へと襲い掛かってくる。ほぼ全方位からの一斉攻撃だ。これは流石にすべてを迎撃できない。


 桜華は防御姿勢で歯を食い縛る。

 多少の損耗は仕方がない。

 ここは、自身の耐久力と再生能力を信じて耐えるだけだ。

 桜華は覚悟を決めた。

 だが、その時だった。

 ――キンッ!

 澄んだ音が聞こえた。

 桜華は「え?」と驚いた。

 直後、爆炎に包まれる。光弾たちが直撃して爆発したのだ。


 だが、桜華に衝撃にはない。

 爆炎が晴れた時、そこには透明な水晶の結界が築かれていた。

 巨大な剣神の全身さえも丸ごと覆うような大結界だ。

 それが光弾と爆炎を防ぎ切ったのである。


「――――な」


 唖然とする桜華。

 すると、




『……ご無事でございますか? 桜華さま』




 唐突に。

 桜華以外の声が剣神の中で響いた。

 それは女性の声だった。

 とても、とても懐かしい声だった。

 桜華は目を見開いて、自分の胸元に目をやった。

 そこにあるのは水晶の首飾りだ。

 そしてそこに宿るのは、


『はて。これはいかなる状況なのでありましょうか?』


 桜華の専属従霊――白冴だった。


「し、白冴……?」


『我が君との繋がりが突如切られて、意識を失っていたようですが……』


 ゆらりと浮かび上がる水晶。


『気付けばこのような状況でございます。はて。あそこに御座すは我が君の器では?』


 言って、モニターに映る骸鬼王を見やる。


「お、お前……」


 桜華は未だ唖然とした表情で問う。


「い、生きていたのか? いや、今まで休眠していたのか?」


『左様でございます』


 白冴は言う。


『我が君との絆が強制的に断たれたのが要因かと思われます。我が君の強い魂力を間近で感じ取り、目覚めたのでございます。しかしながら目覚めるなりこの状況。兎にも角にも危機的状況であると考え、結界を張りましたが……』


 そこで少し気まずげな声で、


『私はどの程度の期間、眠っていたのでございましょうか? 桜華さまも軍服ではございませぬ。もしや数年も眠っていたのでございましょうか?』


「……いや、お前なぁ……」


 桜華は、思わず笑ってしまった。

 そして双剣を解いて、ぎゅうっと強く水晶を握りしめる。


『……桜華さま?』


 白冴は一瞬困惑した声を零すが、すぐにハッとする。


『もしや桜華さま。いま桜華さまは、我が君と《魂結びの儀》をなされておられるのですか? 遂にこの時を迎えられておられるのでしょうか?』


 そう尋ねてくる。

 桜華は「はは」と苦笑した。

 相も変わらず白冴は察しがいい。

 本当にあの頃のままだった。


「……ああ。その通りなんだ。白冴……」


 水晶を強く握りしめたまま答える。

 嘘ではない。

 まさに今がその時だった。


「『私』は今、『私』のすべてを賭けてあいつと戦っている」


 白冴は『まあ!』と声を上げた。


「説明しなければならないことがある。沢山、語りたいこともある。けれど」


 桜華は白冴を離した。


「『私』はあいつに勝ちたい。力を貸してくれるか?」


 優しく微笑んでそう願う。


『勿論でございます』


 白冴は即答した。


『桜華さまをお守りすることが、白冴の使命なればこそ』


「……そうか」


 桜華は頷いた。

 そして改めてあいつ・・・を見据える。

 灼岩の巨獣は追撃もせず、静かに佇んでいた。

 桜華はふっと笑った。

 そうして、再び双剣を構えて、


「――行くぞ! 白冴!」


 雄々しく吠える桜華に、


『承知いたしました。桜華さま』


 ゆらりと水晶を揺らして、静かに応える白冴だった。










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