第66話 対談⑦
(……何とも凄い屋敷だな)
場所は変わって、天堂院家の本邸。
刀歌は、巨大な木々が並ぶ道を歩きつつ、そう思った。
まるで社へと続く参道。
それを思わせる大樹が並ぶ道を、すでに十分ほど歩いていた。
この時、刀歌は、ジャージ姿ではなかった。
ここに来る前に一度、彼女の実家に戻り、今は自分の制服に着替えている。
トレードマークである白いリボンも髪に復帰し、予備の刀の柄も手にしていた。
家に帰るなり、刀真が大泣きしたのだが、刀歌は弟にすまないと思いつつも、すぐに実家から出た。下手に、父や母に見つかると面倒だったからだ。
ともあれ、準備は万端であった。
(……主君)
刀歌は、前を歩く真刃の背に目をやった。
彼もまた、服を着替えている。
黒い紳士服だ。下ろしていた前髪も上げていた。
刀歌の実家に寄った後に、フォスター邸にも寄ったのだ。
この服は、予備の服とか言っていた。
(うわぁ……)
改めて見る主君の凛々しい姿に、刀歌はときめいたものだった。
彼の背中にしがみついて、バイクでここまで来る間は、ドキドキしっぱなしだった。
ここまで異性に心を揺さぶられるとは、一日前の自分では考えられなかった。
(……主君。私の旦那さま)
こっそり彼の背中に頬ずりしていたのは、刀歌だけの秘密だ。
正直、心地良くはあるが、今は気を引き締めなくてはならない。
何故なら、ここは敵の総本山とも呼ぶべき場所なのだから。
「もうじき参道を抜けます」
刀歌たちを先導する天堂院家の者がそう告げた。
本当にここは『参道』と呼ばれているらしい。
その宣言通り、不意に視界が開けた。
奥に幾つかの屋敷が見える、広大な日本庭園が目に入った。
「……無駄に広いな」
ポツリ、と真刃が呟く。刀歌も同感だった。
天堂院家の本邸の敷居は、山二つ分もあるらしい。
遠くに見える最も大きい屋敷も本邸ではない。関所とも呼ぶべき従者の屋敷らしい。
ここまで広いのなら、車でも使えばいいのにと思っていたら、
「関所まで行けば、本邸までの車をご用意できます。もうしばしご辛抱を」
刀歌の心情を察したのか、従者がそう告げてきた。
刀歌は少し足を速めて、真刃と並んだ。
「……主君」
刀歌は、真刃の横顔に目をやった。
「主君は、天堂院家の者と面識があるのか?」
「当主である天堂院九紗とはな。多少の因縁がある」
真刃はそう答えた。
それから、刀歌を一瞥し、
「すまん。詳しい説明は後でしよう。今はここが敵地である認識だけを持っていてくれ」
「ああ、分かっている」
刀歌は頷いた。
「主君の話は今夜にでも聞こう。その、夜伽の時にでもな」
少し視線を逸らして、刀歌は頬を染めた。
一方、真刃は顔を引きつらせた。
「いや、あのな、刀歌」
「ただ、そのな!」
真刃の言葉を遮って、刀歌は真剣な眼差しで真刃の顔を見つめた。
「主君がエルナとかなたのことも大切にしていることはよく分かる! け、けど、私はまだ新参だし、エルナたちほどには、まだ慣れていない……と思う。だから、しばらく夜伽の順は、その、馴染むまで少し優先的にして欲しいというか……」
「……いや。だから待て。刀歌」
真刃がますますまって頬を引きつらせるが、刀歌は聞いていない。
刀歌は、かなり興奮気味に、両手を胸の前で固めて告げる。
「そ、その、まずは今夜、改めてリテイクを! 刀歌、今度はちゃんと頑張るから! 色々と憶えて、早く馴染むように頑張るから!」
「………刀歌」
真刃は、深々と嘆息した。
それから、コツンと刀歌の頭を叩く。
刀歌は、両手で頭を押さえた。
「その話も後でするからな。それよりも……」
真刃は、すっと双眸を細めた。
その視線は、庭園の一角に向けられていた。
「分かっておるな。刀歌」
「ああ。当然だ」
刀歌もそちらに目をやり、こくんと頷く。
彼女の表情は、真剣なものに切り替わっていた。
「あいつは、私にとっても、忘れられない相手だしな」
「……そうか。しかし、いずれ遭うとは思っていたが、意外と早かったな」
真刃は呟く。二人は足を止めていた。
「……? どうかされましたか?」
二人が足を止めたことに気付き、先導する従者が振り返った。
そして、二人の視線の先に彼も目をやった。
「……あ」
思わず呟く。
そこには、庭園にある広い池の前で佇む少年がいた。
黄金の髪が印象的な少年だ。
少年は、豆まきのように、鯉の餌を盛大に撒いていた。
バシャバシャバシャ、と水面が騒いでいる。
――と、
「あれ?」
おもむろに、少年が振り向いた。
蒼い眼差しが、大きく見開かれる。
「――え? ホントっ!」
その瞳を輝かせた。
「驚いた! これは本当に驚いたよ!」
そして手に持っていた鯉の餌の袋を、丸ごと池に放り捨てた。
袋が池に着水する前に、少年は走り出していた。
真っ直ぐと真刃の元に。
「お兄さん! お兄さんっ!」
満面の笑みを見せて、少年は叫ぶ。
「良かった! 本当にまた遭えたね!」
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