第65話 対談⑥
(はてさて。これは、どういうことなのでしょうかね)
何故、この老人がここに居るのか。
自分の知らぬところで何があったのか。
心の内では、幾つも疑問が浮かんではくるが、
「おお、これは天堂院殿」
面には一切出さず、大門は、にこやかな笑みで応じた。
「まさか、貴方が火緋神家の本邸にお出でになられていたとは」
大門は、九紗の後ろにいる人物にも声をかけた。
「お初にお目にかかります。貴方は九紗殿のご子息の壱羽殿ですね」
「はい」
長髪の青年――壱羽は頭を垂れた。
「お初にお目にかかります。大門家のご当主。大門紀次郎殿」
(……天堂院)
三人のやり取りに、エルナは表情を微かに険しくした。
――天堂院。
その名は知っている。火緋神にも並ぶ大家の名だ。
エルナの家も海外では有名だが、規模においては火緋神家や天堂院家には及ばない。世界においても屈指の家系だろう。
いきなりの大物の登場だった。
「(……エルナさま)」
その時、かなたが小声で語りかけてきた。
「(……お気をつけて。この二人は想像以上に危険です)」
エルナよりも修羅場をくぐってきている、かなたが警告する。
エルナは、コツン、とかなたの手に軽く拳を当てて承諾の意を示した。
「どうしてまた急に?」
大門は話を続ける。
「本日いらっしゃられるとは聞いておりませんでしたが?」
「ああ、すまんな」
九紗が返す。
「儂は今日海外に出立する予定でな。その前に御前殿にこないだの詫びをしに寄ったのだ」
「……詫び、ですか?」
反芻する大門に、九紗は「ああ」と頷いた。
「こないだは、いささか儂も意固地になりすぎた。御影の娘に拘りすぎた」
「――――え」
老人の呟きに、エルナが唖然とした声を上げた。
全員の視線がエルナに集まった。
「ふむ。大門殿」九紗が大門に問う。「この娘たちは?」
「ああ、この子たちですか」
と、大門が説明しようとした時、
「あ、あの……」
エルナが一歩前に踏み出して、九紗に尋ねた。
「御影の娘って、御影刀歌さんのことですか?」
「……ふむ。そうだが?」
九紗が、眉をひそめてエルナを見据えた。
「あ、あのですね」
それに対し、エルナは、さらに問いかけようとする。
――この人には気をつけて。
心のどこかから、そんな声が聞こえる。
(うん。分かっている)
エルナは内心で頷きつつ、言葉を続けた。
「実は私たちは刀歌の友達なんです。けど、昨日から彼女と連絡が取れなくて。家にも帰ってないみたいで、あの、貴方は何かご存じなのでしょうか?」
「……なに? 行方不明だと?」
九紗は、驚きの顔を見せた。
――そう。少なくとも驚いているように見える顔をだ。
大門はそれを一瞥しつつ、エルナの問いかけに乗ることした。
「ええ。実は私は学校の教師もしているのですが、今朝がた彼女たちに相談を受けまして。事態も事態ですので、御前さまにご相談しようと、ここに来たのです」
「……なんと。そうだったのか」
九紗は、渋面を浮かべた。
「それは心配だな。壱羽よ」
そこで息子に目をやる。
「天堂院家からも人を出せ。他ならぬ御影の娘だ。行方を調べよ」
「承知いたしました。父上。留守居の七奈に一任しましょう」
あっさりと協力を申し出る天堂院家に、エルナたちは少し驚いた。
「……天堂院殿」
大門が問う。
「失礼ながら、どうしてそこまで協力を? いえ。そもそもお聞きしたいことがあります」
「ふむ。何を聞きたい? 大門殿」
九紗が大門を見据えて、問い返す。
「先日、貴方はご子息の一人、八夜殿と御影刀歌嬢の婚約を申し出られました。火緋神家の流れを汲む御影家の娘と婚約することで、火緋神家との強固なコネクションを得たい。そこまでは分かるのですが……」
「え?」「……刀歌さんと婚約ですか?」
エルナが目を軽く剥き、かなたがポツリと呟く。
その話は初耳だった。
「ええ、そうなんです」
大門は、教え子たちにそう告げてから、問いかけを続けた。
「天堂院殿。貴方は、どうもコネクションの構築よりも、御影さん自身に執着しているようにも見えます。どうしてなのでしょうか?」
「……ほう」
九紗は、双眸を細めた。
「そこに気付くか。流石は守護四家だな」
と、呟いてから、あごに手をやり、
「確かに儂はあの娘に執着しておる。そうだな。少し昔話をするか」
そう言って、九紗は語り出した。
「今から百年も前の話だ。当時、儂は軍に所属していた」
「……え?」「……百年?」
唐突すぎる年数に、思わず声を出してしまうエルナとかなた。
そんな少女たちに、九紗は苦笑を浮かべた。
「儂は相当な老人ということだ。ともあれ、当時、軍には非公式ではあったが、我霊退治専門の部隊があった。儂は、そこの総隊長を務めておった」
百三十年の時を生きる老人が語る。
「皆、優秀な部下ばかりだった。だが、その中でも特に群を抜いた二人の若者がいた。その内の一人が御影だった」
要は、今の御影の先祖だ。
九紗は、そう補足する。
「御影は魂力こそ低かったが、その剣技と魂力の操作においては天賦の才を持っていた。比肩なき天才よ。技量において奴を凌ぐ者は今代にもいないだろう。そして――」
九紗は、静かに拳を固めた。
「もう一人は別格だった。その魂力の量も、まるで独自の世界ともいうべき異能も。近年になって認識された封宮など、奴の異能の入り口にすぎん。まさに、暴威が具現化したかのような男であった。あれこそが引導師の極み。儂は今でもそう確信しておる」
「…………」
父の言葉に、壱羽は無言のまま、わずかに瞳を開けた。
――父の語る人物が誰なのか。
壱羽にとっては、尋ねるまでもないことだ。
(我らの雛形か)
父は、さらに語る。
「天賦の技の御影に、暴威の化身たる『その男』。儂は奴らを一つの分隊に所属させた。御影は実直な性格だったからな。『あの男』も気に入るのではないかと思ったからだ」
「……御影さんのご先祖殿より、随分とその人物に肩入れしているようなお話ですね」
大門がそう指摘すると、九紗は苦笑いを見せた。
「それほどの男だったのだ。ただ、御影のことも考えておったぞ」
ふっと笑う。
「なにせ、女の身でありながら、軍に所属するような者だったからな」
「…………え?」
エルナが、目を見開いた。
「その人って女の人だったんですか?」
「ああ、その通りだ」
九紗は過去を思い出しながら、ふんと鼻を鳴らした。
「わざわざ男の名を名乗って男装までしてな。本人は悟られていないつもりだったかもしれんが、儂の目は誤魔化せん」
「……大正時代に男装ですか?」
大門が、ポリポリと頬をかいた。
「時代もありますが、随分と浪漫のある話ですね」
「ふん。言っておくが、あの時代は、そこまで浪漫に満ちていた訳ではないぞ」
九紗は皮肉気に言う。
「ともあれだ。儂は御影の身のことも考えていた。我霊に女の身で挑む恐ろしさは、今の時代に生きるお前たちも理解できるだろう」
九紗は、エルナとかなたを一瞥した。
その言葉には、二人とも、流石に神妙な表情を見せた。
「儂は、密かに御影の護衛も兼ねて、『あの男』と同じ分隊に所属させたのだ。そして、やはりあの二人は相性が良かったのだろう。反感もあったようだが、確実に絆を強くしていった。儂が望むようにな。しかし――」
そこで、九紗はギリと歯を鳴らした。
「愚者はどこにでもおる。いかに最強の男といえども、死は平等であった。『あの男』はある事件で死んだ。謀略によって殺されたのだ」
老人の声に、まごう事なき怒りを感じて、誰もが黙り込んだ。
九紗は大きく息を吐きだした。
「儂は悔やんだ。それは御影も同様だったのだろう。あの娘は『あの男』の死後、ひっそりと軍を去った。儂はあの娘も気落ちしたのだろうと考えていたのだが……」
「……ああ、なるほど」
大門が頷いた。
「少し分かりました。要するに貴方は、御影さんが実は――」
「うむ。そういうことだ」
九紗が、自嘲じみた笑みを見せた。
「あの娘の高い魂力を知って、儂はもしや『あの男』の血を引く者ではないかと考えたのだ」
「え……」「……それは」
エルナとかなたが呟き、少し頬を染めた。
……なるほど。軍から姿を消した刀歌のご先祖さま。
要するに彼女は、その亡くなった人の子を身籠っていたから消えたのではないかと、この老人は考えた訳だ。そして、その末裔こそが――。
「そう。その通りだ」
老人は静かに拳を固めた。
そうして、エルナたちの推測通りの言葉を放つのだった。
――ただ、ある一点を除いては。
「儂は、当時、御影は奴の子を身籠っていたのではないかと考えた。そう。あの今代の御影の娘。あの娘こそが、奴の……『久遠真刃』の血を引く者かもしれんと思ったのだ」
(―――――え?)
その台詞に声を上げなかったのは、事前に赤蛇に警告を受けていたおかげか。
エルナたちは、内心では驚きつつも、動揺を外に出すことはなかった。
「まあ、所詮は儂の願望にすぎんがな」
九紗は嘆息する。
「これが、儂があの娘に拘っていた理由だ。もし、あやつらの血を引くのならば、是非とも身内に加えたいと思った。そのため、いささか固執しすぎてしまったようだな。恥ずかしい話、完全に私情であった。得心はいったか? 大門殿」
「……ええ。そうですね」
大門も動揺は面に出さず、代わりに笑みを浮かべた。
「まさか、彼女を亡き部下の方々の忘れ形見と思っておられたとは。ふふ、やはり、大正浪漫ではありませんか」
「ふん。どうだかな。さて壱羽よ」
そこで老人は、息子に声を掛けて歩き出した。
「長く話しすぎたな。そろそろ行くぞ」
「はっ。父上」
壱羽は頷き、父の後に続く。
「では、大門殿。少女たちよ」
九紗は振り向いて、大門たちに告げる。
「御影の娘については天堂院家も捜索を出そう。留守居の我が娘、七奈が協力するはずだ」
「ご厚意、感謝いたします。天堂院殿」
大門は頭を下げた。エルナとかなたも担任に倣う。
九紗は「気にするな」と言って目を細めた。
「なにせ、本当に部下たちの忘れ形見なのかも知れんしな。大門殿。御前殿にも宜しく言っておいてくれ」
「はい。では」
大門は再び頭を下げた。
九紗たちは、そのまま出口へと向かっていった。
その姿が完全に遠ざかったのを確認してから、
「……おやおやぁ、これは、随分と意外な名前が出てきましたねェ」
口調を戻した大門が、かなたを見据えて告げる。
――いや、正確には、彼女の首に居座る赤蛇にだ。
「貴方は何を知っているのですかねェ。式神さぁん」
「……赤蛇」
エルナも、かなたのチョーカーに目をやった。
「どういうこと? どうして、あそこでお師さまの名前が出て来たの?」
「……赤蛇」
当然、かなた自身も問う。
「言わないと、引きちぎる」
両手で、チョーカーを掴んで宣告する。
『あ~、ちょい待てって』
すると、流石にチョーカーも震えた。
『正直、オレもかなり衝撃的な新事実を聞いたんだ。マジで百年目の真実って奴だ』
そこで、口もないのに嘆息する。
『けど、悪りいが、オレからは何も言えねえよ。特に、オレは先輩たちの記憶や知識を受け継いでても当事者じゃあねえしな。詳しくは、ご主人か猿忌さまに聞いてくれ』
「……赤蛇」
かなたが半眼になった。
そして太股の鞘からハサミを取り出した。
ジャキンッと音を立てる。
『だから待てって!?』
赤蛇が悲鳴を上げると、エルナが、かなたの手を押さえた。
かなたが「エルナさま?」と目を瞬かせた。
「赤蛇はお師さまの従霊だよ。お師さまに断りもなく喋ることは出来ないよ」
「……確かにそうかもしれませんが」
かなたは不満そうだ。
「まあ、式神の類はぁ、術者に絶対服従ですからねェ」
と、大門も言う。
「ともあれ、本殿に向かいましょうかぁ。天堂院殿がぁ、どのような話を御前さまとしたのかも気になりますしィ」
そう告げて、大門は歩き出した。
かなたはまだ少し不満そうだったが、担任の後に続いた。
そして、エルナも歩き出すのだが……。
(……真刃さん)
エルナは、ふと足を止めた。
それから、空を見上げて、
「……帰ってきたら、色々と教えてもらいますからね」
ポツリ、とそう呟くのであった。
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